静かに目を開いて目覚めた。眼に映るのはそれなりに見慣れた天井。
ここは、僕の部屋か。
久々に倒れたなあ。ああいう貧血みたいな感覚、小さい頃以来だと思う。昔は本当に貧弱だったからなあ……。Motivat
ベッドで一本の棒のように身動きしない寝相の良さ。我ながら素晴らしい。気持ち悪いとかいう意見は聞かない。
夏涼しく冬暖かい素敵ハイテク毛布を掴んで体を起こす。これが荒れ果てた大地の奥地でオークが使っているとは誰が信じるって程に快適だ。
いずれ商売で使うのも良いかもね。
しかし、だるい。体にどうも力が入らない。何日か寝てたってやつかね?
「ん、ふぅ」
?
あれ、誰かいる?
ようやく上と前以外の方向を見る。寝起きの半開きでどこかぼやけていた視界を、指で目をこすりながら回復させていく。
何じゃこりゃ。
多分、まだ寝惚けている自分に大いに感謝する。口を開くことなく、どこかにフィルターがかかった感じで状況の把握が出来たから。
部屋に僕以外に三人もいた。
まず左右に巴と澪が寝ていた。添い寝? 抱きつかれたりはしてない。結構近いけど。
巴は浴衣っぽい格好だ、どこに向かって拳を突き出しているのかわからんが僕に当たってないから良し。ただ浴衣の乱れ具合はひどい。そして下着のことまで口出しする気なんて無いけどサラシはどうよ?
見たんじゃない、見えたんだと誰にと言わず言い訳した。
澪は赤ちゃんみたいに身を丸めて寝ている。着ている意味を疑う凄いシースルーのパジャマ(?)を着ている。なんて格好だよ、目に毒だ。ちゃんと下着は別に身につけていてくれるから辛うじてセーフだけどさ。
姉と妹がいる身としては、この程度は初めて見る物でもない。まったく気にならないかと問われると多少は気恥ずかしいと答えるけど。
ふむ、全員寝ている時に眼が覚めるなんて僕も大概間が悪い。
部屋の入り口のドアには巴の新しい分体である少女がいる。ドアにもたれかかって体育座りで寝ている。一応、門番の心算なのか? そこ押して開けるから意味、無いんだけどな。
巴と同じくエルドワ製の刀らしきナニカがドアに掛けてあるから、あれは武装しているんだろうな。見た目が小学生にしか見えないから何やっても微笑ましいだけだな、この子は。
ちっこい巴だからコモエと適当に名前つけちゃったけど、今となっては少し後悔している。巴ミニよりはマシになったと思うけど。
窓の方を見ると、カーテン越しに薄く光を感じる。早朝かな。それと、時間帯を考えても少し涼しい気がする。亜空め、また季節を変えたか?
しかし……。あれから本当に何日だ? 多分、一日か二日だとは思う。血は出たけどそこまで瀕死の状態ではなかった、と思うし。第一、自力で何とか亜空に帰って来れたんだから。
自力で、か。
竜殺しソフィア。あれは強かった。何というか、人らしい強さを感じた。力とか速さもこれまでに会った人の中では段違いに凄かったけど、それ以上に自分の手札の使い方が巧いというか。あの場合は装備とか魔法になるんだろう。
ランサーの刃とだけ位置を変えられるのか、それとも何かと自分の位置を変えられるのか。全く関係なく瞬間移動なのか。間違いないのは彼女が距離をある程度は無視して立ち回れるということ。遠距離を一番得意とする僕には頭の痛い話だ。
こういっちゃ何だけど、巴とか澪よりも怖かったもんな。レベル2000オーバーとか言われても信じただろう。あれで920とか、レベルってのは数字をそのままに受け入れていると危険だな。それはお前のことだ、とか誰かに突っ込まれそうな気がするけど。
虚を突かれたタイミングでの攻撃には、魔法で展開した障壁は十全の力を発揮できないってことがこれほどに不利を生むなんてのも正直考えていなかった。意識が十分に向けられていない箇所だと突破され易くなってしまうんだろうか。
それともあれはソフィアの武器が異常なだけか? 色々常軌を逸した人だったからそれも有り得るなあ。
界が無かったら、魔力が少なかったら、エルドワの装備が無かったら。そのどれか一つでも欠けていたら最悪死んでいたかもしれないと思う。K-Y Jelly潤滑剤
考えてみれば僕は魔法を知ってまだ一年も経っていない見習い中の見習いに過ぎない。弓道を始めて一年未満の僕と比べればよくわかる。弓さえまともに持ててなかった頃。的がどうとか以前の段階だった。
魔力を隠すという目的の副産物とはいえ、異世界に来てからの僕の方針が防御重視になっていたことが本当に幸いした。
いくら神にも並びかねない海みたいな魔力を持っているとしても、柄杓一杯とかバケツ一杯って単位でしか使えないんじゃ意味が無い。海全部、とまではいかなくても何分の一とかは一度に運用できるようにしないと、ただ尽きないだけでしか無い。
火事場の馬鹿力限定で多少引っ張れてもね。僕はマゾじゃないから毎回苦戦は勘弁願いたい。
やはり、学園都市に向かう決断は色々正しかったと思う。ただ問題がその前に起きてしまっただけ。……こちらへ来てから安定している不幸の為だと言われてしまえばそれまでか。
問題、か。今回僕がどこでどう戦ったのか今一わからないのも困る。あの場所に落としたのは、多分あの声で確定。何が見つけただよ、くそ女神。あいつの都合で僕を人と魔族の戦いの何処かに落としたんだ。荒野の次は戦場とか邪神認定するぞ、本当に。
そこまでしておいて何の指示も援助も無い辺り、とことん人を馬鹿にした態度を取ってくれる。断固次回の召喚があれば逆らうことにする。と言っても従者に大半は頼むんだけど。空間の移動とかっていうと巴、澪、識。誰が一番向いているのか。やっぱり巴かな。でも魔法に対抗するって考えるなら澪もありだな。
起きたら聞いてみよう。巴や澪には報復に走らないように釘を刺しておかないとな。いや、争いは良くないとかじゃない。僕にも思うところあるしさ、後からのお楽しみってことで。
そういえば、識。識はどこだろう。確か、僕はフェリカって街に転移する予定だった。あのまま学園に先に向かってくれたなら僕もそっちに行けるんだけど……。まったく、従者の位置へ霧の門を開けるというのは便利だ。
フェリカの前、ええっと戦場に行った前日に宿泊した街、ウベとか言ったか。あそこに飛んで転移し直すよりは、学園に直接行けた方が楽だ。
あれで識は心配性だからこっちに戻ってきているんじゃないだろうか。一度、連絡してみるか。
(識? おはよー)
良かった。リンクは回復しているみたいだ。相手に繋がっている感覚がしっかりと伝わってくる。
念話の回線が繋がったのを確認して、一応呼びかけてみる。念話って使い勝手がそのまんまスカ○プだよ。
(真、様? 真様ですか!?)
(うん、そう。いきなり消えた? みたくなってごめんね)
識から見て僕がどうなったのかわからなかったから、とりあえず消えたとしてみる。
(いえ、そんな! お体は、何かおかしなところはございませんか?)
(ああ、少しだるいだけ。一応後で識に診てもらうさ。今どこ?)
あれ、何か忘れているような。
(良かった、本当に。隣に居て、私は何も出来なかった。これで真様が戻られなかったら、私は!)
(いや、識。今どこにいるかって聞いてるんだけど?)
(あ、申し訳ありません! 私は学園都市の試験行列に並んでおります。真様の無事がわかるまで、書類を出すのはまずいと思ったのですが一昨日怪我をされて亜空に帰られたと聞いて巴殿と相談して私はこちらにいることに)
巴か。あいつの判断って父親的というか合理的だよな。多分僕の傷が短期で落ち着くだろうと踏んで、その後の合流を考えて識をあちらに置いたままにしたんだな。詳細な治療は僕が向こうで識に診てもらえば問題無いってことか。
澪なんかは問答無用で識を呼び戻して今治せすぐ治せの連呼になりそうだ。
ふむ……。
一昨日、怪我をして帰った。識はそう言った。となると僕は二日寝てたのか。あれ、結構重傷だった?
あ、傷!
指!
結構な深手だったことを思い出して、両手を今更顔の前に出して確かめる。
あの、見ているだけで気持ち悪くなる紫色はどこへやら、左腕は右手と同じ健康的な肌色に戻っている。
指も全部、ある。普通に動く。実際、毛布を掴んだり自然に今まで使っていた。はぁ、寝起きってのもあるけど本調子じゃないなあ。ぼけてるよ。
でも。
よ、よかったーーーーーーーー!!
で識の奴、何に並んでいるって? 試験行列?
(ねえ、識。試験行列って何?)
(あ、ロッツガルドに入るためには試験が必要なようです。その順番待ちの列ですね。こんな効率の悪い事をせずとも他に方法がありそうなものですが……。真様の試験はこの様子だと、六日程後でしょうか)
確かに整理券とかにすれば並ぶ必要も無くなると思う。並んでいるだけでも気持ちの折れた人がどんどん去って行きそうな気もする。それが狙いなら嫌らしいな。
そっか~。試験か。推薦状をレンブラントさんが書いてくれたから面接位で終わるのかとか軽く考えていた。まあ自称難関の商人ギルドの試験も義務教育の敵ではなかったからな。心配することも無いか。最悪あの街で知識の獲得さえ出来れば僕が学生に拘る理由はそこまで無い。レンブラントさんの顔を立てて受験だけはちゃんと受けておこうかね。
六日か。どれだけの規模の街か実際に目にはしてないけど、少しは見て回る余裕がありそう。当初よりは、大分時間が減ったけれど。
(そうか。なあ、識。お前さ、すっごい真面目なんだね)
(は?)
(いや、催眠とか暗示とか良く使うって言ってたのに……何で真面目に列に並んでいるんだろうって思ってさ)
(……!!)曲美
(きっと、主である僕が良い顔しないんだろうって気を遣ってくれたんだろうけど。律儀だなって)
(……)
(識? それじゃ、僕もこれからそっち行くから)
(は、はい)
識の様子が少し変だな? もしかして寝てないとか。こんな早朝なのに反応早かったから徹夜だったのかも。苦労させて済まないねえ。
夜通し並ぶとか本当に凄いよな。そういえば元の世界でも、もれなく年二回東京某所の祭典に参加している人たちがクラスにいたな。魔境だ地獄だと言う癖に何故かニコニコして語るんだよな。
っと。
急いで着替えよう。心配させちゃったからな。識にも。皆にも。
着替えた後にでも皆を起こして無事を伝えて。それで識に精密検査してもらって学園都市観光と行こうか。
夜にでも亜空で詳しい報告会だな。学園都市の人目につかない所に門を作ろうか。一応、立ち寄った場所に門を設置して亜空を経由した移動は可能だった。
ただし完全に閉じてしまうと消滅してしまうので、痕跡を残しておかないといけない。侵入の可能性を考えて、巴にも基本的には完全に閉じてしまうように命じてある。中継に使い易い場所やその時の拠点には常用する為に継続使用を前提にして良いとは言ったがその場合も亜空側の出口になる部分には戦力を配置するようにしている。完全に閉じてない霧の門なら開閉は澪にも出来る。識はまだ出来ない。かなり苦労しているようだ。
元リッチでそれなりの知識や実力のある識でこれだから、心配し過ぎなのかもしれないけどね。澪並の直感タイプの天才が現れたら通行できてしまうなら、基本完全に閉じる方向で安心したい。
あ、待てよ。学園組は僕と識だけなんだから門を残す必要は当面は無いのか。僕がその都度開けば良いだけだ。
思い直したところで。……視線を感じるな。
しかも左右から。
「若!」
「若様!」
それだけは聞き取れた。後はもう何を言っているのかさっぱりわからない。言葉になってないような澪と言葉になってるけどすごい早口な巴。確実なのは着替えが限りなく遠くなったってことか。
両サイドから美女に抱きしめられている凄く役得な状況の筈なんだけど、不思議と心配をかけてごめんって気持ちの方が強く出てくる。出会って数ヶ月だけど、それなりに濃い時間を過ごしたからかな。
(識、ごめん。そっちに行くの結構遅くなるかも)
(? わかりました。どうかご無理をなさらないで下さい)
識から有難い心配の言葉を頂いた。
「巴、澪。おはよう、心配かけたみたいでごめん」
これは、報告会が先になりそうだな。僕は予定を入れ替えることにした。天天素