Numeri

帰りの会

小学生の頃、「帰りの会」なるものが毎日放課後にありました。 その日の授業を全て終え、ランドセルに荷物を詰め込み帰る準備をします。一通り、帰る準備が整うと、日直が前に出て帰りの会を始めます。まあ、帰る前のホームルームですね。通常、帰りの会は、朝の会で立てた「今日の目標」を守れたかどうか確認したり、先生からの注意事項の伝達 ぐらいしか内容はなく、別にあってもなくてもどっちでも良いような存在でし た。

しかし、これはあくまでも平和な日の帰りの会メニューです。 実際は、こんなに滞りなく帰りの会が進行するのは稀でした。原因の一つに、全てのメニューの終了後、司会である日直が、 「他に連絡のある人はいませんか?」 と皆に尋ねることが挙げられます。大抵、でしゃばりな婦女子などが、どーでもいいような連絡事項を伝えるため に手を挙げたりします。
生き物係の女の子が、「みんなで飼っていた亀の太郎が死にました。みんなで黙祷しましょう」 などと、とんでもないことを言い出したりしやがるんです。早く帰って遊びたい僕らはたまったもんじゃありません。しかし、もっと僕らの帰りを遅くする魔のメニューが帰りの会には存在しました。 「今日の困ったこと」というコーナーです。
なんでも、その日困った体験をした人が、皆の前でその体験を赤裸々に告白し、その困った体験がクラスの誰かが原因で引き起こされているならば、皆でその原因である人を告発し、正す。というなんとも有難いやら迷惑やら分からないコーナーでした。誰かが困ったら、皆で議論し誰もが困らないようなクラスを作ろう。そういう趣旨があったようです。

「今日、昼休憩の時に、赤井君と坂本君が廊下を走っていて私にぶつかりそう になりました、とっても困りました」

でしゃばり女子が、待ってましたとばかりに手を挙げて告発します。大抵このコーナーで告発する人物は決まっていました。いつだって告発するのは女子で、告発されるのは男子なんです。女子達は一丸となって赤井君と坂本君を攻めたてます。 違う女子が

「赤井君は昨日も走っていました」

などと追い討ちをかける。 赤井君と坂本君はバツが悪そうに苦笑いである。 それでも女子は止まらない。

「ちゃんと謝ってください!」

とヒステリックにまくしたてる。 それを受けて、赤井君と坂本君は少し照れながら立ち上がり、

「廊下を走ってすいませんでした」

などと頭を下げる。 そこで担任の先生(40代女)の登場である。 先生は廊下を走った彼らに再度注意を促し、告発した女子をそれとなく誉める。 そして、皆も廊下を走らないようにしましょう。 などと言って話をまとめ、終了である。 これで晴れて帰りの会は終了し、家に帰ることができるんです。

さて、少年時代はとにかく暴れん坊だった僕。 この帰りの会でやり玉にあげられないはずがない。 というか、帰りの会の告発コーナーは、ハッキリ言って僕のためにあるような コーナーでした。

「今日、pato君が廊下でプロレスゴッコをしていてとっても困りました」
「今日、pato君が掃除をサボっていて、とても困りました」
「今日、pato君が黒板を引掻いて嫌な音を出していてとても困りました」

確かに僕が悪い。素直に謝って早く帰るに限る。とっとと謝ればそれで終わりなのだ。実際、告発された男子はアッサリと謝ってしまい、なかなか議論まで発展することはありませんでした。 しかし、たった二回だけ、このコーナーで激しく議論が交わされたことがあったのです。 なんとも残忍で、理不尽な思い出です。

「今日、ドッジボールをしているときに、pato君が中山君の顔にボール を当てていました」

とんでもない告発です。 それで俺にどうしろと?といった感じですよ。 中山君とはクラスの女子に大人気のナイスガイで爽やか小学生でした。 確かに僕は中山君の顔にボールを当てました。ええ、バッシリと当てました。 けれども、狙って当てたわけではありません。不可抗力です。大体、その場で中山君にも謝ったんです。それを何故、無関係な女子に帰りの会で告発されなければいけないのでしょうか。中山君以外、誰に迷惑をかけたというのでしょうか。女子一番人気の中山君が被害者ということで女子達もいつも以上にヒートアップしています。このクサレマンコめ。

「はやく謝ってください」
「はやく謝ってください」
「はやく謝ってください」
「はやく謝ってください」

もう女子達は謝れの大コールです。ウェーブしそうな勢いなんです。

「ちょっと待て、俺は確かに中山君の顔面にボールを当てた。ああ当てたさ。 けれどもそれでお前らに迷惑かけたか!?」

挙手するのも忘れて立ち上がり、女子達に反論しました。
ざまーみろ、反論できまい。 女子一同は、少し困った表情を見せた。
確かに・・・私達は迷惑してないわ・・・。 勢いでコールに加わっていた大半の女子達は、困惑の表情です。 我ながら説得力満点の反論です。ナイス俺。

迷惑かけてるわよ!」

告発した女子が再度立ち上がる。

「由美子ちゃんはね、中山君のことが好きなのよ。中山君が顔面に当てられる の見て、由美子泣いちゃったんだから!!由美子ちゃんに迷惑かけてるのよ!!」

そんなこと言われても困る。 完全な逆恨みじゃねーか。
しかし、これで女子達には大義名分ができた。 「そうだ!そうだ!謝れ!謝れ!」 の大合唱である。 由美子ちゃんなんて惨劇を思い出してか、再度泣き出す始末。 このブスめ。もはや手におえる状態じゃない。 謝ってしまって終わりにしたい。でも、中山君には謝っても由美子ちゃんに謝る義務はない。というか、絶対に謝りたくない。僕のプライドが謝罪を拒みつづけた。そして激しく交わされる議論、 もはや収拾がつかなくなった。そこで日直が、

「じゃあ、pato君が由美子さんに謝るかどうか多数決をとります」

バカなこと提案しやがる。多数決で決める問題じゃねえだろ。しかし、「議論が割れた場合は多数決。結果には従うこと」という鉄の掟が帰り の会にはあった。

もはや逆らうことはできない。 結果は41対3の大敗だった。 こうして、僕はわけもわからず由美子ちゃんに謝ることになった。女子達は大喜び。 その他の男子達も「やっと帰れる」とばかりに大喜び。 もはや拒める状況ではなかった。

「中山君の顔面にボールをぶつけてごめんなさい」

なんで僕はコイツに謝っているんだろう・・・。 今思い出しても悔しい、口惜しい思い出である。

もはや帰りの会は、民主的な裁判ではなく、魔女裁判のように機能していた。 告発されたら道理に外れていようが、なにしようが有罪である。 そして、もっともっと残酷な事件が起こるのだった・・・・。あの惨劇が。

 

帰りの会、 また、いつもの女子が手を挙げる。告発タイムである。

「最近、松井君(仮名)の周りが臭いです。松井君はちゃんとお風呂に入って ください」

とんでもない告発である。クラス中がざわめいた。こう言ってしまっては失礼かもしれないが、 松井君の家は貧乏だった。 松井君はいつも汚らしい服を着ていた。しかも毎日同じ。確かに風呂にもちゃんと入っていなかっただろう。少し垢っぽい感じがいつもしていたし、髪だってボサボサでフケだらけだった。松井君の住んでいる借家には風呂がなかったのだ。銭湯に行く余裕もあまりなかったようだった。

しかし、いくら松井君が汚なく、臭いとはいえ、 それは人として言ってはならないことである。松井君にだって事情というものがあるのだ。しかも、帰りの会という公の場で声を大にして告発してよい内容ではない。

とはいえこの当時、帰りの会で謝る男子に気を良くした女子達は、暴走気味だった。毎日、なにか告発して、男子をへこましたかったのだ。 しかし、男子かて、帰りの会でやり玉に挙げられるのは嫌である。次第に男子は品行方性になっていき、告発する内容がなくなったのだ。男子が良い子になって困ったのは女子である。告発し謝罪される快感は麻薬のようで、一度味わったらやめられない。

告発したい告発したい、男子に謝らせたい

そして、この非人道的な告発である。何度も言うが、松井君だって家庭の事情があってのことだ、人として言っては いけないことである。しかし、女子達の暴走はとまらない。

「そうよ、くさいわよ!」
「それに汚いし!」
謝ってよ!

謝れって・・・。汚くってごめんなさい、とでも言えというのだろうか。なにか間違っている。それを受けた松井君は悲しそうにうつむいているだけだった。僕は松井君が好きだった。彼は無口な方だったが、心優しいし、ギャグセンスは抜群。たまに発する言葉の一つ一つが面白いし貴重だった。それに松井君は絶対に人の悪口を言わなかった。そんな素敵な松井君を「汚い」というだけでここまで攻撃する女子達。 「汚い」だって家庭の事情で仕方ないのだ。 誰だって毎日風呂に入ってお洒落できるほど裕福なわけではないのだ。

お前らの血は何色だ?と彼女達に訊いてやりたい。
松井君は今にも泣き出しそうだった。このままでは松井君が傷つきボロボロになってしまう・・・・。どうすれば松井君を救えるのだろうか・・・。そうだ!先生だ!こんな非人道的な告発を先生が見逃すわけがない。その内、この議論を先生が止めてくれるだろう。その上、女子達を叱りつけてくれるだろう。松井君を救えるのは先生しかいない・・・・。

期待イッパイに先生に目をやる。 「うんうん活発な議論だわ。青春だわ」 とでも言いたそうに微笑みながら議論を見守っていた。
だめだ、このババア。松井君が今こうして傷つけられているというのに、まったく気づいていない。 先生までもが狂っている。ズレている。 こんな先生に何かを期待した僕がバカだった。大体、帰りの会に告発コーナーを設け、密告社会を形成させたのもこのババアだ。 こいつは人間として間違っている。

「早く謝りなさいよ!臭いのよ!」

女子達はもはや集団ヒステリー状態だ。 男子だって、面白半分に「臭い!臭い!」とはやしたてる 「はやく謝っちまえよ、帰れねーじゃん」と言っている奴だっている。もはや松井君に味方はいなかった。この広いクラスに独りぼっちである。その理不尽さ悔しさ悲しさといったら、経験した者しかわからない。松井君はついに泣き出してしまった。僕は心が張り裂けそうだった。

松井君は悪くない、なのに僕には何もしてあげ られない。悔しい、悲しい。こんな道理があるはずがない。みんな狂ってる。

しかし、慣例どおり、無常にも多数決が始まる。

「松井君が不潔過ぎるので、謝るべきだと思う人は手を挙げてください」

一斉に女子達の手が上がった。 男子も手を挙げた。 手を挙げなかったのは僕と松井君の友人、それに松井君だけだった。大敗だった。

松井君は、不潔というだけでクラス中に謝ることになった。教壇に立ち、皆の方を向く松井君。涙が頬を伝う。

やめろ、謝るな。松井君は何も悪くない。悪いのは女子なんだ。みんな狂ってるんだ。
どうしようもない自分がそこにいた。

「僕が不潔で皆に迷惑かけてごめんなさい」

彼がどういう気持ちでこのセリフを言い、頭を下げたかわかるだろうか。

聞こえません!」 後ろの方で女子が叫ぶ。聞えているはずである。 ワザと聞こえないと言って何度も謝らせるのだ。これを「聞こえません攻撃」という。国語の時間などによく見られる陰湿な攻撃だ。もうやめてくれ、これ以上松井君を傷つけないでくれ。何度も何度も泣きながら「不潔でごめんなさい」と謝る松井君を見て、僕も涙 が出てきた。

「ほんとに臭いよね」 「そうそう、死にそうなぐらいに臭いよね」 戦いに勝った女子達が勝ち誇ったかのように言う。 さぞかし気分の良いことだろう。そこで担任のクソババアが出てくる。

「はい、今日は活発な議論でしたねー。松井君も清潔にしてこなきゃだめよ。 皆もちゃんと清潔にしてくるようにね」

などとまとめる。 コイツはほんとにバカである。

次の日から、松井君は学校に来なくなった。僕は何度も家まで誘いに行ったが、会ってはくれなかった。彼にしてみれば、何もすることができなかった僕も、よってたかって彼を傷つけたクラスメイト達と同罪なのだ。そのうち、僕も松井君を誘いに行くのをやめた。クラス中、担任までもがよってたかって彼を傷つけるのなら、そんな学校行か なくて正解だ。結局、松井君は卒業するまで学校にこなかった。自分の無力さを悔しいと思った出来事だった。 そして、まかり間違った学級民主主義および集団ヒステリーの恐ろしさを知った事件だった。


[back to TOP]

twitter
pato@numeri.jp

過去日記

対決シリーズ
援助交際女子高生と対決する
悪徳SPAMメールと対決する
イタズラメールと対決する
宗教勧誘と対決する
債権回収業者と対決する
出会い系サイトと対決する
債権回収業者と対決する-おまけ
サラ金業者と対決する
出会い系サイトと対決する2
出会い系サイト対決する3
出会い系サイト対決する5
普通のカキモノ
風俗ゲーム
ひとりDEデート
帰りの会
ひとりDEクリスマス
デリヘルを呼んでみた
ひとりDEオフ会
マイルドセブンライター
家庭教師は見た
Over
マレーシアからの刺客
月が見えたらサヨウナラ
走れエロス
韓国旅日記
北海道旅日記
風俗ゲーム-新章-
嵐の中で
常識という非常識
四畳半の戦場

Numeri-FORM
おなまえ

メールアドレス

メッセージ

Numeri関連商品

ぬめり1-思い出編-
販売終了

ぬめり2-チャレンジ編-
販売終了

ぬめり3-失われた日記たち-
限定発売中
ほしい
何でもかんでもお好きなようにどうぞ。転載、引用、リンク、紹介、罵倒、恋、出版なんでもかんでも常識的範囲内で。特に承諾を得る必要はありません。