ジャイアンが成長したら可愛い女の子になった件
昔通っていた千葉の学校にはいじめっ子がいた。典型的ないじめっ子だ。
あだ名はジャイアン。ジャイアンは近所の悪がき共を従え、悪い事ばかりやっていた。
今思えば、子供が良くする他愛ない、小さな悪戯でしかない。
その頃の先生や親を含めた大人たちも、恐らくそう思って苦笑を浮かべていたに違いない。
しかしのび太ポジションであった俺は、いつも不満に思っていた。
「何で警察はこいつを逮捕しないんだろう」
と。
俺にとってジャイアンは、軽犯罪者どころではなく、執行猶予もつかないほどの凶悪犯だった。
楽しみに取っておいた給食のプリンの窃盗、体を伸ばすためにゆっくり飲んでいた牛乳の強盗、忘れた教科書を俺の机からこっそり抜き取る万引き。
宿題をやらずに丸写しする詐欺行為、その上自分でやりましたと嘘をつく偽証罪、今度ジュース奢ってやるからと言いながら、水すら持ってきたことがない契約不履行。
叩く、蹴る、突き飛ばすの暴行罪、傷害罪。
悪口などの侮辱罪。
ジャイアンの罪状は挙げればきりがないものだった。
賠償請求、慰謝料請求を裁判所に訴えても当然、勝訴するに違いない。そう訴える俺を先生も軽く笑って諌めるだけだった。
親に至っては、虐められる弱いあんたが悪い、虐められるのが嫌ならばやり返せばいい、と返され、スパルタに育てられた。
親の仕事の都合で、千葉から遠く離れた島根に転校してからもそのスパルタ教育は続いた。
空手や水泳を習わされ、体と心を芯から鍛え直された。
夏には海、冬にはスキー。両親ともスポーツが大好きだったので俺を鍛えるというよりも自分達の趣味だったのだろう。
体が丈夫になるに連れ、体も大きくなっていった。
俺の両親は二人揃って身長が高い。その遺伝を受け継ぎ、高校に入る頃には180には到達していた。
ぐんぐんと伸びる成長に、服を何度か買い換える嵌めになった母親はその度に文句を言ってきたが、俺のせいばかりではないだろう。
小学校四年まで千葉で過ごし、それから高校を卒業するまで島根で過ごした俺は、大学を都内で志望していた。
島根は良い所だったが、やはり先を見越せば都内にいる方が色々な面で有利になるだろう。
見事志望校に合格した俺は、さっそく荷物を整理して千葉の家に帰ることにした。父親の転勤で島根に住むことになったが、千葉の家は持ち家だったので住む家には苦労をしない。
俺たちが島根にいる間は、人に貸していたようだが、前の12月に契約が切れて今は完全な空き家になっている。
完全な空き家にしておくよりも、俺が住んでいるほうが防犯上安全だ。
そう判断した両親は、初めての一人暮らしの俺を心配することなく満面の笑みで送り出してきた。
親がいなくて寂しいと感じる年ではないが、俺はまだ未成年だ。大学の手続きで親の手を借りる事も多いだろうと零すと
「何かあったら電話して来なさいよ。それと隣に頼んでおいたから。ほら、あんたと仲が良かった鬼塚さん」
「仲良くないし」
隣の鬼塚さんとは、例のジャイアンの家だ。学校でも虐められたが、家も隣とジャイアンとのび太の関係は登校前から始まり、登校後まで及んだ。
ジャイアンは今でもその家に住み、大学も都内に進んだようだ。今でも交流があるとは思わなかったが、母親は一年に何度かジャイアンの母親に連絡を取っていた。
「あんた、ちゃんと隣の家にご挨拶行っておきない。昔からお世話になったんだし、今後も何かあるかもしれないし。あんたの鞄の中に菓子折り入れておいたから」
電話を切り、鞄を漁ると島根では有名な銘菓が入っていた。
俺は時刻を確認し、失礼に当たらない時間だと判断すると、軽く身なりを整えて隣の家に向かった。
チャイムを鳴らし、名を告げるとすぐにドアが開けられた。
「あらぁ!やだ!洸ちゃんじゃない!大きくなったわね~おばさんびっくりしちゃった。入って、入って」
「いえ、ご迷惑ですし、家の片付けも残っていますので」
記憶の中よりも確実に老いたジャイアンのおばさんが、あの頃と変わらない満面の笑みで家に招いた。
「少しくらい良いじゃない!真琴もあと少しで帰ってくるから」
菓子折りだけ置いて、早々に挨拶を切り上げようと思っていたが、強引なおばさんの誘いを断りきれなかった。
ジャイアンがどんな大人になったのか、少し興味があった。
真琴と言うのは、ジャイアンの名前だ。みんなジャイアンと呼んでいたのであまり馴染みがないが、見かけや中身にそぐわない可愛い名前だった。
おばさんには洸ちゃん《こうちゃん》と呼ばれたが、俺の名前は洸貴である。
「ところで真琴君は今、どちらに?」
「真琴はね、大学が決まってからすぐにバイト始めたのよ。駅前のケーキ屋さん。あの子、誰の影響か分からないけれど製菓の専門の方に進んでね。将来パティシエになりたいんですって」
「……………へぇ…」
おばさんの話の調子良く相槌を打っていた俺は、ジャイアンのまさかの進路に顔が引き攣ってしまった。
小学校の頃から体が大きいほうだったジャイアン。俺もかなり大きくなったが、俺の想像の中のジャイアンは更にその上を行っている。
製菓、つまりお菓子が好物となれば、横にも大きくなっているに違いない。
外見はともかくとして、ジャイアンがパティシエ。どんなケーキを作るのか、全く想像が出来ない。
パティスリー関取のケーキ。
生クリームにイチゴのソースをかけて、顔面クラッシャーケーキとか。
チョコのムースで、泥だらけケーキとか。
「親の欲目もあるけど、あの子の作ったの結構美味しいと思うのよ。そうだ、洸ちゃん甘いものは好き?真琴が作ったクッキーあるわよ」
「頂きます」
俺は男にしては甘い物が好きだ。男女差別が少なくなった昨今では、隠す事ではないがあまり大っぴらには言いたくないものだ。
しかし製菓に進むジャイアンの家では堂々と言える。
おばさんはナッツ入りの猫型のクッキーをお皿に並べた。
ジャイアンが猫型…。ちまちまとくり抜いているのを想像すると笑えるというか、恐怖を感じる。
「…あ、うまい」
さくっとしたクッキーの歯ごたえ。控えめな甘さが口の中に広がった。
おばさんが褒めるだけはある。
「真琴君が…パティシエですか…」
あんなでかい図体でお菓子が似合わない容貌で、パティシエとは世間の風当りは強いのではないかと心配になってしまった。
ジャイアンがケーキを作っているのを想像したら誰もが違和感を抱き、気持ち悪いとすら思うだろう。
ジャイアンに再会したら、昔虐められた嫌味の一つくらいは言おうかなと思っていたが、それは止めることにした。
さぞかしケーキ屋の制服が不似合いだろう、ジャイアンを気持ち悪がって客が減り、早々に辞めさせられているかもしれない。
製菓大学に入って張り切っている出鼻を挫かれる悲しい学校生活がリアルに想像できた。
いじめっ子といじめられっ子ということは忘れて、昔の懐かしい話をして励まそうと思った。
ジャイアンには確かに虐められていたが、俺を助けてくれた事や、庇ってくれた事も実は沢山あった。
俺は空手を習いながら、いつかやり返してやるとジャイアンへの悔しさをバネにしていたが、心から嫌っていたわけでない。
「ただいまー」
ドアが開く音が聞こえ、長くはない廊下を走る音が聞こえた。
「洸が帰ってきてるんだって?」
リビングに駆け込んできたジャイアンを見て、俺は無言になった。
「久しぶり~元気にしてた?」
バイト先で染み付いたのか、ジャイアンがにこにこと笑って俺に近づくと、甘い香りがした。
「……ジャイアン…?」
「懐かしいなぁ~その呼び方!って言うか洸、大きくなったね~聞いてなかったら誰か分からなかっただろうなぁ~」
俺よりも遥かに小さな体。ころころと柔らかい声。興奮気味に俺の服を掴む小さな手。
「………………………」
母さん、大事件が起こった。
ジャイアンが性転換をしてしまった。
「ってか洸の荷物、玄関の外に出ていたよ。危ないよ?まだ片付けてないなら手伝ってあげるよ。幼馴染のよしみで」
勝手に話を進めたジャイアンは、俺の手を引いて、俺の部屋に向かった。未だ茫然自失の俺はジャイアンの為すままだ。
「洸の荷物、結構少ないね。これならすぐに終わりそう。終わったら、うちに戻って夕飯食べていきなよ。父さんも洸に会いたがっていたから」
玄関に置きっぱなしにされていたダンボールを、ジャイアンが引き摺っている。俺はぼうっとしながら、それを持ち上げてリビングへ運んだ。
それほど重いとは思わないこのダンボールを、ジャイアンは持ち上げる事が出来ないようだ。
ジャイアンの腕を取って、しげしげ眺める。
細い、小さい、白い、柔らかい。
最近の性転換技術は凄い。ホルモン注射と言うものだろうか?
「洸はどこの大学に通うの?何大学志望したの?」
ぐずぐずするなよ、置いてくぞ!野太いジャイアンの怒鳴り声。学校でも家でも響いていた。
それなのに、今聞こえるのは耳に優しいソプラノ。
掴んでいた腕を離し、喉を触ると、ジャイアンはくすぐったいと笑って身を捩った。
肩で切りそろえた髪が手の甲に当る。
ふわふわした髪は、柔らかくて触り心地が良い。
俺の手で一回りしてしまいそうな、細い首が少し怖い。
現在の医学は凄い、凄すぎる。ジャイアンの喉に喉仏がない。手術した痕も全くない。
「洸は必要なものしまっちゃいなよ。私は、片付いたところから拭いて行くからさ。砂っぽいし、埃っぽいよ」
雑巾はどこだと探しながら、ジャイアンが座って靴下を脱ぐ。ジャイアンが履いていた靴下は、掃除していないフローリングのせいで少し黒っぽくなっている。
無意識に見ていたジャイアンの足は男として小さすぎるサイズだった。ごつごつした感じが微塵もなく、丸みを帯びている。
「ジャイアン…」
「ん?」
ジャイアンが性転換をした、現代医学の進歩を目の当たりにした、と心の中で大騒ぎしていたが、流石にそろそろ分かっていた。
ジャイアンは性転換したわけではなく…。
「ジャイアン………女だったのか…」
俺の言葉に、ジャイアンは何を今更と呆れたような表情を浮かべた。
「……ちくしょう…っ」
つい口から悪態が出る。
「………可愛すぎる」
がくりと膝を突いて項垂れた俺を、ジャイアンが、訳が分からないというように覗き込む。
やっぱり可愛い。めちゃめちゃ可愛い。
いじめっ子大将ジャイアンが、成長すると何故こんなに可愛くなるのか。おかしい、おかし過ぎる。
母さん、事件だ。大事件だ。
ジャイアンが、いじめっ子ジャイアンが、可愛い女の子になっていた。
疲れている生身の目で見ているからいけないのかもしれない、あのいじめっ子ジャイアンの悪事を思い出し、心の目で見れば良いのか。
小さい頃のジャイアンを心に描きながら、もう一度今のジャイアンを見る。自分よりも大きくて、乱暴で、手加減を知らないガキ大将のジャイアン。
「洸?」
ジャイアンは不思議そうに首を捻り、長い睫の下のくりっとした目を俺に向けている。
「無理だ…どう見ても可愛い…」
いじめっ子ジャイアンといじめられっ子のび太。のび太はいじめられまいと、体と心を鍛え、成長し、のび太をいじめる奴らはいなくなった。
大人になった2人が再会し、良き友達になるとすれば、子供向けのストーリーとして在りがちだ。
しかしジャイアンが実は女の子で、凄く可愛くなって、しずかちゃんなんて目に入らないほどのび太の好みど真ん中だった場合どうなるんだろうと、俺は頭を抱えた。
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