クローズアップ2013:降圧剤 京都府立医大の論文撤回騒動 製薬社員も名連ね
毎日新聞 2013年03月28日 東京朝刊
◇1億円の寄付金/製品のPRに利用
京都府立医大のチームによる降圧剤「バルサルタン」の臨床試験論文3本が、掲載した学会誌から「重大な問題がある」との理由で撤回された。血圧を下げる本来の効能は否定されていないが、脳卒中などのリスクを下げる働きもあるとした論文の信頼性は揺らいでいる。論文をPRに利用してきた製薬会社「ノバルティスファーマ」(東京)の社員が、試験に関係する別の論文で統計解析責任者として名を連ねていたことや、ノ社が論文責任者側に1億円余の奨学寄付金を提供していたことが取材で判明した。関係者の説明責任が問われている。【河内敏康、八田浩輔】
問題の臨床試験は、京都府立医大の松原弘明・元教授(56)=2月末に辞職=のチームが04年にスタートさせた。高血圧の患者約1500人にバルサルタンを飲んでもらい、経過を追跡。薬の効果を確かめていった。
松原元教授は試験中だった08年に、問題の3本に先だって、試験の実施要綱をまとめた論文を英医学誌電子版で発表する。この論文には、データの統計解析に責任を負う「統計解析の実施組織」として、ノ社の社員の名前が別の統計の専門家と共に記載されていた。しかしノ社の記載はなく、所属は「大阪市立大」とだけ記載されていた。
この点について、3月に取材に応じたノ社の三谷宏幸社長は「どんな統計方法がいいかについてアドバイスしただけ。試験内容や、試験の組み立て方などデザインに関わる相談を受けたことはない。社員は大阪市立大の非常勤講師を兼任していた。統計の世界では有名な人物だ」と説明した。
問題の3論文は、09〜12年、日欧の2学会誌に相次いで発表された。09年の最初の論文は「従来の降圧剤に加えバルサルタンを服用すると、血圧の低下と関係なく、脳卒中や狭心症のリスクも下がった」と、欧州心臓病学会誌に発表された。
ノ社は、この論文を基に、バルサルタンの効果をアピールする広告を医学雑誌にたびたび掲載するなど営業活動を展開。コンサルタント会社によると、11年度の売上高は、日本の医家向けの医薬品中3番目の約1192億円に上った。
だが欧州心臓病学会は、今年2月になって「複数のデータに重大な問題がある」と、論文を撤回。関連する論文2本を掲載していた日本循環器学会誌も、昨年末に「データ解析に多数の誤りがある」との理由で撤回する事態となった。いずれの学会誌も「重大な問題」の詳細は明らかにしていない。