2013-03-23
福島県での甲状腺がん検診のこれまでの結果で、甲状腺がんの発生が多発と言えるのか?
現在、福島県の子供達に甲状腺がんの発生が増えているのかどうかについて、疫学者の津田敏秀氏から次の考察が出されました。
福島県での甲状腺がん検診の結果に関する考察 ver.3.02
岡山大学大学院・津田敏秀氏
http://www.kinyobi.co.jp/blog/wp-content/uploads/2013/03/fefc48e1bcaef4b4191bb12c61f176731.pdf
多発の確認
2013年2月13日に行われた福島県民健康管理調査検討委員会の発表によりますと、2011年度に行われた38,114人(対象者は47,766人で79.8%の受診割合)の0歳から18歳を対象とした甲状腺がん検診で、3例の甲状腺がんが、すでに手術され確認されたそうです。2月13日に記者会見された福島県立医大の鈴木教授によりますと、検診対象者の年齢層での甲状腺がんの発生率は年間100万人に1人ぐらいだそうです。本稿ではまず、この甲状腺がんの検出が、この地域での甲状腺がんの多発を意味するのかどうか、比較をやってみて検証を行います。
以下に整理していきます。
・発見確率3人÷38,114人は、「がんの状態」の人を発見した確率。これを有病割合(有病率)と呼びます。
・100万人に1人ぐらいという数値は「がんが発生」してきた従来の発生率(X)。
・福島での甲状腺検診での発生率(Y)
・がんのように比較的珍しい病気の場合、有病割合と発生率の関係の近似(Rothman 2012)が成り立つ。
有病割合≒発生率×平均有病期間(D)
有病割合/平均有病期間(D)≒発生率
※平均有病期間とは、病気があると分かってから病気が治るまで、あるいは死亡するまでの期間。
[有病割合](3÷38,114)/[平均有病期間]D=[発生率]Y
[発生率]X=1/1000000に対して[発生率]Yは、何倍か?
Y/X={(3÷38,114)÷D}/(1÷1000000)
=3×1000000÷38,114÷D
=78.7÷D(倍)
※Dの値を知りたい
津田氏の場合、初老の女性の胃がんのケースから、D=7(年)として計算
78.7÷7=11.24(倍)
とし、多発と判定。
しかし、Dはこれでいいのでしょうか?
成人の検診における超音波検査における甲状腺がん発見確率(有病割合)。
「日本における甲状腺腫瘍の頻度と経過−人間ドックからのデータ」の表3
http://www.japanthyroid.jp/commmon/20100102_07.pdf
・甲状腺がんの有病割合は、0.49%
(ただし、表2に示されている様に超音波検査による甲状腺がんの発見率には幅があり、大まかな目安としての数値です)
罹患率(集団における疾病発生率)は、厚生労働省のデータから、
http://ganjoho.jp/public/statistics/pub/statistics01.html
年齢別グラフは、http://ganjoho.jp/pro/statistics/gdball.html?16%2%2
・成人の発生率(Z)は、全体の中での18歳以下の罹患率が少ないので、全年齢のデータが成人の罹患率とほぼ同じと見なして、
10万人当たり男性3.4人、女性10.8人→男女ほぼ同数として、平均7.1人
この場合のDは、
[有病割合]0.0049/[平均有病期間]D=[発生率]7.1÷100000
0.0049÷7.1×100000=D
D=69.0(年)
この[平均有病期間]Dの値は成人の場合ですが、これを適用すると、
78.7÷D=78.7÷69.0=1.1(倍)
これだと、現時点では多発とは言えないのではないでしょうか?
また、平均有病期間(D)について、津田氏は7年とした理由をこう述べています。
問題は平均有病期間Dの値です。これを例えば50年というような長い期間にしてしまうと、一生かかってがんになることになり、これは果たしてがんと言って良いのかどうか分からなくなります。私の研修医時代の経験で、初老の女性で早期胃がんが発見されたのに断固として手術を拒否して7年ぐらいでお亡くなりになった方がおられました。初老の女性と今回対象の小児とでは全く異なりますし、検診による早期胃がんの発見から臨床症状が出て受診するまでの期間は、検診による早期胃ガンの発見から亡くなられる迄の期間よりも短いですが、とりあえず、この7年という期間を仮に当てはめますと、11.24倍の多発になります。7年というのはかなり大きめの値を当てはめましたが、これはかなりはっきりとした多発です。
太字は、私の方でしました。
甲状腺がんの場合は特殊で、甲状腺がんを持っていても気が付かずに一生を終えるケースが意外と多いという事実は、あまり知られていません。
先に紹介した『日本における甲状腺腫瘍の頻度と経過−人間ドックからのデータ』の「甲状腺腫瘤および癌の頻度」の項には、甲状腺は、剖検によって初めて発見されるラテント癌(潜在癌)の多い臓器であると解説されています。
フィンランドでは、剖検例の35.6%に甲状腺癌が発見されているとありますが、高い割合ですね。
がんになっても気が付かずにそのまま放置されているケースが多いのが甲状腺という臓器の特徴なのです。
なので、成人の検診におけるデータから算出した、平均有病期間(D)が50年以上であっても殊更に変ではないと思われます。
甲状腺がんの特徴とは大きく異なる(津田氏が遭遇した初老女性の)胃がんのケースを当てはめて推定するよりも、成人の甲状腺がんのスクリーニングのデータを適用する方が、より近い推定になってくると思います。
ということで、(私の計算にどこか大きな間違いがなければ)現時点では福島の子供達に甲状腺がんが多発という結論をしてしまうのは拙速ではないかと考えます。
※まだ甲状腺がんであるかどうかの確定診断がされていない人達がおり、その結果を待ってからではないと確定数がどれだけ増えるか分かりませんので、現時点で多発かどうかの判断は難しいと思われます。
(うっかり者なので、計算が間違っていたらどうしよう?ドキドキ)
<補足>
潜在しているがんが多いケースについて、顕在化したがんを扱っている罹患率(発生率)と、調べなければ潜在したままであったがんも積極的に発見されるスクリーニング検査での有病割合とを組み合わせて計算していますが、これは津田氏の方法に合わせたものです。
集団検診が一般化しているがんとは背景が異なっているので、その点については念頭に置いておいて下さい。
<補足2> 別の計算方法
上の計算では、津田氏に合わせてDを求めてから計算しましたが、有病割合/平均有病期間(D)≒発生率 の式を、一般的に集団検診がされていない病気のケースにも適用できるかどうかという疑問があります。
実は甲状腺がん検査について、成人での対応するケースがあるのでDを求めなくても比較ができます。
[福島の検診の場合]有病割合=3人/38114人=7.87人/10万人 発生率=0.1人/10万人
有病割合/発生率=78.7
[成人の検診の場合]有病割合=0.49%=490人/10万人 発生率=7.1人/10万人
有病割合/発生率=69.0
福島の検診と従来の成人の検診の場合を比べて、有病割合/発生率の値はそれぞれ、78.7と69.0になります。
よって、福島の検診では、従来の成人でのケースと比べて78.7/69.0=1.1倍となり、現段階ではほぼ同じということになります。
※こちらの、シンプルに比較する考え方による方法だと、平均有病期間(D)の値の妥当性について余計に悩む必要はなくなります。
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甲状腺がんの疑いとされた7人は、穿刺細胞診の結果で、その偽陽性率は1割以下ですから、9割以上は甲状腺がんです。3人+6人=9人は甲状腺がんの確率が高いです。3.8万人中9人=1万人に2.4人。
これはチェルノブイリ事故の5〜7年後に山下氏らが調べたベラルーシの高汚染地帯での10歳以下の子どもの甲状腺がん有病率をも上回ります。
潜在しているラテント癌が多いことを考慮すると、一般の子ども達がこれまでスクリーニングを受けることはなかったので、多くのケースは見逃されてきたと考えられます。
顕在化した特殊例を一般化して考えることは、避けた方が良いだろうと思います。
リンクして頂いた「ふくしま集団疎開裁判」のHPの、チェルノブイリでの笹川プロジェクトでの発見率と比較して論じてある資料ですが、
1993年までのデータですね。笹川プロジェクトでは1993年からやり方を変えたと書いてあります。
http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/1999/00198/contents/013.htm
「1993年以降は各センターに超音波エコーガイド下での吸引針生検という方式を導入」
検査の手法が異なっているのに、そのまま比較するのはできないと思います。
一つ気になったのが、「平均有病期間とは、病気があると分かってから病気が治るまで、あるいは死亡するまでの期間」と言っていいかどうかです。津田氏もこうした説明をしています。しかしながら、実際に観察される甲状腺がんの「病気があると分かってから病気が治るまで、あるいは死亡するまでの期間」は69年も長いわけはありません。癌が発見された患者さんの多くは治療され治りますし、治療されなかった/治療されるも治らなかった場合でも死亡までの平均が50年を超えるなんてことはありません。
ここで甲状腺がんの有病割合と発生率の関係を知るために使用した「有病割合≒発生率×D」という式におけるDは、「病気があると分かってから病気が治るまで、あるいは死亡するまでの期間」というよりも、「癌がスクリーニング検査で検出可能な大きさになってから癌が臨床的な症状を引き起こすまでの期間」とするほうが、より適切であろうかと思います。特に甲状腺癌については、剖検例での甲状腺癌の発見率の高さから考えるに、「癌がスクリーニング検査で検出可能な大きさになってから癌が臨床的な症状を引き起こすまでの期間」がきわめて長いです。
そもそも、小児の甲状腺癌を「有病割合≒発生率×D」という数式で考えてよいかどうか、疑問に思われます(もちろん、片瀬さんは「津田氏の方法に合わせ」てこのエントリーを書いたことはよくわかります)。極端な例として、たとえば小児の前立腺がんが発生率ゼロ(本当にゼロかどうかは知りませんが説明のための例です)であり、かつ、小児の前立腺をかたっぱしからスクリーニングしたらごく一部に前立腺癌が見つかったとしましょう。普通に考えれば「小児で見つかった前立腺癌はゆっくり成長するがゆえに小児の間は臨床的に問題を起こさないのであろう」と考えるところですが、「有病割合≒発生率×D」という式にこだわると、Dが無限大とでも考えない限り、とほうもない「多発」ということになります。
津田先生の危惧のように、小児甲状腺がんは有意に増加しているのかもしれません。しかしながら現時点では有意に増加しているとは断定できません(津田先生もこの点には同意されると思います)。結論がわかるのは、他地域との比較、もしくは、福島でのスクリーニングの2順目、3順目の結果次第です(後者が有力だと個人的には考えます)。今回発見された3例が原発事故による有意な増加を示しているのなら、スクリーニングの2順目ではもっと多くの甲状腺癌が見つかるでしょう。潜在的な癌を掘り起こしただけなら、むしろ2順目で見つかる甲状腺癌は少なくなるでしょう。現時点では有意に増加していないと断定できないからもっと何か対策を、という提案は検討されるべきです。一方で、過剰検査、過剰治療の害についても考慮されるべきです。
小児甲状腺がんについて「有病割合≒発生率×D」という数式を適用することへの懐疑をここで表明した理由の一つが、今回の2次検査で甲状腺癌が確定した3例以外に、新たに甲状腺がんが診断されたとして、それだけで「有意に増加」が断定できるわけではないことを前もって述べておく必要があると考えたからです。細胞診陽性の7例以外にも、細胞診陰性の66例の中から甲状腺がんと診断される事例が出てくる可能性はあります。たとえば、合計10名の甲状腺がんが確定したとして、有病割合は(10÷38,114)となります。D=69.0(年)として計算したら、Y/X=3.8倍となります(私の計算が確かなら)。
ですが、3.8倍だとしても有意な増加だとは断定できません。被曝による有意な増加かもしれないし、あるいは「わりと多くの甲状腺がんは小児のときから発生しているが、ゆっくり成長するためになかなか臨床的には発見されていなかった」ことを反映しているだけかもしれません。「有病割合≒発生率×D」という数式への懐疑を前もって述べておかないと、「合計10名の甲状腺がんが確定した」なんてことが起こった場合にどのような反応があるかはだいたい想像がつきます。念のため。