2013年04月12日

◆「癌は治る」という妄想

 抗ガン剤による無駄な治療が多くなされる理由は、「癌は治る」という認識が広まっていることだろう。しかしそういう楽観的な認識は妄想だとわきまえるべきだ。(常に、ではなく、たいていは。)

 ──

 抗ガン剤による無駄な治療が多くなされる。ろくに延命効果もないことのために、莫大な費用を投じ、かつ、病院のベッドを大量に占有する。そのせいで、肝心の「治るべき患者」は入院できなくなるし、救急医療の必要な事故の患者は放置されて死ぬし、妊婦は入院できずに助産院で危険な出産をしたりする。まったく、ひどいありさまだ。

 なぜこういうことが起こるか? その理由は、「癌は治る」という楽観的な認識が広まっていることだろう。
  ・ 癌は治る
  ・ 抗ガン剤や放射線治療で治る

 こういう楽観的な認識が広まっている。そして、「癌は治った」という実例がいくらか語られる。
 しかし現実には、癌は治らないことが多い。場合によっては治る事例もあるが、たいていの癌は治らない。
( ※ 子宮頸がんならばたいていが治るし、悪性リンパ腫や白血病のように、近年では抗ガン剤がよく効くようになった癌もかなりある。とはいえ、大半の癌は、そうではない。末期癌になるようなタイプの癌は治らないのが普通だ。)

 そして、「治るはずの癌が治らない」と知ったとき、絶望した人々は、非公式なインチキ医療にすがるようになる。紅茶キノコやら、アガリクスやら、超ミネラル水やら、ホメオパシーやら。
 だから、こういうインチキ医療がはびこる原因の一つは、現代の医療の認識が間違っていることによる。「癌は治るんですよ」なんて人々が信じ込むようにさせている医学界が悪い、とも言える。

 むしろはっきりと事実を告げるべきだ。事実とは、こうだ。
 「もう何十年も癌を克服するために多種多様な抗ガン剤が開発されたが、それでも延命効果は1〜2カ月ぐらいであるのが普通だ。画期的な抗ガン剤というものが出て、それはまだ日本では未承認であるだけだ、と思われることもあるが、どれほど画期的な抗ガン剤であれ、(既存のものに比べて)延命効果は1〜2カ月ぐらいであるのが普通だ。元祖のものを完全に治療することは、できていない。(たいていの癌は)」

 つまり、子宮頸がんや他のいくつかの癌のような例外を除いて、たいていの癌は克服不可能なのである。
 とすれば、「いつか治ると信じて、苦しい治療を受けて、大金を費やす」というふうにするよりは、「残された期間をより良く生きる」という方針に転じた方がいい。

 だから私としては、こう言いたい。
 「癌は治るという妄想を捨てよ」

 治る癌もあるが、たいていの癌は治らない。単に延命効果が少しあるだけだ。その事実を直視するべきだ。
 現実から目を逸らすべきではない。無意味にあがくべきでもない。そんなことをすればするほど、残された時間を有意義に過ごすことができなくなる。本来ならば10カ月を充実して生きることができたはずなのに、その期間を 12カ月に延ばすかわりに、その期間のすべてを治療・入院のために費やすことになり、まともに生きる時間がゼロになってしまった、というふうになりかねない。
 人は癌になったとき、死を直視する勇気を持つべきだ。そして、そうして初めて、残された期間をより良く生きることができるようになるのだ。



 [ 付記 ]
 なお、次のことを言っているわけではない。
 「癌になったら、必ず死ぬと思って、絶望せよ」
 そんなことは言っていません。誤解しないでほしい。

 実際には、治る癌もけっこうある。子宮頸がん、悪性リンパ腫、白血病、肺の小細胞癌など。「必ず治る」というほど楽観はできないのだが、うまく治って完全寛解する例が 70%ぐらいある、というように、治療効果の高い例もある。
 そういう場合には、希望を持って治療に励めばいい。ただ、その場合には、いちいち悩んだりしないで、治療に専念すればいいだけだから、本項の話題とはあまり関係ない。
 世の中には運悪く、「たいていの患者が死ぬ」という癌に冒された人々も多い。そういう人たちにとって、残された人生をどう生きるか、ということを話題としている。医学よりは、宗教の範囲に近いかもしれない。

 ついでに言えば、医者も自分たちの限界をわきまえるべきだ。死を避けられない患者に対して、「最大の努力をするべきだ」と言うべきではない。どんなに努力しても死を避けられない場合もある。そういう患者には、無駄な努力を勧めるよりは、残された余生を心穏やかに過ごせるように勧める方がいい。死にむかって進むことは、医学の領分ではなく、宗教の領分に近いのだ。癌の前では、医者は謙虚であるべきだ。「医学は万能だ」と威張るよりは、「医学のできることはあまりにも小さい」と思って、患者の前で頭を垂れるべきだ。医者がそういう態度を取ってくれたとき、患者は心を穏やかにして、死に向かうことができるだろう。



 【 関連サイト 】

 Amazon の漫画のベストセラーの上位は、「ブラックジャックによろしく」で独占されている。というのも、無料だからだ。( Kindle 版のみ。)


《 Amazon マンガ・ラノベ ベストセラー 》




 ま、それはともかく、この漫画のシリーズ後半では、「癌患者が未承認薬で癌を克服しようとしたが、最後には死んでしまった」という話が出てくる。ただ、「残された期間をより良く生きること」というのも話題になっている。無料なので、読んでみるといいだろう。

 ──

 Kindle を持っていなければ、iPad 版の Kindle アプリを使ってもいい。
 Windows や Mac などのデスクトップで読むには、次のページから。
  → 佐藤秀峰 | 漫画 on Web
 ※ 癌患者の話は、5巻あたりから。
 
 [ 余談 ]
 次の話題がある。
 医療マンガ「ブラックジャックによろしく」で膵がんにかかった登場人物がジェムザールを投与されて嘔吐・脱毛するシーンが描かれたのに対して、ジェムザールの発売元である製薬会社が出版社に抗議し、正式に謝罪文が掲載されたのは有名なエピソードです。
 ジェムザールは、出ない人には本当に副作用は出ませんよ。もちろん個人差はありますが。
( → 医療掲示板




 【 関連情報 】

 さまざまな癌ごとに生存率の大小を示した一覧表。
  → http://gendai.ismedia.jp/articles/-/18907
 最も治りにくい順に、
  膵臓癌、胆嚢癌、肺癌、……
 という順序。
 白血病は近年、抗ガン剤が効くようになったが、それでも上位から6番目の悪さだ。
 残念なことではあるが、現実はかなり厳しい。
 
posted by 管理人 at 19:16 | Comment(2) | 医学・薬学 このエントリーをはてなブックマークに追加
この記事へのコメント
NIHの小林久隆さんがスプレーするとがん細胞だけが光るプローブの開発に成功しています。まだ二山ぐらい越えないといけないでしょうが、本当の「がんの薬」も夢ではなくなってきたように思われます。
Posted by ホンロン at 2013年04月13日 06:26
 情報ありがとうございました。
 ちょっと調べたところ、『2020年までに光でがん治療に革命を起こし世界のがん患者100万人を救いたい』とのことです。
 http://yumenotobira.sblo.jp/article/29533844.html

 また、この方法だと、目に見えるような表層の癌だけに限られそうです。難治とされる膵臓癌のように、臓器の内部の癌は、もともと見えないので、ちょっと無理っぽい。
 iPS で臓器交換の方が速いかも。あるいは、免疫拒否をなくす薬が進歩しているので、他人の臓器移植で済むかも。
 でもまあ、いくら医学が進歩しても、永遠に生きれるようになるわけじゃない。
Posted by 管理人 at 2013年04月13日 06:53
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