水棲物語
バンドウイルカの出産   平川雄治


 平成11年6月2日、当園で初めてバンドウイルカの赤ちゃんが誕生しました。 しかし、残念なことに6月4日、赤ちゃんは急死してしまいました。 今回はその出産から子育ての様子を紹介いたします。

 出産の兆候
 6月1日母イルカは、大好きな水遊び(身体や口の中に水をかけてもらうこと)をしないで、 一頭だけ離れて泳いだり、餌をほとんど食べなかったり、 呼吸や動作がゆっくりになるなど、いつもとは違った行動が見られました。 これらのことから出産が間近と判断し、母イルカと保母役のイルカ以外は、 ショープールから予備プールに移動させ、さらに赤ちゃんイルカにとって危険なところは改善するなど、 親子が安心して生活できる環境を準備しました。 そして、これ以後万全を期すため、24時間体制の観察を開始することにしました。 また、このように出産場所をショープールとしたため、イルカライブは休止することにしました。
出産前の母イルカ
出産
 出産
 6月2日12時50分、赤ちゃんイルカの尾びれの先が、 母イルカの生殖孔から出始め、いよいよ出産が始まりました。 人間とは反対で、イルカは尾びれから産まれます。 尾びれは、すぐにすべてが出てしまうのではなく、しばらくは母イルカの生殖孔から出たり入ったりしていました。 一方母イルカは、プール内の同じコースをゆっくり回ったり、 あるいはしばらく止まったりしていました。
 14時23分、それまで2つに折りたたまれ、出たり入ったりを繰り返していた尾びれが、 花のように開き生殖孔から完全に出ました。
(※写真1)母イルカは依然ゆっくりとした動きを続けています。 開いた尾びれは、母イルカの泳ぎに合わせてゆらゆらと揺れています。
 16時16分、このころには、赤ちゃんイルカの尾びれから体の約1/3ほど、 ちょうど生殖孔あたりまでが、時折見えるようになりました。 (※写真2)母イルカは、いままでより回転半径を大きくして泳ぐようになっていました。
 16時56分、背びれが見えるようになってきました。生殖孔からの出血も見られます。 あと少しでイルカの身体で最も太い部分が出てきます。 母イルカにとっては、最も苦しいところなのでしょうか、今までとは異なり、 急にスピードを上げたりコースを変えるなど不規則に泳ぐようになりました。
 16時58分、尾びれが出始めて約4時間がたったときです。 それまで出たり入ったりを繰り返していた赤ちゃんイルカの身体が、今まで以上に大きく出てきました。 その瞬間赤ちゃんイルカが、パッと広がる鮮血の中から、 プール底に落ちるようにスルーッと産まれ出ました。 赤ちゃんイルカは、まだ柔らかい尾びれを懸命に動かしながら水面に向かい、 そして生まれて初めての呼吸をしました。 母イルカは赤ちゃんイルカを産み落とすと、 直ぐに吻(くちばし)や身体で赤ちゃんイルカを支えて呼吸をしやすくしたり、 プールに激突しないように泳ぐ方向を誘導しています。 陣痛で苦しんだ身体にもかかわらず、必死に赤ちゃんイルカを助けています。 これまで、少しわがままで子供っぽい性格のイルカでしたが、 この時は見違えるような母親ぶりを発揮しました。

 子育て
 20時頃、赤ちゃんイルカは母イルカにくっついて、プールを大きく回りながら泳げるようになりました。 そして、呼吸も母イルカと同じ回数になるまでに安定してきました。 そうなると次はおっぱいを飲まなくてはなりません。 イルカのおっぱいは、赤ちゃんが産まれてきた生殖孔の両脇にあります。 泳ぎが安定してきたころから、赤ちゃんイルカがおっぱいを探る行動が見られ始めましたが、 なかなか乳首に吸い付くことが出来ないようでした。 母イルカもゆっくりと泳いだり、身体の向きを微妙に変えて吸い付きやすいようにしていましたが、 何度も失敗しました。ようやくおっぱいを初めて飲めたのは、 出産からおよそ7時間後の23時43分でした。 (※写真3)ちなみにこの7時間後の初授乳は、飼育下では正常と言われる範囲内です。 そして一度成功すると、その後は徐々に上手になってきました。
 6月3日、母イルカの摂餌や授乳、赤ちゃんイルカの泳ぎや呼吸状態などは、 昨日に引き続き安定していました。 (※写真4)このまま順調に育ってほしいと願いながら観察を継続しました。

親子イルカ


 事態の急変そして死亡
元気に呼吸する赤ちゃんイルカ  6月4日、これまで赤ちゃんイルカは、呼吸数が1分間に2〜4回、 授乳はほぼ30分〜1時間に1回と安定した状態を続けていました。 そして、この日も11時00分に授乳を確認しましたが、 これ以後授乳をしない時間が長く過ぎていき、 職員にはだんだんと不安がつのってきました。 人工哺乳という方法もありますが、赤ちゃんイルカを捕まえた途端に、 ショックで死んでしまうなど成功率がかなり低いと言われているので、 できればこのままで授乳を再開してほしいと願いました。 ただ、緊急時にそなえプールの水抜きや職員がプールに入る用意をするなど、 赤ちゃんイルカを保護する準備を整えました。
 18時42分、突然赤ちゃんイルカが、母イルカから離れてめちゃくちゃな泳ぎを始めました。 母イルカは必死に赤ちゃんイルカを誘導しようとしますが、 どうしても赤ちゃんイルカをうまく誘導することができません。 私たちも、何とかしたいとは思うものの、この状態ではプールに入り助けることも出来ません。
 18時50分、赤ちゃんイルカは、苦しそうに水面上に頭を出したままの立ち泳ぎ状態になりました。 母イルカも必死に下から支えようとしていました。
 18時54分、母イルカの懸命の助けも及ばず、赤ちゃんイルカの泳ぎが止まり、 やがてプールの底に静かに沈んでいってしまいました。

 最後に
 なぜ死んでしまったのか、調べることは数多くあり、現在もいろいろな調査を続けています。 また、なぜおっぱいを飲まなかったのか、もしくは飲めなかったのかなど、疑問も数多くあります。 私たちはこれらの疑問を可能な限り解明し、今後の妊娠・出産に今回の経験を活かしたいと考えています。



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