○毎日新聞8月4日 06総裁選Q&A―ここも議論を
憲法改正 論点はやはり9条
具体化の道筋見えず
Q 先月28日の「東京ブロック大会」で安倍晋三官房長官が「憲法改正の議論を進めたい」と意欲を語ったね。
A 安倍氏は改憲問題を政権構想の柱に据えようとしている。祖父の岸信介元首相が改憲積極派で、岸派の流れをくむ森派にとって改憲は言わば悲願なんだ。
Q もともと自民党は憲法改正を掲げているんじゃないの。
A 確かに自民党は1955年、「現行憲法の自主的改正」を目的の一つとして結党している。安倍氏のほか、麻生太郎外相、谷垣禎一財務相も改憲賛成の立場だね。
Q 3人とも同じ考えに聞こえるね。
A 安倍氏は「真の意味で戦後を終わらせるため、憲法を私たちの手で作ることが大切だ」、麻生氏も「自分のことは自分で決定する。それを憲法で実行していないことは重大だ」と言っており、この2人は積極派。
Q 谷垣氏は。
A 谷垣氏も「憲法は制定時の射程距離の限度いっぱいまで来ている。改憲は必要」と言っているけど、どちらかと言うと財政再建やアジア外交などの政策論を前面に訴えようとしている。
Q 実際にはどういう論議があるのかな。
A やはり戦争放棄と軍隊の不保持を定めている9条が焦点。大きな論点は集団的自衛権の行使を認めるかどうかだね。政府は「権利は持っているが、行使はできない」との見解だけど、改憲派には「米軍と自衛隊が一緒にいる時に米軍が攻撃されても自衛隊が反撃できないのはおかしい」と批判が強い。自民党が昨年10月にまとめた新憲法草案も行使を認めようという内容になっている。
Q 「ポスト小泉」候補はどういう考えなの。
A 谷垣氏はきちんと改憲の手続きを取ったうえで行使を容認する立場だ。安倍氏は改憲派だけど、この点については現行憲法の解釈変更で行使できると考えている。
Q ほかの論点は。
A 新憲法草案をそのまま踏襲するかがポイント。「前文」から復古調を除いたり、9条1項の戦争放棄を維持した点には党内にも議論がある。
Q 次の政権で具体的に手続きが進むのかな。
A 実際には難しい。改憲には衆参両院の3分の2以上の賛成だけでなく国民投票での過半数の賛成が必要だけど、必要な手続きを定める投票法案も成立への道筋はついていない。どの程度まで踏み込んでスケジュールを示すかも各候補の注目点だね。 【田中成之】
○日本経済新聞8月6日――中外時評
憲法改正は日程に乗るか 試される安倍氏の本気度 論説副主幹 安藤 俊裕
自民党総裁選レースを独走中の安倍晋三官房長官は総裁選顔見世興行である7月28日の党東京ブロック大会の討論会で「憲法改正についてしっかり議論していきたい」と語った。安倍氏はこれまでも「憲法改正は次の内閣の大きな課題。自らの手で21世紀にふさわしい憲法に変える必要がある」と述べたことがある。
小泉純一郎首相を含めてこれまでの首相は憲法改正の必要性に言及したことはあるが、「自分の内閣で憲法改正を手がける」と表明した首相はいない。安倍氏が自民党総裁になり、「自分の内閣でやりたい」と言明すれば、初めての首相が誕生することになる。
安倍氏は近著「美しい国へ」でも憲法改正の意欲をにじませている。要約すると「51年前の自民党結党の目的は2つあり、一つは経済の復興であり、もう一つは真の独立回復を図るための憲法改正である。第1の目標は達成されたが、第2の目標は後回しにされた。集団的自衛権を行使できないという憲法解釈はおかしい。日本の安全保障を考えるうえで、いまの九条のままでよいだろうか」という趣旨を述べている。
安倍氏の祖父・岸信介元首相は自民党結党に大きな役割を果たし、とりわけ結党時の理念・政策は岸氏の考え方が色濃く反映されている。首相の座を目の前にして、祖父がなし得なかった憲法改正の宿願を自らの手で成し遂げたいとの思いが募るのは無理からぬことだろう。
小泉首相も就任当初は首相公選論を提起し、これをテコに憲法改正論議をリードしようとした。しかし、首相公選論への支持は広がらず、議論が失速すると憲法改正そのものに熱意を失ってしまった。憲法改正手続きを定める国民投票法案は先の通常国会の会期を延長すれば成立する可能性もあったが、首相は会期延長を拒否し、あっさり先送りした。
これに伴ってこの秋にも独自の憲法改正試案をとりまとめる予定だった民主、公明両党はとりまとめ作業を中断、先送りした。一見、憲法改正の機運は遠のいたように見えるが、決してそうではない。次期首相がリーダーシップを発揮して秋の臨時国会で国民投票法案を成立させれば、憲法改正の政治プロセスは着実に動き始める。
まず来年の通常国会で具体的な憲法改正案を審議できる憲法審査会が衆参両院に設置される。自民党は昨年の結党50党大会で新憲法草案を策定しており、これを国会に提出する。これに合わせて民主、公明両党も独自の憲法改正案を国会に提出せざるをえなくなる。3党の案が出そろった段階で国会発議に向けた実質的なすり合わせ作業が始まるだろう。
国民投票法の施行は成立から2年後であり、2009年には国民投票が可能になる。政界でささやかれる「2010年までの憲法改正」は決して絵空事ではなく、国民投票法案が成立すれば、現実の射程に入ってくる。次期首相が「自分の手で憲法改正を」と唱えてももはや不思議ではない。
憲法改正に大きな影を落としているのが靖国神社問題である。小泉首相は靖国神社参拝に対する内外の批判をかわすのに手いっぱいで、憲法改正に取り組む余裕はなかったというのが実情である。靖国問題で国論が大きく二分するような状況では与党内でも憲法改正の機運は高まらない。
安倍氏は靖国参拝問題では小泉首相よりも強硬に見える。「美しい国へ」の中でもA級戦犯合祀(ごうし)の妥当性をしきりに強調している。しかし、いわゆる「富田メモ」によって昭和天皇がA級戦犯合祀に強い不快感を示して靖国参拝を取りやめた経緯が明らかになり、安倍氏の見解は急速に説得力を失いかけている。
最近の各種世論調査でも、A級戦犯を合祀した靖国神社への首相参拝に反対する人が5割を超え、賛成を大きく上回るようになった。こうした状況で次期首相が靖国を参拝すれば、政権に対する内外の風圧はいっそう激しくなり、憲法改正どころではなくなる。安倍氏は首相になったら靖国問題にどう対処するのか。それは安倍氏の憲法改正に対する取り組みの本気度を占う試金石にもなる。
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