2013年3月19日(火)

イラク戦争開戦から10年(2) ~再燃する宗派対立~

傍田
「シリーズでお伝えしている、『イラク戦争開戦から10年』。
2回目の今日(19日)は、戦争後の混乱で激しさを増した宗派間の対立です。」

鎌倉
「挙国一致を目指して発足した政権の内部でも依然、宗派対立は根深く、国作りにとっての障害を築くとともに、今もあとを絶たないテロの原因にもなっています。
イラクの宗派対立の構図について、まず黒木さんからです。」

黒木
「こちらをご覧下さい。
イラクでは、人口のうち、イスラム教のシーア派が6割、スンニ派が2割を占めています。
スンニ派のフセイン政権時代、多数派のシーア派は抑圧されてきましたが、フセイン政権が倒れると立場は逆転し、シーア派のマリキ政権が発足します。
しかし、それまで既得権を握っていたスンニ派が反発を強め、宗派対立は一時、『内戦』と呼ばれるほど激しさを増しました。

その後、一時鎮静化したかに見えた宗派対立が再び激しくなるきっかけとなったのは、隣国シリアの内戦なんです。
マリキ政権は、シーア派の一派が支配層を占めるシリアのアサド政権と良好な関係にあります。
一方、シリアの反政府勢力はスンニ派が中心です。
このシリアの反政府勢力をイラクのスンニ派が支援する動きが出ています。
仮にアサド政権が倒れると、イラクのスンニ派も勢いを増すと見られ、シリア内戦の影響がイラクに飛び火しかねない状況になっているのです。」

鎌倉
「シリアの内戦の影響で再び激化する様相を見せるイラクの宗派対立。
戦乱に翻弄されるイラクの市民を取材しました。」

イラク戦争 開戦10年 戦乱に翻弄される市民

先月(2月)、イラク西部で行われたスンニ派の大規模な反政府集会です。
シーア派のマリキ首相が権力を独占しているとして、気勢を上げていました。

スンニ派 聖職者
「皆さん、マリキと軍に突きつけたい言葉は?」

「NO~」

一方、シーア派も対抗して集会を開き、スンニ派が国の分裂をあおっていると非難しました。

シーア派 市民
「スンニ派のデモに対抗するため、集会に参加しました。
(彼らのせいで)国がバラバラになるのは断固反対です。」

宗派間の対立の深まりに、市民の多くは絶望感にさいなまれています。
アブドラ・ムハンマドさんです。
フセイン政権時代、治安機関で働いていました。
フセイン大統領が処刑された2006年以降、イラクでは宗派対立が激化しました。
政権側にいたスンニ派のアブドラさんは、シーア派の民兵にたびたび脅迫されたと言います。

アブドラ・ムハンマドさん
「ある日トラックが突然、家の前に来て、銃を持った民兵に脅されました。
私は身の回りのものを集め、子どもを連れて逃げたんです。」

脅迫を受けて、イラクから隣国シリアのダマスカスへと逃れたアブドラさん。
シリアで仕事も見つけ、平穏を取り戻したかに見えました。
ところが、アラブの春の影響で始まったシリアの民主化運動は、その後、泥沼の内戦へと変質しました。
政府軍と反政府勢力の対立は、次第に宗派間の対立の様相を帯びていきました。

アブドラ・ムハンマドさん
「各地に検問所があり、スンニ派かシーア派か調べるんです。
対立する派だと分かると、ひどい目にあわされました。」

内戦は激化し、砲弾はアブドラさんの家のすぐ近くにも飛んできました。
身の危険を感じたアブドラさんは、去年(2012年)9月、家族を連れて再びイラクに戻ってきました。
しかし、6年ぶりに戻ってきたイラクでも宗派対立は収まっていませんでした。
治安は一時に比べ回復したものの、テロはいまだに続いています。
19日もバグダッド中心部などで爆弾テロと見られる爆発が10件以上相次ぎ、少なくとも50人が死亡しました。
先月ひと月だけでもテロの犠牲者は、およそ200人にのぼっています。
どこへ逃げてもついてまわる暴力の応酬。
仕事もなく、生活に困窮するアブドラさんは、争いはもうたくさんだという思いを強めています。

アブドラ・ムハンマドさん
「シリアでもイラクでも宗派対立です。
息子の帰りが遅いと(心配で)何度も電話をかけてしまいます。
私はスンニ派だがシーア派の友人もいて、家族のようにつきあってきたんですが…。」

イラク戦争 開戦10年 宗派対立 政権内部に影

鎌倉
「宗派の対立は、挙国一致をうたって発足したマリキ政権の内部にも深刻な影を落としています。
一昨年(2011年)、スンニ派を代表する政治家、ハシミ副大統領が、マリキ首相に突然、訴追され、政権から追われたのです。
NHKの取材班が現在、国外亡命中のハシミ氏とのインタビューに成功しました。」

スンニ派の重鎮、ハシミ氏は2005年の議会選挙を経て、副大統領に就任しました。
しかし、一昨年12月。
シーア派が主流のマリキ政権内で対立し、政権幹部の殺害に関与した疑いがあるとして、逮捕状を出されたことから、トルコに亡命。
その後、イラクの裁判所から死刑判決が言い渡されています。
ハシミ氏への取材の承諾を得た私たちは、イスタンブールに到着後、ようやく面会場所を伝えられました。
しかし、そこには誰もおらず、今度は別の場所を指定されました。
暗殺などを強く警戒していることが伺えました。

厳しい荷物検査の後、ようやく会うことができたハシミ氏。
インタビューでは、宗派対立が激化する現状への強い懸念をあらわにしました。

イラク元副大統領 ハシミ氏
「宗派対立は危険なレベルにきていて、イスラムの人は皆、神経質になっています。
明日何が起きてもおかしくないのが現状です。」

ハシミ氏は、イラクでの宗派対立を決定的にしたのは、2006年12月のフセイン元大統領の絞首刑だったと言います。
スンニ派のフセイン元大統領を処刑する際、周囲から、スンニ派をののしる言葉が叫ばれ、非公開だったはずの処刑の様子もインターネットに流出しました。

イラク元副大統領 ハシミ氏
「死刑はスンニ派の祝日の日を選んで執行されました。
つまり、マリキ首相はフセイン元大統領を独裁者としてではなく、スンニ派の代表として処刑したのです。」

また、ハシミ氏はマリキ首相が同じシーア派の隣国イランとの関係を深め、その傀儡(かいらい)になっていると非難しました。

イラク元副大統領 ハシミ氏
「イランはイラクへの影響力をますます強めています。
イランはマリキ首相を支援し、またシーア派の武装組織も支援しています。
マリキ首相はその見返りとして、同じシーア派に近いシリアのアサド政権を支持しています。
つまりイラクは今、イランの言いなりになってしまっている状態なのです。」

さらに、ハシミ氏はシリアでの泥沼の内戦はイラクに波及し、宗派対立を再燃させるおそれがあると警告しました。

イラク元副大統領 ハシミ氏
「イラクのスンニ派の一部は、シリアのアサド大統領打倒を目指す勢力に協力していますが、それはシーア派のマリキ政権を弱体化させることができると考えているからなのです。
もし、アサド政権が崩壊すれば、イラク国内に影響が及ぶことは間違いありません。
そして、その影響はスンニ派だけでなく、シーア派にも広がり、双方の対立はさらに激しくなっていくでしょう。」

イラク戦争 開戦10年 深刻化する宗派対立

鎌倉
「バグダッドにいる小林記者に聞きます。
イラクの宗派間の対立、今後、ますます激しさを増していってしまうんでしょうか?」

小林記者
「バグダッドではけさも、爆弾テロと見られる爆発が相次ぎ、私たちのいるこの場所でも、ドーンという爆発音が聞こえました。この爆発についても、反政府活動を続けるスンニ派の過激派の関与が疑われています。
ハシミ元副大統領の件でも明らかなように、シーア派のマリキ首相らによるスンニ派の政治家の追い落としの動きは顕著で、これに対するスンニ派の反発は強まっています。
シーア派が勢力を拡大する中で目立つのが、同じシーア派の隣国のイランの影響力が強まっていることです。
バグダッドにあるシーア派モスクの前では、イランの革命指導者ホメイニ師の書いた本が公然と売られていました。
こうした状況に、イラク戦争は結局、アメリカが宿敵のイランに、イラクを手渡してしまったようなものだという皮肉すら聞かれます。
スンニ派は、マリキ政権がイランやシリアのアサド政権と連携を強め、ますます支配的になることを警戒しています。」

イラク戦争 開戦10年 対立 中東全域拡大も

傍田
「イランの影響力がイラクで強まっているという話もありましたけれども、シリアの内戦が激化したことで、イラクの宗派対立に再び火がついたという構図になっているわけですよね。
こうした連鎖が中東全域に拡大していく、こうした懸念というのは、やっぱりあるんでしょうか?」

小林記者
「すでに対立が飛び火する兆候が出ています。
今月(3月)4日、シリアの政府軍の兵士たちが、国境を越えてイラクの政府側に保護を求めたところ、逆にイラクのスンニ派の武装勢力から攻撃を受け、48人が殺害されました。
スンニ派の過激派がイラク国内でテロを起こすだけでなく、シリアの反政府勢力に加担していることを改めて示した事件でした。
シリアで反政府勢力を支援してスンニ派の政権を作れば、シーア派のマリキ政権を強くけん制できるという読みがあるからです。
アサド政権が倒れれば、今度はシリアの反政府勢力がイラク側に流入し、イラクの宗派対立に拍車をかける事態が懸念されています。
さらにシーア派の大国イランとスンニ派の大国サウジアラビアの思惑も絡み、イラク戦争によって顕在化した宗派対立は中東全域に広がり、地域の不安定さを強めかねない危険性をはらんでいます。」

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