バットマンを狂わせたのは誰なのか。『アースワン』ほか傑作・問題作を振り返る
posted by ナガタ / Category: 新刊情報 / Tags: マンガ, 古典,
アメコミとかあんまり読まないんだよねー、という人、たくさんいると思います。僕も昔はそうだ ったのですが、気になるシリーズを買い集めるところから始めたらわりとすんなり入門出来ました。ちなみにハマったのはX-メンを中心にメタフィクション的に壮大な展開をする『エイジ・オブ・アポカリプス
』全3冊からでした。1冊あたりゼクシィ並みの分厚さと重さを持つ大作。ところで最近はバンド・デシネとともにアメコミも精力的に紹介されています。なかでもバットマンは、判官贔屓的根性というか、ダークな世界観や狂気に満ちたキャラクターたちの魅力で、とっつきやすいシリーズなんじゃないかと思います(偏見)。
とはいえ、バットマンも1939年にスタートした長寿シリーズで、これから最初の作品に手を出して全巻読破してやろうというのは相当の根性が必要でしょう。そこで「予備知識無しでシリーズを読み始められるように、また第1作を作っちゃえ」という実に割り切った考え方で作られたのが今回取り上げる『バットマン:アースワン
』です。今日の記事は、この「アースワン」を皮切りに、バットマンシリーズの過去の傑作・問題作をまとめて紹介しようと思います。
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とはいえ、バットマンも1939年にスタートした長寿シリーズで、これから最初の作品に手を出して全巻読破してやろうというのは相当の根性が必要でしょう。そこで「予備知識無しでシリーズを読み始められるように、また第1作を作っちゃえ」という実に割り切った考え方で作られたのが今回取り上げる『バットマン:アースワン
バットマン関連本というと、いきなり脱線して『バットモービル大全
まずは順当に「アースワン」の紹介を。そもそもこの「アースワン」というのは、冒頭にも書いたとおり「前提知識なしで読める」というもの。バットマンはいちおう「正義の味方」なのですが、生まれも育ちも大富豪だし、小さい頃から両親を殺した犯罪者への復讐心を燃やしていたり、正直あんまり感じの良いヤツじゃないんです。
だがそこが良い。
「生まれも育ちもお金持ちで正義の味方」だなんてイヤじゃないですか、僕はイヤです。「正義の味方」の顔をしながらも、心のなかは暗い感情で焼き付かされんばかりになっている。そこがたまらなくイイ。しかもバットマンはX-メンやスーパーマンとは違って超能力を持っていません。お金と強靭な(狂いかけの)精神力があるだけの「ただの人」なんです。空も飛べないし、撃たれたり刺されたりすると血も出るし入院したりしなければならない。変な格好をしていますが、どちらかというと実はスーパーマンよりもシャーロック・ホームズとかに近い存在なんです。
そういうわけで、バットマンはむしろハードボイルドの変態バージョンとして考えたほうがしっくりくるかも知れません。このことはこの「アースワン」でも前提にされていると考えていいでしょう。アクションは派手ですが、じめじめとしめった夜の街ゴッサム・シティ、狂気のアーカム家の廃墟で繰り広げられる気が滅入るような悪行…。この「アースワン」はニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリストで4週連続1位を記録した作品なのですが、こんなに暗鬱とした世界のお話がそんなに長いことランクインするなんて、アメリカ大丈夫なのかと心配になりますね。
そして、この「アースワン」の次に読むことをオススメしないのが、次に紹介する『キリングジョーク
ゴードン親子がジョーカーにどんなことをされるのかはさておき、本書の目玉は何と言ってもジョーカーが廃墟になった遊園地を自分の帝国として改造し、そのなかのアトラクションを読者が疑似体験するような描き方がされているというところ。『ウォッチメン
なお上掲のインパクト大の表紙も、これを手に取る読者に対するジョーカーからの挑発だと考えることも不自然ではないでしょう。ちなみに巻末の資料によると、この表紙絵はアートワークを手掛けたブライアン・ボランド自身が鏡の前でポーズをとって撮った写真をもとにして描いたそうです。
このブライアン・ボランドのカヴァーギャラリーも巻末に収められているので、何冊かここでも紹介しておきましょう。微かな哀愁と底寒い狂気を滲ませるジョーカー、セクシーなキャットウーマンやポイズン・アイビーなどが魅力的です。
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さて、役者が揃って参りました。バットマン、ゴードン親子、ジョーカー、そしてキャットウーマンとポイズン・アイビー。彼らが活躍する作品として次に上げるのはいきなりですが『ザ・ラスト・エピソード
この作品を手掛けているのはアメコミ界の最異端とでも言うべき『サンドマン
アレックス・ロスによる超美麗かつ渋いカバーアート(アルフレッド…泣)も素晴らしいのですが、本編を描いているのはアンディ・キューバートという人物。彼はゲイマンの上記のような変なストーリーを描くにあたって、なんと歴代のバットマンのストーリーの描かれ方を踏襲して、語る人物ごとに描き方を描き分けるという離れ業をこなします。
いやマジすげえよ、という話なんですがここでちょっとややこしい話を。さきほど「執事のアルフレッドがジョーカーの正体だったと語る」と書きました。アルフレッドは執事になる前は旅芸人でピエロを演じていたことがあり、バットマンの正義欲を満たすために自ら悪人を演じたと言うのです。ところで、この『ラストエピソード』では、登場人物それぞれが「自分はバットマンの死を知っている」と語るのですが、それがどれも違うんですね。つまりバットマンは何度も死んでいる。でも作中にこれらの登場人物の語るエピソードを聞いている「バットマンの霊」みたいなモノローグが挿入されて「違う、これは俺の知っている俺ではない…」とか語るんです。ややこしい。でもそれがいいですね。
この『ラストエピソード』には、「黒と白の世界」と題されたエピソードも収録されています。これはモノクロでバットマンの世界を描くという、メビウスや大友克洋も参加した超ウルトラ豪華な国際的なプロジェクト『バットマン:ブラック&ホワイト
またしても演技、またしても役者の話なのです。メタフィクション。そもそもジョーカーはピエロの姿をしていながら、ピエロの扮装をしているのではなくて「薬品に浸かったために肌が変色してしまった」というのが基本設定です。アルフレッドが扮装していたとか、ノーラン監督の映画『ダークナイト』での化粧の剥げかけたジョーカーは特例と言っていいでしょう。つまりジョーカーは演技のはずだった狂気に「変色」してしまった存在なのです。もっとも、肌の色が変色しているだけで、実はやっぱり演技しているだけかも知れないというのもジョーカーの恐ろしいところなのですが。ともあれ、この演技と現実の境目、狂気と正気の境界というテーマは、ジョーカーを自分の反転した姿だと認めるバットマンについても言えること。バットマンは自分を狂っていないと思っているようですが、傍から見たらやっぱり変な服を着て暴れまわる狂人なわけで、かなり危ういバランスだと言うべきでしょう。
そのバットマンの狂気のバランスが限界まで試され、つまり読者のほうもかなりインセインな領域へ引っ張られるのが『アーカム・アサイラム
怖えよ!
これ以上ないくらいイっちゃった眼のジョーカーの顔が闇に浮かんでるだけでも超コワイのに、なんかその上にマジっぽい魔法陣が描かれてるし…なんなんこれマジこれなんなん…。しかもこの魔方陣、なんか銀で描かれてて下地のジョーカーの顔の上に浮き上がって見えるんですけど…
既に紹介した『キリングジョーク』もジョーカーの顔が怖いカバーで、しかもカメラのレンズの部分が特殊印刷でちょっと質感が違ってるってのもありましたけど、こっちの銀の魔法陣も怖い。
そもそもこの作品、ムーアの『フロム・ヘル
話の内容としては、「アースワン」でバットマンことブルースの母親がその末裔だとされている「アーカム家」の呪われた家を改修した精神病院が舞台になっていて、そこがジョーカーを筆頭とする凶悪犯たちによって占拠され、バットマンが呼び出されてそのなかを彷徨う、という感じ。バットマンは歴代の狂悪犯たちが跋扈する占拠された精神病院のなかを彷徨いながら、この屋敷の呪われた歴史を辿ることになります。
この作品を読んでから「アースワン」を読みなおしても、逆に「アースワン」を読んでからこっちを読んでも味わい深いと思います。
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『アーカム・アサイラム』に登場する魔術的なオブジェっぽい写真に似た感じの、やっぱり意味不明の写真が印象的なジャケットのアルバム。やっぱり『アーカム・アサイラム』を読むBGMとしても最適だと思いますし、『アースワン』をまったく予備知識無しに読んでも、これを聴きながらだと歴代バットマンの狂気の歴史を堪能できると思います。
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