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米空軍の無人ミニシャトルX-37B

--新宇宙輸送系のコストシリーズ--

五代 富文

 2010年5月22日現在、アメリカ空軍の開発した小型無人のスペースシャトルX-37Bが地球を周回している。低軌道での各種試験を済ませた後、自動操縦によって再突入、滑空し、空軍基地に着陸する予定である。この計画実現に至るまでの技術開発の中核をなしたXシリーズ試験機の概要と、最近の成果であるX-37B無人シャトルについて述べよう。

 

図1:X-37Bの軌道飛行イラスト

 

 アメリカでは航空宇宙技術のための試作機が,第二次大戦後いまに至るまで60年以上にわたって数多く計画されてきた。

 NASA(前身はNACA)、米空軍、国防高等研究計画局DARPAなどが進めてきた”X “ シリーズ計画がその中心であって、超高速、超高空飛行技術を主目標として研究、開発されてきた。

Xシリーズはチャック・イエーガー搭乗で有名な1950年頃のX-1以降、50タイプを超える機種が試験され、この絶え間ない技術開発こそ、世界最高のアメリカ航空宇宙技術の源泉となっている。航空機と宇宙機のどちらともいえない機体も多く、秘密のベールに包まれたものもあり、実機製造に至らないもの、完成しても試験飛を行わなかったものは数多い。

 宇宙関連では、ICBMアトラスの派生型から固体ロケットによる再突入実験機などもあったが、主なターゲットは再使用型有人宇宙航行機の実現のための技術試験と、宇宙往還機の実証機の試験であった。形状は有翼型と揚力飛行体(リフティングボディー)である。

 スペースシャトルは、この各種飛行試験と多くの概念設計の結晶であって、第1期有人宇宙航行機として実現されたが、その後を継いで2010年頃から2030年までの運用をめざした第2期有人宇宙航行機については、多くの試みはあったものの具体的な成果には至っていない。目標は、乗員の損失は1万回に1回、低軌道への輸送コストは1ポンド当たり1000ドル(1kg当たり4.5万円)である。現状と比べると、危険率は50〜100倍改善、輸送コストはおよそ20分の1に低減だから、理想値といってよいだろう。

 

 安全性、信頼性、コストを改善する有人宇宙航空機の実現をめざした研究開発が続けられているが、現時点では、NASA、国防総省合同の宇宙打上げ構想SLI(Space Launch Initiative,)は、中止されている。すなわち、RLV(Reusable Launch Vehicle)実機の1/2縮尺である試験機X-33,全複合材構造の中型試験機X-34はキャンセルされ、空気吸い込み複合ロケットエンジンの小型試験機X-43で一部成果は得たものの, SLI第2期は頓挫している。

   

図2:X-33イラスト               図3:X-34実機

 

 SLIの代わりに開発が進められた月有人飛行をめざすコンステレーション計画(アレスロケット)も、2010年2月にオバマ政権によって中止された。スペースシャトルの派生型であるアレスを止め、地道なエンジンなどの技術開発に戻って、有人宇宙航行機構想を検討し直しているのであろう。

 

図4:アレス1ロケット試験機#1

 

 このようなNASA輸送系開発構想が錯綜している中、2010年4月22日(日本時間23日)に、米空軍はX-37B OTV(Orbital Test Vehicle)という無人ミニシャトルを打ち上げた。

 X-37B OTVの全長は8.7m、翼スパン4.5m、質量5トン。このボーイング社開発のミニシャトルは、フロリダ州ケープカナベラル空軍基地(ケネディ宇宙センターに隣接)から、アトラスV型ロケットで低軌道に打ち上げられ,現在軌道上で試験が行われているようだ。スペースシャトルと類似した貨物室があるが、その大きさは2m x 1.2mとかなり小さい。

        

図5:X-37B OTV       図6:アトラスVロケットのフェアリング内

 

直径5mのアトラスVロケットのフェアリング内に収納されて、一般の人工衛星と同じやり方で17秒後には低軌道に投入された。最長270日の宇宙周回後には地上からの指示で再突入し、カリフォルニア州バンデンバーグ基地に着陸する予定だ。初号機だから、そんなに長期間の宇宙飛行をすることはなく、宇宙実証がすめば早期に帰還するであろう。

 X-37B OTVは、国際宇宙ステーションとはまったく関係ない飛行である。打ち上げ模様や外観などは公表されているものの、宇宙周回中にどのようなミッションを行うか詳しくは説明されていない。

 発表によれば、誘導、航法、制御、熱防御システム、アビオニクス、高温構造とシール、再使用断熱材、軽量飛行システム、自動軌道飛行制御、再突入と着陸、長期にわたる宇宙技術実験と試験が目的といわれているが、それは再使用型無人ミニシャトルであれば当然のことを述べているにすぎない。

 

 一般に、アメリカ軍事分野における宇宙輸送機開発の目的としては、以前から、迅速に宇宙へアクセスすることに重点が置かれていた。それに加えて、X-37B OTVは、宇宙環境試験テストベッドでとして、衛星技術、衛星センサーなど部品試験にも使われる。さらに、米軍事総合戦略の一環として、無人宇宙往還機の新しい軍事利用,展開の方向を示しているかもしれない。

 

図7:X-37B OTVミッションイラスト

 

 同じ宇宙開発でも、NASAと国防総省DoDでは目標が異なっている。途中の技術開発は同じでも、NASAは宇宙輸送費の低減を最終目標として、その先駆けの実証機X-37を計画した。耐熱機体、推進系などの開発と大気圏再突入と着陸を進め,20回以上の再使用によって宇宙輸送費を一桁下げるのが目標で、ボーイング社が開発を担当した。スペースシャトルの貨物室に収納されて宇宙へ放出された後、宇宙実証試験と再突入・無人着陸を行う計画だった。

 一方、長年にわたって宇宙往還機開発をめざしていたDoDは、宇宙操縦機(Space Maneuver Vehicle, SMV)X-40の試作試験を進めた。これがX-37の原型で、ヘリコプターから投下試験され無人自動着陸に成功したX-40は、NASAのX-37計画へ統合された。

 X-37はスペースシャトルでの軌道試験の前にNASAのB-52大型航空機から分離・滑空降下試験される予定であったが、予算不足から2004年には、スケール・コンポジット社のホワイトナイトというX賞で有名な民間宇宙航空機(SpaceShip Oneの母機)を利用することとなった。この着陸試験機はX-37 ALTV(Approach and Landing Test Vehicle)と呼ばれ、2006年モハベ砂漠でおこなわれたが、着陸後に転倒破壊してしまった。

 

図8:X-37

図7:X-37ALTVの滑空試験(母機から分離前)

 

この間、NASAとしてのX-37計画は中止され、DoDのDARPAに開発体制が移行し、軍事計画となった。

 

 X-37はアメリカにおける宇宙機開発のやり方と総合力を示していて、NASA、DoD、民間、の目標、技術、予算の関係がかいま見える。

もっともX-37の経緯については、密接な官軍産の連携というよりも、DoDが1950年代のダイナソア(X-20,Dyna Soar)以降半世紀にわたる長い期間、主導力を望んできた宇宙往還機をやっと手に入れたというべきだろう。

 このNASAのX-37が設計変更されて、米空軍のX-37Bとなり、今回の宇宙飛行へとつながったのである。

 

credit: NASA, USAF,DARPA