吹く風が冷たく頬を撫でる、2月のある日のこと…―。
ジルに呼び出され部屋を訪れると、そこにはアランの姿がある。
アラン「…………」
(アランまで、一体どうしたんだろう……)
ドアを閉めると、やがてジルがため息をつきながら告げた。
ジル「実は、噂がたっています」
「噂、ですか?」
ジルの話によると、
プリンセスと騎士のスキャンダルが、城内で話題を呼んでいるという。
ジル「若い騎士や使用人の間では、まるで物語のように語られているらしいですが」
(それって、まさか……)
私ははっと息を呑み、アランを見上げた。
アラン「…………」
アランは黙ったまま、ジルの言葉に耳を傾けている。
ジル「あなたはまだ正式に王を選んでいるわけではありませんから、」
ジル「このような噂は、波紋を起こしかねません」
そしてアランを見やり、告げた。
ジル「噂が薄れるまでの間、あなた方には少し離れて頂きます」
アラン「な……」
アランが何か言おうと口を開くものの、ジルが睨むように視線を送る。
ジル「何か?」
アラン「…………」
アランは眉を寄せ、口をつぐんでしまった。
私はその横で、自分の手をぎゅっと握り締めていた。
(そんな……)
部屋を出ると、私は先を歩くアランを呼びとめた。
「アラン……!」
アラン「…………」
すると足を止め、アランが小さくため息をつき振り返る。
アラン「話しかけんなって、言われただろ」
「……う、うん」
先程言われたばかりのジルの言葉が、脳裏をよぎった。
(確かに、そうなんだけど……)
黙ったまま顔をうつむかせると、アランが私の頭をぽんぽんと撫でた。
アラン「あんま心配すんな。すぐにこんなこと終わらせてやるから」
「……終わらせる?」
(どうやって……)
見上げるとアランがふっと目を細め、もう一度軽く頭を叩く。
アラン「だからお前は、大人しく待ってろ」
アラン「じゃあな」
それだけを言うと手を離し、アランは再び歩いていってしまった。
振り返ることもなく見えなくなった背中に、ため息をつく。
「…………」
(アラン……どうするつもりなんだろう)
思いながら、私は微かな胸の痛みを感じていた。
(離れなくてはいけないこと……アランは、寂しくはないのかな)
部屋に戻ると、私はユーリから噂の話を聞いていた。
ユーリ「騎士たちの間で、話題騒然らしいよ」
それは一介の騎士がプリンセスの心を射止め、
昇り詰めていく物語として広がっているようだった。
(そんなおとぎ話のように噂されていたなんて……)
複雑な思いで聞いていると、お茶を用意するユーリがちらりと私を見た。
ユーリ「正式なお相手にともなれば、大変なことだもんねー」
「…………」
私はユーリの話に頷きながら、
あの時ジルに言い渡されたことを思い出す。
―ジル「プリンセスにはしばらく、部屋で待機して頂きます」―
―ジル「今後の対策を決めるまでは、外に出ないでください」―
(私は本当に、部屋で待っているだけでいいのかな……)
ユーリの淹れてくれたお茶に自身の姿を映し、ため息をついていると…。
部屋のドアが、控えめに叩かれた。
「……?」
顔を上げると、隣に立つユーリがドアを振り返る。
ユーリ「ああ、いらっしゃったよ」
ユーリの微笑みに、私は小さく首を傾げた。
(……誰?)
叩かれた部屋のドアを、ユーリが開く。
途端に現れた意外な人の姿に、私は思わず声をあげる。
「ロベールさん……!」
ロベール「こんにちは、プリンセス」
画材を持ったロベールさんが、にっこりと微笑んでいた。
肖像画を描いてくれるというロベールさんの指示に従い、
私は椅子に腰かけたまま動かずにいた。
「…………」
真っ直ぐに窓の外を見つめ、私はわずかに唇を開く。
「……私」
ロベール「ん?」
ロベールさんが、筆を止めずに私を見やった。
「いつまで、この部屋でじっとしていればいいんでしょうか」
「どうすればいいか、わからないんです……」
(このまま、アランとは離れていなくてはいけないのかな……)
呟くと、私は大きく息をつく。
「すみません。ロベールさんに、こんなこと……」
ロベール「…………」
すると黙って筆を置いたロベールさんが、にこやかに告げた。
ロベール「○○ちゃんの気持ちを理解出来るのは、一人だけだよね」
「え……?」
思わず顔を向けると、ロベールさんが立ち上がる。
ロベール「そうなると、私に出来ることは一つだけかな」
そして、その日の夜…―。
私はロベールさんに言われた通り、部屋で一人待っていた。
(ロベールさんはただ、真夜中まで待つようにって言ってたけど…)
(一体、何があるんだろう)
考えていると突然、窓が叩かれる。
「えっ……」
慌てて立ち上がり、私はそっと窓を開いた。
するとそこには、アランの姿がある。
「アラン……!」
アラン「…………」
部屋の中へと入ったアランが、私を見おろす。
「どうして……」
尋ねると、アランが視線を逸らしため息をついた。
アラン「宮廷画家のロベールに言われたんだよ」
アラン「お前のとこに、行ってやれってさ」
(ロベールさんが……)
―ロベール「そうなると、私に出来ることは一つだけかな」―
ロベールさんの言葉を思い出し、ふっと口元をほころばせる。
(そういうことだったんだ……)
アラン「…………」
見上げると、いつの間にかアランの視線が私へと寄せられていた。
「アラ……」
名前を呼びかけると、突然ぎゅっと抱き寄せられる。
アラン「ほとぼりが冷めるまで会わねえつもりだったけど……///」
アラン「俺の方が、無理だったかもな///」