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高浜虚子と心の闇

2012-04-19

SS-1

22:15

 待ち合わせの日は生憎の雨模様となった。場所は岐阜多治見の駅前の、目立つ銅像のある広場という事で、浩太郎は大学での業務を早めに切り上げた後電車に飛び乗った。

 車内はまだ時間が時間であったために、人がまばらであった。浩太郎は手じかにあったクロスシートに深く腰掛けると腕を組み、車窓から外の景色を見上げた。四月の末という事で、桜の一本でも花開いていれば風情かなと思ったが、雨で滲んだ窓硝子からはぼやけた光景しか伺えなかったので、そのうちまた思考の海に沈みこんだ。

 パパイヤマンゴー

 最近の浩太郎を悩ませてた懸案であり、そしてこれから会いに行く人物のハンドルネームである。

 ことあるごとに盛りのついた四十女のようなお節介やおだてを見せ、その理由が彼には到底正気か判断のつかないような内容な為に、実に悩ましかった。

 個人に向けられる愛情がどのようなものか、そしてそれがどれほど育まれるのが難しいものかというのを、浩太郎はその人生で十二分に理解していたので、やはりこれはある種のからかい、もといキャラ作りなる行為でないかと自分の中の一人が言い、いいやこれは彼女の本気であり、踏みにじるべきでは無いともう一人の自分が反論するような、つまる所判断が付きかねないという状況であった。

 そもそもにおいて、自分の人生の中での男女付き合いの経験が少ないという事を鑑みた場合、彼女と会ってみて真意がわかるのだろうかとはふと思ったが、まあそれを言い出したら切りがないのである。切りがないのならば殊更考える必要も無いのだろう。

 深い思考の中で、浩太郎はある出来事を思い出していた。今は無き祖父の、田舎にある別荘に連れて行かれた思い出。

 浩太郎の祖父の趣味は狩猟であり、たびたび一族の人間をつき合わせて野山に入っていったものだ。

 簡単に言ってしまえば、森の中で祖父とはぐれて迷子になったというものだ。今思えば笑い話のようなものだったが、当時は心底不安と未知とに駆られたものだった。巨大なもの、茫漠とした大きな流れ、非日常の弛まぬ流入。そういえばあの時と似ているな。と浩太郎は思い、そしてその考えの突拍子の無さに、口元を緩めた。

 一頻り思案した後に嘆息すると、浩太郎は胸ポケットから煙草を取り出して火を付けた。時間は四時を少し過ぎたあたり。タンブラーに残っていたコーヒーを一息に飲み込んだ後、浩太郎は再び目を瞑った。

 道程はまだ半分も過ぎていない。

 人もまばらな車内を、車掌のアナウンスと雨音が包んだ。

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