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高浜虚子と心の闇

2012-07-29

ニコ百合-3

16:26

「え? マキさんを知ってるんですか?」

「おう、東高の東堂だろ。有名だよな」

 そう言ってあかりの彼氏が頷いた。

 あれからマキさんとは仲良くなった。最近ではスカイプアカウントを教えてもらって、頻繁にチャットするようになった。それでも彼女に対する憧憬は変わらないし、依然としてファンの一人として緊張してしまう。

 あの動画を送った日。あの日マキさんはつらいことがあったみたいだった。日記を見てもいつもの気丈そうな雰囲気は無く、雨の中に濡れる子猫の抽象的な詩を書いていた。私はそれを見て胸が締め付けられるような思いになり、きっとマキさんは辛い気持ちになっているのだろうとコメント送った。

『ケイです。何があったのかはわかりませんが、元気を出してください。私はマキさんの事を尊敬しています。まるで駄目な私ですが、ファンの一人としてマキさんの力にならなんでもなりたいんです』

『ありがとう、ケイ。私は貴方の言葉で救われた。世界中で誰も私のことなんか見ていなくても、貴方という一人の人間が私を見てくれているという事、それが救いだと改めて気づかされた。ファンだなんてなんだかこそばゆいけれども、貴方の応援をとても感謝しているわ。マキより』

 そのやりとりは、確実にマキさんの役にたった、彼女の心の支えになれたという自負心でいっぱいになれたものだった。

 それ以降、他人に対してどこか一線を引いた態度だった彼女は、私にだけ心を許すようになった。彼女はニコニコ動画で人気になっていき、ブログやコメント欄につくメッセージも再生数と共に増えていった。中には下手糞などの心無いメッセージもあったが、私がマキさんの代わりに叱り付けておいた。

 どこかふわふわしたところのあった私だけれども、これからは彼女につりあうだけの人物になろうと、気を引き締めていたその時に訪れたきっかけだった。

「俺も話した事あるけど、綺麗だよな。ギターも歌も上手いんだろ。学校祭でなんかやってたらしいな」

「もう! ヒロシったら!」

 東高。ここから自転車で15分ぐらいの位置にある進学校だ。意外と近いところにいたという感動と、そういえば風景をブログにあげていた時に、見覚えのある光景があったなあという記憶が蘇ってきた。

「あの、マキさんと会いたいんですが」

「俺も直接の面識が無いしな……直接聞いてみたらどうだ? 活発だからすぐにでも会ってくれると思うぞ」

 私はその言葉を胸にしまいこんで、自分の家まで駆けたした。

 自宅のパソコンには彼女との全てのやりとりを保存してある。最初にメッセージに反応したときのもの。コメント欄でほめた時に、次の動画の投稿で返事をしてくれたとき。ブログのコメント欄で反応してくれたもの。私が友達と投稿した動画に、私の歌が一番上手いと言ってくれた大切な言葉。スカイプでの会話や彼女の動画。全てを保存して、自分だけの宝物にしていた。 

(文面はどうしようかな……)

 マキさんが思わずうんと言ってしまうような、素敵なメールを送ろう。そう考えて過去のやりとりを目を皿にして調べる。喜んでいる、または驚いている反応。何が言われて嬉しいのか、そして何を彼女が誇りに思っているのか。その全てをこの一文に詰め込みたい。

(マキさんは何でも出来る。だからそこは褒めるポイントにならない)

 頭が熱くなって、パンクしそうになる。どれが正解で、どれが不正開かさっぱりわからない。もうどうしていいかわからなくなって、最後は直接ストレートに言う事にした。

 ピコン。という音と共にマキさんがスカイプログインした音がする。彼女の時だけ音を変えて、ログインしたら携帯電話が音とともにバイブレーションが起動するようにしてある。

(歌の上手さは少しだけ私の方が低いけど、だから一緒にカラオケに行ったら楽しめるかな)

 そう思って、場所はカラオケにした。

――マキさん、いますか?

――ケイ、どうしたの

――あの、実はですね。

 胸が高鳴る。どうしていいかわからないぐらいにどきどきして、頭が真っ白になる。私は手のひらにのを三回書いて飲み込んだ。

――マキさんって、東高なんですか?

――え、なんで知ってるの?

――友達が、マキさんを知ってて

――ああそう

 しまった! これは失敗したかもしれない。これじゃあ私が余計な詮索をしている人みたいで、この瞬間にマキさんに悪く思われていると思うと胸が痛くなった。

 震える両手でキーボードを打つ。

――ごめんなさい。気を悪くしたら

――いいよ。ケイもなの?

――私は光中です。

――え! そうなの? 私もだよ

 意外な事を聞いた。マキさんも光中に通っていたのだと思うと、自分と同じセーラー服を着て、カッコよく学校を歩いていたのだと思うと、自然に体の底から喜びが沸いてきた。

――本当ですか?! 今度カラオケに行きましょう!

――いいよ。

 決まった! 一世一代の大博打が決まった!

――それじゃあ今週の日曜でいい? それにしても光中かあ、へえ

――はい、大丈夫です! マキさんの思い出話を聞かせてください

――いいよ。でもそんな面白いものも無いけどね

 そう言ったあと、ちょっと用事があるからといってマキさんはスカイプからログアウトした。私は喜びに声を上げて、お母さんに怒られるまで壁を叩いて喜んだ。

 今までで、いいや人生でこんな喜ばしいことはあっただろうかわからない。服を何着ていこう、何処にご飯を食べに行こう、何を歌おうか。そればかり考えて、今週は忙しくなりそうだなと、マキさんとのチャットの履歴を見ながらニヤついた顔で考えていた。

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