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高浜虚子と心の闇

2012-11-12

ツイートをやめたツイ子

16:55

 ツイ子が生まれたのは、あたりには何もない、竹林に囲まれた辺鄙な村でした。

 高度成長が叫ばれた頃。各地の発展する中心部で、煩雑と、猥雑と伸びていく文明の光とは隔絶した田舎の空の色は、どこまで純朴で青いままでした。

 田舎では子供はごろごろ生まれるものです。ツイ子は、武藤家の六男として生まれました。

 武藤家は武士の血筋で、古くから続くヴシュール村の豪族として有名でした。かつて脱藩した際に、家臣を引き連れてこの村を開拓したのがヴシュール村の始まりとも言われています。

 血を保つ為に幾重にも巡らされた血縁関係の、その一端。父である宗義と、母であるンデォネの間の子供で、五体満足で生まれた子供は、後にも先にもツイ子だけでした。

 兄であるツイ太郎は、醜く体躯が歪み、脊髄が皮膚から飛び出し、生命と哀れな肉塊の境界のような存在として、ンデォネの子宮から取り出されたすぐ後に地下蔵に放り込まれました。

――ほの暗いものは、より深い闇へ。

 村の言い伝えとして、村人は口々にそう言います。それは近代の萌芽の及ばないような、言い伝えと伝承と、科学の光が差さない田舎の闇とも言えるでしょう。

 ツイ子はそんな薄暗闇の中をすくすくと育ちました。

 柔らかな笑みを浮かべるンデォネは、そんなツイ子にインターネットを教えます。

 早くにしてインターネットを習得したツイ子は、村の中でも一番のインターネット使いとして有名でした。

 父であった宗義はそんなツイ子を誇って、村の祭りがあるたびに神輿の上に載せて、村人にインターネットを披露させました。

 幼いツイ子もそんな両親の期待に応えようとどんどん腕を上げていきます。

 ですがそんな幸せな日々は長く続きません。

 周辺の村との豪族会議において、ツイ子は成人の儀式をする事になりました。

 ツイ子はまだ12歳。元服にはまだ早く、両親も危険だと反対しました。ですが、豪族たちは決して譲りません。逼迫する状況、周辺の蛮族との争い、そして精霊の力が薄まった事による、奇病の流行。その中で跡取りの存在がどの家でも問題になり、ツイ子が無事に武藤家を継ぐ事による一強の状況が、彼らには許せなかったのです。

 中長期的な目線よりも、権力争いを取ろうとする。平和な時代が続いた事による危機感の欠如。ひとつの時代の、ひとつの体制の終わりは、いつだってこんなひょんな事から起こるものです。

「ツイ子や、お前は立派に育った。インターネット使いとしての腕もなかなかのものだ。だけどな、俺の若い頃の方がもっともっとすごかった。でもな、成人の儀式はギリギリだったんだ。わかるだろう?」

「お父様。そんな事はとっくに心得ております。ですが私も武藤家の跡取り。こんな事、些事に過ぎません」

 二人はそうやって抱き合いました。武藤家の立派な屋敷の、家族のためのこじんまりとした部屋で、二人は朝までお互いに抱きしめ会い、泣いたといいます。

 明くる朝、ツイ子は成人の儀式の為に家を出ました。

 呪術的な意味合いを帯びた紋様が描かれた、薄汚い布切れに身を包み、腰からは刃先が歪曲した短刀を下げ、Tシャツにはゴシック体でインターネットと書かれていました。

 年齢には不釣合いなほどに精悍な顔つき。12歳にはとても見えないような立派な眉と、英傑の彫像のように一本通った鼻筋。背丈こそは普通の子供と変わらないようなものでしたが、浅黒い肌から漏れ出す"気"は、凡そ人の持ちしその領域を容易く凌駕するものでした。

 

 成人の儀式は、ヴシュール村の外れにある、SNS寺の冥々とした洞穴の奥底にある泉に行き、水を汲んで来るというものです。

 その水は闇を払い、神秘と精霊の力を与えるものです。水であるにも関わらず、キラキラとした眩いばかりの光が溢れ出て、到底この世のものとは思えないほどの美しさを秘めています。

 ツイ子はSNS寺で参拝した後に、寺の洞穴に足を踏み入れました。

 中はじめじめとした湿気と、インターネットの腐臭がただよってきます。この気配は廃墟と化したテキストサイトに似ていると、ツイ子は思いました。

 襲い掛かってくる闇の住人やケルベロスを得意のインターネットで切り捨てていきます。途中危ないトラップなどに会いましたが、ツイ子のもつ類まれなる強運が、その悉くからすんでの所で救ってくれました。

 とうとうたどり着いた、最奥の泉。しかしそこはもう枯れ果ててしまっていました。

 悲観に暮れるツイ子。だが仕方がありません。高度成長による大気汚染、ダムの建設による森林破壊。それはヴシュール村だけではなく、この地域すべてを巻き込んで、守り神や精霊という存在を、存在しないという事を信じることによって、それらの存在を消し去ってしまうような、そんな状況において、この神秘はただ消えていく他無いのでした。

 ツイ子は考えます。

 自分がここに辿り着いた事を証明出来るものは何か無いか、そう考えました。ツイ子は自分がここに辿り着けたのは強運のなせるものに他ならない事と、もう一度ここに挑んだとしても、そのときには恐らく命は無い事を知っていました。

 厳格な父との誓い、優しい母の信頼。恐らく何もしないまま帰ったところで、そのすべてが失われてしまう事が、ツイ子には恐ろしくてたまらなかった。命さえ、命さえ捨て去ってしまっても、それだけはツイ子には許せませんでした。

 だからツイ子は全てを破壊する事にしました。

 はてなダイヤリーに残した言葉。今ではもう掠れて、なんて書いてあるかわかりません。世界の闇、インターネットアーカイブの闇にすら葬り去られた、過ぎ去りし日の言葉は、ただ緩慢な時間の流れの中で崩れ落ちてしまいました。

 バジル君もHIVで死にました。

 燃え広がる村、焼け落ちる生家。長年栄華を誇った武藤家も、崩れ落ちるまでにはそう時間は掛かりませんでした。

 ツイ子はもうツイートをする事はありません。消えてしまったヴシュール村と共に、あの日の誓いと共にツイ子はツイッターを卒業しました。

 流れ星が落ちる。

 いくつもの希望を載せて。幾万年も生きた歳月が、幾万人もの願いを叶える為に、その一瞬の輝きの為に己を照らす。

 全てはきっと、膨大な運命の中の、茫漠な流れの一片に過ぎないのだろう。ツイ子はわかっていた。そういう事は、とっくの昔にわかっていたのだ。

「武藤は止めてくれ。俺はもう武藤を捨てたんだ。武藤になれなかった、なりそこないの自分、どうしようもない落伍者に過ぎない」

 晩年のツイ子は語る。ヴシュール村を焦がした"災厄の日"から、ツイ子は自身の苗字としてツイートを名乗り始めた。

 ツイートツイ子

 意味はラテン語で、最も偉大で、そして愚昧なる存在。

 その物語は、全ての不運と不幸が終結した、その終着点にただツイ子がいただけの、もしかしたら喜劇に他ならないのかもしれない。

 幕が閉じ、誰もいなくなったとしても、彼が灯した炎は、蒼く燃え続けるでしょう。

 それはきっと、ツイートツイ子のツイートのように。

〜fin〜

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