星が空高く輝く、ある冬の夜…―。
ジル「待ってください、プリンセス」
明日の予定を聞くためにジルの部屋を訪れていた私は、
ジルに呼び止められ、ドアの前で振り返る。
「え?」
振り返ろうとすると、近づいてきたジルが私のドレスのリボンに手をかけた。
「…っ」
思わず顔を赤く染め見上げると、ジルが吹きだすように静かに笑う。
ジル「リボンが、崩れていますよ」
「あ」
ジルの指先が器用にリボンを直す仕草に、私はますます頬を染めた。
(びっくりした。私は、てっきり……)
ジル「……解かれると思いましたか?」
「……っ」
ジルのからかうような声音に、鼓動が跳ねる。
返事も出来ずに顔をうつむかせていると、ジルが耳元に顔を寄せた。
ジル「そのような反応をされると、期待に応えたくなりますね」
「ジ、ジル……っ…」
ジルの唇が、耳の輪郭をたどる。
静寂の中に、ジルが落とすキスの音だけが響いていった。
「ん……」
ドアに背を預けた私の髪を、ジルの指先がかきあげた、その時…。
ジル「…………」
ジルがふと、顔を上げた…。
ジル「…………」
不意に顔を上げたジルが、私の身体を離す。
ジル「少し、こちらに来てください」
(え……?)
視線に促されるまま私が一歩部屋の中へと入ると、
ジルが静かに、ドアを開けた。
ジル「…………」
再び音もたてずドアを閉め切ると、ジルがため息をつく。
(どうしたんだろう……)
不安気に見上げる私に気づき、ジルがふっと笑みを浮かべた。
そのまま手を伸ばし、私の身体をぎゅっと抱き寄せる。
ジル「少し面倒なことになるかもしれませんね」
ジルの呟きが、部屋に低く響いていった。
そして数日後の朝、私はユーリから驚くような話を聞いていた。
「え!」
ユーリの話によると、ジルが審問にかけられることになったという。
ユーリ「プリンセスとの関係を疑われているみたい」
「そんな……」
(私のせいだ……)
責任を感じ顔をうつむかせていると、教育係の代理としてレオが現れた。
レオ「そんな不安そうな顔しても、俺はなぐさめられないよ?」
からかうような笑みを浮かべレオが告げた時、部屋のドアが叩かれた…。
部屋のドアが叩かれ、見えたその顔に私は思わず声を上げた。
「ジル……!?」
ジル「…………」
黙ったまま部屋に入ってきたジルが、私からレオへ視線を移す。
レオ「災難だったねー」
ジル「ええ」
笑みを浮かべるレオが、ジルとすれ違うように部屋を出ていった。
やがて部屋にジルと二人きりで残されると、私はそっと顔を上げる。
「ジル、すみません。私は……」
小さな声をあげる私の元に近づき、ジルがふっと目を細めた。
ジル「……そのような表情をしているのは、私のせいですね」
「え?」
ジルの指先が、ゆっくりと私の前髪をなぞり眉を露わにする。
ジル「眉が下がっていますよ」
「……っ」
慌てて眉を隠すように手を上げると、ジルが楽しそうに笑った。
ジル「本当に可愛らしい反応をしますね、○○は」
「……ジル、からかわないでください」
掠れた声で告げ見上げると、ジルが口元に笑みを浮かべて言う。
ジル「今のあなたをだれにも見せたくないと思うのは、私のわがままでしょうか?」
「ジル……?」
見上げると、ジルが優しく私の背中を抱き寄せた。
耳元に唇を寄せると、そっとささやく。
ジル「とても寂しそうで、抱きしめたくなりますからね///」
「……っ」
そうして私を抱き寄せる手に力を込めると、ジルがため息をついた。
ジル「私は少し離れますが……他の男に目移りなどしないでくださいね」
「あ、当たり前です」
ジルの言葉を聞き、私は慌てて口を開く。
「私には……」
かあっと頬を染めると、ジルが私の顔を覗きこみ目を細めた。
ジル「…………」
すると私の言葉を遮るように頬に触れるだけのキスを落とすと、言う。
ジル「その続きは、また今度聞かせてください」
「ジル……?」
そっと私の身体を放し、ジルが大きく息をついた。
ジル「片付けなくてはいけないことがたくさんありますからね」
ジル「……私がいない間もしっかり務めを果たしてください。プリンセス」
私は笑みを浮かべるジルを見上げ、しっかりと頷いて見せる。
(ジルに迷惑をかけないように、私も頑張らなくちゃ……)
翌日から、ジルが側にいないままプリンセスとしての生活が始まった。
「…………」
机の上に積まれた書類を前に、私はため息をつく。
(やっぱり、ジルがいないと寂しい。でも……)
私は改めてペンを握り直し、目の前の紙に視線を落とした。
そして、昨日のジルの言葉を思い出す。
―ジル「私がいない間もしっかり務めを果たしてください。プリンセス」―
(約束だから。私はプリンセスとして、立派に務めを果たさなくちゃ)
そうして公務に没頭していると、レオがやって来た。
レオ「ジルも審問の席で、頑張ってるみたいだよ」
レオ「怖いくらいにね」
にっこりと微笑むレオが、ジルの現状を教えてくれる。
レオ「この調子じゃ、審問もすぐに終わりそうだよ」
「そっか……」
(良かった……)
心からほっとしている私の前に、レオが何かを差し出した。
「……手紙?」
差し出された封筒を受け取り見上げると、レオが真面目な視線を向ける。
それはネープルスからの、公式な招待状だった。
レオ「ウィスタリアとしては招待を受けたほうがいいかもね」
農業が盛んな隣国ネープルスとは、浅からぬ繋がりがある。
(こんな時期に……)
思わず小さく息を呑むと、レオが尋ねる。
レオ「どうする?行く?」