レオ「どうする?行く?」
レオに尋ねられ、私は手の中の招待状を改めて見おろす。
(ジルがいないことは少し不安だけど、私は……)
私はレオを見上げ、ゆっくりと頷いて見せた。
「行きます」
ネープルスに行くことを決めた私は、準備に追われていた。
(レオも側にいてくれると、わかってる。でも……)
(ジルがいなくて、私は本当に大丈夫なのかな)
静けさの中で、部屋のドアが叩かれる。
(もしかして……)
微かな予感に顔を上げると、そこにはやはりジルの姿があった。
「ジル……」
ジル「…………」
名前を呼ぶと、ジルが人差し指をたてて静かにという合図をする。
そして近づくと、声をひそめて言った。
ジル「レオから聞きました。ネープルスに行くらしいですね」
「……はい」
頷くと、ジルがふっと目を細める。
ジル「私はついていけそうにありませんね」
ジル「ですが……」
ジルの手が、優しく私の髪に触れた。
「……っ」
さらりとひと房手のひらに取ると、私の目をのぞきこむ。
ジル「心配いりません。あなたなら、大丈夫ですよ」
「…………」
ジルの言葉に、鼓動が大きく跳ねる。
その時、私は初めて気がついた。
(私はきっと、その言葉を聞きたかったんだ)
(ジルに、『大丈夫』だって)
胸をもやのように覆っていた不安が拭われていくのを感じ、私は息をつく。
(もう、大丈夫だけど……)
思いながらも私は、そっとジルの服の袖を引いた。
ジル「…………」
気づいたジルが、私の身体をぎゅっと抱きしめてくれる。
「頑張ってきますね、ジル」
肩に額をあてるようにして呟くと、ジルがわずかに笑みを浮かべた。
○○の部屋を出ると、ジルは向かいに立つレオに視線を寄せた。
やがてレオが笑みを滲ませて言う。
レオ「本当は、何をしてでもついていきたいって言えばいいじゃない」
ジル「…………」
するとジルが視線をそらし、わずかに目を細めた。
ジル「私がいなくても、大丈夫でしょう」
ジル「……○○は私よりずっと、しっかりしていますよ」
ネープルスを訪れた私は公務を終え、あてがわれた部屋へと戻っていた。
「…………」
無言のままソファに腰かけると、
明日の予定を読み上げるレオが、私を見おろして言う。
レオ「明日は舞踏会だよ」
「舞踏会……」
呟きながら、私はジルと交わした会話を思い出していった。
―ジル「心配いりません。あなたなら、大丈夫ですよ」―
(ジルのためにも、頑張りたい……)
私は顔を上げ、レオを見上げた。
「わかりました」
はっきりとした声で頷くと、レオがふっと目を細める。
レオ「その調子なら心配いらないね」
やがてドアに手をかけると、レオが小さく振り返った。
レオ「……ジルもウィスタリアで頑張ってるみたいだよ」
「…………」
ドアが閉まると、私は深く息をつく。
(正式に相手を選んでいない今、ジルと一緒に過ごすためには、)
(私はしっかりとしたプリンセスでいなくちゃいけない)
私は立ち上がり、窓の外の星空を見上げた。
そして、舞踏会当日…―。
私はウィスタリアのプリンセスとしての支度をととのえ、
ネープルス国王の前で挨拶をしていた。
ドレスの裾を持ち静かに膝を折ると、国王が気づいたように声をあげる。
国王「……ん?いつもの側近がいないようだな」
「え?」
思わず顔をあげ、私は国王の顔を見た。
(もしかして、ジルのことかな……?)
ひげを撫でるネープルス国王の視線に、鼓動が跳ねる。
私はわずかな動揺を隠すように視線を落とし、告げた。
「……彼は今、自国から私を支えてくれています」
国王「それは、随分遠いな」
からかうような国王の言葉に、私はジルの姿を思い出す。
「……気持ちは、誰よりも近くにいますから」
国王「ほう……なるほどな」
にっこりと微笑む国王が、最後に告げた。
国王「では、楽しんでいくといい。ウィスタリアのプリンセス」
曲が流れるホールを抜け、私はバルコニーへと出ていた。
「…………」
ぼんやりと外を眺め、息をつく。
(ウィスタリアは、あっちかな……)
そして視線を送ろうと身を乗り出した時、
バルコニーの下に見える、ある人の姿に気がついた。
「え……」
(ジル!?まさか……)
ジル「…………」
バルコニーの下にジルの姿を見つけた私は、慌てて庭へと降りてきていた。
「……っ」
乱れた息を整え、私はそっと声をかける。
「……ジル?」
ジル「…………」
すると笑みを浮かべたジルが、近づき私の耳に触れた。
ジル「やはり、こちらの方がよく似合っていますよ」
ジルの指先が、私の耳のピアスをもてあそんでいる。
(これは、ジルに褒めてもらったピアス……)
……
「……うーん」
ジル「まだ悩んでいるのですか?」
後ろから覗き込まれ、私の鼓動が跳ねる。
ジル「……こちらの方が、似合いますよ」
ジルが鏡台の引き出しの中から、買ったばかりのピアスを出した。
「もったいなくてまだつけていなかったんです。何で知っていたんですか?」
尋ねると、ジルがくすっと喉をならして笑う。
ジル「……あなたのことなら、何でも知っていますよ」
ジル「買ったばかりの装飾品は、すぐにここにしまうでしょう?」
……
「どうして、ここに……」
そっと見上げると、ジルが告げる。
ジル「迎えにきましたよ」
そして耳元に触れていた指先に力がこめられ、
静かに唇が、重なった…―。