ジル「迎えにきましたよ」
静かに重なった唇が、ゆっくりと離れていく。
吐息が吹きかかる距離で、ジルが告げた。
ジル「……審問は無事に終わりました。頭の固い官僚たちを納得させるのに時間はかかりましたが…」
ジル「これでようやく、元に戻れます」
(元通り……)
その言葉に、私の胸が微かに痛む。
(私たちが正式に認められたわけではないんだよね)
(ジルは、私の教育係なんだから……)
当たり前のことに気づき、私はジルを見上げた。
「ありがとうございます、ジル」
(離れなくてはいけないと、分かっているのに……)
ジル「…………」
私の視線に気づき、ジルがふっと目を細める。
そしてゆっくりと、私の頬に手を添えた。
ジル「今は舞踏会に夢中で、誰も私たちのことなど見ていません」
ジル「もう少しだけ……こうしていてくださいますか?」
「……っ」
ジルの甘い願いに、私の鼓動が高鳴っていく。
「はい」
私は静かに頷くと、舞踏会の曲を聞きながら目を閉じていった。
それから舞踏会を抜けだし部屋に戻ると、私は振り返る。
「ジル、今夜はゆっくり休んで……」
ジル「…………」
するとその言葉を遮るように、ジルが私の腰を引き寄せた…。
部屋に戻った途端に抱き寄せられ、
私は声を落としたまま名前を呼んだ。
「ジル……」
ジル「…………」
するとジルが、顔を肩口にうずめたまま言う。
ジル「わかっていますよ」
ジル「ネープルスで、これ以上あなたに触れるような馬鹿な真似はしません」
低く響くジルの呟きに、私は微かに息を呑んだ。
ジル「ですが……あなたの顔を見たら、急に眠くなりました」
「え?」
一緒に眠ることになり、私はベッドの上、ジルの隣に潜り込んでいった。
(緊張して、眠れない……)
考えながら寝がえりをうつと、
ジルの綺麗な寝顔が、窓から差し込む月明かりに照らされている。
「…………」
その寝顔に息をつき、私はそっと身体を起こした。
そして、その額に静かにキスを落とす。
「ありがとうございました、ジル」
再びお礼の言葉を口にすると、私はシーツにもぐりこみ、目を閉じた。
○○が寝息を立て始めたころ、ジルが一人ベッドの上で身体を起こしていた。
優しく○○を見おろし、その髪を撫でる。
ジル「困りましたね……///」
ジル「いつか堂々と触れられる日が来てほしいと、願ってしまいます……///」
ジルの呟きは、夜の闇に溶けていった…。
翌朝、私はドアが叩かれる音に目を覚ました。
「……っ」
隣で眠るジルの姿に、鼓動が跳ねる。
(もしも、こんな所を見られてしまったら……)
慌ててベッドから飛び起きると、私はドアを小さく開いた。
「レオ……」
レオ「おはよう……どうしたの?○○ちゃん」
廊下に立つレオが、目を瞬かせている。
答えようと口を開きかけた瞬間、ドアが大きく開かれた。
ジル「もう出発の時間ですか?レオ」
「……っ」
後ろから突然に現れたジルの姿に、私は驚き振り返る。
レオ「そうだよ、支度してね」
全てわかっているようににっこりと微笑むレオが、去り際に言った。
レオ「よく眠れたみたいで、良かったね」
ジル「……おかげ様で」
腕を組むジルが目を細め、後ろ手に手を振るレオを見ている。
(レオは全部知っているのかな…それとも)
考えていると、ジルがゆっくりとドアを閉めた。
ジル「何をぼーっとしているのですか。早く仕度をしてください」
ジルの言葉に、私ははっと顔を上げる。
(いつもの、ジルだ)
見上げると、ジルがふっと笑みを浮かべた。
ジル「プリンセス」
そしてネープルスからの帰り道、
私たちは途中にある湖に立ち寄っていた。
「綺麗……鏡みたいですね」
ジル「ええ……」
新しいブーツに、わずかにその透明な水がかかる。
気を使ってくれたのか、レオは馬車近くで待っていてくれていた。
「少し、散歩してもいいですか?」
ジル「もちろん」
そうして私は、ジルの少し前を歩き始める。
湖面を揺らす風が、私の髪をわずかに浮かせた。
ジル「…………」
静寂の中、やがてジルがぽつりと呟く。
ジル「今回のことで反省しました。もう少し、考えられたでしょうに」
「え……?」
(今、よく聞こえなかったけど……何て言ったんだろう)
私は振り返り、ジルの顔を見上げた。
「ジル、今なんて……」
わずかに眉を寄せるジルが、私の言葉に表情を緩める。
そしてそっと近づくと、私の肩を抱き寄せた。
ジル「何でもありませんよ」
ジル「あなたとこうして過ごせて、幸せだと言ったんです」
(ジル……)
私はジルの背中に手を回し、ぎゅっと抱きつく。
ジル「あなたはずっと、そのままでいてください」
「……?」
ジルの言葉を不思議に思いながらも、私は背中に添えた指先に力を込めた。
「はい……」
そして私がお城へと向かう馬車に乗り込むと、
ジルは行きと同じように、馬で一足先に帰路についていた。
「…………」
(ジル、無事にお城に着いたかな)
黙ったまま外を眺めていると、同乗するレオが呟くように口にする。
レオ「そういえば……今日はバレンタインだって、知ってた?」
「あ……」
私は呟き、レオの顔を見上げる。
レオ「その顔は、忘れてたって顔だね」
面白そうに言うレオが、窓枠に頬杖をついた。
レオ「今からでも、間に合うんじゃないかな」
レオの言葉に、私はジルとの会話を思い出す。
―ジル「あなたとこうして過ごせて、幸せだと言ったんです」―
―ジル「あなたはずっと、そのままでいてください」―
「うん。ありがとう、レオ」
(バレンタインは想いを伝える日だから……)
(私もジルの想いに、応えたい)
選択肢
彼のもとへ行く→プレミア
部屋で待つ→スイート