冷たい北風が窓を叩く、ある朝のこと…―。
私はいつも通りに、ジルから一日の予定を聞いていた。
「……ジル、どうしたんですか?」
(何だか上の空みたいだけど)
いつもと違うジルの様子に、私は微かに首を傾げる。
すると視線をそらし、ジルが呟いた。
ジル「いえ、何でもありませんよ」
私はジルを見上げ、小さく眉を寄せる。
(何か、あったのかな……)
食事を終え部屋に戻る途中、私は廊下の先にアランの姿を見つけた。
「アラン……!」
アラン「…………」
私の姿を見つけ、アランがどこか厳しい顔を浮かべる。
(アランも……やっぱり、何かあるんだ)
「ねえ、アラン。何かあったの?」
おそるおそる尋ねると、アランがため息をついてから口を開いた。
アラン「お前、あいつに……」
そこまで言うと、ぴたりと言葉を止める。
(え……?)
アランの視線が背中の方に向けられていると気づき、私は振り返った。
するとそこには、レオの姿がある。
レオ「俺から話すよ、アラン」
「レオ……?」
私が思わず名前を呼ぶと、アランがぴくりと眉を寄せた。
アラン「あんた、いい加減にしろよ…」
レオ「…………」
それだけ言い残すと、アランが去っていってしまう。
その背中を見送り、私はちらりとレオの姿を見上げた。
「…………」
(一体、何があったんだろう……)
レオと共に執務室を訪れると、そこにはジルの姿もあった。
ジル「実は、レオとアロイス公爵夫人の熱愛スキャンダルが、城中で噂されています」
「……!」
(熱愛スキャンダル……それって)
不安に鼓動を跳ねさせたまま、私はレオを見上げる。
するとレオが、深いため息をついた。
レオ「一応言っておくけど、根も葉もない噂だよ」
「……う、うん」
レオが真っ直ぐに私を見おろす。
そして何かを言いかけた時、ジルが呆れたように口を開いた。
ジル「……そうでしょうか」
ジル「あなたがふらふらしてるから、噂もたつのでは?」
レオ「…………」
ジルの言葉を聞き、レオが笑みを浮かべて言う。
レオ「今は、違う」
「…………」
私はレオとジルの会話に口を挟むことも出来ず、ただ黙っていた。
レオ「ほら。ジルがそんなこと言うから、○○ちゃんが本気にしてるよ」
そして私の顔を覗きこむと、告げる。
レオ「ただの噂だからね」
「……うん」
私が頷くと、ジルが息をつきながら言った。
ジル「とにかく、ほとぼりが冷めるまで大人しくしていて下さいね」
話が終わると、ジルがちらりとレオに視線を寄せる。
ジル「レオ、あなたにはまだ話があります。残ってください」
レオ「はいはい」
「では、私は部屋に戻ります」
そして私がドアに手をかけた時、レオの指先がそっと私の腕に触れた。
(え……?)
見上げると、レオがじっと私を見つめている。
レオ「……○○ちゃん、怒ってる?」
尋ねられ、私の鼓動が大きく一つ跳ねた。
(怒ってなんか、いない)
「私は……」
レオを見上げ、私ははっきりとした声で告げた。
「レオのこと、信じるよ」
レオ「…………」
私の腕から、静かにレオの指先が離れていく。
レオ「言うと思った」
そして○○が去った部屋で、レオが大きくため息をついた。
レオ「こんな噂がたつなんてなー…」
ジル「火のないところに、煙はたたないと言いますが?」
レオ「まさか、本当に何もないよ」
そして疲れたように椅子に腰かけると、レオがそのまま黙りこむ。
ジル「……レオ?」
いつもとは違うレオの様子に、ジルが尋ねる。
ジル「どうしたんですか、あなたらしくない」
レオ「うん……大丈夫、どうにかするよ」
顔を腕で覆い、レオが口元にふっと笑みを浮かべた。
レオ「……もっと怒ってくれてもいいのにな」
ジル「……え?」
ジルには聞こえなかったその呟きは、執務室のしんとした空気に溶けていった。
その頃、部屋に帰った私はベッドにうつぶせになっていた。
「…………」
(今朝から何か変だったのは、このことだったんだ……)
そして息をつくと、ゆっくりと身体を起こす。
(だめだ。このまま考えていても、仕方がないよね……)
部屋を出た私は、執務室へと向かっていた。
(もうすぐ、レオに勉強を教えてもらう時間だけど……)
先程の、ジルの言葉を思い出す。
―ジル「とにかく、ほとぼりが冷めるまで大人しくしていて下さいね」―
(レオは、いるかな……)
わずかに鼓動を高めながらドアを開くと、私は深く息をつく。
レオ「○○ちゃん。時間通りだね」
いつもと変わらないレオのすがたにほっと胸をなで下ろし、
私は部屋の中へと入っていった。
「うん。よろしくお願いします、レオ」
いつも通りに机の前に腰かけ勉強を始めた私は、
不意に視線を感じ、顔を上げた。
「…っ…レオ?」
思わず声を上げると、レオが手を伸ばす。
そして指先で私の眉間あたりを優しくつつき、言った。
レオ「大丈夫?」
「え……」
(いつの間にか、眉を寄せていたのかな。恥ずかしい……)
考えていると、レオがふっと微笑み目を細める。
レオ「ねえ、○○ちゃん」
レオ「何か俺に、聞きたいこととかないの?」