音楽会が催される日まで、あとわずかとなったある日…―。
公務の合間に立ちよった森の中で、私は手の中のフルートを見おろしていた。
(なかなか上手く吹けないな……)
考えながらため息をついていると、茂みが音をたてて揺れる。
「……!」
そこに現れたのは、眼鏡をかけた男の人だった。
(この方は……?)
身なりから、高い身分の方だということがわかる。
???「……あまり綺麗な音ではありませんね」
「す、すみません」
眼鏡を指で持ち上げ、男の人が視線を寄せた。
(もしかして、怒ってらっしゃるのかな)
そっと窺うと、男の人が口を開いた。
???「もう少し優しく、吹きかけるように」
「え?」
思いがけない言葉に顔をあげると、男が眉を寄せる。
???「早く」
「あ、はい……!」
そして練習を終え、私の演奏もようやく形になってきていた。
(良かった……)
「ありがとうございました」
???「…………」
お礼を告げ顔を上げると、男の人が眼鏡に手をかける。
???「全く、無駄な時間を過ごしました。ですが……」
眼鏡のずれを直すと、男の人が背を向けた。
???「ようやく、聞ける音になってきたようですね」
「あ、あの……」
私の呼びかけに振り返ることなく、男の人は去っていってしまう。
「…………」
(お名前も聞けなかったけど……)
(言葉はぶっきらぼうでも、教え方はずっと紳士的だった)
(お会い出来て、良かった……)
その頃、その男…アルバートはゼノの元へと戻っていた。
ゼノ「何かあったのか?」
アルバート「いえ」
眼鏡のずれをなおし、アルバートが答える。
アルバート「何も」
その唇はわずかに、綻んでいた。