男「お前、知ってるぞ」
ジル「…………」
男の言葉に、ジルがぴくりと反応を返す。
男「プリンセスを選んだ教育係だろ!ということは、この女……」
男の人の大きな声に、広場で過ごす人々の視線が集まってきた。
(……どうしよう)
さあっと顔が青ざめるのを感じると、
この場にそぐわない笑い声が響いてくることに気づく。
「え……」
戸惑うまま見ると、ジルが男の人の言葉を遮るように笑っていた。
ジル「面白い嘘ですね」
そして私の腰元を抱き寄せると、ジルが口を開く。
ジル「これは、私の妻ですよ」
(え……っ)
ジルのついた嘘に、私は思わず小さく目を見開いた。
ジル「どうしました?○○……行きますよ」
ジルが私の手を取り、男の人とすれ違うように歩きだす。
「は、はい……」
私は前のめるように、ジルの後を追ってその場を後にした。
ジルが黙ったまま私の手を引き、人気のない路地裏へと入っていく。
(ジル……?)
先程とは違い込められた痛いほどの力に、私は息をついた。
(怒っているのかな……)
やがて手を離すと、ジルが振り返り私を見おろす。
ジル「全くあなたは少し目を離しただけで……」
大きくため息をつくと、ジルが視線を逸らす。
「あの、ジル……ごめんなさい」
(私の不注意で、嫌な思いをさせてしまった)
思わず謝ると、ジルがふっと目を細めた。
ジル「……あなたは悪くありませんよ」
少し困ったように眉を寄せ、ジルが低く呟く。
ジル「目を離した、私が悪いんですから」
ジルがゆっくりと両手を開き、私を見おろした。
「……っ」
私はその目に誘われるように、腕の中に身体を寄せる。
するとジルの手が、私の背中を抱き寄せた。
ジル「……嘘だといえることにも、限度はありますね」
「え……?」
(どういうことだろう……)
ジルの指先が背骨をたどるように降り、私はびくりと肩を揺らす。
ジル「たとえば……」
「……っ」
甘く走った痺れに、私はジルの服の裾を掴んだ。
ジル「……こうして触れてしまえば、嘘だと主張出来なくなりますからね///」
ジルの低い声が、耳元に吐息混じりに響く。
「……あ」
ジルの言葉に、私は指先にぎゅっと力を込めた。
(そうだ、今日は……)
背中を寄せていたジルの手が、ゆっくりと離れていく。
「…………」
(そうだ、今日は……恋人同士だって「嘘」を付ける日…)
(触れてしまったら、嘘ではないとばれてしまうから)
ジルは身体を離すと、くすっと笑みを浮かべた。
ジル「嘘を本当にするという話しは聞きますが、」
ジル「本当を嘘にしなければいけないとは……ややこしいですね」
私はジルの身体から離れ、その顔を見上げる。
すると視線に気づいたジルが、軽く首を傾げて私の顔を覗きこんだ。
ジル「……どうしました?」
「いえ、何でもありません……」
小さく首を横に振ると、ジルが手を差し出す。
ジル「手を繋ぐくらいなら、大丈夫でしょう」
「…………」
私は黙ったまま、その手を取った。
(嘘という言葉だけで、何でこんなに寂しいんだろう……)
そして、日暮れが近づいた頃…―。
私はジルと共に、街の様子を高台から眺めていた。
ジル「そろそろ、戻らなくてはなりませんね」
それだけを呟くと、ジルが私の顔を覗きこむ。
ジル「○○……?」
ジルに顔を覗きこまれ、私は慌てて頷き返す。
「は、はい……」
ジル「…………」
するとふっと目を細めたジルが、どこか意地悪く口を開いた。
ジル「どうしました?随分素直ですね」
ジル「それとも、嘘ですか?」
「え……嘘なんかじゃ」
(私も、城に戻らなければと思っていたから)
その時、ジルの手が私の手の甲に触れる。
「……っ」
ぴくりとまつ毛が揺れると、ジルが誰にも見られないうちに手を引いた。
離れていく指先に、理由もわからないまま胸が痛む。
(何だか、自分の気持ちがわからない)
このままここにいれば、嘘の恋人でいられる。
城に帰れば、秘密の恋人に戻ることが出来る。
(……私は本当に、帰りたいのかな?)
考えていると、ジルがふっと目を細めて私を見おろした。
城下から吹き上げるわずかな風が、ジルの髪をサラサラと撫でる。
ジル「やはりこの祭りは、あなたには向いていないようですね」
(え……?)
思いもかけない言葉に目を瞬かせると、ジルが告げた。
ジル「嘘をつけないんですよ、あなたは」
ジルの声が、低く耳に届く。
「そんなこと……」
言いかけると、ジルの手が私の耳元に伸びた。
指先が優しく、ピアスに触れている。
ジル「隠すことは出来ても、嘘はつけていませんよ」
そうして唇に、淡く笑みを浮かべる。
ジル「思っている以上に、素直だと思った方がいいでしょうね」
「…………」
(そんなことない……)
ジルの言葉に、私は静かに瞬きを繰り返した。
そして、高鳴る鼓動の隙間で思う。
(やっぱり、私は嘘つきだと思う。だって……)
ジル「……城に、戻りますか?」
もう一度尋ねるジルに、私は今度は首を横に振った。
「もう少しだけ、ここにいてもいいですか?」
(本当は「ここにいたい」じゃない……)
ジル「…………」
私の言葉に目を細め、ジルが髪を撫でる。
ジル「……このくらいなら、許されるでしょう?」
その仕草が気持ちよくて、私はゆっくりと目を閉じた。
「……はい」
頭を肩にもたれかけさせると、息をつく。
(嘘の恋人のままいたい訳でもない)
(私はただ、こうやってジルに触れていたいだけだから)