書斎のドアが叩かれ、私は絵本を手にしたまま振り返った。
(誰だろう……?)
静かにドアが開き、ジルが顔を見せる。
ジル「何をされているんですか?○○」
ジルの笑みにほっと息をつき、私は絵本に目を落とした。
「寝る前に読むための本を、探していたんです」
すると近づいてきたジルが、同じように私の手の中の本を見た。
ジル「なるほど、絵本ですか。あなたらしいですね」
「ジルは、この絵本を知っていますか?」
ジルの指先が伸び、表紙をめくる。
ジル「……確か、眠り続ける姫の話でしたね」
開かれた表紙が手首にかかり、私は反射的に本を落としそうになった。
(あ……)
その瞬間に手を添え、ジルが支えてくれる。
ジル「気をつけてください」
「…っ…はい、ありがとうございます」
ジルの顔が間近に迫り、私は思わず息を呑んだ。
(ジルのまつ毛が、触れるかと思った……)
その反応に気づいたのか、ジルが面白そうに笑みを浮かべて言う。
ジル「ところで、○○」
ジル「明日、あなたの望み通りに休日がとれそうですよ」
ジルの言葉に、私は顔を上げた。
「本当ですか?良かった」
ジル「……何か、あるのですか?」
開いていた絵本の表紙を閉じると、ジルが私の顔を覗きこむ。
「その日は……」
顔を覗きこむジルに視線を向け、私は口を開いた。
ジル「……嘘をついていい日、ですか」
書斎を出て話しをしながら廊下を歩いていると、ジルが私の話に目を瞬かせる。
「はい」
ジルの問い掛けに、私は笑みを浮かべながら答えた。
「城下ではそういう風習があるんですよ」
私は廊下の先を見据え、ゆっくりと思い出していく。
それは『嘘つきの日』という、城下では有名な行事だった。
「お祭りのように、市が活気づく日なんです」
「びっくりするような値段が書いてあったり、あり得ないものが売ってたり……」
(どれが嘘でどれが本当なのか、考えるのが毎年すごく楽しかった)
思い出しくすっと笑みを浮かべると、ジルが納得したように目を細める。
ジル「なるほど、全て嘘ですか。……興味深いですね」
「…………」
その言葉を聞くとジルを見上げ、私はそっと考えていた。
(今年も、見に行けたらいいと思ってた)
(でもそれだけじゃない。私は、一緒に……)
するとジルが、呟くように聞く。
ジル「私も同行してもよいですか?」
「あ……」
ジルの言葉に、私は頬を綻ばせた。
(私も、ジルと一緒に行けたらいいと思っていたから……)
「はい、もちろんです」
そして、『嘘つきの日』当日…―。
私はジルと共に、約束通り城下を訪れていた。
ジル「なるほど、賑やかですね」
辺りを見渡すジルに、私は声をかける。
「ジル、嘘に翻弄されないようにしてくださいね」
すると面白そうに、ジルが笑みを浮かべた。
ジル「その言葉、あなたにそのままお返ししますよ」
そうして市場を見て歩いていると、お店の人に尋ねられる。
店主「二人は、恋人同士かい?」
「……っ」
その問いかけに、私の鼓動がびくりと跳ねた。
(噂をたてられないためにも、否定しなくちゃいけないよね)
「あの……」
答えようと口を開いた時、隣に立つジルが口を開く。
ジル「……はい」
(え……!)
頷くジルを驚き見上げると、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
ジル「今日は堂々と恋人だと言える、唯一の日かもしれないですね」
ジルの言葉と悪戯っぽい笑みに、私ははっと息を呑んだ。
(そっか……今日だったら、みんな嘘だって思うかもしれない)
考えていると、目の前にジルの手が差し出される。
「あ……」
(今日だけ、だから)
私はそっと、その手を取った。
私はジルの手を握ったまま、街中を歩いていた。
(ジルの手、温かいな……)
普段は考えられないことに、私の鼓動が跳ねる。
「…………」
そっと見上げると、端正な横顔が見えた。
(こんな素敵な人を、恋人だって言うことが出来たら……)
(城下の人たちは、みんなびっくりするんだろうな)
その時、ジルの視線が私へと向けられる。
ジル「どうしました?」
「い、いえ……」
私は慌てて顔を背け、それから小さく声をあげた。
「ジルとこうして歩けるとは思わなかったので、嬉しいんです」
ジル「…………」
するとジルの手が私の指を絡めるように動いていく。
ジル「全て嘘だと思われるのは、あまり気分は良くありませんが……」
ジル「あなたが喜んでいるなら、それでいいということにします」
ジルが浮かべた柔らかな笑みに、再び胸がぎゅっと音をたてた…。
そして、ジルと手を繋いだまま城下を巡り…―。
広場につくと、私はジルの姿を探していた。
「…………」
(少し買いたい物があって、離れちゃったけど……)
(ジルは、どこにいるんだろう)
辺りを見渡していると、不意に後ろから声をかけられる。
男「こんなところで、何してるの?」
(……!)
振り返ると、そこには見知らぬ男の姿があった。
「あの……人を探しているので」
その脇をすり抜けようとすると、男の人の腕に阻まれてしまう。
男「嘘でしょ、どうせ」
男の人が私の顔を覗きこみ、腕を掴んだ。
男「少しだけ、付き合ってよ」
「……っ」
そうして連れて行かれそうになっていると、
後ろから、誰かに肩をぐいっと引き寄せられる。
(え……?)
背中が誰かの胸元に触れると、私は慌てて顔を上げた。
「ジル……!」
ジル「…………」
ジルの視線は真っ直ぐに、男の人へと向けられている。
ジル「何か、ご用でしょうか?」
男「……ジル?」
眉を寄せた男の人が、ジルを指差した。
男「お前、知ってるぞ」
ジル「…………」
ジルの眉が、ぴくりとわずかに上がった…。