広い公爵邸の中で、私はルイの部屋を探し迷っていた。
(早く戻らなくちゃ、ルイに心配をかけちゃうな……)
窓の外の景色を確認しながら、私は慎重に廊下を進んでいく。
「……あれ」
すると不意に角の向こうから、小さな話し声が聞こえることに気がついた。
(メイドさんたち、かな……)
思わず足を止めると、会話が耳に届いてしまう。
メイド「あの方なら、ルイ様を変えてくださるかも……」
(え……ルイ?)
ルイと言う名前に、私の鼓動がドキリと反応した。
(もしかして……)
思わず身体が、前の方へと向かっていくと…。
「……っ」
突然に後ろから腰元を引き寄せられ、私は驚き振り返る。
ルイ「…………」
するとそこには、視線を上げたままのルイの姿があった。
「ル……っ…」
声をあげそうになり慌てて黙ると、気づいたルイが目を細める。
そしてゆっくりと、唇に人差し指をあてた。
やがてメイドさんたちの気配が離れると、
ルイがようやく私の腰から手を離す。
「ごめんなさい、ルイ。迷ってしまって……」
するとルイが軽く首を傾げ、ふっと唇に笑みを浮かべた。
(え……?)
ルイ「……だと思った」
「……っ」
そしてそのまま、ルイが私の前へと出る。
ルイ「送る」
「……あ」
廊下を吹きぬける風が、春の温かさを含んでいた。
ルイの後ろを不自然ではないほどに離れて歩きながら、
私はその背中を、そっと見上げる。
(ルイはいつでも、私のことを心配してくれる)
(私にも、ルイのことを心配させてもらえないかな……)
やがて部屋の前に着くと、そのまま去ろうとするルイを引きとめた。
「ねえ、ルイ。お屋敷の人たちとは……仲良くなれないのかな」
ルイ「…………」
するとわずかに振り返ったルイが、長いまつ毛を伏せる。
その頬に、小さな影が落ちていた。
ルイ「……○○は、○○のことだけ考えていて」
それだけを告げルイが去ると、私は胸の前でぐっと手を握る。
(そんなこと出来ないよ、ルイ……)
そして部屋に戻ると、私は小さなため息をついた。
(余計なお世話だとは思う。だけど……)
(明日まででも、出来ることはきっとあるよね)
そして、お昼も過ぎた頃…―。
私は部屋でメイドさんたちにお茶を用意してもらっていた。
(今しか、ないよね)
私は一度息を呑み、メイドさんの顔を見上げて尋ねる。
「あの、ルイ様をどう思いますか……」
メイド「はい……?」
私の問い掛けに、メイドさんがわずかに驚いた声をあげた。
(あ。この声は……)
―メイド「あの方なら、ルイ様を変えてくださるかも……」―
それは、廊下で聞いた声と同じだった。
メイド「ルイ様は……」
メイドさんが視線を伏せ、低い声で話してくれる。
メイド「我々には、一度も笑顔を見せてくださったことはございません」
「え……」
メイドさんの言葉に、私は微かに目を見開いた。
(そうだったんだ……)
メイド「…………」
やがて小さく頭を下げると、メイドさんは部屋を出ていってしまう。
ドアが閉まると、私は淹れてもらったばかりのカップに口をつけた。
「美味しい……」
(……このお屋敷の人たちにも、ルイの笑顔を見せてあげたいな)
するとメイドさんとすれ違うように、ルイが部屋に現れた。
ルイ「……声が聞こえたけど…何、話してたの?」
「…………」
眉を寄せメイドさんの後ろ姿を見送るルイに、私は言う。
「何も……」
視線を背けると、鼓動がやけに耳につく。
(嘘、ついちゃった……)
ルイ「…………」
向けられるルイの視線には、答えることが出来なかった。
晩餐会の前に時間をもらった私は、
公爵邸の近くにある、花の咲く丘を訪れていた。
(ずっと、窓から見えていたんだよね)
私はしゃがみこむと、大事に花を摘んでいく。
(私に、出来ることは……)
そうして花をつんでいると、不意に手首に目を落とす。
(そういえば、あの時も)
ルイ「その花、どうしたの……?」
ある日の昼下がり、
部屋に顔を出したルイが、テーブルの上に置かれた花に気づき尋ねる。
「今度子どもたちに、お花のブレスレットの作り方を教えてあげようと思って」
(でも……)
私はなかなか形にならない花たちに、苦戦していた。
(困ったな。小さな頃はよく作っていたはずなのに)
ルイ「…………」
すると近づいてきたルイが、私の手つきをじっと見おろす。
そうして黙ったまま花を手に取ると、編みこみ始めた。
「え、ルイ……?」
ルイが器用に編み込んだ花は、すぐに可愛いブレスレットになった。
「作り方を知っていたの?」
ルイ「知らないよ」
ルイ「今、○○が作るのを見た」
(すごい……ルイって、本当に頭がいいんだな)
感心しながらブレスレットを眺めていると、ルイが私の後ろに回る。
そうして私の背中から手を伸ばすと、両手を取った。
ルイ「たぶん、ここが違う」
「……っ」
ルイの手が、私の指先を導いていく。
その仕草と耳元にかかる息に、私の顔はかあっと赤らんでしまっていた。
(ルイは教えてくれているだけなのに……)
やがて私の反応に気づいたルイが、くすっと笑みをこぼす。
ルイ「分かりやすいね……可愛い///」
私の手首には、花をあしらったブレスレットがあった。
(あの時の、花を思い出して買ったブレスレット……)
ルイの笑顔を思い出し、私はしゃがみこんだままぎゅっと目を閉じる。
「…………」
(あの時みたいに、ルイに笑ってほしいから)
私は目を開くと、再び花を摘み始めた。
そうして、しばらく経った頃…―。
私は持ってきたカゴの中に、積み終えた花を入れる。
(うん。このくらいあれば大丈夫だよね)
顔を上げ、今は少し遠く見える公爵邸を見つめる。
夕暮れ前の光を浴びた建物は、
どこか儚くキラキラと輝いて見える。
「……ルイみたい」
ぽつりと呟いた、その時…―。
???「……○○」
後ろから、名前を呼ばれた…。