GOD EATER ~RED・GODDESS~ (真王)
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運命の時間
「やあ、よくきたね」
「言葉を交わすのを待ちわびていた」というような声色でシックザールが話す。
サクヤとアリサが行方をくらましてから一夜明け、スミカはシックザールの執務室を訪れていた。
尤も、シックザールがいつも通りスミカを呼び付けただけなのだが…。
「君や先人たちの努力のおかげで、計画は最終段階に入りつつある…まずはその礼を言いたくてね」
入室とともに、シックザールから感謝の言葉を浴びせられたスミカはゆっくりと歩みを進め、彼の前に立つ。
「…どの口が言うか、といった顔だな」
「…そうでしょうか?いつも通りの顔だと思いましたが…」
確かにスミカの表情は、いつもシックザールに見せていたのとなんら変わらない表情だった。
「フ…眼を見てれば分かるさ…気付かないとでも思ったかね?…まあ、それはいい…サクヤ君たちから、すでに連絡くらいは来ているのだろう?」
「何のことです?」
シックザールの問い掛けに、スミカは「何を言っているのか分からない」といった姿勢を貫き通す。
「安心したまえ…君が彼女たちと連絡していたことを隠蔽しようとも、今の私にはどうでもいいことだ」
「…何が言いたいんですか?」
スミカのいつもの口調から微かな怒気を感じ取ったシックザールは、静かに微笑んで口を動かす。
「彼女たちが指名手配となっているこの状況で、君たちの心中は察するよ。いまだ私が、ここアナグラでのうのうとしていることも理解しがたいだろう…」
シックザールは手を後ろで組んだまま、スミカから顔を背けて話す。
「言い訳はしない…今すぐここで刃を交わすことを望むなら、それにも応じよう…だが、君には理解してほしいのだ…アーク計画こそが、真の地球再生と人類の保存を両立させる唯一の方法だということを……」
そう言うと彼は、部屋の左側の壁に掛けてある絵に向かって歩いていく。
その絵には…荒れ狂う海と、そこに浮かぶ一隻の船が描かれていた。
「そうだな…例えば…船が沈没し、君や乗員が荒れ狂う海に投げ出されたとしよう」
絵を見つめたままシックザールは語り続ける。
「嵐の海には、たった一枚の板が浮かんでいる。だがどう考えてもその板には、2人が掴まれば確実に沈んでしまう…」
そこまで言うと、シックザールはスミカに向き直り、その瞳で彼の瞳を捉える。
「さて…君はどうするかね?他の者を押しのけて、1人助かるか…それとも、自分が犠牲になるタイプかね?」
(私なら………どうする………?)
「君は、この『カルネアデスの板』に掴まるべき人間だ…その選択は人類の未来にとって、決して間違いではないのだよ」
スミカにそう言い放ったシックザールは、再び絵と向き合って淡々と話す。
「『箱舟』の完成まで残りわずかだ…この計画に賛同してくれるのであれば、残る任務を全力で遂行してほしい…その暁には、君と君の愛する人たちを、『箱舟』の乗組員として迎えようと思う」
「………」
「…さて、君はどうするかね?…沈む船に残り、荒れ狂う海で朽ち果てるのを待つか…それとも、ともに『箱舟』に乗るかい?………用件はそれだけだ、さがりたまえ」
スミカは背を向けて扉へ向かって行くが、後ろからシックザールが呼び止めるように声をかける。
「そういえば、先程コウタ君は、箱舟の乗船チケットを受け取っていってくれたよ」
足を止めはしたが、スミカは振り向かずにシックザールの言葉に耳を傾ける。
「守るべきものを持つことで生まれる強さを、私は誇りに思う…」
「ええ…そうですね…コウタ君は本当に、強いやつですよ」
「………ここで結論を出せないのならば、暫しの間考える猶予を与えよう…計画の発動まで、あと一歩なのだ…そう、あとは、特異点さえ見つかれば…」
『猶予を与える』…そう言ったシックザールだが、時間は少ない…。
アーク計画は、シオを手に入れるだけで発動する段階まで来ている。
決断の時は近い。
「願わくば、正規のチケットを持った君と彼の地で再開したいものだな…」
シックザールのその言葉を最後にスミカはそのまま部屋を出ようとしたが、言われっぱなしというのは癪にさわるので一言残しておくことにした。
「シックザール支部長…先程の『カルネアデスの板』に関する話ですが…板に掴まる人間に『相応しい』も『相応しくない』も無いと私は思っています。私たちはあくまでも、人の命を守る『ゴッドイーター』なんですから……」
「………」
「答えは近いうちに出します…それでは、失礼いたします」
スミカはそのまま部屋を出ると、早く息抜きがしたくて別フロアの休憩スペースへと向かった。
廃材で構成された、哀愁漂う外部居住区…その一角から、元気な男の子の声が外にまで響いていた。
その建物の中には、藤木コウタと女性が一人、そして彼より年下の女の子が一人。
質素なテーブルやイス、使い古された流しや少し汚れたテレビ…かなり貧乏そうな暮らしだが、ここ藤木家はこれでも歴とした一般家屋で、他の住民に比べればまだいくらかマシな生活をしていた。
「そこでグワァーッと襲い掛かってくるワケよ!」
コウタは身振り手振りを付けて、これまで自分が体験してきたアラガミとの戦いを解説し、それを小さな女の子が真剣に聞いていた。
「うん!うん!」
「そいつをヒラリと躱してズドン!!……フ…勝った」
コウタの妹、『藤木ノゾミ』は彼の話に感嘆の声を上げる。
「スゴイね!お兄ちゃん、バガラリーのイサムみたい!!」
「だろ?兄ちゃんはすげえ強い!だから心配すんな!」
腰に手を当て胸を張るコウタに、ノゾミは大きく頷く。
「うん!」
すると、ノゾミの向かいに座っていた女性が呆れたようなため息をつく。
「まったく…何言ってるのよ!心配するに決まってるでしょう!」
「何だよー大丈夫だって!」
楽観的なコウタの反論にまたもため息をついたのは、コウタの母親だ。
「はあ…まあ、こうして家にいる間は母さんも心配しなくてすむんだけど…」
彼女こそがコウタをここまで明るく育てた人物であるが、本人はコウタほど楽観的ではない。
ゴッドイーターになった彼を、世界中の誰よりも心配しているのは彼女なのだ。
「しばらくは休めるんでしょう?」
「あ、うん」
「そうだお兄ちゃん、お土産は?」
二人の会話にノゾミが割って入る。
彼女にとって、コウタが帰ってくる度にしてくれる土産話の他に、お土産を貰うことも楽しみの一つとなっていた。
「おお!そうだった!今回はすっげえビッグニュースがあるんだ!」
コウタはズボンの後ろポケットから、綺麗な光を放つカードを取り出した。
「まだみんなには内緒なんだけど、実はすごい計画があるんだよ!」
フェンリルの紋章が刻まれているカードをまじまじと見つめるノゾミに、コウタが得意げに話す。
「この魔法のチケットがあれば、みんなでずっと一緒に暮らせるようになるんだ!」
コウタのその言葉に、ノゾミは眼を輝かせて聞き返した。
「ホントに!?」
「ああ!ホントだって!」
コウタは自信を持って頷き、ノゾミの言葉を肯定する。
「みんなで暮らせるの?お兄ちゃんも?お母さんも?」
「ああ!」
コウタの言葉を聞いたノゾミは歓喜の声を上げる。
「わーい!やったぁ!お母さん聞いた?みんな安心なんだって!」
「ほんとね〜!そしたらお母さんもうれしいわ」
楽しく話す二人とは対照的に、コウタの表情はいつもよりも暗かった。
コウタはイスに座り込み、考え事をしていた。
思い出すのはついさっき…アナグラで起きた出来事。
俺は…。
『君は正しい選択をしたのだ』
俺は…みんなにウソついて…。
『私は君の望みを知っている…君が己の身を差し出し、死と隣り合わせの戦場へ向かった理由…』
ノゾミ…母さん…。
俺が守らなくちゃいけないんだ…。
『その方法を私は知っている…後は…君が「選べば」手に入るのだ…何を捨て、何を拾うか…』
だから俺は…選んだんだ…。
『おめでとう…これで君の家族は救われる…』
みんなと引き換えに、か…?
スミカはサカキの研究室で一言も発することなく考えに耽っていた。
ゴッドイーターと一部のフェンリル職員に発表された『アーク計画』…そして、サクヤとアリサの指名手配…。
それは、彼らの間で様々な波紋を呼んだ。
計画に参加の意を示し、シックザールが指示した特異点を探す者…。
くだらないと一蹴し、目の前の戦いにのみ集中する者…。
どうしたらいいのか分からず、悩む者…。
サクヤとアリサが行方をくらましたことに戸惑いを隠せず混乱する者…。
シックザールはあえて、誰もが突然言われたら混乱するような選択を大勢の人間にぶつけることで、誰が敵で誰が味方かをあぶり出しているのだ。
同じチーム内でも意見が割れ、小さなわだかまりが生まれている。
そこから始まるチームの不協和音…最悪の場合は、『死』…。
仮にも人を救うはずの計画で人を死に追いやるのは勘弁願いたいとスミカは溜め息をつく。
「おや?お目覚めだね」
サカキの声がしてスミカは顔を上げる。
先程から研究室の床に大の字になって眠っていたシオがようやく目を覚ました。
「…ん?」
サカキはイスから立ち上がり、身を屈めてシオに尋ねる。
「フ…今の君は…『シオ』かい?それとも、星を喰らい尽くす神なのかい?」
というサカキの問い掛けにシオは少し考えて…。
「ほしは…おいしいのかな?」
…言動からすれば、どうやらいつものシオのようだ。
「…さあな…こんな腐りきった地球なんか喰うやつの気が知れないぜ」
そう言ったソーマの顔には笑みが浮かび、声には安堵の色が滲んでいた。
「そっか!…でもなんでかな〜…たまに、きゅうに、タベタイー!って…」
と、その時シオの身体にまた青い紋様が浮かびあがる。
「ウゥッ!!」
「あーーー!!ご飯ならそこに置いてあるからね!」
サカキが慌ててテーブルの上に置いてある、スミカとソーマがかき集めたアラガミ素材で作られた食事を指差す。
「おお!はかせ、いいやつだなー!」
またいつものシオに戻り、スミカたち三人は溜め息を漏らす。
「どうせだから一緒に食べよ?」
「おー、いっしょにたべる!」
「こらお行儀が悪い」
シオがバケツに入った食事に顔ごと突っ込んで食べている様子を見て、ソーマはサカキに対して口を開く。
「おい、一体いつまでこの状態が続くんだ…」
「うーん…せっかく人らしさが出てきたところだったのに、あれ以来一気に不安定になってしまったね…」
サカキはシオを見ながら困ったような表情を浮かべる。
少し考えて、サカキは言葉を紡いだ。
「彼女の中で、二つの心が対立し合っているのかも知れない…一つは人としての心、もう一つは……」
「『特異点』…だろ?」
ソーマが語尾を食うように答えた。
「…ああ、そうだ」
「………」
スミカは静かな瞳でシオを見つめる。
限りなく人に近いとはいっても、やはり彼女がアラガミであることに違いはない。
だが、シオは人としての感情を持っている。自らの意思表示ができるまでに成長した感情を…。
できることなら、何とかしてやりたい…助けてあげたいと思うが、今の彼女に何をしてやればいいのか分からないのもまた事実だった。
そろそろ、彼女と生活していくことにも限界が来ているのかも知れない…。
考えに耽るスミカにサカキが話し掛けた。
「君は支部長の特務をこなしていたから、気づいているよね?」
「え?…あ、ええ…」
不意に声を掛けられたので返答に詰まるスミカ。
「彼女のコアは、『特異点』と呼ばれ、終末捕喰の発動に不可欠の要素だ…」
サカキはスミカとソーマに向き直る。
「もうわかっていると思うけど…私はまだ彼にそれを渡したくはない…私は私で、彼女に感じているもう一つの可能性を試してみたいと思ってるんだ…」
「おい博士…」
サカキが話を続ける前にソーマの声が制止した。
「アンタらがそれぞれ何を考えてるのか知らねえが、俺はあんたの側についたなんて思っちゃいねえ…」
シオに目をやるソーマの表情には、静かな怒りが見え隠れしていた。
「俺やアイツをおもちゃにするようならどっちも一緒だ」
「フフ…心配しないでいいよ。『私は』彼女に何もしちゃいない…」
サカキは微笑んでソーマに言うと、再びシオを見る。
「こうしてみんなと一緒にいてもらえさえすれば、それでいいんだよ…そう、それがいずれは…」
ドドォォォォン…。
サカキの言葉も途中に、どこか遠くから爆発音のような音が聞こえてきた。
それとほぼ同時に、研究室の明かりがフッと消えて真っ暗になった。
「なんだ!」
「ん〜?なんだ〜?」
ソーマとシオの声が聞こえ、スミカはサカキに尋ねる。
「爆発か何かのトラブルでしょうか?」
「…分からない…だけど心配ない!もうすぐ中央管理の補助電源が復旧するはず…」
スミカに答えようとサカキがそこまで言った時…。
「あ!!!!!」
非常灯に明かりがつき、これまでに聞いたことがないサカキの焦った声がしたかと思うと、突如声が響いた。
『やはりそこか!博士………!』
「支部長の声!?」
シックザールの声が研究室中に響き、サカキはまるで世界の終わりに直面したようなポーズで叫ぶ。
「ぐうああぁぁぁぁ!!しまったあぁぁぁぁ!!」
少々オーバーだが、サカキの声には確かな焦りの色が浮かんでいた。
「な、ど…どうしたんだ!」
ソーマがその姿に驚いて尋ねると、サカキは絶望したような声で答えた。
「やられたよ…言っただろう?この緊急時の補助電源だけは、『中央管理』なんだ…この部屋の情報セキュリティも、ごっそり持っていかれてしまう…」
「…ってことは…まさか親父の野郎に…!」
「ああ………完全にバレたね」
サカキとソーマのやり取りを見ていたスミカは、頭を必死で回転させる。
(どうする…!?出入口は一つ…排気口は人が通れる程のスペースはない…!)
「どうするんだ!?もたもたしてたら、ヤツらがシオを捕まえにくるぞ!」
ソーマの声が響いたとき、ドサッという音がした。
スミカとソーマが音のした方を見ると、サカキが床に倒れ伏していた。
「博士!!」
「どうしたんだ!おい!」
いくら声を掛けても全く反応しない。そして…。
「ん〜…なんだか…ねむい…」
今度はシオが床に寝転がり、胎児のように身体を丸めて眠ってしまった。
「…睡眠ガス!」
スミカは排気口を見て舌打ちする。
「く…くそ…ぉ…!」
ソーマまでも、足がふらつき始め…ついに倒れてしまった。
(ぅ・・・だめ・・・意識が・・・)
バシュッ!
その時、研究室の扉が開き、ガスマスクを付けた人間が数人ほど入ってきて、シオを担ぎ上げた。
ガシッ
「オイ、ソノムスメヲドコニツレテイク?」
黒い手がガスマスクの人間をつかんだ。
「・・・キエウセロ!」
『番組の途中ですが、アラガミ襲撃の速報です』
「!」
コウタはイスから勢いよく立ち上がり、テレビに近寄る。
藤木家はわずか数十秒前に、小さな揺れに襲われた。
天井から埃がパラパラと落ちた後、一瞬だけ停電になったがすぐに回復し、さっきまで観ていたテレビ番組が映し出されてアラガミ襲撃の速報が流れた。
何かただ事ではないと、コウタはアナウンサーの言葉を待つ。
『つい先程、フェンリル極東支部が識別不明のアラガミによって強襲されました。死傷者、並びに被害の詳細は不明となっており、フェンリルからの声明も未だありません』
「!」
コウタの顔は大きな不安に彩られた。
(アナグラが…襲撃された…!?)
『極東支部が直接襲撃されるのは極めて異例の事で、フェンリル関係者からの発表が待たれています………』
そこまで聞くと、コウタはすぐに携帯端末を取り出し、手当たり次第電話をかけた。
「誰でもいいから…出てくれよ…!」
必死の思いでコールの音を聞いていると、サカキの携帯に繋がった。
「…あ、博士!?よかった!繋がった!」
『ああ…少しノイズが酷いけどね…』
どこか気分が悪そうなサカキの声に怪訝な表情になりながらも、コウタはアナグラの現状を問いただす。
「今、ニュースで速報見た!アナグラが襲撃されたって…みんな無事なの!?」
『シオが…』
「えっ?」
少しの沈黙の後に、サカキは言葉を続ける。
『シオとスミカがさらわれたんだ…』
「な…」
『感づかれてしまったとはいえ、ここまで手荒な手に出てくるとは…予想外だったよ…』
サカキの言っている言葉の意味が分からず、コウタは聞き返す。
「え?博士!何のことだよ!?…他の…他のみんなは!?」
『ザザ………は………ザザ…だ』
サカキの声はノイズに邪魔されてほとんど聞き取れなかった。
「博士!クソッ!聞こえねぇ!」
コウタが苛立たしげに舌打ちすると、少しだけサカキの声が聞こえてきた。
『とにかく、一度合流しよう…君は急いでアナ…ザザ…まで来て…』
「俺…俺は…!!」
俺は………母さんと…ノゾミを…。
コウタは耳元から携帯を離し、ツー、ツーという機械音をならしたまま立ち尽くしていた。
靴を履いて立ち上がり、扉を開ける。
空にはオレンジの太陽が輝き、赤い光が家の中を照らす。
コウタはあれから必死になって考えた。
自分が今何をすべきかを…。
みんなを…助けなきゃ…。
言葉では言い表せられない衝動に駆られ、コウタは立ち上がった。
だが、まだ彼の気持ちは揺らいでいた。
このまま、母親と妹を置いてアナグラに戻っていいのか…。
「やっぱり向かうのね…アナグラに……」
「っ!…母さん…」
後ろから声を掛けられ、驚いて振り向くコウタ。
目の前には、何物にも代えがたい大切な人が、優しい瞳で自分を見つめていた。
「ゴメン…俺二人にウソついた…みんな安心しつ暮らせる場所なんて…なかったんだ…」
守ると決めた大切な人たちに嘘をついた。
その事からくる罪悪感がコウタを締め付ける。
「わかってる…これ、私たち宛てにも届いたんだよ」
そう言って取り出されたのは、コウタがノゾミに見せたものと同じカードが二枚。
「あんたの気持ち…嬉しかったわ…」
母性に溢れた、包み込むような優しい声と言葉に、コウタの胸は更に締め付けられる。
「でもね…私たちはこれまで通り、『この家』であんたを待ってるよ…」
「…母さん、俺…!」
コウタは何かを言おうとしたが、言葉が続かなかった。
そして…迷いを持った彼に、複雑に別れた道の中から一つの道を選ばせる決定的な一言を放つ。
「行っておやり…あんたには、他にも大切な人が沢山いるんだろう?」
…そうだ…みんな大切なんだ…。
スミカも…アリサも…サクヤさんも…ソーマも…シオも…タツミさんたちも、リッカさんも、ヒバリさんも、ツバキさんも、サカキ博士も!
「私たちだってねえ…どんな楽園に行くより、アンタが一緒にいてくれることが…いちばん嬉しいんだ…」
深い愛情に満ちた言葉に、コウタの視界が自然とぼやける。
その時、居間の奥からノゾミが出てきた。
「あれ?お兄ちゃん、出かけるの?早く帰ってきてね!」
「ノゾミ…」
自分が守ると決めた、大切な妹の名を口にするコウタ。
「ノゾミね、お兄ちゃんと、みんなと一緒にいるときがね…いちばん楽しいんだ!」
ノゾミの無邪気な笑顔で、コウタの胸に温かいものが広がる。
ウソついたのに…それでも…俺を待っていてくれるのか…?
「親子して、同じこと言うなよな…」
ノゾミの頭を優しく撫でながら、涙声でコウタが笑う。
そうか…簡単なことだったんだ…俺はもう、迷わねぇ!
「…おう!約束するよ!すぐ帰ってくるからな!」
いつもの明るさを取り戻したコウタは、家族との大切な約束を交わして、夕日が照らす荒れ果てた世界を駆け抜けていく。
その後ろ姿は『ただの少年』ではなく、一人の『戦士』を思わせる立派なものへと変わっていた。