GOD EATER ~RED・GODDESS~ (真王)
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アーク計画

カン…カン…。

真っ暗な闇の中で、ヒールの音が静かに響く。

正面から肌を撫でる生温い風は、より一層の緊張感を煽る。

「くっ…さすがに警備が厳重ね…そろそろエイジスの中心地に着くはずなんだけど…」

サクヤは神機を構えながら慎重に歩みを進めていた。

「視界が悪いわね……………っ!」

サクヤが視線を上に上げると、そこには巨大な何かがあった。

何があるのかもっとよく見ようとしたが、突然警報が鳴り出した。


ビーッ!!ビーッ!!ビーッ!!


「っ!!」

前方から、侵入者撃退用のレーザーがサクヤに襲い掛かる。

サクヤの神機は旧型遠距離式…盾の機能が備わっていない。

「くっ…!」

その時、神機をそのまま盾代わりにするサクヤの横を、後ろから何者かが通り過ぎた。

その人物はサクヤの前に立ち、丸い大きな壁を張ってレーザーを凌いだ後、その壁を仕舞って大きな銃を構えた。

放たれた弾丸はレーザーの発射装置に直撃し、光の雨がやむ。

「…ふう!危なかったですね!」
「アリサ!?」

サクヤの窮地を救ったのはアリサだった。

「まったく…独断で行動した挙げ句、死んじゃったら笑い話にもなりませんよ!」
「あなた…」

アリサが呆れたような笑みを浮かべてサクヤを見つめる。

「あなたの足取りを掴むのも、ここに忍び込むのも…大分苦労したんですからね!」
「…ゴメンね」

と、サクヤが謝ったところで警報が止まった。

それと同時に照明がライトアップされ、ついにエイジスの中心地がその正体を現した。

この空間を初めて訪れた人間は皆、逃げ場のない闘技場という印象を抱くだろうか…。

円形の広い鉄板でできた床、その淵を丸く囲むように並んでいる赤い液体が入ったポッド、天井は無く吹き抜けになっており、十字に組まれた太い鉄骨があるのみだった。

外壁との間は広く空いており、足場の淵から下を覗けば黄色い特殊な液体の海がある。

そして、何よりも目を引いたのは…アリサとサクヤの正面にある、まるで逆さ吊りにされたような巨大な女神像…。

その髪を象った部分から伸びた無数の触手は、鉄骨を伝って足場の下に透けて見える機械に繋がっていた。

「ようこそエイジスへ!!」

聞き覚えのある声が、その空間に響き渡る。何か機械が動いているような音のする方へ目を向けると、声の主が判明した。

「やはり君たちか…どうだろう、思い描いていた楽園と違っていて、落胆したかな?」
「支部長…やはりあなたが…これは一体どういうことですか!!」

クレーンが押し上げる足場の上に立っていたシックザールに向かって、サクヤが声を張り上げた。

「彼はここに侵入する手筈まで整えていたのかね?サクヤくん…」

シックザールは不敵な笑みを浮かべて悠長に言葉を紡ぐ。

「…まったく、実に惜しい人物を失ったものだ…」
「戯事を…!あなたが…そう仕向けさせたのね…!?あの日のミッションの記録も、大量のアラガミが集まるように仕組んだのも……!!」

彼の言葉が指す人物を…その人物に対して彼がしたことを理解し、サクヤは激しい怒りを燃やす。

「ああ、その通りだ…」

全ての黒幕は、サクヤの怒りにまったく動じずにあっさりと自らの凶行を認めた。

「彼にはどうやら違う飼い主がいたようでね…噛みつかれる前に手を打たせてもらったよ…」

シックザールは後ろで手を組んだまま淡々と話しつづける。

「…彼の行動は早すぎた…終末捕喰の起動キーとなる、『特異点』が見つかっていなかったあの段階では、まだアーク計画を知られるわけにはいかなかったのだよ…」

リンドウ殺害の動機を述べたシックザールは組んでいた手を解き、腕を広げ、手の平を天に向けて更に続けた。

「アラガミが引き起こす終末捕喰により、この星はやがて…完全な破壊と再生を迎える…完全なる再生だ…」

サクヤとアリサは怒りをあらわにしたまま、シックザールの演説に耳を傾ける。

「全ての種が一度完全に滅び、生命の歴史が再構築される…その新しい世界に、人類という種とその遺産を残すための箱舟…それがアーク計画だ」

これで全てが繋がった…シックザールの真の目的はアーク計画であり…エイジス計画は、アーク計画を成就するための隠れみのに過ぎなかったというわけだ。

「しかし残念なことに、新しい世界へ誘う箱舟の席は限られていてね…次世代へと繋ぐ限られた席だ。真に優秀な人間こそ、座るべきだと思わないかね?」

サクヤは冷静になるよう自分に言い聞かせ、シックザールに聞き返した。

「で、それに乗るのはあなたとあなたに選ばれた人だけってわけね…」
「適役が他にいるかね?」

口角を上げてシックザールは答える。

「ふっ…本当に、そう本当に残念だが、これで君たち二人はリストから外れてしまった…大変申し訳ないが、ここで消えてもらおう!!」

シックザールが手を挙げて合図を出すが、何も起きなかった。

「あら?残念ながら、残りの防御セキュリティは私がすべて破壊してしまいましたけど?」

アリサが得意げに話す。どれだけ強引な突破をしたのか…サクヤは少々心配になった。

「そうか…それは困ったな………では仕方がないので、二人に殺し合ってもらうとしようか…」

シックザールはセキュリティシステムが破壊されたことにも動じず、まるで「まだ策はある」とでも言うかのように冷静だった。

そして、シックザールの視線の先に現れたものは…。

「!?」

「やあ、久しぶりだねアリサ。元気そうで何よりだが……できればあのまま眠りについてくれればよかったものを…」

現れたのはなんと…アリサの主治医、オオグルマ・ダイゴだった。

『戦死した』という情報が流れ、いなくなってしまったと思われた人物が今目の前にいる。

アリサの頭は完全に混乱していた。

「そんなに殺し足りないなら、私がまた手伝ってあげよう」
「なに…を…」

アリサが震えた唇で、必死になって言葉を繋ごうとするがうまくいかない。

「один(アジン)…!」
「っ!!」

オオグルマのその言葉に、アリサはまた再び過去の記憶を再生してしまった。

「два(ドゥヴァ)…!」

呪文はアリサを確実に蝕んでいく。

「три(トゥリー)…!!」

再生された記憶の中…かつてリンドウの写真を見せられ、「これがアラガミだよ」と、教えられたあの記憶…。

その記憶の写真の中に………サクヤが写っていた。

「………」

目がトロンとしたアリサは、ガトリングの銃口をサクヤに向ける。

「アリサーーー!!!」

サクヤはアリサの名を天高く叫んで彼女に突っ込んだ。

(あなたはもう、こんな暗示になんて負けないわ!だってあの時も、あなたはリンドウを撃ちはしなかったもの!)

そう…リンドウに銃を向けてしまったあの時、彼女は撃たなかったのだ…。

(あなたは初めから、こんなものに負けてはいなかった!そう、大事な人を守る強さを持っていたのよ!!)

アリサの心を信じて、サクヤは彼女に飛び込んだ。

あと少しで手が触れるといったところで、ドオォン!という音が響き渡る。

「ふははははははは!!血迷ったかね、サクヤくん!!」

高笑いするオオグルマだが、サクヤがちっとも倒れないことに気づく。

「なに!?」

なんとサクヤは無傷だった。

(バカな…確かに命中したはず…!!)

そう、確かに命中したのだ…だがサクヤの傷は悪化するどころか、良くなっている。

「お生憎様!回復弾よ!」

アリサは引き金を引く直前、弾を回復弾に装填し直していたのだ。

「な!!しまった…!」

サクヤは気を失ったアリサの肩を担いで、神機の銃口から対人用スタングレネードを発射した。

カッ!!と光が辺りを包み、それが収まるとシックザールが目を開けたが、そこにはすでにサクヤとアリサの姿はなかった。

「ちっ…面倒を増やしてくれる…」

軽く舌打ちしたシックザールはオオグルマの方を見たが、彼もまたその場から逃げてしまったようだ。








ここは、ベテラン区画の一室…スミカの部屋。

その部屋にはソーマとコウタ、そして部屋の主であるスミカがいた。

スミカはターミナルと向かい合い、画面の中から語りかけてくるサクヤの話に耳を傾けていた。

ソーマは部屋の壁にもたれ掛かり、腕を組んでサクヤの話を無言で聞いている。

コウタに関してはソファに深く腰掛け、焦点の合わない瞳が虚空をさ迷っていた。

『……以上が、エイジス計画とアーク計画の全容…そして、そこにあるのが「箱舟」に乗ることができるメンバーのリストよ…』

コウタの前にあるテーブルの上には、黒いファイルボードにまとめられたリストがあった。

『ここにいる私たち全員の名前も記載されているわ…加えて、「収容者から二等親以内の親族」の収容も認められているみたい……まあ、私とアリサはエイジスに忍び込んだことで、リストからは外れちゃったけど…』

画面の中のサクヤは肩をすくめて言うが、その表情にはどこにも「残念だ」という感情や、「後悔」の色すら無かった。

『それでも…このまま計画に賛同すれば、あなたたちは「救われる側」ってわけ…逆に私たちは極東支部からもお尋ね者にされちゃってるでしょうね…』

「………ええ…ついさっき、支部長がゴッドイーターを全員集めて、『橘サクヤとアリサ・アミエーラを捕らえろ』って…」

スミカがようやく口を開いて、サクヤは軽く苦笑いした。

『そう…』
「エイジス計画が…嘘…だって?…そんな…そんな、ことって…」

コウタがようやく搾り出した声は、絶望と落胆の色に満ちていた。

無理もない…コウタにとって、家族を守ることができるエイジス計画は絶対だったからだ。

その時ソーマも口を開く。

「…俺は元からあの男に従う気はない…それに、お前らと違って俺の身体は半分アラガミだ…そんなヤツが次の世代に残れると思うか?」

先程のアーク計画の説明など、最初から興味が無かったソーマは静かに語る。

そんな彼にサクヤが話し掛けた。

『それでも支部長…貴方のお父様は、貴方もリストアップしているわ…』

そう、リストには確かに「ソーマ・シックザール」の名前があったのだ。

「…知ったことか」

吐き捨てるように一蹴するソーマ。

と、ここでサクヤは表情を引き締めて話を続けた。

『改めて言っておくけど、私はこの船を認めるつもりはないの…』
「…でしょうね…二人はこれからどうするんですか?」

スミカは頷いて聞き返すと、サクヤの横にいたアリサが口を開く。

『ええ…私たちは、支部長の凶行を止めなければなりません…とりあえずはどこかに身を隠して、エイジスへの再侵入方法を探すつもりです…』
「…そう」

スミカの声には不安の感情が多分に含まれていた。

その声にアリサは辛そうな表情になる。

『伝えておきたかったことはそれだけ…今後どうするかは、あなたたちが自分で決めてね…その結果、私たちの敵に回ったとしても恨まないから安心して?』

サクヤは一通りの用件を終えたことを告げ、選択をスミカたちに残す。

『邪魔するようなら、全力で排除しますけどね!』
『アリサ!』

アリサの言い方にサクヤが窘めるように言った。

『冗談ですよ…でも、できればそうならないことを願っています…』

アリサは最後に小さな笑みを残して、画面から外れた。

『それじゃ、もう切るわ…後悔のないように、しっかり考えなさい』








サクヤとの通信が終わり、スミカはターミナルの接続を切る。

誰も何も言うことができずに、重い空気のまま時間が流れる。

「…ごめん…俺は…」

最初に口を開いたのはコウタだった。

「アーク計画に乗るよ…」

スミカとソーマが静かな瞳で彼を見つめた。コウタは顔を上げて「計画に賛同する」と言い切ったが、その表情から伝わる感情はかなり揺らいでいた。

「もちろんそれがどういうことかってのも分かってる…でも、エイジス計画が無くなっちまった以上、他に母さんたちを確実に守れる方法はない」

コウタは再び俯いて、膝の上に置かれた拳をギュッと握る。

「俺は、どんなことをしても家族を…母さんと妹を守るって決めたんだ…そのためにゴッドイーターになったんだ…だから俺…アーク計画に乗るよ!」

もう一度顔を上げてコウタはスミカをしっかり見て言った。

「…そう………わかった…コウタが選んだ道だもの。私やソーマが口出しできることじゃない…」
「二人とも…ゴメン…」

コウタは立ち上がって、部屋を足早に出て行った。

部屋に残されたのはスミカとソーマだけになった。

ソーマはなおも壁にもたれ掛かっていたが、コウタの決断を見て組んでいた腕を解き、スミカの側まで来ると、先程コウタが出て行った扉を見つめたまま口を開いた。

「少し…ほんの少しだけだが…コウタのやつを見直した…自分の気持ちに正直になって、他人にそれを伝えることが出来るやつは嫌いじゃない…」

それだけ言うと、ソーマも去って行った。

「ふう…やれやれ…アリサちゃんもサクヤさんも抜けて、コウタ君までもがあの様子じゃあ…私とソーマの二人だけで戦わないといけないのか……」

リストにはスミカたち第一部隊の他に、第二、第三部隊全員の名前まで記載されていた。

直にシックザールから計画の発表があるだろう…。

あんな大層な計画を聞かされ、賛同を求められた時…彼らはなんと答えるだろうか…。

少なくとも、混乱が訪れることは間違いない。

計画に賛同する者が現れれば、賛同しない者もきっと出てくる。

だが…残酷だが人は皆、自分が可愛い生き物なのだ。

この、先の見えない真っ暗な世界で、『完全なる救済』はどれ程魅力的な話だろうか…。

必ず人員は減る…そうなれば、他部隊からの応援を求めることも出来なくなる。

「…ツライけど…やるしかないわね…」

力無く呟いたスミカは部屋を出て、気分転換の為の散歩に出かけた。