GOD EATER ~RED・GODDESS~ (真王)
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鬼が出るか、蛇が出るか

シオが行方不明になってから一夜明け、もはやすっかり慣れてしまったシックザールの呼び出しで、スミカは彼の部屋を訪れていた。

「うむ、ご苦労」

仕事机を挟んで正面に立つスミカに労いの言葉を述べるシックザール。

「わざわざ君を呼び出したのは、他でもない…」

口の前で手を組むいつものポーズでスミカを読めない瞳で見つめる。

「目下、最優先事項である特務を君にお願いしたくてね…先日、太平洋近海…エイジス島周辺に非常に特殊なアラガミのコアの反応があったのだ…」

シックザールのその言葉に反応するスミカ。

そのコアの正体にはおおよその察しがついていたが、顔には出さずにシックザールの話の続きを待つ。

「――それも2つもだ」
「…………は?2つ?」
「そうだ、いまだかつて感知した事がないアラガミのコアが2つも発生した。非常に高度な知性を有していると思われるアラガミの討伐任務だ」
(やっぱり…シオのことね…。となるともう一つは・・・)
「もしそのアラガミを発見した場合…速やかにそのアラガミのコアを無傷の状態で摘出し、ここに持ち帰ってもらいたい」

『無傷』という言葉を強調して用件を口にしたシックザールは、更に続ける。

「この特務は、いかなる任務よりも優先される最重要項目だ…おそらく一人での捜索は難しいだろう…ソーマと共に任務に当たってくれ」

シックザールはそこまで言うと、組んでいた手を解いて背もたれに背を預ける。

「話は以上だ…健闘を祈る!」
「了解しました!」

扉を開けて部屋を後にするスミカは、「急いでシオを見つけなければ…」と、ソーマの下へ向かった。







それから約30分後…シオがいなくなった空母に、スミカとソーマが降り立った。

待機地点で二人は神機を肩に担ぎながら、目の前に広がる破壊された甲板を見つめていた。

「お前ならもう気づいていると思うが…」

不意にソーマが口を開いて、スミカが彼の方を見る。

「アイツが探してる『特殊なコアを持ったアラガミ』ってのは、シオに間違いない」
「だね…やっぱり…」

スミカが相槌を打つと、ソーマは話し続ける。

「俺はずっとあのクソ親父の命令で、シオの探索を任されてきたんだ…」

思い返せば腸が煮え繰り返る出来事ばかり…自分の言葉に苛立って歯ぎしりをするソーマ。

だが、顎に込められた力はすぐに抜けていった。

「だが俺はシオを…アイツをあの野郎に差し出すつもりはない」
「くす、やっと出来た『心を許せる仲間』だもんね」

スミカのその言葉を聞くと、顔を赤くしたソーマが巨大な剣をスミカに突き付ける。

「か、勘違いするな!俺やシオをオモチャにして勝手なことを考えてるのが気に食わねえだけだ…」

ふと今の状況を見たソーマは、「フ…」と何やら思い出し笑いをした。

「そういえば…最初に会った時も、お前に剣を突き付けていたな」
「そうだったっけ?」

わざとらしく首をかしげるスミカの全身を見直してソーマが呟く。

「あの時のルーキーが気がつきゃリーダーかよ…」

溜め息をついたソーマは、改めて空母を見渡す。

「アイツがこの辺りにいることは間違いないが…他のアラガミも活発化してるらしいな…」
「今日の討伐対象は『テスカトリポカ』…強力な新種アラガミらしいね」
「フン……何が来ようとぶった切るだけだ。さっさと終わらせてシオを探すぞ」
「了〜解…行こうか!」

スミカとソーマは高台から飛び降りて、任務が始まった。

テスカトリポカはクアドリガの最上位種で、発生地は地中海南部沖とされているが、詳細は不明となっているアラガミだ。

とてつもない火力を誇り、神機のオラクルを漏らす状態異常攻撃を繰り出す上、対象の頭上に突然ミサイルを出現させるという予測しにくい攻撃もしてくる。

非常に厄介な相手だが、シオの捜索となってはスミカとソーマでやるしかない。

二人は少し進むと、すぐに目標のアラガミを発見した。

クアドリガの前面装甲にあたる部分は緑色に染まり、遺跡の壁画のような人間の顔が描かれていた。

頭はまるで神の偶像を体現したようなものになっていた。

「いくよ、ソーマ!」
「フン…」

二人は空母を捕喰しているテスカトリポカの背後に忍び寄り、同時に神機の口を装甲の間に突っ込んだ。

「グオオオオオオン!?」

独特な叫び声を上げ、テスカトリポカは振り向いた。

テスカトリポカの体が180度ターンした時には、すでに神機を振りかぶったスミカとソーマが空中にいた。


ズガンッ!!


二人の剣撃はミサイルポッドを破壊し、テスカトリポカは苦悶の声を上げる。

着地した二人はそのまま足を斬るが、さすがにそう簡単にはいかせてもらえないようだ。

キィンッ!と、硬い金属音が響いて、微かな血が吹き出ただけだった。

この隙に体勢を立て直したテスカトリポカは高く跳び上がると、大量の小型ミサイルと共に自身を降らせた。

巨体の着地による地響きとミサイルによる爆撃で、甲板は自然災害を受けたような惨状へと変貌する。

しかし、何事もなかったかのように爆煙から抜け出たスミカとソーマは、テスカトリポカに斬り込んでいった。

二人がテスカトリポカの後ろに着地した時にはすでに、頭を守るように覆っていた兜が破壊されていた。

そして、着地と同時にスミカはスタングレネードを使用し、テスカトリポカの視力を奪うと神機を変型させて前面装甲に弾丸を撃ち込む。

そうして徐々についた傷にソーマが重い一撃をしっかり加えていき、テスカトリポカの眼が回復した時には前面装甲が破壊されていた。

反撃の隙をほとんど得られずに、体の部位を次々と破壊されていくテスカトリポカはついにダウンして、前面装甲をだらし無く開く。

この日、スミカとソーマは事前に戦闘におけるコンビネーションの確認を徹底して行っていた。

捜索対象が『シオ』だということもあり、任務を迅速かつ丁寧に終わらせたかったのだ。

テスカトリポカをさっさと片付けて、シオを研究室に一刻も早く連れ戻したいというソーマの気持ちが全面に押し出されたせいか、二人でも苦戦するアラガミがこうも簡単に追い詰められている。

スミカは、ソーマの力は協力して戦うことで真価を発揮するのではないか…と、戦いながら密かに思っていた。

注文した通りに動いてくれているおかげで、先程から尋常ではない戦い易さを感じる。

二人は神機をがら空きになったテスカトリポカの肉体に突き立て、再びその血肉を糧にバーストする。

ソーマは神機を背負うように構え、力を溜め込む動作を行った。

そしてスミカが、そんな彼にアラガミバレットを撃ち渡してリンクバーストを発動させる。

「ぬぅおあああぁぁぁぁ!!」


ズガァンッ!!!


一気に力を増大させたソーマのチャージクラッシュを受けて、テスカトリポカは頭から両断された。

噴水のように血が飛び散るテスカトリポカを一瞥し、ソーマはスミカに向き直る。

「よし…シオを探すぞ」
「ええ」

二人は空母を突き進み、シオの捜索を始めるが、彼女はさほど苦労せずに見つけだすことができた。

あちこちを噛みちぎられたオウガテイルの死骸が転がる、不審な瓦礫の山を見つけた時…。


「ふふん、ふん、ふん…ふふ〜ん、ふふん、ふふん………」


以前聴いた歌声が頭上から降ってきたのだ。

二人が顔を上げると、瓦礫の山の頂上に座り込んで鼻歌を歌うシオがいた。

シオはしばらく鼻歌を続けていたが、突然…涙が一粒二粒と零れた。

「あ…なんだろー、これ…」

シオは自分の眼から流れ出た水滴を手の甲で拭う。

「これ…いやだな…」

胸の内に渦巻く、嫌な感情…その正体は彼女にはわからなかった。

自分が何故涙を流しているのか…何故こんなにも苦しいのか…。

「別れの歌、だからかな…その歌は」

シオの疑問を解決するソーマの声が静かに響く。

「わかれの…うた…?」

ソーマに聞き返すシオは、不安げに首を傾げる。

「大切な人と会えなくなってしまう…そんなことを歌ってるんだ」
(へぇ…そんな歌だったの…アレ)

二人の会話を邪魔しないように頭の中で思考するスミカ。

やがて、ソーマの言葉に表情を明るくしたシオが口を開いた。

「………そっか、でも…またあえたな!」
「チッ…こっちが探してやってんだろうがよ」

文句を言うソーマの口元は、微かに笑っていた。

「帰るぞ…シオ」
「そうだよ、シオ。皆心配してたんだから」

ソーマとスミカの呼びかけにシオは頷いた。

「うん」

「さあ、あとは帰るだけ…」と思い気を緩める二人だが、シオが立ち上がったところで彼女の体に異変が起きた。

「っ!」
「ううううウウウウゥゥ!!」

シオは身の内の苦しみを押さえ込もうと体を縮こませるが、あの青い紋様が体中にくっきりと現れていた。

「シオちゃ・・・ぐぅっ!」

シオだけでなく、スミカもうずくまり苦しみの声を上げる。

――2人の身体には、あの時と同じ紋様が

「――イカ、ナキャ」
「グッ……行ッテハダメヨ!、シオチャン!!」

ふらふらとエイジスへと向かおうとするシオを、スミカはスミカではない声で引き留める。

そして――とうとうシオの手を掴む事に成功して。

「――行クンジャナイ!!」
「ウ、アァァァァッ!!」

スミカとシオが叫び……崩れ落ちるように、その場に倒れ込んだ。

「ッ・・・」

シオを抱え、おんぶするスミカ。

「戻るよ、ソーマ」
「あ、ああ」








シオを無事に連れ戻すことはできた…にも関わらず、スミカとソーマの胸の内には確かな不安が残っていた。

あれから気を失ったシオを、二人で皆に気づかれないように研究室に運び込んだ。

サカキはすぐさま奥の部屋に運んで、今シオの検査をしている最中だ。

(シオ………)

ソーマはただ静かに待っているように見えたが、その胸の内はかなり動揺していた。

シオの邪を知らぬ心に触れて、ソーマの心に訪れた変化…。

彼の中でシオが占める割合が増えたことは明らかだった。



シュッ!


その時…シオの部屋の扉が開かれ、中からサカキが出てきた。

「博士!」
「シオは!?」

スミカとソーマが詰め寄ると、サカキは軽く溜め息をついて答えた。

「心配はいらない。今は大分落ち着いている」

その言葉でソーマはようやく肩の力を抜いた。

「ひとまずシオは支部長にバレずに連れ戻すことができた。今まで通りここに隠しておくとして…実は、問題が一つあるんだ」

サカキが困ったような表情を浮かべて人差し指を立てた。

「なんだ!?」

またもソーマがすごい剣幕で詰め寄ると、サカキは慌てて言葉を紡ぐ。

「い、いやぁそんなに大したことじゃないんだ。ただ…今までのように、強いアラガミを食べさせればいいっていう訳にはいかなくなったみたいだ…」
「どういうことですか?」

サカキの回答にスミカが聞き返す。

「う〜ん…どうやら、彼女の体内のオラクル細胞バランスが崩れているみたいでね…アラガミの肉をそのまま食べさせるのではなく、アラガミ素材から生成された栄養価の高いものを食べさせないといけないんだけど……」

眼鏡を指で押し上げてサカキが説明を続ける。

「要するに…君たちにまた協力してほしいってことなんだ…アラガミの素材集めにね…」

ソーマはそれだけ聞くとすぐに研究室を飛び出していった。

「…あのソーマをこれ程まで変えてしまうとは…何度でも言うが、シオは実に興味深い…」

サカキが驚きを隠せずに呟くと、研究室の扉が開き、アリサが中に入ってきた。

「あ、スミカさん!シオちゃんを連れ戻したんですよね?」
「ああ、なんとかね」

アリサの問い掛けに頷くスミカ。

「そうですか…よかったぁ………あ、一つ聞きたいんですけど…サクヤさん、見ませんでしたか?」

ホッとしたところでアリサが話を切り出した。表情からすると、ちょっとした用事があって探しているといった風ではないようだ。

「いや…見てないけど…」
「…そうですか…お昼くらいから見てないんですよ…」

肩を落とすアリサにサカキは尋ねる。

「携帯端末に連絡は出来るかい?」
「それが…どれだけ鳴らしても出なくって…多分部屋に置いたままなんじゃないかと…」
「そうか…じゃあ単なる置き忘れじゃないかな?誰だって持ち物を忘れることはあるし…」
「…そう…でしょうか…だといいんですけど…じゃあ、任務がありますので私はもう行きますね?」

スミカの憶測に過ぎない言葉に首を傾げて少し悩んだのち、アリサは研究室を出た。

「うん…気をつけてね、アリサ」

軽く会釈をしてアリサはその場を去っていった。

(サクヤさん…どこに行ったんだろう…)

などと思考しながら廊下を歩き、彼女はエントランスへと向かう。

「いいのかい?本当のことを伝えなくて…」
「博士…知ってたんですか?」

サカキが淹れたコーヒーを口にして顔を顰めると、スミカはサカキに尋ねた。

「私はアナグラのセキュリティ管理システムを覗いて、サクヤ君が以前から内密に動いていることは知っていた。そして今日、君たちが任務に行っている間に、エイジスの入場者のデータが改算されていることに気がついたんだ」

サカキもコーヒーを口に含み、再び話を続ける。

「まさか、サクヤ君にあれほどのハッキング能力があったとはね…」
「違いますよ、博士」
「ん?」

スミカの否定に思わず聞き返したサカキ。

「ハッキングを手伝ったのはリッカですよ…多分、監視カメラで俺とリッカが会話してるところを見てたんでしょう?」



『あ…サクヤさんが今どこに行ってるか…知ってる?』

『…まさか…もう…?』

『…うん…エイジスの入場記録の改算を頼まれてたの、私…』

『………そうか』

『あ、あと…サクヤさんから伝言…「勝手なことしてゴメンね…アリサにも謝っておいて…私が戻って来なかったら、後のことはお願いね」…ってさ…』



これが、エントランスの隅で交わされた、スミカとリッカの会話の内容だ…。

スミカはソーマと共にシオを担ぎ込んだ後、任務の報告のために一度エントランスへ戻っていた。

そこで報告を終えたのち、ソファで休憩しているときにリッカに話し掛けられたのだ。

「ああ…人混みに紛れていた上に、小さな声で会話していたから聞き取るのには苦労した…。だがそうか…『サクヤ』とか『エイジス』までは聞こえたが…潜入工作はリッカ君の手伝いがあったのか…」

サカキはコーヒーを飲み干すと、ソファから立ち上がって機材に囲まれた小さい椅子に腰掛けて指を走らせる。

「支部長にチクりますか?」

スミカが尋ねると、サカキはやれやれと肩をすくめる。

「今更ハッキング程度のことでとやかく言ったりするつもりはないさ…それ以上のことはいくらでもしてるからね」

シオの隠匿や大嘘をついて支部長をヨーロッパへ飛ばしたりなど………叩けばいくらでもホコリが出てくる身だ。

「ふう…無事を祈るしかないですね…」

ため息をついたスミカは天を仰いだ。

リッカの話を聞いたとき、彼はすぐにエイジスへ向かおうとした。

だが、それをリッカに止められていたのだ。

『今から行っても、多分もう間に合わないよ…エイジスへの入場偽装は、複数回使用すれば逆探知されるし、それに…あのプログラムは一回きり…中に侵入してすぐに使わないと、奥へ続く道には進めないんだ。今頃はきっと、無効化した厳重なセキュリティシステムも復活してる…』

それを聞いてスミカは、サクヤの追跡をやむなく断念したのだ。

(アリサちゃん…サクヤさんの足取りを追ったりしてないよね…?)