GOD EATER ~RED・GODDESS~ (真王)
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ディアウス・ピター戦。
ヴァジュラの帝王
第一部隊は夕焼けの空にいた。
黒い迷彩柄のヘリは夕日に染まり、コックピットのガラス窓は一際強く輝く。
窓から差し込む茜色の光に照らされながら、スミカたちは念入りな作戦会議を行っていた。
いつもなら軽口の一つも交わすものだが、今日ばかりは訳が違う。
『ディアウス・ピター』…今日の討伐対象であり、リンドウの腕輪の信号が確認された個体だ。
この日のメンバーは、スミカ、ソーマ、アリサ、サクヤで構成された。
アリサとサクヤがメンバーに志願したことはともかく、様々な角度から見た実力やバランスなどを総合した結果、選ばれたのがこの四人ということだ。
出撃する直前…スミカたちは、ほかの部隊の人間から期待を込めた瞳で見られた。
そこにはやはり、「リンドウの仇を討ってくれ」という思いがあったのだろう。
それはアリサとサクヤも同じだが、二人とも以前のような二人ではない。
スミカやツバキに教えてもらった、大切なこと…リンドウが遺したもの…。
それを理解したサクヤはもう、憎しみを引き金に込めたりはしない。
アリサも、もう償いの念に囚われた剣を振るったりしない。
「………よし、私とソーマが前衛を担当する。サクヤさんとアリサちゃんは後方支援。アリサちゃんはこちらが優勢になった時に前衛に加勢。わかった?」
『了解!』
「………」
スミカの作戦命令にサクヤとアリサが返事をしたが、ソーマだけは何も返さなかったが、いつものことなので気にしない。
「それと、みんなもう充分わかってると思うけど…」
「大丈夫よ、スミカ」
スミカの台詞を途中で遮ったのはサクヤだった。
「もう大丈夫…言いたいことはわかっているわ。私は…私たちは…生き残るのよ…必ず…!」
サクヤの言葉に、スミカもアリサも頷いた。
と、その時ヘリが滞空していることに気がつく。………どうやら着いたようだ。
スミカたちが神機を担いでヘリから降りると、早速異様な気配が襲ってきた。
言葉では形容しがたい、強大な気配…。
待機地点まで歩いてくると、スミカが口を開く。
「よし…じゃあ、みんなくれぐれも注意してね!今日の相手は、多分今までで一番手強いよ?」
そう…なにしろヴァジュラ種の中でも最強と呼ばれる程の存在だ。
苦戦を強いられることになるだろう…。
「望むところです!」
アリサの意気込みに微笑んで、スミカは話を続ける。
「………そうか。じゃあ、任務開始の前に命令を三つ」
スミカが出した命令は、『あの』命令だった。
「死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そしで隠れろ。運がよければ不意をついてぶっ殺せ。・・・あ、これじゃ四つね。とにかく生き延びることよ」
「はい!」
「OK!」
「………フン」
三人が表情を引き締めたとき、ミッション開始のアラームが鳴った。
「時間だ!ミッションスタート!」
スミカたちが高台から飛び降りて、ついに任務が開始された。
降りてすぐに教会の裏へ向かい、大きく開けた場所に出ると、そのまま中央へ。
真ん中辺りまで来たとき、ソーマが「待て!」と言い出したので、先頭を走っていたスミカが振り返った。
「どうした?ソーマ」
「………」
何かの気配を感じ取っているのか、言葉が続かないソーマ。
が、沈黙はすぐに破れた。
「…来やがった…正面だ!」
スミカが前方に向き直ると、正面にそそり立つビル………そこに開けられた大穴から、ついに漆黒の帝王がその姿を現した。
威圧感を与える、禍禍しい角がいくつも生えたような前足と肩。
隆起した筋肉が目立つたくましい四肢。
怒りに満ちた老齢の人間の男のような顔。
常に輝きを放つ、金色のマントのような放電器官。
ディアウス・ピターはスミカたちを見据えると、一際大きな咆哮を上げた。
まるで空気が振動するかのような咆哮だが、この程度ではスミカたちは退かない。
ディアウス・ピターは飛び降りると、目の前の獲物に向かってゆっくりと近づいていく。
スミカは神機を握り直して深呼吸した後、ディアウス・ピターから目を逸らさずに呟いた。
「みんな………行くよ」
ドンッ!!
スミカは地を蹴って一気にディアウス・ピターとの距離を詰めた。
たが、ディアウス・ピターも同じタイミングで飛び出し、両者の距離は一秒も経たずに無くなる。
振るわれる帝王の爪を紙一重ですり抜け、スミカはまず一太刀、その後ろ足へ叩き込んだ。
ザンッ!
「グガァァァ!?」
きられて痛がるディアウス・ピター。
「ふん!!」
今度はソーマが前足に剣を振り下ろすが、鈍い音と共に弾かれた。
「チッ…!」
舌打ちと同時に、ディアウス・ピターの後ろ足がソーマを蹴り飛ばした。
ソーマはかろうじて装甲を展開してこれを防ぐが、力が強すぎて後ろから何かに引っ張られるように地を滑っていく。
続いてディアウス・ピターはアリサに狙いを定め、雷球を作り出した。
(次の狙いは私ということですか…!)
アリサはすぐに銃形態から剣形態へと変型させ、装甲を展開できるようにした。
彼女はそのまま横へ移動していく。
やがて力を溜め込んだディアウス・ピターの雷球が放たれる。
「っ!?」
ディアウス・ピターとの交戦経験がないことや、攻撃情報の材料として「ヴァジュラ」を想定していたことが重なったせいでもある。
ヴァジュラの雷球攻撃は一発だけしか撃ってこない。
だが、ディアウス・ピターは雷球を、ターゲットを狙って追尾するように連発してきた。
(まずい…!!)
アリサはすぐにUターンして逆に向かって走るが、それでも雷球は撃つ度にしつこくコースを変えて狙いつづける。
「くぅっ!!」
ガガガンッ!!
計八発放たれた雷球のうち、五発まではかわすことができたが、残りの三発は装甲で受け止めるしかなかった。
「貫けっ!」
フォローに入ったサクヤが打ち込んだレーザーは、相変わらずのコントロールの高さでディアウス・ピターの尻尾に命中した。
「ギャッ!!」
その時、ディアウス・ピターが痛みに思わず苦痛の声を漏らした。
「尻尾が弱点なの!?」
サクヤが続けて尻尾を狙うが、ディアウス・ピターがブンブンと振り続けているため中々狙いが定まらない。
「まだ決めつけちゃダメ!!」
『!』
不意に声を張り上げたのはスミカだった。
「尻尾だけ削っていてもラチが開かない!それぞれの武器の属性に弱い部分を見つけなさい!!」
叫びながらスミカは剣を後足に突き出した。
スミカの攻撃を観察していたソーマは、少し前の光景を思い出して後ろ足を思いきり斬りつけてみた。
貫通属性が効かない箇所は対象的に、ソーマが使うバスターブレード…つまり破砕属性の高い攻撃が有効になることがある。
戦闘の始めにスミカが後ろ足を斬ったが効かなかった…それなら自分がやったら効くのではないか?
ソーマの読みは見事に当たっていた。
バッ!と、鮮血が吹き出し、痛みに耐え兼ねたディアウス・ピターは一度、大きくバック転しながら後ろに跳んで距離を取る。
ズバッ!
「グギャ!!?」
着地した瞬間の後ろ足をサクヤが狙い撃ちした。
(…『剣の貫通』は効かないのに『銃の貫通』はいくらか効くようね…)
そのままサクヤは他の弱点を探るため、レーザーを違う場所に撃ち込んでいく。
「たぁっ!!」
そして、ディアウス・ピターが怯んでいる間に、アリサが脇腹へ斬撃を入れる。
ザンッ!!
噴き出る血の量を見て、アリサは思考した。
(今のところはここが一番効くようですね…あと攻撃していないのは顔ですか…)
スミカの指示を受けて、全員が少しずつディアウス・ピターを理解していく。
このまま大人しくやられてくれればいいのだが、帝王ディアウス・ピターはそんなに甘くはなかった。
「ガアァァァァァァァァァ!!!」
とうとう頭にきたのか特大の咆哮を上げると、ディアウス・ピターのマントが輝きを増し、電流が迸った。
「散開して距離を取れ!!みんな気をつけろ!」
スミカの指示にアリサとサクヤ、ソーマまでもが距離を取った。
これは、オラクルが活性化したアラガミのデータが不十分な場合、どの個体に対しても必ず実行する戦法なのだが、それ以上に「今のコイツはとにかく危険だ」という本能的な予感がして離脱したことのほうが大きかった。
放電器官に電流を走らせ、ディアウス・ピターはサクヤを狙って大きく跳び上がる。
「くっ!」
サクヤは横にローリングして何とか躱すが、ディアウス・ピターの着地した地点に強烈な光と共に雷がほとばしる。
あとコンマ数秒遅れていたら確実に巻き込まれていた。
「ガアァァァ!!」
咆哮が聞こえてサクヤが振り返ると、彼女を飛び越えてスミカを狙うディアウス・ピターが目に映った。
「させない!!」
サクヤはすぐに銃口を向け、がら空きの胴体を撃ち抜いた。
「ガアゥ!?」
不意打ちにディアウス・ピターが苦悶の声を上げるが、そのままスミカを踏み付けにかかる。
「ふっ!」
落ち着いてバックステップで躱すと、前足に斬り込もうとするスミカ。
だがさすがにディアウス・ピターも知恵をつけたのか、教会内へ逃げ出す。
「おうよ!」
教会内
「クソ…しぶとい野郎だ…!!」
ソーマは自身が発見した弱点の後ろ足を狙うが、ディアウス・ピターもさすがに知恵をつけた。
ソーマになるべく後ろを見せないように狭い教会の中を動き回っている。
その時、教会の割れたステンドグラスの下で、ディアウス・ピターが咆哮を上げ、力を溜め込む動作を始めた。
「チッ…クソったれが…!」
壁を背にしているせいで、せっかくの攻撃のチャンスをものにできない。
ディアウス・ピターは雷球を五つ召喚し、自身の回りをグルグルと高速回転させた。
そして、顔の前で雷球が綺麗に整列し、ソーマとサクヤに狙いを定める。
「させるかぁぁぁぁぁ!!」
ザンッ!!
「グガァッ!!?」
「っ!スミカ!」
「!」
ディアウス・ピターとサクヤとソーマが驚きの表情に彩られる。
ディアウス・ピターの背後のステンドグラスからスミカが教会内に侵入、そのままがら空きの右前足に剣を振り下ろし、表面の肉を大きく削ぎ落としたのだ。
噴水のように血が噴き出し、赤い筋肉が剥き出しになる。
「ふんっ!!」
そこへスミカがさらに一薙ぎ。筋繊維が切り裂かれ、バランスを崩して倒れ込む。
「今です!」
サクヤの後ろからアリサが飛び出した。
(ああ!アリサはスミカの踏み台になってあのジャンプの手伝いをしてたのね!)
アリサだけが入口から回りこんで来たのを見てようやく納得するサクヤ。
そうこうしている内にアリサは、ディアウス・ピターの前にスミカ、ソーマと並んで神機を構え、その血肉を食いちぎった。
「いくぞ!!」
「神機解放!!」
三人はバーストを発動したが、ここでディアウス・ピターが立ち上がる。
(っ!まだ動けるなんて…!)
足の筋肉が半分は切られているはずなのに、痛みを堪えて咆哮を上げるディアウス・ピター。
そのまま垂直に高く跳び上がり、バック転して着地した。
そこからディアウス・ピターを円く囲んで雷が暴れ回る。
ガガガン!!
「っ!!」
「ぐっ!!」
「チィッ!!」
三人は装甲を展開して堪え凌ぐが、ディアウス・ピターの攻撃は収まらない。
(どれだけしぶといんですかもうっ!!)
アリサは軽く舌打ちをして斬りかかるがディアウス・ピターはまたも跳び上がってやり過ごす。
そのままスミカへ、傷ついてない左足を振りかぶったが、その爪はスミカに一歩届かなかった。
「はぁっ!!」
ソーマが渾身のチャージクラッシュをマントに決めて、ディアウス・ピターは床にたたき付けられた。
「食らえ!」
その隙にアリサが剣を振り払い、帝王の顔に横一文字の傷をつける。
だが、それでもディアウス・ピターは力の限り暴れ回り、それ以上の追撃を許さない。
「スミカさん!サクヤさん!ソーマ!」
もうこれ以上戦いを長引かせる訳にはいかない、とアリサはアラガミバレットを一発ずつ撃ち渡す。
「よし!」
スミカもアリサに一発、バレットを放った。
「アリサちゃん!ソーマ!三人で切り込むよ!」
スミカの合図で、アリサとソーマは彼に続いて駆け出す。
「らぁっ!!」
ディアウス・ピターが振り下ろした左足の爪をすり抜け、スミカが右足を完全に切断した。
流れ出る血の量を増やして、ディアウス・ピターはバランスを崩す。
「てやっ!!」
アリサがディアウス・ピターの顔に再び剣を入れる。
「死ね!!」
ソーマが左後ろ足を切断し、帝王はとうとう立てなくなった。
「サクヤさんトドメを!!」
残ったアラガミバレットを全て渡し、サクヤはリンクバーストLV3を発動する。
ずっと…この時を待ってた…。
ありがとう…みんな…ここまで連れてきてくれて…。
銃口を帝王に合わせ、そのまま引き金に指をかける。
リンドウが受けた苦しみを…味わいなさい…!
ドオォォォォンッ!!
サクヤの放った濃縮アラガミバレットは巨大な球体となって、ディアウス・ピターの体ををすっぽり覆った。
その後、少しの間を置いて青白く光り、始まったのは雷の乱舞。
ドームの中で幾重にも重なる雷に、ディアウス・ピターの肉体は焼かれ、裂かれる。
「グガァァァァァァァァ!!!」
帝王の叫びが教会中に響き渡る。
ディアウス・ピターはしばらくのた打ち回っていたが、やがてピクリとも動かなくなった。
ついに倒したのだ…漆黒の帝王を…。
頭がそれを理解したとき…第一部の顔にはドッと汗が流れ出し、体の内に溜め込んでいた空気を吐き出した。
「はあ………終わりましたね」
アリサが構えを解いて口を開くと、サクヤも頷く。
「ええ………じゃあ、始めるわよ」
すぐに表情を引き締めて、アリサとサクヤはディアウス・ピターを捌き始めた。
スミカとソーマが後ろからジッと見つめている中、二人の作業は続く。
長いようで短い時間…。
スミカは内心、見つかって欲しくないと思っていたが………それは叶わなかった。
「っ!これは…」
アリサがディアウス・ピターの腹部に何かを発見した。
それを掴んで一気に引き抜く。
「っ………当たり…です…」
大量の血と共に現れたのは、同じく血のような色の赤い神機………リンドウの神機だった。
サクヤも口から何かを見つけ、取り出した。
「こっちも見つけたわ…間違いない………これは…あの人の腕輪………!」
そこまで言うとサクヤは地面に座り込み、リンドウの腕輪を胸に抱きしめる。
「ああ…リンドウ…」
涙を一粒一粒零しながら…。
「リンドウさん………」
アリサも涙を堪えきれずに崩れ落ちた。
「………」
ソーマは何も言わずに目を瞑り、顔を逸らす。
「………」
スミカは静かな瞳で虚空を見つめた後、携帯電話を取り出した。
「こちらスミカ…目標の討伐に成功…雨宮リンドウの腕輪、及び神機を回収…これより…帰投します…」
スミカのミッション完遂報告で………一つの苦しみに、幕が下りた。