GOD EATER ~RED・GODDESS~ (真王)
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コウタの覚悟
「まったく…君の体の再生力は医者泣かせだよ、本当に」
医務室でスミカは医師に理不尽に呆れられていた。
「はあ…なんか、すいません」
「いやいや!仕事を減らしてくれて実に助かってるって話だよ!わっはっは!」
医師の言葉に苦笑いするスミカ。
昨日プリティヴィ・マータに切り裂かれたスミカの頬は、跡すら残さず綺麗に修復されていた。
スミカはどうやら普通のゴッドイーターよりも自己修復能力が高いようだ。
大怪我や致命傷といったものが非常に身近な存在になっているゴッドイーターたちのケアを、医師たちは少ない人手で行わなければならない。
患者を捌く手間が省けるのならそれに越したことはない…といったところだろうか。
「いつ重傷者が来ても対応できるように手を空けておきたい」というのが医療関係者の本音なのだ。
5分もかからずに医師のOKサインが出され、とりあえずスミカは礼を言って退室した後エントランスへ向かった。
エレベーターの扉が開き、スミカはエントランスに入って中を見渡した。
この日は珍しく人が少ないようだ…。スペース自体そんなに広いわけではないが、コウタとタツミとブレンダン…仕事中のヒバリと万屋しかいない。
知ってる顔しかいないのでまとめて挨拶した。
「おはようございま〜す」
スミカの声にコウタたちが挨拶を返す。
「おっす!」
「おはようございます、スミカさん」
「ようスミカ!」
「おはよう。傷の具合はどうだ?」
四者四様の言葉が返ってくると、そこから少しの雑談が始まった。
「ふむ…もう傷が塞がったのか…任務に支障が出ないようでよかった」
ブレンダンがスミカの頬を見て言うと、タツミも同調する。
「ああ…お前は極東支部の主力だからな!あんまり無理すんなよ?」
「お気遣いありがとうございます。でも今のところはまだ大丈夫ですよ?」
「いやいや、目に見えない部分はきっと疲れてるハズだぜ?」
タツミの意見にコウタも頷く。
「そうだぜスミカ…リーダーになってから余計にストレス溜まってるはずなんだからさ、たまには休めよな」
「そうそう!あんまり根を詰めるとぶっ倒れちまうぜ?…な?ヒバリちゃん!」
タツミに突然話を振られてヒバリは驚く。
「えっ?あ、ああ、はい…そうですね」
「ヒバリちゃんも毎日毎日大変だよな〜…どう?たまにはヒバリちゃんも休みを取らないかい?」
「…実は、ちょうどそうしようかなって思ってたとこなんです…」
「おお!マジで!?」
ヒバリの意外な言葉にタツミが食いついた。
「はい!久しぶりに実家に帰ろうかなって思ってたので」
「…え?俺とのデートは?」
「ありませんけど?」
ヒバリに一蹴されてガックリと肩を落とすタツミ。それを見て笑い出すスミカたち。
「あきらめたらそこで試合終了よ。恋は突進。自分の心がぶっ壊れるまでもっとアタックしちゃいなさい!」
「うおおおおおおおおお!!わかったぁぁぁぁぁ!!」
スミカの一言にタツミが復活。
和やかな空気に包まれるが、それはわずか数分で打ち破られることになる。
ビー!!ビー!!ビー!!ビー!!
けたたましい警報がアナグラ内に響き渡る。それを聞いたコウタは真っ先に口を開いた。
「アラガミ!また外部居住区に侵入したのか!?」
その言葉にタツミが反応する。
「おう!これは俺達、防衛班の仕事だ!」
「お前たち二人は、自分たちの仕事をまっとうしてくれ!」
ブレンダンの言葉にコウタが頷く。
「ああ、頼むよ!気をつけてね!」
タツミとブレンダンもコウタに頷き返し、すぐにエントランスを出ていった。
「最近多いよな…外部居住区へのアラガミの侵入…」
コウタが呟くと、カウンターのヒバリが口を開いた。
「居住区外周の対アラガミ装甲も、このところのアラガミの変化に対応しきれなくなってきているみたいなんです…」
「それって…アラガミ装甲壁に使われている例の『偏食因子』ってやつが、アラガミの変化についていけてないってこと?」
『アラガミは短期間の間に進化の可能性を凝縮した存在』…以前サカキが言った言葉だ。
アラガミのオラクル細胞は、捕喰した動植物やアラガミによって多種多様な進化を遂げる。偏食もまた例外ではない。
アラガミ装甲はアラガミに偏食を起こさせる因子、偏食因子を解析して張り巡らすことで「食べたくない」とアラガミに思わせるものだ。
だが、その偏食の網にかからないアラガミも当然出てくるわけで、そうなるとまた新しい偏食因子が必要になってくる。
実質、アラガミ装甲は破られてようやく強化されているようなものなのだ。
「そうです…最近出没している新種から、偏食因子を摂取できれば…装甲の強化に繋がるはずなんですけど…」
俯いてそう呟くヒバリ。するとコウタがスミカの方に向き直る。
「あるじゃないか…俺達にもできることがさ!行こう!」
「そうだね!」
「えっ?」
ヒバリが目を丸くしていると、コウタがカウンターに身を乗り出す。
「だからさ、ヒバリちゃん!その『新種』とかいうやつの任務を俺達にやらせてよ!俺達がそいつの偏食因子を取ってくるからさ!」
「!…わかりました!では、鎮魂の廃寺にて極低温対応型のクアドリガが確認されています!これが先程言ってた新種です!気をつけて下さいね?」
ヒバリに出された書類に素早く記入して、スミカとコウタは頷く。
「行ってくる!」
「急ごうスミカ!」
二人はターミナルで神機と消費アイテムを確認すると、すぐさま出撃ゲートへと向かった。
ドォン!!
耳をつんざく爆発音が寺院に響き渡り、積もっていた雪が舞い上がる。
また、その音の影響で遠くの雪山では雪崩が起きていた。
「コウタ!そっち!」
「まっかせろ!!」
クアドリガがコウタに向かって突進していくと、スミカが彼に叫んだ。
足で地面を踏む度に、寺院全体が揺れるような感覚に襲われるが、その突進を難無くかわすとコウタはクアドリガの背中に、スミカから渡されたアラガミバレットを放つ。
複数のミサイルが降り注ぎ、ついにクアドリガは力尽きた。
「おっしゃあ!決まったぜ!!」
コウタがガッツポーズをすると、スミカが歩み寄る。
「やったねコウタ!」
「ああ!んじゃあ捕喰回収よろしく!」
コウタに頷くと、スミカは神機を硬い装甲に突き立てる。
程なくして、息絶えたクアドリガを捕喰したスミカの神機には、しっかりとそのコアが収められた。
「コイツでアラガミ装甲を強化できるな!」
「よし、帰るよ!」
スミカの言葉で二人はすぐにその場を離れ、ヘリの着陸ポイントへ向かった。
「おつかれさま!そっちはどうだった?」
スミカとコウタの二人がエントランスに戻ってくると、ちょうどタツミとブレンダンが向かいから戻ってきたので、コウタが尋ねた。
「ああ…お前さん方が持ち帰ってくれた偏食因子のおかげで、なんとか食い止められたよ……助かった」
ブレンダンの言葉にホッと胸を撫で下ろす二人。
「まあ…何人か犠牲が出ちまったけどな…」
「あ…」
タツミとブレンダンの表情が先程から優れない理由はこれだった。
スミカたちも勿論そうだが、居住区を護る防衛班に所属する二人としては、犠牲を出したくはなかっただろう。
「そっか…ごめん、もっと早く届けられればよかったんだけど…」
コウタの呟きには悔しさが滲んでいた。それを聞いたブレンダンは首を左右に振る。
「コウタのせいじゃないさ…E26エリア方面だったから、家屋が集中していたのでな…」
「E26!?」
ブレンダンの話の途中で、コウタはすくにエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターが止まったのは、外部居住区と連絡を取れる専用ターミナルが設置されている区画だった。
「そうか!E26にはあいつの実家が…」
コウタの突然の行動にようやく察しがついたブレンダン。
「!」
スミカもようやく理解すると、すぐにコウタを追いかけた。
スミカが専用ターミナルの場所に来たときにはすでにコウタはいなかった。
辺りを見渡して、顔を真っ青にして外部居住区と連絡を取り合っているゴッドイーターたちの中にコウタがいないことを確認したスミカは、彼の自室へ向かった。
自動ドアが開いて中に入ると、コウタがソファに座っていた。
俯いていて表情はわからなかったが、スミカが近づくと彼はゆっくりと口を開いた。
「ふう………母さんたちは無事だったよ…」
そう言って顔あげるコウタ。彼の表情は安堵に包まれていた。
「…よかった」
コウタの様子にスミカも安心して、笑みがこぼれる。
「…エイジス計画、早いとこ完成させてもらわなきゃな…」
エイジスは完成まであと少しと言われ続けているが、なかなか完成報告が届かない。
だが、人類の安寧を願って、どれだけ待たされようとゴッドイーターたちはめげずに戦い続ける。
そして人々も、平和な暮らしを願って日々の恐怖に耐え続ける。
「守れるんなら…どんなことだってやってやるさ…」
コウタの口から放たれたのは、彼の『覚悟』。
例え自分をなげうってでも、大切な家族を守るという『覚悟』だった。
「それにしてもホンっト、今ってヒデェ世の中だよな〜」
突然、コウタがいつもの明るい口調でわかりきってることを話し出した。
会話の振り幅の大きさに戸惑いつつ、スミカは頷く。
「昔…アラガミが出てくる前はさ、すげぇ平和だったみたいだよ?」
「そうらしいね」
「命のやり取りなんか全然ないんだよ」
(…どうだろうね)
だいぶ昔は人間同士で、『戦争』という名の殺し合いをしていたらしいことを、スミカはノルンのデータベースで知った。
アラガミがいなくても、結局人は殺して殺されるのか…と、大分ショックを受けたものだが、どうやらコウタはその事実を知らないようだ。
だが、アラガミに食い荒らされたこの世界は、戦争等の跡地などすでになくなっている。
人々の記憶から少しずつ薄れていっても仕方のないことだとは思う。
「いやぁ、まあ全部ノルンの情報の受け売りなんだけどね?」
スミカが難しい表情になったのを気にしてコウタが慌てて言った。
「旧世代の動画がいっぱいストックされてるログがあってさ、知ってる?」
「コウタ君が前教えてもらったやつじゃなくて?」
「そうそう」
スミカは少し考え込むが、コウタの言ったログらしきものは思い浮かばず、首を左右に振った。
「初めて知ったよ」
「それが面白いんだよ〜!バガラリーみたいな昔の番組もいっぱいアップされててさぁ〜!」
ターミナル端末の細かい操作を早々に熟知したコウタは、すでにあちこちのデータベースに手を出したらしい。
神機や戦闘に関する知識はやや欠けてるが、こういうことにはやたらと詳しいコウタである。
「きっとみんな、ニコニコしながら平和に暮らしてたんだろうな…」
コウタは遠い昔を思い出すような表情で、当時の生活を想像する。
「ウチに帰ったらさ、家族が笑顔でお出迎えでさぁ…笑いながらご飯食べて、夜更かしして…ゲームで遊んじゃったりして…」
語るコウタの声には羨望の色が滲んでいた。
「寝るときは『明日何しようかな〜』とか、楽しいことだけ考えて…そんでまた、当たり前に次の日がくるんだよ」
そこまで言うとコウタの声は、少しだけ悲しみを感じさせる声に変わる。
「こんな悲惨な未来なんて…想像もつかなくてさ…」
「………」
スミカはただ黙って聞いていた。
「まあ、わかるわけないよな〜…オレらだってこの先わかんね〜し、誰が悪いってわけじゃないんだし…」
そう…確かにコウタの言う通り、誰かが悪いわけではない。
スミカもそう考えるが同時に、「悪いのは『誰かが』ではなく『人類が』悪いのではないか」と考える。
ヒトがこの星に生まれた時から、星の寿命は常に削られてきた。
本来の姿を失っていった自然環境…破壊されていく大気…星だけでは飽き足らず、互いの命までも奪い合う日々…。
もし、この星を造った神様がいるとするならば…アラガミは、そんな人間たちに対して下した罰なのかも知れない。
「でも…エイジスができれば、そんな世界が戻ってくるんだろ?みんなが安心して楽しく暮らせる世界がさ…」
それはコウタだけではなく、みんなの望み。
「きっとくるよ」
自分の少々冷たい考えを表に出さず、スミカはコウタに頷いた。
「そうそう!見てくれよコレ!」
そう言ってコウタがポケットから取り出したのは、彼の顔を模したかわいいマスコットだった。
「妹が一生懸命作ってくれたお守りなんだ!へへ、カワイイやつだろ?」
「へえ…上手だね、コウタ君の妹さん」
スミカは手にとって観察したあと、コウタに返しながら呟いた。
「ああ……今度の休暇には、お返しにいっぱいお土産持って帰ってやるんだ!」
「ふふ…コウタ君のお母さんも妹さんも、幸せ者だな」
スミカの言葉に頷くと、コウタはソファから跳んで立ち上がる。
「よしっ!そろそろ戻ろうぜ!ツバキさんに怒られちまうよ!また腕立て15000回なんて言われたらたまんないからな!」
入隊したての頃を思い出し、スミカは苦笑いした。
「あれはコウタ君の墓穴でしょ?」
「そんなことねーって!」
二人は軽い言い合いをしながら部屋を出て、次の戦いに向けた準備をしにエントランスへと歩いていった。