GOD EATER ~RED・GODDESS~ (真王)
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氷の女王

ある日のこと…スミカたち第一部隊は、ツバキの呼び出しを受けてエントランスの出撃ゲートの前に集められていた。

「300秒以内に集まるように」と言われたことから、スミカたちは「どうやら緊急ミッションが入ったようだ」などと憶測を立てていた。

その時、コツ、コツ、と軽い音がエントランスに響く。

不真面目な隊員が聞くと震え上がるというヒールの音を鳴らし、指定時間ピッタリに現れたツバキは、彼らの予測通りのミッションを言い渡した。

「今回発見されたターゲットから…前リーダーの腕輪らしき信号が確認された。目下調査中だが、おそらく…先の戦いのアラガミだろう」

ツバキの言葉にスミカたちの目は見開かれた。

リンドウが無念の死を遂げたあの日のことを一気に思い出す。

「苦しい戦いになるかもしれんが、現状の戦力を鑑みて、勝てない相手ではないと私は判断した」

そう…アリサやサクヤ、コウタは、リンドウを失ったあの日を境にどんどん強くなっていった。

スミカに至っては、一人でウロヴォロスを討伐できるようになった。勝算は充分にある。

だがツバキは、いくら勝算があると言っても、一つの懸念がどうしても拭いきれないでいた。

それは、サクヤとアリサの…リンドウを殺したアラガミに対する復讐心だ。

幼い頃からの付き合いであり、長年想い続けたリンドウをアラガミに奪われたサクヤが…そのアラガミを目の前にして、きっと憎しみを抱かずにはいられない。

アリサも…リンドウをあの教会に閉じ込める原因を作ってしまったとして、表には出さずに悔やみつづけていたはずだ。

この任務にかける二人の想いは相当なものになるだろう…。

そう考えるツバキ自身も…たった一人の血の繋がった家族を奪われ、自ら捜索に向かうこともできなかった。

だが、決してその悔しさをスミカたちに押し付けたりなどしない。自分の感情を背負わせ、隊員を危険にさらすからだ。

リンドウの世話になった者たちが大勢いることは知っている。

その者たちに、死を近づけるわけにはいかない…。

「仇などという雑念を混ぜるな!くれぐれも慎重に戦いを進めろ!いいな?」

まるで、自分自身に言い聞かせるように命令するツバキ。

「はい!」

スミカが了解の返事を返したとき、サクヤが俯いた。

「リンドウ…やっと…やっと…」

そう小声で呟くサクヤは、アリサと目が合うと互いに頷き合い、任務へ向かう準備を早々に始めた。









時刻は午後7時を回ったところ…月明かりが辺りを照らし、雪が降り積もった廃寺にスミカたちは降り立った。

誰も、いつものような軽口を交わさない…というより、交わすような余裕がない。

特にサクヤとアリサは、今まで見たことがないほど入念に神機やアイテムをチェックしていた。

無理もない…と、スミカは思う。

リンドウを殺したアラガミに、自らの手で裁きを下すことができる…その瞬間をサクヤがどれほど待ち望んでいたことか…。

アリサも許しをもらえたとは言え、自分のせいでリンドウをあのヴァジュラと戦わせて死なせた、という罪に未だに苛まれていた。

夢に見る度、辛くて泣いていた…ツバキやサクヤに申し訳が立たなかった…。

その夢に終止符を打てる…その罪の一つを償うことができる…。

彼女たちの今日の任務に対する思い入れは人一倍強かった。

「………そろそろ時間だよ!各員、任務開始位置につけ」

リーダーという立場がだんだん様になってきたスミカの呼びかけに頷き、アリサ、サクヤ、コウタは位置についた。

「…それじゃあ、ミッションを開始する前に皆に聞いてほしいことがあるの」

スミカの言葉に、サクヤたちは彼女を注視する。

「出撃前にツバキさんも言ってたけど…復讐や仇討ちという考えは忘れて。神機を握る力に余計なものは混ぜないこと!いつも通りの戦いを意識する!いいね?」

三人が頷いたのを見て、スミカは時計を見た。

「…ちょうど開始時刻だ。ミッションスタート!索敵開始!」

スミカの合図で、四人は高台から廃寺の細道に降りた。

スミカとアリサ、コウタとサクヤの二手に分かれて寺院を進んで行く。

スミカは前方を探索している間も、後方に位置して背中を守ってくれているアリサの動向に注意を払っていた。

彼女を信用してないわけではないが、任務開始前の様子が明らかにおかしかったからだ。

やはり「意識するな」など、言うだけ無駄なのかも知れない。

今のアリサは、リンドウに対する償いの感情に突き動かされていた。

(リンドウさん…あなたが死んだのは私のせいです…私が弱かったせいで…あなたを死なせてしまった…その責任は…必ず取ります…!)

アリサの瞳が揺らいでいるのをスミカは見逃さなかった。

「アリサ!」
「!は、はい!何ですか?」

突然声をかけられたことに驚くアリサ。

「『私情を挟むな』っていうのは、やっぱり無理?」
「えっ?あ…ええと…その…」
「………その反応、無理なんだね?」
「……………」

何も言えなくなったアリサを見てため息をつく。

「…仕方ないよね…サクヤさんもアリサも…強がってるけど、きっとツバキさんも…けじめをつけたいのは皆同じなんだよね」
「…はい…私は、リンドウさんの仇を討つまでは、ふっ切れそうにもありません…」

静かな声でアリサはスミカの背中に言う。

「そっか…じゃあ、アリサは仇を討った後ふっ切れて、リンドウさんのことを何事もなかったかのようにして過ごせるの?」
「!そんなこと、できるハズないですよ!」
「やっぱ、ふっ切れていないじゃん?」
「っ…………」

スミカの言葉にアリサは押し黙ってしまった。

「持論だけど、多分…『ふっ切れた』なんてのは大概、勘違いなんじゃないかな?リンドウさんの仇を討って…ツバキさんもサクヤさんもアリサも…みんなその苦しみから解放されるとは私は思わない」
「……………」
「人間はいつまでも同じことに悩まされ続ける生き物だと思うんだ…残酷だけど、きっとアリサのその苦しさや悩みも、一生君を縛り続ける…」

周囲に気を配りながら淡々と話すスミカをただジッと見つめるアリサ。

「私のこの苦しみは…ずっと続くんですか?……………いえ、そうですよね…仇を討ったところで、リンドウさんは帰ってこないですよね…私の苦しみが、終わるはず…ないんですよね…」
「うん…辛いけど、その苦しみとは一生向き合っていかなきゃいけない」

スミカは立ち止まってアリサの方を向く。

「逃げ出したくなる時も来ると思うけど………君も含めて私達は…リンドウさんに生かされた…自分の命を差し出して、俺達に『生きろ』と言ってくれた…だったら私達は生き残らなくちゃいけない…生きて、彼の意思を継がなくちゃならない」

アリサはあの教会での一部始終を思い出していた。瓦礫の壁の向こうから、リンドウに『全員必ず生きて帰れ』と言われたあの時のことを。

「アリサ…今日の任務で生き残るために、私達がしなくちゃならないことは何?」

スミカに尋ねられたアリサは考え込むが、答えを返せなかったためスミカが再び口を開く。

「それは、任務の最初に言ったのと同じことだよ…。私情を挟まないこと…怨みや憎しみ、復讐心を込めた剣は自分や他人を傷つけるだけだし、何より自ら『死』に近づいてしまう…それは、生きろと言ってくれたリンドウさんの気持ちを無下にしてしまう行為なんだ」
「………!」
「ツバキさんもそれが分かってて言ったんだと思う…だからアリサ…リンドウさんやツバキさんの気持ちを無駄にしないためにも…生きよう」
「………はい!」

それは、新たな決意と覚悟に満ちた少女の顔だった。

(ああ…私、リンドウさんへの罪の意識を軽くしたいだけだったんだ…悩んで、辛くて、苦しくて、逃げ出したい一心で…)

スミカの話を要約すればそんなに難しいことは言っていない。ただ当然のことを言っただけなのだ。それなのにアリサの心は、背負っていたカバンを降ろしたようにいくらか軽くなっていた。

(何を悩んでいたんだろう、私は…こんなに単純で当たり前のことを、スミカさんに言われるまで気づかないなんて…)

そう、仇討ちに成功したところでリンドウは帰ってこない…これは真実だ。

憎しみなど負の感情に囚われ周りが見えなくなった剣は、大切な仲間すらも傷つけ自分を死に追いやる…これも真実だ。

自分が関わったことでリンドウを死に追いやったあの日に、一生苦悩し続けることも…全て、真実なのだ。

「すいません、スミカさん…軽率でした…」
「うん、よろしい」

アリサが頭を下げて謝るとスミカは即答で許す。

「まあ、どうしても辛くなったら私を頼ってね…これでも一応リーダーであなたの先輩なんだから」

アリサがそんなことを考えたとき、寺院に爆発音が響く。

『!』

二人はすぐに思考を戦闘モードに切り替え、表情を固くした。
こんなことをしでかした人物は想像付く。

「なにやっているのあの人は!行くよアリサ!」
「はい!」

二人はすぐに駆け出し、爆発が起きた場所へ向かった。








「食らいなさい!!」

サクヤの放ったレーザーは、美しい曲線を描いて女帝を貫く。

ヴァジュラ上位種、プリティヴィ・マータ…リンドウが姿を消した日から急に現れはじめたヴァジュラで、人間の女性のような人面を持ち、氷でできた鎧を身に纏っている。

繰り出される攻撃も、氷の棘を精製して飛ばしたり、氷塊を足元から出現させたり、自身の周囲に吹雪を発生させたりと、氷雪系の強力なものばかりである。

データ上、生命力や体力という面ではヴァジュラに劣るが、それを補うようにたくましい筋肉が目立ち、戦いにおける強さを表していた。

プリティヴィ・マータの弱点である高熱を帯びたサクヤのレーザーは、その肉体に確実にダメージを与えていく。

が、しかし…。

「グガガガガガガ!!」

大して怯むこともなく、プリティヴィ・マータは独特な咆哮をあげ、氷棘を飛ばしてくる。

「くっ!」

サクヤはギリギリでかわすと、Oアンプルを飲んで再び怒涛の攻撃を始める。

「サクヤさん!最初から飛ばし過ぎだよ!!」

コウタがプリティヴィ・マータの側に張り付いて散弾をばらまきながら声を張り上げた。

しかし、今のサクヤは人の話を聞く耳など全く持たず、次々とOアンプルを消費してレーザーを撃ち込んでいく。

その表情には、『殺す』という彼女の感情が剥き出しになっていた。

(サクヤさん…完全に頭に血が上っちゃってる…!このままだとマズイ!)

サクヤはプリティヴィ・マータの背中を見つけるなり、いきなりレーザーを撃ち込んだ。

事前に決められた作戦ではより万全を期すために信号弾を使い、全員が合流してから交戦という取り決めだった。

しかし、サクヤはそれを無視して信号弾も使わずに交戦してしまい、コウタは戸惑っていた。

どうしたものかと頭を抱えたその時、スミカとアリサが合流した。

「援護するわ!」

スミカはコウタの脇をすり抜けてプリティヴィ・マータの懐へ飛び込み、愛刀の発熱ナイフでその胴体を切り刻む。

鉄をも溶かすと謳われる高熱の剣に驚いたプリティヴィ・マータは、背を向けて逃げ出した。

「逃がさない…!!」

サクヤはプリティヴィ・マータの眼前にスタングレネードを炸裂させる。

まばゆい光が女帝の視界を奪い取り、その隙にサクヤはレーザーを撃つ。

ここでサクヤは最後のOアンプルを使用し、オラクルを回復させるが…射撃ペースを落とさなかったため、それはすぐに消費されて尽きてしまった。

引き金を引いても、カチンッという金属音しか鳴らなくなり、サクヤは軽く舌打ちをする。

「サクヤさん!落ち着いて下さい!」

プリティヴィ・マータを捕喰してバーストを発動したスミカがなだめようとするが、聞き入れようとしない。

それどころか…。

「スミカ!アリサ!Oアンプルを渡して頂戴!!コイツは私が仕留める!!」
「えっ!?」

アリサは普段、大人のお姉さんとしての余裕を感じさせ、戦闘においても冷静沈着なサクヤがこれほどまで勝手な物言いをしたところを見たことがなかった。

「アリサ!渡して!」

なおも手をアリサに伸ばしてOアンプルを要求するサクヤ。

「できません!」
「!?」

炎がほとばしるバレットをプリティヴィ・マータに連射しながら拒否するアリサに、サクヤは怒りをあらわにする。

「渡しなさいと言ってるでしょ!?」
「今のサクヤさんには渡せません!!」

二人が言い争いをしている隙に、プリティヴィ・マータが力を溜め込む。

するとプリティヴィ・マータの顔の前に雪が集まり、圧縮、凝固され、当たれば致命傷に至る巨大な氷の棘が現れた。

それはクルクルとドリルのように回転し、サクヤに向けて放たれた。

「サクヤさん!!」
「危ない!!」
「!?」

アリサとコウタが声を上げた時には、氷の棘はサクヤの眼前にあった。

(リンドウ…!!)

ギュッと目を瞑るサクヤ。

この光景を見た誰もがサクヤの死を覚悟したことだろう。

だがしかし、その氷はサクヤに当たることはなかった。

横から飛び出してきたスミカがサクヤを庇うように飛び込んだのだ。

二人はそのまま雪に身を投げ出し、慣性にしたがって進み、引きずった跡を残して停止した。

「コウタ君!一度撤退!」
「っ!わかった!」

スミカの声に頷いたコウタはスタングレネードを投げつける。
強烈な光が収まってプリティヴィ・マータが目を開いた時には、すでにスミカたちの姿はなかった。









「はあ…はあ…ここまでくれば大丈夫でしょ」

コウタが息を切らして膝に手をつく。

プリティヴィ・マータが一体だけギリギリ通れるか通れないかの道に入り込んだスミカたち。

アリサは後ろからプリティヴィ・マータ追ってこないか、銃を構えて見張っていた。

「…なんで渡してくれなかったのよ…」

雪に手をついて顔を伏せたまま、サクヤが震えた声で言った。

「サクヤさん…今のあなたは、チームの戦力になっていません。これ以上あんな戦いをするというのなら、あなたにはしばらくここで待機していてもらいます」

スミカの言葉に唇を噛み締めたサクヤは、立ち上がってスミカに思い切り反論しようとした。

しかし、口を開いたところで言葉が続かなかった。

スミカの左頬は、ぱっくりと裂けて夥しい血が流れていたのだ。足元の白いキャンパスには赤い水玉模様が一つずつ描かれていく。

「………アリサちゃん、コウタ君…しばらくサクヤさんを頼むわ」

『え?』

穏やかな表情でそう言うと、カタカタと震えているサクヤをそのままに、神機を肩に担いでスミカは来た道を戻る。

「私は先にあの猫とじゃれ合ってくる…サクヤさんが落ち着いたら合流して」
「でもスミカ…その怪我じゃ…」

コウタが止めようとするが、伸ばした手はスミカに押し止められた。

「あんなやつ、ウロヴォロスに比べりゃましよ。たのんだよ」
「…はい」

アリサが頷いたのを確認して、スミカはプリティヴィ・マータの下へ向かった。

それと同時にサクヤは脱力し、地面にペたりと座り込んでしまった。

アリサはサクヤの前に屈んで口を開く。

「サクヤさん…私が、スミカさんに言われたこと…諭されたことをお話します…」

それからアリサは、スミカに教えてもらったことや、ツバキが私情を挟むなと言った理由について話した。

話を聞いている間、サクヤは一度も口を開きはしなかったが、自分の愚かさがわかったのか肩が震えていた。

アリサの話が終わったところで、ぽろぽろと涙までこぼし始め、絞り出すような声で言葉を紡いだ。

「ごめんなさい…二人とも…本当は…わかってた…あの人はもう…帰ってこないことくらい…。わかってたはずなんだけど…自分を…止められなかった…」
「サクヤさん…」
「ゴメンね…迷惑かけて…スミカには怪我までさせちゃったし…謝りに行かないとね…」

サクヤはおもむろに立ち上がると、目尻を指で軽くなぞった。

「もう、大丈夫ですか?」

アリサの問い掛けにサクヤは頷く。

「行きましょ!」

三人はすぐに路地を抜け出して、スミカの下へと急いだ。








程なくしてコウタたちは、血の池に沈むプリティヴィ・マータを見下ろしているスミカを見つけた。

彼はちょうど神機に捕喰させ、リンドウの腕輪を探している最中だった。

「スミカ!もう倒したのか!」
「ん、結構簡単だったわ」

後ろから掛かった声に顔を上げるスミカ。

スミカの身体は頬を除いて、体中をめった刺しにされているプリティヴィ・マータとは対照的に綺麗だった。どうやら一度も攻撃を食らわなかったようだ。

「スミカ…」

サクヤが一歩進み出る。しっかりとスミカの目を見て、謝罪の念を口にした。

「ごめんなさい…本当は、1番しっかりしなきゃならない立場なのに…我が儘言った挙げ句、あなたを怪我させちゃって…」
「…気にしないで下さい。別に怒ってるわけじゃないですし、気持ちはよくわかります…ただ…もう、あんな無茶はやめて下さいね?悲しむのはリンドウさんですから」
「ええ…」

サクヤが自分の非を素直に認めているところを見ると、どうやらアリサが上手くやってくれたようだ、とスミカは安心した。

その時、プリティヴィ・マータの腹をまるまる食いちぎって神機が捕喰を終えた。

スミカは神機の中身を見て、素材の中にリンドウの腕輪が混じってないか確認する。

「あった?」

コウタの問い掛けから数秒後、スミカが首を左右に振る。

「ないわね…」
「最近の調査隊、いい加減過ぎますよ!」

アリサが不満を口にするが、それをコウタがなだめる。

「まあまあ…到着前に逃げちゃったかもしれないし…」
「あの時同じ個体が何体もいたから、他のやつと入れ替わった可能性もあるね…」


「ガアァァァァァァァ!!!」


最後にスミカが口を開いた時、突然何かの巨大な咆哮が辺りに響いた。

『!』

スミカたちは神機を構え、咆哮が聞こえてきた方角へ急いだ。

「!」

高い崖のある場所へきたとき、上から強大な気配を感じて顔を上げると、崖のふちにゆっくりと大きな陰が現れた。

吹雪が止み、スミカたちはついにその姿を明確に捉えた。

ヴァジュラやプリティヴィ・マータなど比べものにならない強靭な四肢。漆黒の体は見るものを圧倒する。

その顔は、人間が想像した…まるで神のような威厳のある顔だった。

ヴァジュラ最上位種…『ディアウス・ピター』。

まるで玉座から見下ろすようにしてスミカたちと対峙していたが、「相手にするまでもない」とでも言うかのように、背を向けてその場を立ち去った。

「あいつを倒さないと駄目ってことね……待ってなさいよ……必ず仕留めてやるわ…」

静かな闘志を燃やすサクヤ。それはスミカたちも同じだった。

先程の一瞬の対峙で、スミカたちは悟った。「このアラガミがリンドウを殺した」と。

いずれ、ぶつかる時がくる…そのときは必ず命のやり取りがあるだろう。

必ず倒すと心に誓ったスミカたちは、アナグラへ戻っていった。








「残念…でしたね」

ベテラン区画の一室、サクヤの部屋でアリサはその部屋の主に言った。

サクヤとアリサはコーヒーを味わいつつ、数時間前の任務に想いを馳せていた。

結局腕輪も神機も見つからずに任務は終わった。

スミカが怪我をし、そのことでサクヤがツバキにお小言を貰ったこと以外何もなかった。

現在スミカは医務室で手当てを受け、コウタは「たまにはあなたが書いて下さい」とアリサに報告書を押し付けられ、エントランスで書類と格闘している最中である。

アリサに頷いてコーヒーを軽く一口飲んだ後、サクヤは口を開いた。

「実はね…ちょっとホッとしてるの」

「え?」

思いがけないサクヤの言葉に、ついアリサは聞き返してしまった。

「心の整理、つけたつもりだったんだけど…やっぱり、まだリンドウが死んだって認めたくないのかな…」

サクヤはアリサの後ろに置いてある写真に目をやる。

サクヤとツバキ、そしてリンドウが写っている写真に…。

「腕輪が見つかっちゃったら…認めなきゃいけない…それに、リンドウがしてたこと、死ななきゃいけなかった理由…それを知るのも、本当は怖いんだと思う…ホント、何を今更って感じだけどね」

肩をすくめて言ったサクヤの顔には、拭いきることのできない悲しみが残っていた。

「そ、そうですよ!何言ってるんですか!しっかりして下さいよ!」

アリサはそんな彼女をなんとか励まそうと言葉を紡ぐ。

咄嗟に上手い励ましの言葉を練り出せない自分を恨めしく思いながら、胸のモヤモヤを紛らわせようとコーヒーを一気に飲み干した。



(にがい…ですね…)



まるで今この時を表したような味だった。