GOD EATER ~RED・GODDESS~ (真王)
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服装とわがままシオちゃん

サカキの研究室は、以前と比べ人口の密度が高くなってきていた。

スミカ、コウタ、アリサは欠かさずに通っているし、サクヤもたまに顔を見せに来てはシオの成長に驚く。

ソーマは、最近は全然来ていないらしい。…仕方のないことだ。

シオに暴言を吐いたうえ自ら「関わるな」と言った手前、自分からは来られないのだ。

シオはいつも通り明るかったが、たまに見せる表情には寂しさが滲んでいるような気がしてならない。

(よっぽどソーマのことが気に入ってるんだね)

サカキとシオの食糧について話しながら、スミカは頭の中でシオを案じる。

と、その時シオが立ち上がり、ソファに座っているアリサの方へ歩いていく。

アリサの前で立ち止まり、アリサが顔を上げた次の瞬間…。

「きゃあっ!?なっ、何!?」

シオが両手を伸ばし、アリサの胸をわしづかみにした。突然のシオの行動に、アリサとコウタが驚く。

シオはそのまま胸を押したりして…。

「ぷにぷに…」

…どうやら感触を確かめていたようだ。

そしてすぐに手を離すと、今度はコウタの前に来た。両手を広げ、コウタの両肩を二回ぺちぺちと叩く。

「いてっ、いてっ」
「かちかち…うー…」

コウタの感触を確かめたシオは、不思議そうな様子で体を左右に揺らす。

今度は首をねじり、スミカの背中に狙いを定める。

なんだか嫌な予感がしたサカキは、スミカと話をしつつ、一歩左に動いた。


ドーン!!


「わぁっ!」

背中にシオの体当たりを食らい、体がくの字に曲ったスミカは床にべそっと倒れた。

「んー…」

スミカの脇腹に両手を回して感触を確かめたシオは立ち上がり…。

「おっかしーなー…これ、おっかしーなー…」

「おかしいのはお前だよ」

コウタがシオの不可解な行動を指摘する。










「ふむ…人間の個体差が気になりだしたみたいだね…興味深い」
「個体差…ですか?」

アリサはシオを見たまま聞き返した。

「ああ…体格差や性格、人種、性別…人間の多様性に興味を持ち始めたんだ。アラガミは分類上、無性生殖に近い繁殖形態を取ってはいるけれど、新種のヴァジュラのような例もある。概念としての性別というものへの理解も時間の問題だろうね」
「この子も、見た目は…女の子なんですけど…」

改めてシオを見るが、その体つきや声など、人間の女の子に相違ないことに変わりはなかった。

「そうだねぇ…支部長もそろそろ帰ってくるだろうし、あの服もどうにかしないと…」

シオは出会ったときから服を着ていた。ただ服とは言っても、どこからか拝借してきたフェンリルの旗を体にグルリと巻き付けているだけなのだ。

旗自体がボロボロなので、なんというかかなり無防備だ。

「よし、明日早速服を着せてみよう」
「そうですね。よろしくお願いします」
「じゃあ、そろそろ戻るか!」







そして翌日、第一部隊はまたもサカキに呼び出された。

サカキが強引に呼んだのか、ソーマまで来ていた。サクヤも呼び出したところを見ると、どうやら全員に招集をかけたようだ。

「呼びつけてすまない…私では、どうにもならない問題が発生してしまってね」

そう言うとサカキはシオの方を向いた。

「彼女に服を着せてくれないか?」
「はあ…服、ですか…?」

サクヤはわけがわからず聞き返す。

「様々なアプローチを試みてみたんだが、全て失敗に終わってしまってね〜…」
「きちきち、ちくちくやだー」

駄々をこねるシオ。

「ということらしい…是非女性の力を借りたくてね〜」

さっきから不機嫌だったソーマは更に不機嫌そうな顔をした。

「ならなんで俺を呼ぶんだ…戻るぞ」

ソーマはぶっきらぼうにそう言うと、さっさと研究室から出ていく。

「俺も役に立てそうにないし…ちょっと今バガラリーがいいところだったんだ!任せたよ!」

コウタまでスミカを残して先に戻ってしまった。

「まったく薄情な男どもね〜…とにかく、ちょっと着せてみますよ!」

サクヤが出て行ったソーマとコウタに呆れると、サカキに向き直って言った。

「シオ〜!ちょっとおいで〜!」
「な〜に〜?」

サカキが用意したシオ専用の部屋の前で、シオを呼ぶサクヤ。

「博士、ちょっと奥の部屋借りますね!アリサ〜、ちょっと手伝って〜!」
「わかりました!」

アリサはサクヤと一緒にシオを連れて、奥の部屋に入っていった。








「それにしてもシオや君たちはとても興味深いよ」

アリサたちがシオに服を着せ始めて少し経ったとき、サカキは不意に言葉を発した。

「その柔軟さと多様性が、予測できない未来を生み出すのかも知れないね…」
「博士それはフラグというものですよ」

ドガンッ!!!

「ほら」

もの凄い力で何かが壊される音が響き、大量の埃とともにアリサとサクヤが咳込みながら出てきた。

「げほっ、げほっ…あ、あの…シオちゃんが…」
「こほっ…壁を壊して外に…」

二人の言葉に、サカキの線で書かれたような狐目がわずかに見開かれる。

「やはり、予測できない………君たちお願いだ!なるべく早く、彼女を連れ帰って来てくれないか!?」

珍しく切羽詰まったサカキにスミカが頷く。

「わかりました!サクヤさんとアリサちゃんは休んでて!私とコウタ君とソーマで探してくる!」
「お願いします!」

アリサに頷いて、スミカはすぐに部屋を飛び出した。

「駄々っ子のパワーって恐ろしいわね…」

サクヤは体についた埃を払い、ポツリと呟く。









いきなりスミカに手を引っ張られて鎮魂の廃寺に連れてこられたソーマは、内心嫌がりつつシオの捜索に協力していた。

「おい、いるんだろ?」

仏像が並ぶ誰もいないと思われる寺の一角でに、神機を担いだソーマがシオを呼んでみた。サカキからの調査報告では、この辺りにシオのコアの反応があったはずだ。

「いないよー」

わかりやすい口調の声が仏像の影からしてきた。そこにいたかと笑ったソーマは、更に呼びかける。

「遊びは終わりだ…さっさと帰るぞ」
「ちくちくやだー!」
「…フ…所詮はバケモノか…」

まだ駄々をこねるシオにソーマが独り言のように呟く。

「そーま」

仏像の後ろからひょこっと顔を出したシオがソーマを呼ぶ。

「あぁ?」
「もう、おこってない?」

シオの言葉でソーマは、空母で彼女に向かって暴言を吐いたときのことを思い出す。

「そーま、あのとき、おこってた」
「テメェには関係ねえ…」
「あのとき、そーまにいやなことしたんだな…シオも、ちくちく、いやだもんな…シオ、えらくなかったな…」
「一丁前な口利きやがって…」

シオは頑張って謝罪の念をソーマに伝えた。拙くて、伝わりにくいシオの言葉でも、言いたいことはしっかりソーマに届いたようだ。

人間に近いとは言え、アラガミに謝られるのは何か変な感じがして顔を背ける。

「俺もテメェくらいに、自分のことなんか何も考えずに生きていられたら…ラクになれるのかもな」
「そーま」
「あ?」

顔を上げてシオを見ると、虚をつく言葉が飛び出した。

「『じぶん』って、うまいのか?」

一瞬の沈黙の後…ソーマが吹き出した。

「フっ…ハっハっハ!」

笑ったことなんて、今までなかったな…。楽しかったことも…幸せだったこともない…だが、こんなクソッタレな世界でも、笑うことはできるのか…。

などと頭の中で思考する。

ソーマは人生で始めて、純粋に笑った。彼の境遇に笑えるようなことが何一つなかったからだ。

「テメェも少しは自分で考えやがれ…まあ、お互い自分のこともわからねえ出来損ないってことだな…」

すると、ソーマの言葉にシオが反応する。

「おお!やっぱりいっしょか!」
「だから一緒にするなと…」

ソーマが否定しようとするが、シオがそれを遮る言葉を放つ。

「いっしょに『ジブンサガシ』、だな!」
「や、やめろ…」

握りこぶしを作って言うシオにソーマは自然と顔が赤くなる。

そうしてシオは、ようやく高い場所にある仏像の影から降りてきてくれた。

その時、コウタとスミカの声が寺院に響く。

「おーい!シオ!どこだよー!」
「シオー!いたら返事してくれー!」

それを聞いたソーマは、再びシオに向かって口を開く。

「考えても見ろ…あいつらも予防接種程度とはいえ、生きるためにアラガミの細胞を自ら望んで取り込んでるんだ…俺以上に救われねえヤツラさ…」
「うん、シオわかるよ!みんなおんなじ『なかま』だって、かんじるよ?」

頷いたシオの純粋な言葉に、ソーマは心が軽くなるのを感じた。



…ほんとうに…一丁前な口利きやがる…。



「………そろそろ、戻るか」

そう言ったソーマは、空いている左手を顔に持っていき、両目を軽く擦る。

シオは何をしているのか気になってソーマの顔を覗き込もうとしたが、顔を赤くしたソーマに頭を左手で押さえられて見れなかった。

しばらくその押し合いが続いたが、ようやくシオが諦める。

「行くぞ」と言われ、ソーマと並んで歩くシオ。するとシオがあるものに気づいた。

「そーま、それなんだー?」

シオが指差したのは、ソーマの首から下がっていたイヤホンだった。

「…音を聞く道具だ…」

説明が面倒なのか、それとも上手く説明できないのか…物凄く端的に説明するソーマ。

「シオも、きいていいかー?」

シオが目を輝かせてソーマにねだる。

(しょうがねえな…)

ソーマはその場に座ると、首からイヤホンを外した。

「……ここに座れ」

ぶっきらぼうにそう言いわれ、嬉しそうな表情で素直に座るシオ。

シオは今、ソーマの胸に背中を預けている状態で座っていた。

ソーマは後ろからシオの耳を探し、イヤホンを装着する。いつも大きい音量で聞いていたため、プレイヤーの再生ボタンを押す前に、音量を少し下げる。

「じゃあ、流すぞ」

ソーマが再生ボタンを押すと、曲が流れはじめた。

「おお!おとがなったぞー!」

シオはきゃっきゃ、と楽しそうに音楽を聞いていた。

そしてこの時、ソーマは数ある曲の中から、『ある一曲』を選んでいた。

アラガミであるシオに、この曲の意味はおそらくわからないだろう。

ただ曲の内容と、今の自分達とシオの境遇が似ているから選んだに過ぎなかった。

だが、心のどこかで…この曲のような状況にはなってほしくないと感じている自分がいることに、ソーマは気づいていなかった…。

プレイヤーがその旋律の終わりを告げると、ソーマはイヤホンを外した。

「たのしかったー!」

「…そうか」

シオは笑顔でソーマの胸にもたれる。

「なあ、そーま」

「あ?」

シオが首をひねってソーマの顔を見ながら尋ねる。

「いまのおと、なんていうの?」

「……………『うた』」

散々言い方に悩んだ結果、出てきたたのはたったの二文字。しかし、その二文字を新しく知ったシオは、とても喜んでいた。

そしてふと、自分の服に軽く雪が積もっていることに気がつくソーマ。

だが胸の内に微かに広がる感情によって、寒さなど微塵も感じなかった。