GOD EATER ~RED・GODDESS~ (真王)
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ソーマの歴史

スミカはシックザールに再び呼び出され、執務室に来ていた。

最近よく呼ばれるなと思いながら中に入ると、シックザールが趣味で集めたらしき骨董品がスミカを迎える。

スミカがシックザールの前まで行くと、話が始まった。

「最近の君の活躍は、目を見張るものがある。この短期間で、チームを束ねる程の存在になるとは…まさに、新型の面目躍如といったところだな」

シックザールはスミカの活躍ぶりを褒めたたえる。そして、今日呼び出した用件を口にした。

「さて…知っているかもしれないが、エイジス計画がそろそろ最終段階に入りつつある。アラガミの脅威から我々を守り、人類を新たな未来に導く箱舟…それがやがて完成を迎える、実に喜ばしいことだ」

そう言ってシックザールはテーブルに肘をつき、組んだ両手に顔を埋めた。その表情はよく見えないが、何か思い詰めた雰囲気が漂う。

「もう少しだ…あとしばらく、君達の力を貸してくれ」
「はい」

スミカが返事したとき、シックザールのノートパソコンが、小さなアラームを鳴らした。

シックザールはキーを叩き、内容を確認するとスミカに向き直る。

「来客だ…申し訳ないが、続きは後日にしよう。ともかく…君たちの更なる働きに、期待しているよ。以上だ、さがりたまえ」

スミカは頷いて、彼に背を向け部屋を出た。

部屋を出ると、ちょうど向かいからサカキがやってきた。
そしてスミカが軽く会釈をして、サカキの横を通り過ぎようとしたとき…。

「君は好奇心旺盛な方かな?」
「…?」

サカキはスミカの返事も聞かずにシックザールの部屋に入って行った。

スミカはわけが分からず扉を見つめていたが、やがて足元に一枚のディスクが落ちていることに気付いた。

「なんだろうこれ?」

それを拾い上げて、扉と交互に見た後、サカキの言葉の意味が気になったスミカはとりあえず部屋に持って行く。

「やあ、誰かと思えば…ペイラー…」

椅子から立ち上がり、骨董品を眺めていたシックザールは旧友の突然の来訪にいつも口調で話す。

「ヨハン、あの子も飼い犬にしようというのかい?」

サカキの第一声はやたらと意味深なものだった。

「…なんのことかな?それより、お願いしていた『例の件』だが、その後報告を受けていないが…?」

シックザールはサカキの言葉に微塵も動揺せずに返す。

「ああ、『特異点』のことかい?すまないがまだ手がかりはない」
「そうか…アレは計画の要だ。引き続き頼むよ」

サカキから収穫0の報告を聞いたシックザールは、焦りや落胆の様子を見せずに話した。

「君は君で探させているようじゃないか?そっちの方はどうなんだい?」

サカキは、シックザールが内密に探索を進めていることを知った上で聞いてみる。

「やはりソーマだけでは、ままならないといった所だ」
「それで、あの子も手駒に引き込もうとしていた…と、いうわけだね?」

シックザールはサカキの物言いに、少々苛立たしげに言葉を返す。

「少しは言い方を考えて欲しいな博士。君はいつも通り、観察に徹してくれればいい」
「ああ、私にとって森羅万象は観察の対象さ…だからこそ、興味深い観察対象を無駄にしてほしくないだけだ」

サカキはシックザールに背を向け、背中越しに言った。

「ご忠告ありがとう、『スターゲイザー』…これからも『我々』が成すことを見守っていてくれたまえ」

シックザールの言葉を聞いたサカキは、一度も彼に振り向かず部屋を出て行った。

(さて…どちらについてくれるかな?「新米リーダー」くん…)

サカキは静かに一人の少女を思い浮かべる。彼がどちらの道を選ぶのか…それもまた、サカキの「観察」の内だった。









翌日…シャワールームから出たスミカは、頭をワシワシとタオルで拭きながら自室に戻った。

「ふう…さっぱりした…」

一通り髪の湿気も取れたスミカはふと、ターミナルの脇に置いてあるディスクに目を向ける。

(中身を見ても大丈夫なのかな…でもサカキ博士、ワザと落としたっぽいし…見るか見ないかは私次第ってことね…)

少し考えた後…。

「まあ、見てのおたのしみね」

好奇心に負けたスミカは、早速ディスクを入れて解析を始める。どうやら中身は動画ファイルのようだ。

動画が始まると、砂嵐が少し映ったあとに、手術室のような部屋が映し出された。よく見ると、二人の研究者たちがオウガテイルを解体している。

と、その時作業していた一人が悲鳴を上げ倒れた。

「麻酔、効いてないの!?」
「おい!こっち、手伝え!」

慌ただしく人が動き回り、撮影していたカメラは倒され、映像が荒くなった。

(・・・なにこれ?)

場面が変わって、大きな丸いテーブルを囲むように椅子に腰掛ける三人の人間が映し出された。その三人は黒髪褐色肌の眼鏡をかけた女性と、今より若いシックザールとサカキだった。

(何の会議かしらこれ?)
「やはり、生体への偏喰因子組み込みは難度が高いわね…」

黒髪褐色肌の女性が腕を組んで呟く。

「投与しても、アポトーシスが誘導されづらいようだね…やはり、胎児段階の投与が一番確実じゃないかな?少なくともラットでは成功している…」

そう提案したのはサカキだ。

「…どちらにせよ、人体での臨床試験が必要な段階だろう」

今度はシックザールが口を開く。

「原理が分からない物を、わからないまま使うアプローチ全てを否定するわけじゃないけど…P‐73偏喰因子の解明は始まったばかり。少なくとも、今行うのはいかがなものかと…」

サカキが方針の穴を指摘するが、シックザールが言い返した。

「一日10万人近くが、アラガミによって捕喰されている状況で、悠長なことは言ってられないだろう」
「君がペッテンコーファーのように、自分で試すのかい?」
「ああ…それが合理的であれば試すさ」

シックザールがサカキの反論に声を荒げる。

「…ヨハネス…私の、私たちの子供に投与しましょう」

しばし考え込んでいた黒髪の女性が、意を決してシックザールに提案する。
・・・何つったこの(アマ)・・・。
自分の息子を実験するだと?

「本気か…!?いくら君の発案だからといって…私たちの子供を…!」

あの余裕に満ちたシックザールが目に見えてうろたえていた。

「誰かが渡らなければいけない橋よ…それならば私たちが…」
「しかし…」

夫婦で話し合っている横から割って入り、女性の提案をサカキが否定した。

「合理的だけど…賛成しかねるね…」
「生まれてくる子供たちに、滅びゆく世界を見せるつもりはないわ…」

女性の決意は変わらないようだ。意志の宿った瞳でサカキを見つめる。
それはすなわち自分らの子供を犠牲にしろと?
フザケルナ・・・。

「………私は、支持しよう」

少し考えて、シックザールが女性の提案に賛成した。

「両親ともに賛同か…説得の余地はなさそうだね………ならば私は降ろさせてもらう。君たちとは方法論が違いすぎる」
「サカキ…」

サカキの声は珍しく、怒っているような印象を与えた。

「私はどこまでも『スターゲイザー』…星の観察者なんだ…君たちの重大な選択に介入するつもりはないよ…」

サカキがシックザールと女性を見て話しつづける。

「私は私の方法で、偏喰因子の研究を続ける。またどこかで交わることもあるだろう…それじゃあ失礼」

サカキ博士は非人道なことは反対みたいだ。よかった。

またも場面が変わって、今度は病室が映し出される。そして、真っ先に映ったのはベッドに背を預ける先程の黒髪の女性。

「気分はどうだ?」

シックザールの声が聞こえてきた。どうやら撮影をしているのも彼のようだ。

「うん…体調もいいし…早く生まれてきてね…」

女性はそう言って膨らんだお腹を愛しそうに撫でる。

(シックザール支部長はソーマの父親のはず…じゃあ、今あのお腹の中にいるのは…)

スミカが考え込んでいると、女性がシックザールに尋ねた。

「サカキは?」
「安産のお守りが贈られてきたが…音信不通のままだ…」

シックザールがお守りを見せて女性に答える。

「そう…私たちが計画を強行したのを、まだ怒って…」
「今は、考えるな…体に障るぞ…」

シックザールは女性の身を案じて声をかける。

「そのお守りは、あなたが持っていて頂戴…明日はよろしくね…」

その時カメラがカクンと上下に動いた。シックザールが頷いたせいだろう。そこで再び砂嵐…。

映像が鮮明度を増すと、今度はいつもの執務室で椅子に腰掛けたシックザールが正面に映し出された。

今度は自分で自分を撮っているようだ。

「やあペイラー、久しぶりだね。あの忌まわしい事件の後、君もご存知の通り…マーナガルム計画は事実上凍結された。あの事故で生き残ったのは、生まれながらにして偏喰因子を持ったソーマと、君からもらった『安産のお守り』を持っていた私だけだ。君が作ったあのお守りの技術が…今や人類をアラガミから守る対アラガミ装甲壁になろうとは…科学者として、君には敵わないと痛感したよ…。おそらく君は、こうなることを予見していたのだろう…。フっ、安心してくれ。君を責めるためにこのメールを送っているわけではない。近々私は、フェンリル極東支部の支部長に任命される。そこで再び力を貸してほしい。報酬は研究のための十分な費用と、神機使い…ゴッドイーターに纏わる、全ての開発統括だ。…そうだ、君に息子を紹介していなかった。まあ、そういうわけで、近々挨拶に行くよ…それじゃあ、失礼」

長々と、しかし端的にシックザールは話をまとめるとパソコンのキーを叩き、映像が終了した。

そして最後に、可愛らしいサカキとオウガテイルの絵が映し出され、こんな文面が書かれていた。

『このディスクを拾った人は、ペイラー・榊の研究室まで届けてください。
…まさか中身は見てないよね? ペイラー榊』

「・・・最後まで面白いことするね博士」

スミカはサカキの意地の悪さにツッコんだ。









「単刀直入にいこう、話とは?」

スミカがディスクの中身を見てから三日経ったある日、サカキにいきなり「話がある」と研究室に呼び出されたシックザールは、手短に聞いた。

「最後の確認だ…考えなおすつもりはないのかい?」

サカキは低く静かな声でシックザールに「計画の見直し」について尋ねる。

「計画は最終の段階に近づきつつある。もう止められんよ」
「そうかい…じゃあ君にいい知らせだ」

シックザールの意志は変わらないと悟ったサカキは、急にいつもの口調になって話しはじめた。

「民間からのタレこみなんだけど…これまでにない強力なオラクル結合を持ったコアが、旧イングランド地域で見つかったらしいんだ」
「『特異点』か!」

シックザールがサカキの言葉にすぐさま反応した。

「それはまだわからないよ…たけど、あそこは本部の直轄地域だ。私でもなかなか手が出せなくてね」

フェンリルの創設メンバーの一人であるサカキですら、今、本部に対してあれこれちょっかいを出せる力はない。それを知っているシックザールは、少し考えた後…。

「わかった…しばらくの間ヨーロッパに飛ぶ…留守を預かって貰えるかな?」
「了解…まあいつも通り、私は私の研究を続けさせてもらうだけさ」

サカキの言葉を聞いたシックザールは、すぐに部屋を出た。おそらく準備に取り掛かるのだろう。

サカキは立ち上がり、シックザールが出て行った扉を見つめて呟いた。

「そう…研究の『障害』は少ない方がいいからね…」

ニヤリと笑うサカキが何を考えているのか、まだ誰も知る者はいない。