GOD EATER ~RED・GODDESS~ (真王)
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トラウマの克服
ある日、ツバキはアリサを第一部隊(ソーマを除く)の皆の前に立たせ、正式に復帰したという人事部の決定事項を簡潔に述べた。
その後、今日の任務に関するブリーフィングが始まった。
「今日お前たちには、ヴァジュラ一頭の討伐に行ってもらうことになっている。出撃時刻は一五○○…場所は贖罪の街だ…偵察部隊からの報告では、周囲に小型・大型アラガミの存在は確認されてない。説明は以上だ…何か質問はあるか?」
ツバキの問いにコウタが手を挙げた。
「あの、アリサを今回の任務に出してあげて欲しいな〜…なんて…ほら、彼女最近…その…頑張ってると思うんだ!」
コウタの意見にツバキが口を開く。
「お前もか………スミカ、お前はどう思う?」
ツバキはここ最近、ほぼアリサを付きっきりで面倒見ていたスミカに尋ねる。
「アリサはもう充分戦えるようになりました。俺は出しても大丈夫だと思いますが…」
「そうか…サクヤ、お前はどうだ?」
ツバキに話を振られたサクヤは少し考えて…。
「………賛成です」
ツバキをしっかり見て言い放つ。
「だが、今回のターゲットは…『アレ』と同型の個体だぞ………大丈夫か?」
ツバキの気遣いが何だかくすぐったいような気がするアリサ。
そして、少し考えたのち…。
「行きます………行かせて下さい…!」
決意に満ちた瞳で、アリサはツバキに頼んだ。
「よろしい…無理はするなよ?」
「ハイ!」
「いぇ〜い!俺がいるから大丈夫だよ!ね!」
コウタの台詞に、彼以外の人間が考え込む。
(不安だ)
(コウタ君が言うと不安しか残らないね)
(かなり不安ね)
(不安です…)
四人の思考がシンクロした瞬間だった。
時刻は午後3時30分…フェンリルが掲げる、神殺しの神話を持つ狼と、屍を意味するドクロを合わせた紋章を印したヘリは、荒廃した街に着陸した。
やがてそのヘリから、スミカ、コウタ、サクヤ、アリサが降り立つ。
待機地点に四人が集合すると、サクヤが口を開く。
「では、早速ブリーフィングを始めます。今回の任務では、まずスミカとアリサ、コウタと私の二組に分かれて索敵、目標を発見次第交戦、及び合流…いいかしら?」
「了解!」
「了解しました!」
「了解っす!」
返事を聞いたサクヤはアリサの方を向いた。
「アリサ…」
「はい…」
アリサは何だろう?とサクヤの言葉を待つ。
「…くれぐれも、無茶や無理はしないでね…」
「…はい!」
アリサは嬉しかった。自分を憎んでいるはずのサクヤから心配されたことが…。
サクヤの本心はわからないが、その言葉だけでも今の彼女には充分有り難かった。
「そういうサクヤさんが無茶したら元の子もないけど」
「クス、さあ、行くわよ!」
サクヤは時間を確認して、チームに呼びかける。
「ミッションスタート!索敵開始!」
『了解!』
スミカとアリサは東側のエリアへ、コウタとサクヤは西側のエリアへと向かう。
「アリサちゃん!いつも通り、背中を預けるよ!」
「…はい!」
アリサは前を走るスミカの背中を見ながら決意した。
(守ってみせる…もう二度と、誰かが目の前で死ぬのを指をくわえて見ていたりなんかしない!それにこの人は…私を救ってくれた大切な人…だから、今度は私が助ける!!)
二人は大きく開けたスペースへ出たが、ヴァジュラは見当たらなかった。
二人が少しの間辺りを探索していると、西の方角から発砲音が聞こえてきた。
「!…あっちね!」
「急ぎましょう!」
スミカとアリサは西側の教会の方へ急いだ。
そこではコウタ君とサクヤさんがヴァジュラと戦闘を行っていた。
『加勢します!』
同時に二人の声が響き、コウタとサクヤが振り向くと、スミカとアリサがやってきた。
スミカはヴァジュラに斬りかかると、アリサが射撃で援護する。
この時、アリサの心臓は高鳴っていた…恐怖によって…。
なにせバレットを撃っている間、ずっとヴァジュラと『あのアラガミ』が重なって見えていたのだ。
目線が合うと、それだけでアリサの恐怖は増大するが、今はなんとか根性と理性で押さえ込んでいた。
だがその結果、彼女の感情の変化は戦いに表れることになる。
バレットがヴァジュラの弱点にあまり当たらないのだ。正確には当たっているのだが、わずかに逸れている。
サクヤとコウタは、バレットや土煙によって見えなかったが、間近で戦っていたスミカには、アリサの感情の変化が手に取るようにわかった。
最近の任務ではずっとアリサとペアで組んでいたのだ。わからないはずがない。
(アリサ…やっぱり、まだ………戦えてるだけでも、君は充分成長したよ。……よし、なるべくコイツの視界に入って邪魔をしてみよう)
そう思考したスミカは斬撃を与えながら、ヴァジュラの視界を横切るように動き回る。
アリサは胸の苦しさを必死になって堪えていた。こめかみに汗が伝い落ち、息は不自然に荒くなる。震える手を無理矢理押さえ込んで照準を合わせる。
「!」
アリサがヴァジュラを凝視していると、スミカが突然動きを変えた。
(スミカさん…)
アリサは、スミカが今の自分の状態を戦いの中で悟ったことがわかった。
(…結局また心配をかけてるんですね、私は…)
神機を握る力を抜き…。
(…ありがとうございます…スミカさん…こんなに私のことを見てくれて…)
改めて握り直す…。
(スミカさん…あなたの背中は…)
そして引き金に指を…。
(私が守ってみせる!!)
ドオォン!!と、アリサの放ったオラクルバレットはヴァジュラの胴へ一直線に飛んでいき、命中した。
クリーンヒットしたのか、ヴァジュラが怯み、大きくのけ反る。そして一目散に逃げ出した。
「逃がしちゃ駄目だ!追うよ!」
ヴァジュラに向かって散弾をばらまくが当たらず、コウタが声を上げる。
「一つに固まってると狙われるわ!一旦散開して!………皆、慎重にね…」
サクヤの合図で散り散りになる第一部隊………いや、アリサが少し出遅れた。
一人になったことで再び恐怖が込み上げてくるが、自分を心の中で叱咤し、アリサは駆け出した。
開けた場所…教会の裏側に来たアリサは、今は塞がって使えない裏口の影に一旦隠れ、状況を窺う。
すると、ビルにできた大穴から、先程のヴァジュラが姿を現す。
アリサは回りを見渡すが、スミカもサクヤもコウタもまだ来る気配はない。
「…パパ…ママ……………っ!!」
「自分がやるしかない」と、ついに決心したアリサはビルから飛び出し、ヴァジュラに銃を向ける。
向こうもアリサを見つけ、姿勢を低くして臨戦体勢に入った。
「はあっ…!はあ…っ!」
ドクドクと心臓が高鳴り、その音は耳にも伝わる。唇も脚も震えていたが、アリサは今はなんとか立っていた。
「ガアアァァァァァァァ!!!」
しかし、ヴァジュラの咆哮によって、アリサの『あの記憶』が再び呼び起こされる。
その映像たちに蝕まれたアリサはゆっくりと脱力し、片膝をついてしまった。
完全に無防備な状態である。
そしてそこにスミカがやって来た。
「アリサちゃん!」
スミカは放心状態だったアリサを見つけると駆け寄った。
そしてヴァジュラは、アリサよりも近くに現れた『ご馳走』に狙いをさだめて飛び上がる。
それを見たアリサの脳は高速回転し、自分の身体に命令し続けた。
(動いて!動いてっ!!私にまた、誰かが死ぬのを何もできずに黙って見てろっていうの!?)
ヴァジュラが空からスミカに迫る。
アリサの片足が伸びて身体をしっかり支える。
(スミカさんは…!スミカさんは…!)
ヴァジュラの牙がスミカの首を狙う。
アリサは引き金に指をかけ…。
(あなたは…………私が守るっ!!)
「避けてぇーーーー!!!」
アリサはスミカの頭に向けてバレットを放つ。正確にはヴァジュラの首に。
「わぉっ!?」
スミカは前転してかわす。そしてバレットはヴァジュラに吸い込まれていった。
辺りに大きな爆発音が響き、ヴァジュラは力尽きた。
アリサは神機を構えたまま、立ち尽くしていた。
「はあっ…はあっ…はあ…」
ヴァジュラを倒した…スミカは無事…それがわかった後、荒かった呼吸は収まり、アリサは地面にぺたんと座り込んだ。
やがて涙が零れ出し、頬を伝い落ちる。
そこにサクヤとコウタが合流した。
二人はアリサの様子を見るとスミカの側へ。
「どうしたんだ?」
コウタがアリサを指差してスミカに尋ねる。
「あのヴァジュラにトドメを刺して、危ないところだった私を助けてくれたのよ…アリサちゃんはようやく、トラウマを乗り越えたのよ…」
スミカが笑顔でそう言うと、サクヤがアリサに向かって歩いていく。
そしてアリサが足元にまで近づいた時、サクヤは屈んで、アリサをそっと抱きしめた。
アリサもサクヤを抱きしめ返す。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
アリサは涙を零しつづけて、サクヤに謝った。あの事件から数週間、ようやくアリサはサクヤに謝ることが出来たのだ。
サクヤはアリサを抱きしめながらそっと頭を撫でる。
アリサが乗り越えた『過去』は、夕日の日差しに包まれて黒く舞い上がる雪となり…霧散していった。