GOD EATER ~RED・GODDESS~ (真王)
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前に進むために
翌日…エントランスにてサクヤとスミカは、ツバキと三人でブリーフィングを行っていた。
「………よし、以上でブリーフィングを終わる。準備が出来次第始めてくれ」
「了解しました」
スミカがそう言って早速任務の準備に行こうとしたときだった。
「それとサクヤ、お前は少し残れ」
ツバキはサクヤも行ってしまう前に呼び止める。
「…何か?」
「サクヤ、お前はしばらく休暇を取れ!これは上官命令だ」
ツバキの言葉を聞いた瞬間、サクヤは抗議した。
「そんな…私は…」
「サクヤ…最近鏡をみたか?」
「は…?」
私は大丈夫だとサクヤが言おうとする前にツバキに止められる。
「ほとんど寝てないんだろう?お前があいつを想う気持ちは姉として嬉しく思う…だが上官としては別だ。コンディションを整えられないものは、死を呼び込む…わかるな?」
「……はい…軽率でした…」
サクヤは素直にツバキに謝った。
彼女の今の顔色が悪いのは誰の目にも明らかで、今日最初にスミカと顔を合わせた時にもかなり心配されていた。
「それともう一つ、お前はもう少し周りに頼ることを覚えろ…いいな?」
ツバキはサクヤに肩の力を抜いて、仲間と助け合うことを求めた。
「…努力は…してみます」
ツバキに言われてから4時間ほど、サクヤは自室で仮眠を取ったが…やはり思うように眠れない。
ベッドから起き上がり、膝を抱き込み座るサクヤは、部屋を見渡す。
かつてリンドウが何度も訪れたこの部屋を…。今はただ思い出しか残っていない。
「おーい、サクヤいるか」
いきなり部屋にやって来たリンドウは部屋の主の名を呼ぶ。
「もう散々言い飽きたけど、せめてノックくらいしてから入ってきてよ…」
「ああ、ワリィワリィ」
リンドウはそう言うとソファにどっかりと腰掛けた。
「どうせ私の分の配給ビールが目当てなんでしょ?いっつもすぐ飲んじゃうから」
サクヤは呆れながら冷蔵庫を開けてビールを取り出す。
「ハハ、いいじゃんか〜。どうせお前飲まないんだしさ…なんならアレと交換するか?新型のジャイアントトウモロコシと」
「い〜や〜よ!」
なんて、やり取りをしていた頃が懐かしく感じる。
やがて、彼女はおもむろに立ち上がり、冷蔵庫の扉を開けて、何気なく配給ビールを取り出した。
「何これ…?」
ビールを取り出すと、そこから一枚のディスクが転がり出た。
『配給ビール、とっといてくれよー』
リンドウの台詞を思い出すサクヤ。急いでターミナルのスリットに入れて解析を始める。
「腕輪認証がかかってる…リンドウの?」
中身を見ることは出来ないと判断したサクヤは、続いてミッションの一部始終を記録しているデータバンクにアクセスし、「あの日」のミッションのことを調べはじめた。
(そもそも、あの日はイレギュラーが不自然なまでに多かった…指令情報との食い違い…アリサの様子もおかしかったし…。……っ!あの日のミッション履歴が消されてる!?どういうことなの、リンドウ…)
その時自室の自動ドアがバシュっと開いた。
「!!」
サクヤが驚いて扉の方を見ると、スミカが立っていた。
「あ、驚かせてすいません…ノックするのを忘れてました」
「なんだスミカか…どうしたの?」
「サクヤさんの様子を見に来たんです。顔色が悪そうだったので…」
スミカは心配そうにサクヤを見て言った。
「ふふ、大丈夫よ…ありがとう」
(まったく説得力がないな…あの顔)
サクヤの今の顔を観察すれば、誰もがそう思うだろう。
しかし本人が大丈夫だと言うのなら、今はそういうことにしておこうとスミカは思った。
「そうですか。…あ、あと一つ報告が」
「え、何?」
スミカはアリサが目を覚まし、過去に何があったか話してくれたことをサクヤに話した。
「…そう、アリサが…教えてくれてありがとう…」
サクヤはスミカに報告に対する感謝を述べる。
「それにしても、触れ合うだけで気持ちが通じるなんて、新型同士の能力なのかしらね…?」
「さあ…」
サクヤはスミカとアリサの間で起こった現象に驚いていた。
そしてアリサが目を覚まして回復に向かいつつあることを知り、彼女は喜んだ。
これで、「あの日」彼女に何が起こったのか…彼女しか知らない真実を聞き出せる。
「とにかく…お願い、しばらくは彼女の側にいてあげて」
サクヤはスミカに、アリサの面倒を引き続き見ることを頼んだ。
「わかってますよ、サクヤさん。リンドウさんにも、コウタにも同じこと言われてますし、自分も最初からそうするつもりでしたから…」
スミカは微笑んで、一通りの用事が済んだことを頭の中で確認して立ち上がる。
「あ、そうだ…サクヤさんにもお願いが一つ…」
言い忘れてたと、スミカがサクヤの方を見る。
「何?」
サクヤが尋ねる。
(スミカが私ににお願いなんて…なにかしら?)
「アリサのこと…あまり怒らないであげて下さい」
スミカが口にした「お願い」に、サクヤは首を傾げる。
「…どういうこと?」
「サクヤさんは…アリサが回復したら、『あの日』のことを聞くつもりなんでしょう?」
「!」
「あなたがあの日のミッションに違和感を感じているのはわかっているし…それは私も同じ。ですが、あなたは事の顛末を知って、その内容次第では…彼女を許さないつもりなんでしょう?」
「………」
スミカの言ったことは図星だった。
サクヤにとってリンドウは、ツバキも含めた三人で子供の頃からの付き合いだったし、大切な想い人でもあった…。
もしもすべてアリサのせいだったら…許せるわけがない…。
スミカはサクヤの胸の内に小さく灯った、暗き焔が燃え広がる前に水をかけることにしたのだ。
「一概にアリサが悪いと言えない以上、怒りをぶつける訳にはいきません。彼女の精神はまだ不安定なままなんです…安定するまでは、待っててあげて下さい…」
「…ええ…わかったわ…」
スミカは扉を開いて部屋から出ていった。
任務を終えてシャワーを浴びたあと、スミカはある場所へ向かっていた。
「やあ、アリサ!具合はどう?」
スミカが訪れたのは医務室だった。アリサは医務室に入ったときにはすでに起きていて、すぐに話ができるほどまで回復した。
「スミカさん…ええ、体調は問題ありません」
アリサが回復してきたのは嬉しいことなのだが、スミカにとってもっと嬉しいことは、アリサが名前を呼んでくれるようになったことと、笑顔を見せてくれるようになったことである。
少しずつではあるが、アリサが自分に心を開いてきているのがわかったスミカは、最近医務室を訪れるのが楽しみになっていた。
「今日は…何の任務に行ってきたんですか?」
「ボルグ・カムランの討伐。大型アラガミは手強いね…もっと鍛練が必要だよ」
「クス…そうですか…」
また、アリサは少しだけ笑うようになった。それだけでも充分な変化である。
二人は他愛のない会話をして過ごしていたが、しばらくするとサクヤが尋ねてきた。
「あ…サクヤさん…」
サクヤはアリサの正面に立つと穏やかな表情で彼女を見つめる。
「…こんなところに…何の用ですか…?」
アリサはサクヤに少し怯えているのか、震えた声で聞いた。
リンドウと深く繋がっていた人だ…無理もない…とスミカは思う。
「大丈夫、あなたを責めに来たわけじゃないわ」
サクヤはアリサを落ち着かせるように言った。
「だったら…!」
「話を聞かせてほしいのよ…その…あの日あの瞬間、あなたに起こったことを…本当は、あなたがしたことには納得出来ない…でも、だからこそ、そこにある違和感が何なのか知りたいの…」
サクヤはアリサをまっすぐ見つめて言った。
「昔の話はスミカから聞いたわ…辛いお願いをしてるのは承知の上よ…」
そう言われたアリサはスミカを見つめる。
「私にも…聞かせてくれないか?アリサのことを…」
アリサはスミカの言葉を聞き、サクヤに向き直って話を始めた。
「…私が、定期的にメンタルケアを受けているのは…ご存知ですが?」
「ええ、知ってるわ」
サクヤは頷く。
「両親を殺されてから数年間…私は精神不安定な状態で、病院生活を送っていました…。…ですがある日、フェンリルから『新型神機使いの適合候補者に選ばれた』と連絡が入って…それでそれまでの病院から、無理矢理フェンリルの附属病院に移送されたんです…」
「そうだったの…」
「いえ、いいんです…新しい先生は良くしてくれたし…私もこれで両親の仇が討てるって思ったから…」
「………」
「それからは、症状を薬で押さえながら…敵のこと、戦い方のことを勉強しました。フェンリルにいた新しい先生はとっても優しかったんです…この極東支部にも、一緒に赴任してきてくれて…」
「その先生は、今もアナグラにいるってことね?」
サクヤがアリサの言う『先生』について聞く。
「はい…皆さんも知ってる、『オオグルマ先生』ですよ?」
「そう…ごめんなさい、続けて?」
サクヤは少し考えたあと、アリサの話の続きを求める。
「メンタルケアを続けながら、両親の仇のアラガミをずっと探してました…極東支部エリアにそいつが出没するって情報をもらって、絶対に探し出してやるって思いながら赴任して…やっと見つけたと思ったのに…!何故かわからないけど!あの瞬間、私の頭の中でリンドウさんがその『仇』になってて…!!」
スミカは病院で仇だと言われ、リンドウの映像を見せられていたアリサの姿を思い出す。
「気がついたら…彼に向かって銃を…!!」
そこまで言うと、あの瞬間のことを思い出したのか、アリサが頭を両手で押さえて絶叫した。
ぽろぽろと涙がこぼれ始め、肩と唇が震え出した。
「…無理をさせてごめんね…ありがとうアリサ…またくるわ」
そう言ったサクヤは、スミカに「アリサを頼む」と無言で頷いて、スミカが頷き返したのを見ると、医務室を出ていった。
「…私…どうしたら…」
「アリサちゃん…リンドウさんが行方不明になったのは、あなたのせいじゃない…いつか真実が明るみに出る時が来る。サクヤさんも、きっとわかってくれる…だから今はまだ何も考えず、回復に専念すればいいよ」
途方にくれるアリサの手を握って、スミカは笑顔で答えた。
(とは言っても、もうほとんど検討がついてるけどね…シックザール支部長はアリサの神機適合テストを見に来ていた。ロシア支部から連れて来たのもあの人だ。そして、入院していたアリサに『嘘の仇』と変な呪文みたいなものを教えていたあの医師は、まず間違いなくオオグルマ…。支部長まで絡んでるとなると………しばらくは黙っといて、様子を見た方が良さそうだな…)
スミカは頭の中で、今後の方針について思考を巡らしながら、アリサが落ち着きを取り戻すまで側にいることにした。
そして、『あの日』から約二週間後…エントランスで会話をしていたスミカとコウタのもとに、アリサがやって来た。
二人はアリサの姿に驚いていると、アリサがゆっくりと口を開いた。
「本日付けで原隊復帰となりました…また、よろしくお願いします…」
アリサは少し怯えたような、緊張したような声で言った。
アリサの復帰報告にコウタが尋ねる。
「実戦にはいつから復帰なの?」
「…まだ、決まってません…」
「…そうなんだ」
なんと言葉をかければいいのか分からず、話があまり進展しない。
その時、下側のエントランスの方から、ゴッドイーター達の会話が聞こえてきた。
「おいおい、聞いたか?例の新型の片割れ、やっと復帰したらしいぜ?」
「ああ、リンドウさんを新種のヴァジュラと一緒に閉じ込めて、見殺しにしたヤローだろ?」
「ところが、あんなに威張りちらしてたクセに、結局戦えなくなったんだってさ!」
「はははっ!結局口ばっかりじゃねえか!」
アリサを嘲り、笑いのネタにするような会話にスミカとコウタは苛立つ。
アリサは顔を伏せて堪えるしかなかった。
アリサをチラチラ見ていた周りの人間も、ひそひそ話をしたり、クスクス笑ったりしていた。
が、
「メテェラ・・・」
スミカの言葉にゴッドイーターたちが身震いする。
強烈な怒気と殺意の覇気に満ちたスミカ。
「これ以上笑ったらてめぇの命を差し出せ」
と無言の凄みでそう語っているように見せる。
ゴッドイーターたちは蛇ににらまれたかえるのように畏縮した。
「あいつさ、ああやってアリサを笑う奴に必ず怒鳴ってるんだよな」
「えっ―――」
「お人好しだよなスミカは、でもそんなあいつだからオレも友達として鼻が高いっていうか……」
こちらに戻ってくるスミカに手を振りながら、コウタは言う。
(私なんか、に……)
優しくしてくれる、庇ってくれる。
それが嬉しくて――同時に申し訳なかった。
「お願いがあるんです」
その時、ようやくアリサが口を開いた。
「何?」
スミカはアリサに向き直り、言葉を待つ。
「あの…その…」
「?」
「私に…もう一度、ちゃんと戦い方を教えてくれませんか!」
「戦い方を…?」
「はい…今度こそ本当に、自分の意志で…大切な人を守りたいんです!」
「…いいよ!」
アリサの真剣な眼差しにスミカは笑顔で答える。
「ありがとうございます!」
「でも私の修行は厳しいよ!それでもやるんだったらとことん付き合ってあげる!」
「……はい!」
アリサの表情はここ最近で、最も明るい綺麗な笑顔だった。