GOD EATER ~RED・GODDESS~ (真王)
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アリサのトラウマ
「全員そろったな?お前たちを呼び付けたのは他でもない。本日の任務を、『当該地域のアラガミ一掃』に変更する。なお検査中だったアリサは快方に向かいつつあるが、入院のため暫く前線を離れることになるだろう。最後に…本日をもって…神機、及びその適合者であるリンドウは、消息不明…除隊として扱われることになった。以上だ」
ツバキの発言にサクヤがいち早く反応した。
「そんな…腕輪も神機もまだ見つかってないんですよ!?」
「上層部の決定だ。それに、腕輪のビーコン、生体信号ともに消失したことが確認された。未確認アラガミが活性化している状況で生きているかもわからない人間を捜す余裕はない!」
食ってかかるサクヤに言い放つと、ツバキはエレベーターに乗り、別のフロアに移動した。
ソーマは聞くだけ聞いたら何も言わずにどこかへ行ってしまった。
「ねえ!こんなに早く捜索が打ち切られるなんておかしいわ…!!襲われた敵も場所もわかってるのに、なんで…!」
サクヤはスミカに向かって涙を零しながら、捜索打ち切りに対する怒りをぶつける。
「いや…ゴメン…スミカに当たっても仕方ないね…。少し…頭を冷やしてくる…任務には間に合うようにするから…」
そう言ったサクヤは、自室へと重い足取りで向かった。
「サクヤさん、大分参ってるみたいだね…俺、スミカもみんなも、よくやったと思ってるよ…でも、アリサのやつ…急にどうしちゃったってんだよ…?」
コウタは身の回りの目まぐるしい変化に戸惑っているようだ。
「同じ新型なんだしさ…スミカが側に居てやった方がいいんじゃないかな?」
「わかったわ」
コウタの提案にスミカは頷く。
「俺、サクヤさんの様子見てくるよ!」
そう言ったコウタはエレベーターに向かって駆け出し、ベテラン区画のサクヤの部屋へと急いだ。
ベテラン区画の一角にある休憩スペースで、ソーマは一人腰掛けていた。
その少し離れたところで、二人のゴッドイーターがヒソヒソと話をしていた。
「おい、聞いたか?第一部隊のリンドウさんのこと…」
「ああ、またソーマのチームから殉職者が…」
「お、おい馬鹿!聞こえるぞ…!」
とある理由で、昔から並のゴッドイーターとは違うソーマには二人の会話など丸聞こえだったが、それよりもリンドウに対して腹を立てていた。
(自分の出した命令すら守れねぇのかあいつは…!!)
「クソっ!」
苛立ったソーマは声を漏らし、手に握っていた缶を怒りに任せて握り潰した。
暗い雰囲気のまま夜が終わりを告げ、日が上る。
やはり、どうしても昨日の決定に納得がいかなかったサクヤは、エレベーターが来るのを待っていたツバキに掛け合った。
「私…やっぱり捜索の打ち切りだなんて、納得できません」
「またその話か…上層部の決定だ。覆ることはない」
サクヤはツバキに、上層部の不当な判断に対する不満を述べるが、簡単に跳ね返される。
「腕輪どころか神機だって見つからないなんて…神機使いが任務中に行方不明になった場合、神機が回収されるまで捜索されるのが通例じゃないですか!」
サクヤはそれでもツバキに言うが…。
「…もうアイツが姿を消してから、一週間以上になるんだな…」
ツバキは遠くを見つめるような目で話す。
「生存の可能性は限りなく0に近い…ましてや深手を負っていては…」
「でも…でも…ツバキさん…」
サクヤは涙混じりにサクヤに抗議するが、そのときエレベーターが到着し、ツバキは行ってしまった。
サクヤは肩を落とし、しばらくエレベーターの前で立ち尽くしていた。
「うっ…うう…リンドウ…」
下降するエレベーターの中でツバキは嗚咽を漏らす。その涙は誰にも見られることは無かった。
スミカはアリサがいる医務室に来ていた。
アリサは変わらず眠り続けていて、スミカは彼女が眠っているベッドの横で椅子に座り、考え事をしていた。
(アリサに触れた瞬間、頭に流れ込んできたあの映像は、まず間違いなくアリサの記憶。…原理とか理屈はわからないけど…もう一度触れれば、何かわかるかもしれない…)
やがてスミカは前の時のように、アリサの左手に手を伸ばす。
(ごめんねアリサちゃん、あなたの記憶、見させてもらうよ)
その手が触れた時、スミカは再び映像の海へと投げ出された。
廃屋が建ち並ぶ、どこかの街。そこに、優しい女性の声が響き渡る。
「もういいかい?」
「まぁだだよ!」
そこに元気そうな女の子の声が響く。
「もういいかい?」
今度は男性の声が響く。
「まぁだだよ!」
また女の子の声がする。
(これは…アリサちゃんの子供の頃の…)
二人の男女の声は、おそらくアリサの両親のものだろう、とスミカは推測した。
「もういいかい?」
「もういいよ!」
もうすぐアリサが隠れている箪笥が開けられる、そのとき、
「アラガミが来たぞーーー!!」
その声が響いたとたん 、
グシャアアァァアァ!!!
黒いヴァジュラが、アリサの視界から二人を奪い去る。
骨がかみ砕かれる音、内臓を食いつぶされて血が吹き出る音…徐々にヒトの形を失っていく肉体…それらがアリサの脳内にしっかりと焼き付けられていく。
『パパ…ママ……?やめて、食べないで……!』
その願いも届くことなく、アリサの両親は肉塊と化した。
捕喰を終えたアラガミはアリサの気配を目ざとく嗅ぎ付けて、クローゼットの隙間からアリサを見据える。
「いやぁぁぁぁぁっ!!やめてえええええええっ!!」
そこで風景は一気に変わった。
(ここは…フェンリルの訓練場…?…あれは神機が置かれるボックス…アリサの適合試験の時のことかな…?)
ボックスの前には、先程の映像から成長したアリサがいた。
神機の柄を握っていた彼女は、ケースの蓋に腕を挟まれ激痛を堪える。
「幼い君は、さぞかし自分の無力さを呪ったことだろう…」
(この声はシックザール支部長…?)
「ううぁ…!!ぁぐぅ…!!」
「…その苦しみに打ち勝てば、君は親の敵を討つための力を得るのだ!」
「ううああぁぁぁぁぁ!!!」
「そうだ!戦え!打ち勝て!」
そこでまた風景が変わる。
スミカは今度は病院の一室にいた。アリサの入院していたフェンリルの病院のようだ…。
アリサはベッドに座りながら、横にいる医師にあることを教えられていた。
この声にあの体形・・・オオグルマ?
「こいつらが…君たちの敵、『アラガミ』だよ…」
「アラ…ガミ…?」
「そうだよ…こわーいこわーいアラガミだ…そして最後にこいつが」
そういってオオグルマはアリサに見せていた画像を切り替える。
そこに映し出された映像に…スミカは驚愕した。
「君のパパとママを食べちゃった、アラガミだ…」
そこに映されていたのは、他の誰でもない…リンドウだった。
「パパ…ママ…」
アリサはぼうっとしながら呟く。
「でも…君はもう戦えるだろう?簡単なことさ…こいつに向かって、引き金を引けばいいんだよ…」
「引き金を…引く…」
「そうさ…こう唱えて引き金を引くんだ。один(アジン)…два(ドゥヴァ)…три(トゥリー)…!」
「один(アジン)…два(ドゥヴァ)…три(トゥリー)…」
アリサはそのオオグルマに続いて唱える。
順番に日本語で直すと『1』『2』『3』だ。
「そうだよ…!そう唱えるだけで、君は強い子になれるんだ…!」
「один(アジン)…два(ドゥヴァ)…три(トゥリー)…」
そこで映像は途切れた。
体感時間は長いように感じたが、それは一瞬のことだった。
アリサの記憶を垣間見たスミカはいたたまれない気持ちになる。
(これが…アリサの過去…)
と、その時アリサが目を覚ました。
「…何…今の…?今…頭の中に…あなたの気持ちが流れてきて…」
アリサはゆっくりと自分の身に起こったことを話す。
「まさか…あなたの方にも…?」
「・・・うん」
スミカはアリサ記憶を垣間見たことに謝罪の言葉を述べるが、アリサは首を左右にふった。
「あの日のこと…ずっと忘れてたはずだった…」
遠い昔を思い出すような瞳でアリサは過去を告白する。
「パパとママを少し困らせてやろうと思って…かくれんぼのつもりで、近くの建物の中に隠れていたんです…『もういいかい?』、『まぁだだよ!』って………そしたら、『アラガミだ!アラガミが来たぞ!!』って叫び声に変わって…早く出ていけば良かったのに…私、怖くて動けなくって…!パパとママが私を探しに来たけど、突然唸り声が聞こえて…目の前でパパとママが…!!」
そこまで一気に話したアリサは、辛く苦しそうな表情でスミカを見つめる。
スミカはアリサの左手にもう一度自分の手を重ねて頷く。
「私が…もっと早くに気づいて逃げていれば、二人も…私のせいで…!!」
「そんなことない…アリサのせいじゃない…」
スミカは、ついに涙をこぼしたアリサを優しく慰める。
アリサがやったことは、ただのかわいい子供の悪戯であり、今の世界にはとても微笑ましく、くすぐったく、幸せな光景である。彼女に非はないはずだ。
それにあの状況では誰のせいとは到底言えないだろう。
アラガミが居住区画に現れれば避難勧告が出されるはずだが、警報もアナウンスも流れていなかった。
状況から推測するに、あのアラガミは突然現れ、そしてたまたまそこに運悪くアリサの両親が居合わせただけなのだ。誰のせいでもない…強いて言うならアラガミのせいか…。
アリサが落ち着くまでスミカは静かに待っていた。
涙が収まると、アリサは再び話し出した。
「だから、私が新型神機使いの候補だって聞かされた時は、これで、パパとママの仇が討てると思ったんです。そう、二人を殺した…あのアラガミを…!」
その時、漆黒の帝王とリンドウの映像が重なる。頭を両手で押さえて苦しむアリサ。
見ていられなくなり、スミカは彼女を引き寄せ、その胸に抱き留める。
「ごめんなさい…自分でもよくわからないの…!」
「………」
再び嗚咽を漏らしだしたアリサを、スミカはなすすべもなく抱きしめていた。
その姿勢のままいくらか時が経ち、ようやくアリサは落ち着いた。
アリサがスミカの胸から離れ、赤く潤んだ瞳でスミカを見つめる。
「ありがとう…この前もこうしてずっと手を握っててくれたの、あなただったんですね…温かい気持ちが、流れてくるの…わかったから…」
スミカはアリサの手だけは放さない方がいいと判断し、ずっと握りつづけていた。
そのことにアリサは弱々しく微笑み、スミカに感謝した。
「大切な仲間なんだし、これくらいはね…というか、これくらいしか出来なかったんだ。前にあれだけ偉そうなこと言ってたのに…すまなかったな、アリサ。すぐに助けてやれなくて…」
『仲間だからアリサを助けたい』…前にスミカに言われた言葉を思い出すアリサ。
「あなたが謝ることなんてありません…それに…結局助けてもらいましたから…」
アリサはスミカに微笑んだまま再び感謝する。
「ありがとう、アリサ………そういえば、アリサが自分のこと話してくれたの、初めてだね?」
「えっ?」
言われてアリサははっとする。
自分のことを他人に話すのは、慣れていなければなかなか気恥ずかしいものだ。
更に、今まで他人との関わりを拒んでいたということもあり、「腹を割って話す」ということなど、今までしたこともないアリサは急に恥ずかしくなり、その頬は少しずつ朱くなる。
「嬉しいな〜…頑張って話し掛け続けたかいがあったってもんだよ」
にこにこしながらスミカはアリサにそう言った。
「え、えと…その…あう…」
「ふふ…じゃあ、そろそろ戻るかな?」
焦るアリサを見て微笑んだあと、スミカは立ち上がる。
「あ…」
スルリとスミカの手が自分の手を離れていき、アリサは思わず声を漏らした。
「?どうかした?」
「い、いえ…なんでもありません!」
アリサはスミカに悟られたくなく、必死でごまかす。「もう少し居てくれ」
などと、今のアリサにはとても言えない…。
「そうか…じゃあね、アリサ。明日も任務が終わったら、また顔を出すよ」
そう言ってアリサの頭を優しく撫でたあと、スミカは医務室から立ち去った。
アリサは頭に残ったスミカの手の感覚を味わいながら、再び眠りについた。