ビールを飲みながら考えてみた…

日常の中でふっと感じたことを、テーマもなく、つれづれなるままに断片を切り取っていく作業です。

【書評】1Q84 / 村上春樹

2012年08月20日 | 読書
いまさらながら「1Q84」を読む。新しい村上春樹。謎に満ちた展開と、解き明かされないまま終わりを迎えるストーリー。それでもこれは新しい代表作といえるのだろう。


1Q84 / 村上春樹

村上春樹の作品を読んでいると、その内的世界がいくつかの変化を遂げていることがわかる。

デビュー当時、鼠三部作の呼ばれる作品郡(「風の唄を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」)の頃の世界観というのは、「僕は僕、君は君、あぁ、世界は孤独だね」というものだったと思う。誰かと交じり合い、誰かを欲し、誰かを愛したとしても、そこにはどうしょうもない孤独と断絶性、「死」があり、そのことを諦念している――そんな感じだ。

そこには世界に働きかけようとする意思は見えない。

「ノルウェイの森」という「通過儀礼」を通じて、村上春樹の世界観に変化が生じ始める。三部作を受けて描かれる「ダンス・ダンス・ダンス」以降、そこには他者や社会に働きかけようという姿勢が現われる。僕らは「ディスコミュニケーション」の世界で生きていくことはできないのだ。

そして阪神大震災とオウム地下鉄サリン事件の1995年。「圧倒的な暴力」の存在とそれでも生きていく人々。この時、村上春樹は地下鉄サリン事件の関係者に対する取材を通じて、「アンダーグラウンド」と「約束された場所で―underground 2」という2つのノンフィクションを発表する(これはこれで名作といっていい!)。

「海辺のカフカ」ではより積極的に世界との関係を結ぶことになる。主人公・カフカは「世界で最もタフな15歳になる」ことを決意し、「呪い」をかけた「父」を殺そうとする。「父殺し」。これまでの作品では「両親」というものは存在しないか、具体的な実像をもって登場することはなかったがこの作品では、また乗り越えるべき存在としての父が意識されることになる。そしてこの「父殺し」というテーマはこの「1Q84」で完結することになる。

またこの「カフカ」では「呪い」は少年カフカを縛るものであったが、「1Q84」では、「さきがけ」「証人会」など「オウム真理教」や「ヤマギシ会」「エホパの証人」を彷彿させる閉鎖性の高い宗教団体や「NHK」に象徴される特定の目的をもって存在する組織による洗脳性・「精神的な囲い込み」によって普通の人々が支配される様が描かれている。そしてその支配というのは、組織化という過程を通じて、その中心人物(さきがけのリーダー)
でさえコントロール不能であり、搾取されることになる。

「1Q84」というのは、青豆と天吾がそうした支配から逃れ、自ら自身の信じるもの(「愛」)を選びとる物語であり、これから先に広がるであろう困難に対しても闘っていこうという覚悟/生きようという意志の物語だ。それは「海辺のカフカ」を越えたより社会全体に訴求するものだろう。

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1Q84 / 村上春樹


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