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メニュー  >  アラブ世界の民衆蜂起――チュニジアからエジプトへ/福田邦夫
※『季刊ピープルズ・プラン』53号(3月中旬発行予定)に掲載予定のものを先行公開しました【編集部】。

アラブ世界の民衆蜂起――チュニジアからエジプトへ
福田邦夫(明治大学教授)
2011年2月

 チュニジアで蜂起した民衆は、1987年以降23年間もこの国を欲しいままに支配していたベン・アリ大統領一族を追放した。エジプトでも民衆が1981年以降30年間君臨していたムバラク独裁政権を打倒した。専制支配に逆らう民衆の怒りは、アルジェリア、イエメン、バ−レーンでも燃え上がっている。

1.グローバリゼーションと専制支配

 美しい観光立国チュニジアやエジプトで起こった民衆蜂起によりベン・アリ大統領(75歳)は1.5トンの金塊を、ムバラク大統領(83歳)は5兆円もの莫大な国民の資産を持って逃亡した。1986年に民衆蜂起によって逃亡したマルコス一族を想起させる事件である。

 これまで国際通貨基金(IMF)や世界銀行は、チュニジアを「経済開発のモデル国」として、経済率を高く評価していた。事実、IMFによれば、同国の国民(1000万人)の93%が中産階級であり、貧困層はわずか7%にすぎない。これはIMFのスタッフや同国政府関係者が口にする台詞である。確かに同国の国民総生産(GNP)は約4000億ドル(2010年)であり、1人当たり4000ドルに達する。

 エジプトに対してIMFは、経済的困難を解決するためには、高い経済成長率を実現しなければならない、とたびたび勧告している。だがGNPは、貨幣で表される富の総体を示すだけであり、富の分配や格差拡大を何ら明らかにしない。

 すでにチュニジアもエジプトも、積み重なる対外累積債務の返済が困難になり、債権国に救済を求めていた。先進国クラブIMFはグローバル戦略の採択を条件にこれに応えた。

 ベン・アリ大統領は、1988年にIMFに同国の経済運営を委ね、国営企業の解体と徹底した民営化政策(構造調整政策)を推進した。また1995年にEUとの協力協定(自由貿易協定)に調印し、以降、外資の導入や民営化、金融市場の開放に並行して関税率を引き下げ、2008年にはEUとの間での貿易を自由化した。

 エジプトも1985年には深刻な経済危機に陥入り、IMFに経済援助を依頼した。IMFと世界銀行は構造調整政策の受託を条件として同国の経済支援に乗り出した。1990年、イラクがクウェートに侵攻した際、債権国はムバラク大統領の多大な貢献を評価して、208億ドルの債権を放棄した。市場経済の導入と貿易の自由化、外資導入と民営化を進めるムバラク政権は、EUが進める地中海自由貿易圏に2016年までに参加するため、あらゆる自由化措置を講じていた。

 民営化に活路を求めて世界市場の統合を進める国際資本とその先導役を務めるIMFと世界銀行は、さらなる民営化を求め、チュニジアもエジプトも経済運営の指針を民営化に絞り、経済運営の本体はネオリベラルが主導した。

 チュニジアでは1987〜1998年の期間、208の国営企業が民営化され、エジプトでは165の国営企業が売却された。外資が国営企業を購入した場合、直接投資(FDI)が増えて外貨が流入するが、外資は国民生活を向上させるために流れ込んで来るのではない。それどころか、経営効率の向上と利潤の増大を求めて非効率な労働者を容赦なく解雇する。エジプトの場合、民営化の波に洗われて解雇された労働者は約100万人に達する。しかも、毎年100万〜150万人が労働市場に雇用を求めて流れ込む。チュニジアも同様であり、今や18歳〜35歳の男性の失業率は35〜40%に達する。外資は現地で実現した利益を本国に送金する。所得収支を見ればチュニジアもエジプトも大赤字だ。

 加えて農業は衰退の一途をたどり、チュニジアの食料自給率は30〜35%、エジプトは約40〜50%にまで落ち込んでいる。アルジェリアでも自給率は20%前後で推移しており、国際市場における食料価格の高騰は、これらの諸国を襲撃している。

2.民営化=私物化

 国営企業の民営化の恩恵を受けているのは外資だけではない。民営化のプロセスは不透明であり、実態は分からないが、ベン・アリ一族もムバラク一族も民営化の波に紛れて膨大な資産を貯め込んだことは確かだ。ベン・アリやムバラクの腐敗ぶりをIMFや世界銀行、それに先進国の指導者が知らなかったわけがない。それどころか、独裁者一人を相手にしてグローバル戦略を推し進められるので彼ら独裁者は格好の存在であり、骨の髄まで腐敗した実態を知り尽くしていた上で、利用したのだ。だが悪化する一方の経済生活のなかで腐敗した実態を嗅ぎ付けていたのは誰よりも民衆であった。

 なかでもムバラク大統領は、グローバル戦略を推進するだけではなく、アメリカの中東戦略を推進して行く上で不可欠な存在であった。1979年にサダト元大統領がイスラエルと和平条約を結んでから今日まで、アメリカはエジプトに各年20億ドルの軍事・経済援助を与え続けている。軍事・経済援助とはいえ、その80%以上が米国製の武器購入とエジプト軍の軍事訓練に使用され続けている。そのためエジプト軍は近代装備を備えた世界8位にランクされる強力な軍隊になり、兵員10万人を数える。だが経済は一向に潤わない。エジプトの総人口9000万人のうち、5人に1人が1日2ドル以下の生活を余儀なくされており、若年層の失業率は35〜40%に達する。

 確かに外資が導入され企業活動が盛んになれば輸出も輸入も飛躍的に伸びる。がしかしチュニジア同様エジプトも貿易赤字は年を追って拡大している。ムバラク大統領は「輸出か死か」と大号令を発して輸出の拡大を図っていたが、赤字貿易の歯止めがかからない。エジプトは、1995年から米国の要求に従ってイスラエルに天然ガスを輸出しており、天然ガス・原油輸出収益は輸出収益の約42%(2009年)を占めているが、貿易赤字をカバーするにはほど遠い。なおエジプトから送られる天然ガスは、イスラエルの天然ガス需要の40〜50%に達しており、エジプトはイスラエル経済の屋台骨を支え続けている。

 また小作人を追放して広大な農地を手に入れた地主は、政府の財政援助を受けて耕作地を拡大し、換金作物の栽培に夢中になり膨大な利益を手にしているが、肝心の穀物栽培はしない。このためエジプトは毎年約600万トンもの小麦を輸入しなければならないのだ。

 貿易赤字を埋めるためにはスエズ運河通行料と観光収入、それに移民からの送金を頼りにするしかない。だがそれでも埋め合わせることが出来ないので、構造調整政策をいっそう進め、緊縮財政を維持しながらも借金するしかない。ちなみに2006年度のエジプトの対外累積債務は、約290億ドル。2010年度は、300億ドルに達し、一向に減少していない。

 エジプトは2006年から2010年まで債務元本と利息合計で240億ドルを返済しているが、借金を重ねなければ経済が成り立たないので債務残高は減少するどころか逆に増大しつづけている。返済しても返済しても債務は増大する。誰もがベン・アリやムバラクは悪漢だ、と叫ぶ。悪漢には違いないが、彼らの背後でほくそ笑むグローバル資本こそが、独裁者を飼い馴らしていたことに注目しなければならないのではなかろうか。
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コメント一覧

economic   投稿日時 2011-3-4 12:13
アラブ世界の民衆蜂起は、世界各国、地域、人達に、われわれの思考では届かないほど、あるいはわれわの思いをはせる熱情を超えて、想像以上の衝撃を与えているに違いない。各地で様々な運動に波及している現状を視ているとそう思わずにはいられない。
福田邦夫氏が最後の一文で指摘した通り、「彼らの背後でほくそ笑むグローバル資本こそが、独裁者を飼いならしていたことに注目しなければならないのではなかろうか」に、われわれは注視しつづけなければならないだろう。
歴史的文脈のひとつに大きく刻まれたこの瞬間、この記事のように「発信」することの重要性を改めて考えさせられた。と同時にこの視点にどう切り込んでいくのか=分析していくのか、が蜂起した人達をはじめわれわれにももちろんのこと問われていると思われる。
kikuchi   投稿日時 2011-3-2 23:01
グローバル資本と国家権力に対抗できるのは、私は地域経済圏が確立している地域の人々だと思います。

今、山口県の上関原子力発電所の建設が行われています。
その対岸3.5Kmに祝島があります。
祝島の基幹産業は農業と漁業。
漁業は一本釣りが基本で、定置網の網の目も広く、稚魚を取ることはしません。
生態系を崩さないように、自然に働きかけていました。
各家庭には家庭菜園があり、自分で野菜を栽培していました。
彼らにとって、お金はそこまで価値あるものではない。
食糧を買う必要が無いから、彼らは国家と大企業からの補助金を受け取ることもしません。
だから、戦い続けることが出来る。

30年以上におよぶ彼らの運動は、一般的な地域では長続きしません。
農村・漁村から金の卵として都市部に定住した人々が高度経済成長を成し遂げたその時、
地方では深刻な人口流出と農業・漁業の崩壊が起きていました。
農業・漁業といった生存手段を奪われた地域では、
国家と大企業からの補助金によって原発推進派・反対派が生まれ、
地域コミュニティの崩壊が起きました。
そうして、六ヶ所村のような悲劇が生まれたのだと思います。

原子力産業というグローバル資本と国家権力に対抗したのは、わずか500人しかいない祝島の住民です。
でも彼らは30年以上、抵抗している。
地域経済圏が確立している彼らだからこそ、抵抗できたのだと思います。

私は、グローバル資本と国家権力に抵抗するもの、現在の経済構造のオルタナティブとして、地域経済圏の構築に希望を持ちたいと思います。
Noguchi   投稿日時 2011-2-27 13:07
今般のアラブ各国でおこっている政変を報道するメディアの論調は「何十年も続いてきた独裁政権が、ネットの力と民衆の呼びかけにより打倒された」というものです。この記事で指摘される、その「裏」で生起している事は一切報じられません。
私はこの一連の動きの底流にはアメリカの覇権の終焉が近付いているという予感があります。今まで日本は盲目的にアメリカに追従し、こういった独裁政権を支援してきたわけです。独裁政権にはほぼ例外なく情報統制がなされ、それに反発する者に対する人権弾圧があるのも知っていながら、私たち西側諸国はチュニジア・エジプトという国が比較的安定していて、いわば扱いやすいが為にこういった国々を支持してきたわけです。
日本の立場としても、その姿勢が正しかったのかどうか、検証する必要があると感じています。今まで対米追従でやってきた日本の外交政策が、アメリカの覇権が崩れた後、どう舵取りをするのかとても不安になります。だからこそ、今までの対米追従がよかったのか、間違っていたのか、再度検証する必要が今こそあるのではないか、そのように感じています。
baba   投稿日時 2011-2-25 14:57
現代グローバリゼーションというのは一種の劇薬であると思いました。グローバリゼーションや民営化、それによって一時的に上昇するGDPは国を劇的に変え、発展途上国からの先進諸国へ至る近道のような気がします。
しかし、同時に薬は副作用をもたらすものです。今グローバル化、民営化の副作用を理解して処方する体制が整っているのでしょうか。それともあえて副作用を言わずに処方しているのでしょうか。
私はその劇薬だけに頼っていれば大丈夫と多くの人が信じているし、信じ込まされているという風に見えます。
国を良くするとなった時に経済発展と経済成長率の上昇がすべての目標となっているこの状況は最近の医療の倫理的な問題と似ているように思えます。
人の治療においても延命するためにただひたすら治療し、パイプだらけになってでも生かすことが本当にその人にとっていいことなのか、死なせないことを追求するのが本当にその人にとっての幸せなのか。そこには絶対の正しい答えはありません。しかしその人が納得して死んでいけるような選択肢を提示できている状態が唯一の答えなのではないかと思います。
そのことと経済発展・成長率の上昇がすべての目標となっていることはよく似ているように思えます。
IMFは国の在り方の絶対的な正解は経済成長の上昇しかないと言っているのです。その選択肢を提示していることが間違いだとは言いませんが、他の選択肢を提示できていない世の中がおかしいのだと思います。
だから、多様なあり方を国にも求めていかなければなりませんし、多くの国民もそのことについて考えていかなければなりません。そういう時代に入っているのだと思いました。
そして国民全体に共有される目標が生まれたとき、その目標を達成させるために様々な学問や指標を導入していくべきだと思います。そのための経済学でありGDPであると思います。
Why GDP ?   投稿日時 2011-2-25 8:51
GDPの成長がすべての人類や国民を幸せにするという「呪縛」から私たちは、抜け出時が来たではないだろうか。

GDPとは何か?
GDPはどのような過程で生まれるか?
GDPの数は誰が決めるのか、計算されるか?
何のためのGDPか?
GDPは何をもたらすか?
なぜGDPなのか?
GDP…???

GDPの向上はあくまでも、1人1人生きている人がよりよい生活をするためにあるべきではないだろうか。そのGDPの名の下で強制的に犠牲や不幸を強いられる人がいるということは、なんと皮肉でしょうか。

いまこそ、GDPが目的ではなく、手段の一つであることを思い出す時ではないだろうか。
Yamanaka   投稿日時 2011-2-25 0:46
IMF・世界銀行および多国籍企業を中心に、ますます加速する現代グローバリゼーションの罠に見事にはまった両国の姿を知ることができました。市場創出と食糧・資源供給地獲得というお得意の手段はほぼ達成されつつあったので、この政変はまさに「想定外」であったと思います。
 しかし、彼らの新自由主義的政策がこのまま推進される可能性も高いと感じます。チュニジアの友人を通して、政変に至った要因を現地から伺う限り、国民にとってはベン・アリ一族が国富を横取りしたことが一番の問題であり、福田先生がご指摘される外的要因が重要視されておりません。むしろ「構造調整政策は悪いアイデアではなかった」といい、「今後もFDIを受け入れることが発展への近道」と考える者が少なくありません。また、共産党をはじめ左派は長い間弾圧され弱体化しており、60年代後半の社会主義政策失敗という苦い経験からも国民は自由主義的政策を好む傾向があると思います。UGTT(チュニジア労働総同盟)という最大の労働組合が、今回のデモを組織し、成功に導いたとも言われておりますが、真偽のほどはわかりません。

 事実関係はこれから少しずつ明らかになってくると思いますが、今は、腐敗した独裁者と官僚機構を先進工業国政府が支援してきたことによって、我々自身も気づかないうちに当該国の強権的な体制維持と支配者一族の非合法な蓄財に加担してきた事実を強く認識しています。 

 「ローマの穀倉」と呼ばれたその豊饒な大地の恵みの多くは地中海の北岸へ積み出され、穀倉地に住む国民には質の劣る輸入小麦で作ったパンを食べさせる。1984年から1985年にかけての大暴動も今回の政変も食糧の国際価格高騰と連動しており、穀物の国内価格を安定させるための補助金が政府によってカットされた後に起きている事を考えると、自由貿易協定と多国籍企業誘致にチュニジア再建の夢を託している人々は、自国が抱えるベン・アリ以外のリスクを今こそ考える時なのかもしれません。
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