47都道府県を題材とした新作落語に取り組む柳家花緑さんインタビュー
47都道府県を題材とした新作落語を演じる「ロングライフ落語会」をスタートさせた柳家花緑さん。記念すべき1作目として2012年9月25日に東京を舞台にして演じた落語「パテ久(ぱてきゅう)」を皮切りに、脚本家の藤井青銅さん書き下ろしの新作を次々と発表する。第2弾として13年3月には山口県を取り上げた。これから息の長い落語会になっていきそうだ。
文末に今後の予定「第3弾は沖縄!d47落語会」の案内を入れて再掲しました。
落語会は、ロングライフデザイン(※1)をテーマに活動するD&DEPARTMENT PROJECT(以下D&D)のデザイナー、ナガオカケンメイさんとの出会いがきっかけで生まれた。47都道府県を1つずつ紹介するD&Dのトラベル誌「d design travel」の発売とあわせて、新作落語をお披露目していく予定だ。主催はD&D。
新作はもちろん、洋服に椅子という現代スタイルで演じる「同時代落語」など、落語の可能性に挑戦し続ける柳家花緑さん。ロングライフ落語会を通して目指すものや今後の展望を聞いた。
―47都道府県の落語に取り組むきっかけは
去年の秋にナガオカさんが僕の独演会に来てくれて。脚本家の藤井青銅(※2)さんと一緒にやった「小惑星探査機はやぶさ」の演目を見て、衝撃を受けたそうです。
その後、ナガオカさんからロングライフデザインをテーマにした落語をやってくれないか、と話がありました。そこで僕は、青銅さんに落語を書いてもらってはと提案した。その打ち合わせの時に、青銅さんが「思いついたんですけど、47都道府県の落語をやったらどうですか」と持ちかけた。それにナガオカさんが「ぜひやりましょう」と食いついたんです。この企画は、やっていくうちに浸透していく、と考えています。やっていくうちにお客さんが増えていってくれたらうれしいですね。
―47都道府県に対して目を向けるきっかけは
以前から僕の中に「47」っていう意識があったわけではない。もちろん、地方に関する意識はありましたよ。以前から仕事でよく訪れていたので。けど、47全部を制覇するというのはなかったですね。でも、昔から47の何かを作るっていう発想はあったと思うんです。永六輔さんの歌とかね。
落語に関してはそういうことをやった人はいないと思います。鳥取の出身で鳥取弁で落語をやる人や、鹿児島弁で全部落語を作る人がいたり、"自分の国で"っていうのはありますけどね。でも、都心一点集中型ではなく、地方に目を向けるっていうのは今あってもいい動きですよね。個人的には「47」というのはとても新鮮な角度だと思います。面白いのは、落語会をD&Dの本の出版とともにやっていくという事ですよね。ですから、今回の企画はイベントとして成立すると考えています。
―「うちの県の落語を早くやってほしい」という声があるようですが
とても面白いですが、大変だと思います。技術的なことで言うと、今回の東京を舞台にした落語の「パテ久」も、地名がいっぱい出てくる。東京の場合は渋谷でも神楽坂でも、地名を知っているのでぺらぺら出てきました。知らない土地の名前を全部覚えて喋るには、古典の3倍の時間がかかりますよ。
恐らく毎回、オープニングに県の説明セリフ的なものが入ると思うんです。しかし、具体的になればなるほど、エクスキューズが必要です。地元の人は知っていても全国的にはわからないとなると、これは何かっていう説明はどうしても入りますよね。僕がその土地を見てきたかのようにしゃべらないといけないし。
インタビューに答える柳家花緑さん |
―地方がネタになっている落語は少ないのでは
その通りです。やっぱり落語は江戸に根ざしていて、自分たちのテリトリーの話なんです。旅だと、お伊勢参りだとか京見物とか昔の江戸っ子が行ける範囲の話なんです。田舎が出てきても、特定の地域にさし障りがあってはいけないので、どこかとどこかを足したような架空の田舎です。古典落語のレギュラーとして出てくるメンバーは、江戸の長屋の人々ですからね。
落語研究家の堀井憲一郎さんが、著書の中で「落語は都会でしか生き残れない」と言っています。落語は都会の中でしか成立しないと。田舎のゆるやかなリズムではなく、都会のビートの早いリズムの中で生まれ、消化されていくものだと。
落語の元々がニュースで、ニュースの中心が都心部にあるという考え方をすると、都会の方が落語も生まれやすいですよね。昔はネットも新聞もないわけだから、はやりものもをすぐ受け取るとなると、ニュースの現場に近い都会の方が共感を得やすい。
もちろん地方でも民話みたいなものはたくさんあるし、生まれないわけではないのでしょうけど、ニュースは生活の刺激やスパイスみたいなもので、都心で生まれやすいのかなと思います。
▽聞く人あっての落語
―東京と地方の生活体験の違いが落語の聞き方に影響するのですか
北海道の網走で落語の会を定期的にやっていて、いつもバックアップしてくださる世話人の方に聞いてみたんです。「今まで10年間で、どの噺が一番良かったですか」と。返ってきた答えは、「死神」だった。意外でした。別に「死神」は僕の中で、十八番というわけではないですから。次に好評だったのは、クラシックバレエのジゼルをモデルにした新作落語の「おさよ」。その間には、「笠碁(かさご)」も「竹の水仙」も、「紺屋高尾」もやっているのに...それらが全然相手にされていないんです。
その時はわからなかったけれど、後からはっとした。網走の人は、長屋の生活には共感を持てないんですよ。あんなに広い土地だから、家で袖なんてすりあっていないわけです。それに気付いて、その年にやるつもりだった「三軒長屋」はやめました。三軒の長屋が隣どうしの音がうるさくて迷惑する噺なんて、共感を得られるはずありませんから。都会でウケているものが、地方でもウケるなんて幻想です。東京至上主義的な物の発想ですよね。だから、網走での出来事は、ものすごくいいヒントになりました。
―「体で笑ってもらえない」ということですか
その通りです。共感という意味を考えると、「47落語」は、「笠碁」よりも「三軒長屋」よりもじゅうぶん共感できる噺になる可能性があるわけです。これは噺を書いてくださる青銅さんの取材にかかっています。彼から色々なことを聞いて、僕も自分に落とし込んでいく事になる。もしかしたら、僕もその前に取材して行くという事もあるかもしれません。でも、それって願ったりかなったりですよ。そういう事で自分の好きな日本という国がもっと近くなる気がしますから。
網走の方に教えてもらった事は、今まで実感になかった事だから本当にためになりました。今後もそういう気持ちでやっていきたいです。僕は、落語はレストランだと考えています。食べる人あっての作り手、聴く人あっての落語だと思っていますから。こっちが勉強してこいというわけではなく、聴く人側の気持ちを察しないと。難しいですけどね。
いつも広島、岡山と続けて会を開くのですが、広島のお客さんはすごく陽気。岡山のお客さんは、広島の方に比べて内向的で静かなんです。芸人は体でお客さんの笑いを記憶するですが、同じ噺が前の会場でドーンと受け、次の会場で笑いが少ないと、あれ?ってなる。さらに面白いのは、物販をやると、岡山の方はたくさん並んでくださる。だから、ウケていないわけではないんです。それをわかっているので、反応が違っても、気にしないようにしています。
▽いまを生きる落語
―ロングライフ落語は、今後どう展開していくのですか
この企画は、それぞれの県と東京とでやろうと考えています。次回の本は「山口」がテーマ。ですから、山口と東京のどちらでも落語会をやるつもりでいます。走り出した以上、必ずゴールしたい。ナガオカさんの構想だと、13年かけて本を出し切るそうなので、年3冊のペースですね。そのペースに合わせて落語をやっていきたい。最後の本が出た時に、47の噺が揃うようにしたいと考えています。ですから、既に出ている本(北海道、鹿児島、大阪、長野、静岡、栃木、山梨)の土地の落語も合間合間にやっていきたいと考えています。
―13年後、花緑さんはどうなっているでしょう
僕もすっかりおじさんですね(笑)13年後というと、54歳。世の中がどうなっているか、まったく想像がつかないです。今の混沌としたものが続いているのか、救済者があらわれるのか。日本だって、どうなっているかもわからない。3・11だって想像できなかったわけですし。でも。3・11をきっかけに気付くものもたくさんありました。地方を見る目も変わったのではないでしょうか。松竹落語会でも、被災地を回ったらどうかという話が出ていて、皆が乗り気になっています。具体的に決まっているわけではないですが。
この先どうなるかなんて、まったくわからない。僕は、人間は何かに向かっていくのではなく、どこにも行かないのではないかと考えています。いろいろな事をやっているこの道中が、実は僕の完成形を毎回見せている事になるのかなと。マラソンの途中ではなく、いつも100mの短距離走のように結果を見せていると感じというか。最終的に振り返ってみると、色々な事をやった落語家というだけで、まとまらないで終わるのかも。こんな事をやりながら死んでいくのかもしれません。僕は、人生を決めずに生きていくのがいいと思っています。だからこそ、今回の「47」という企画にも出会えた。
人間というのは「いま」生まれて「いま」死んでいく。人生で大事なことは先を見るのではなく、常にいまを見ていることだと思います。落語はそもそも、「同時代」の事をしゃべるものだった。だから江戸時代の人には当然、「古典」という発想なんてありません。落語というのは、目の前にいるお客さんに向けてやるものです。僕は同時代性を大事にしていきたいと思っています。
<注>
※1 流行に左右されずに長く使い続けられる普遍的なデザインのこと
※2 作家、脚本家。花緑さんが演じる同時代落語の脚本を手がけている
| 第3弾は沖縄! d47落語会 D&DEPARTMENTが主催するロングライフ落語会は、名称改め「d47落語会」に。47都道府県落語の第2弾となる「d47落語会『山口県』」は3月8日に行われ、東京・渋谷ヒカリエの会場はほぼ満員の盛況ぶりだった。柳家花緑さんは古典落語「河豚鍋」と新作落語「維新穴」を披露した。 今回からご当地でのお披露目もあり、4月29日に山口県周南市の「シネマ・ヌーヴェル」で「d47落語会『山口県』in YAMAGUCHI」を開催する。 第3弾は「沖縄県」。トラベル誌「d design travel 沖縄」の発売を記念し、6月27日に沖縄県宜野湾市の「D&DEPARTMENT OKINAWA by OKINAWA STANDARD」で沖縄を題材にした新作落語が披露される。東京・渋谷ヒカリエでは7月第2週ごろに開催予定。沖縄の個性を再発見する中身になるそうだ。 問い合わせ先はd design travel 編集部、電話03-5752-0097 (了) |
<略歴>
柳家花緑(やなぎや・かろく)
1971年生まれ。
1987年3月 中学卒業後、祖父柳家小さんに入門。前座名 九太郎
1989年9月 二ツ目昇進。小緑と改名
1994年 戦後最年少の22歳で真打昇進。柳家花緑と改名
ナビゲーターや俳優としても幅広く活躍中。