原発事故が起きた東京電力管内だけでなく、国民が広く痛みを分かち合うことになる。昨年9月の東京電力に続き、5月から関西、九州も家庭向け電気料金を値上げする。四国、東北も申[記事全文]
国家は国民の大きな守護者となり、国民は愛国心をもって国を支える。その力で強く豊かな社会をつくり上げる――。近代に広まったそんな国家モデルが行き詰まったところで登場したの[記事全文]
原発事故が起きた東京電力管内だけでなく、国民が広く痛みを分かち合うことになる。
昨年9月の東京電力に続き、5月から関西、九州も家庭向け電気料金を値上げする。四国、東北も申請中で、北海道も続く。原発停止で火力発電が増え、燃料費が拡大したのが主な理由だ。
原発依存度が5割を超えた関電の場合、家庭の平均負担は年約5500円増える。いずれも現在停止している原発の再開が前提となっており、再値上げの可能性もある。
厳しい夏も冬も、多くの人が節電に協力した。あの惨事が決して他人事ではなく、事故後の電力のあり方について、自分たちも分かち合う問題だと受けとめているからこそだろう。
最低限の値上げはやむを得ないにしても、電力会社の経営陣には、電気を使う側の意識が大きく変わっていることを強く認識してもらいたい。
事故後の新たな電力供給システムづくりに向け、電力会社がどこまで率先して自己改革していけるのか。そこを抜きにした値上げ論議はありえない。
もちろん、やみくもに人件費を削ればいいというものではない。原子力の安全に関わる人材確保は重要だ。値上げをめぐる公聴会でも「現場で頑張る職員の賃金カットはすべきでない」という声が出た。
だが、経営陣を見る目は異なる。たまたま東電の原発で事故があったものの、事故リスクがある点では、原発を進めてきた他の電力会社も共通している。国民の多くがそう感じ、不信感も募らせている。
そこを考えると、役員報酬をめぐる動きには首をかしげる。
役員報酬について関電と九電は、それぞれ平均で4100万円、3300万円を申請した。
実質国有化された東電並みのリストラを求めた国は、これを退け、省庁幹部並みの1800万円とした。ところが関電は「経営判断」で300万円上乗せして2100万円とし、九電も200万円乗せて2000万円を支払う。
この上乗せは、節電した人々にどこまで思いを寄せてのことだろう。
福島での事故処理、他の原発での廃炉、放射性廃棄物の処理。発送電分離などによる電力自由化。これから電力会社は公益事業体として、どう責任を果たしていくのか。
長く、痛みをともなう改革の先頭に立つべき経営陣が、他人事のような姿勢に見えるのは、あまりに寂しい。
国家は国民の大きな守護者となり、国民は愛国心をもって国を支える。その力で強く豊かな社会をつくり上げる――。
近代に広まったそんな国家モデルが行き詰まったところで登場したのが、マーガレット・サッチャー氏だった。
国家の肥大化による慢性的な経済停滞という「英国病」。それを治療するべく1979年から11年間、同国初の女性首相をつとめ、福祉国家としての英国の土台をつくりなおした。
すでに、首相になる前の教育相時代、学校での無料のミルク配布をやめさせた。首相に就任後は「小さな政府」をかかげて国有企業を次々に民営化し、教育にも競争原理を持ちこみ、効率化を進めようとした。反対する労働組合の抗議運動は警察力で抑えこんだ。
「支え合う」から、「競い合う」へ。その社会観、国家観の転換は決定的で、その後に登場した労働党出身のブレア元首相でさえも、その多くの部分は踏襲していたといえる。
しかし、小さくなって守護者の役割から離れていく国家をだれが愛するだろうか。サッチャー氏が国民の心をつなぎとめられたのは、彼女の強烈なナショナリズムではなかったか。
フランスやドイツを中心に進む欧州統合に対して、サッチャー氏は常に警戒の声を上げた。居並ぶ他国の首脳を前に「私たちのお金を返して」と拠出した農業補助金の還付を求めた。
極めつきは、アルゼンチンと戦火を交えたフォークランド紛争だ。政府内の慎重論をはねのけて、はるか遠く南大西洋の島まで部隊を送り込み、戦った。熱狂した世論は保守党を選挙で大勝させた。
サッチャー氏が先導し、当時の米レーガン政権も導入した民営化や規制緩和策とナショナリズム。小さくなることを余儀なくされている国家を大きく見せる、この組み合わせは、各地の政治指導者に多くの信奉者を生んだ。経済のグローバル化で国家が力をそがれつつある今日、多くの政治家たちがサッチャリズムにひかれている。
だが、金融危機や環境破壊、感染症、テロなど深刻な問題ほどグローバル化している中で、ナショナリズムはしばしば、各国間の対立を際だたせ、かえって解決への妨げになる。
冷戦終結が近づき、グローバル化が始まろうとするとき、国家が進むべき方向はどこか。サッチャー氏は一つの答えを実現してみせた。
けれども、その答えは同時に難題もわれわれに残した。