二月から冬季営業を始めた稚内市立ノシャップ寒流水族館で、腹ビレを持つ球形の魚「フウセンウオ」が、来館者の人気を集めている。昨年夏、宗谷沖で受精卵を採取し、ふ化させた稚魚約七百匹が、体長四センチほどに成長して、水温七−八度の水槽内を優雅に泳いでいる。網走の水族館に勤務していたころから、四半世紀にわたりフウセンウオの飼育を続ける渡辺さんに思いを聞いた。(稚内支局 森田彰)
 |
<略歴>
わたなべ・のぼる 網走市出身。網走向陽高卒業後、オホーツク水族館に2002年まで勤務。03年から稚内市立ノシャップ寒流水族館に移り、フウセンウオの飼育を続ける。 |
−−フウセンウオとの出合いはいつですか。
「高校卒業後の一九六六年、網走市にあったオホーツク水族館に就職しました。そこで初めて、数匹のフウセンウオを見たのです。とはいえ、十年近くの間は、飼育生物の一つとしてしか付き合っておらず、フウセンウオに対する特別な思いはありませんでした」
−−ふ化に取り組むほどの情熱を燃やし始めたきっかけは。
「七六年ごろ、一人で研究を始めました。それまでは漁業者から混獲されたフウセンウオを入手して展示していましが、飼育中に死ぬことが少なくありませんでした。水族館内でふ化できれば、個体確保の悩みを解決できるだけでなく、いつでも市民に見てもらえると考えたのです」
−−苦労も多かったでしょう。
「いまでも、フウセンウオの生態には未解明のことが多い。当初は個体の雌雄すら区別できず、試行錯誤の連続でした。成魚を水槽内に何カ月入れておいても、さっぱり卵を産んでくれない。自然界とは成育条件が違っていたのでしょう。オホーツク海で受精卵を採取し、何度も失敗を繰り返してふ化に成功した時は、うれしかったですよ」
−−稚内に移った理由は。
「三十六年間勤めたオホーツク水族館が二○○二年に閉鎖され、ボーッと過ごしていた時、ノシャップ寒流水族館に誘ってもらい、昨年四月から働いています。夏には、宗谷沖で採取した受精卵のふ化に成功しました。いま、展示しているものです。地元の小学生が『夕陽(ゆうひ)のキッズ フウセンウオのパピーちゃん』と愛称を付けてくれたり、たくさんの来館者が興味深く観察してくれたりするのを見ると、やりがいを感じます」
 |
愛らしい表情のフウセンウオ |
−−今後の目標を聞かせてください。
「いまは、自然界から採取した受精卵のふ化にとどまっていますが、水族館内でふ化させた飼育個体から繁殖させることが夢です。二十数年の飼育と研究で、雄より雌のほうが体が大きいことや、卵の世話をするのは雄であることなど、少しずつですがフウセンウオの生態が分かってきました。水槽内と自然界の産卵条件の違いが明らかになれば、飼育個体からの繁殖は可能だと信じています」
<記者のメモから>
「稚内での仕事は飼育個体からの繁殖を成功させること」と目標を掲げ、水槽の前で鋭い視線を注ぐ。二十数年、研究を重ね、なお一歩ずつ生態解明に挑み続ける姿に「技術者魂」を見た。
|