米同時テロ 当事者達の言葉
2001年9月11日〜16日


「ばかなことをしなければ、痛い目に遭わせない」
「我々は、まだ飛行機を持っているんだぞ。ほかにも飛行機があるんだ」

〜地上の管制官に傍受されていたニューヨークの世界貿易センタービルに突っ込んだアメリカン航空11便のボーイング767ハイジャック犯の声

「ここから出て行け」

〜ペンシルベニア州に墜落したユナイテッド航空93便操縦士と思われる叫び声

(アラビア語なまりの英語で)「こちらは機長。爆弾があります。着席して静かにしていて下さい。彼らの要求に従っています。空港へ引き返します」

〜ペンシルベニア州に墜落したユナイテッド航空93便機内放送


「どうしよう、ハイジャックされた。犯人は複数でナイフやカッターナイフを使って、乗客乗員を機内後尾に集めている!」
「パイロットになんてアドバイスしたらいいの?」
「犯人が航空機を操縦している模様」

〜米国防総省に突入したアメリカン航空77便に乗り合せたCNNテレビのコメンテーターで元連邦検察官のバーバラ・オルソンさん(45)が機内から夫のセオドア・オルソン司法省訟務長官に携帯電話語った言葉

「ハイジャックされた。乗客の1人が刺し殺され、犯人は爆弾を持っていると言う。当局に電話してくれ」
「機内の1人が刺された。僕たちも死ぬかもしれない」
「このままではみんな死んでしまう。他の客と3人で行動するしかない」
「愛してるよ。ハニー」

〜ピッツバーグに墜落したユナイテッド機に搭乗していたカリフォルニア州の会社役員トーマス・バーネットさん(38)が妻にかけた電話
妻は「席に座って目立たないでいて」と頼んだが、覚悟を決めた夫は「いや、だめだ」と言い、数分後、93便はペンシルベニア州に墜落した

「爆弾を持っていると言う3人の男にハイジャックされた」
「僕だよ。愛してるよ。わかってるよね」
「愛してるよ」「信じてる」

〜ピッツバーグに墜落したユナイテッド機に搭乗していた会社員マーク・ビンガムさん(31)が家族にかけた電話
「息子は前方に座っていたため、コクピットで何が起こっていたか、全て見ていたでしょう。そして最後に『とてもとても愛しているよ』と言っていました」(マーク・ビンガムさんの母)

「ほかの何人かと抵抗するつもりだ。きっと命を落とすことになるだろう。いい人生を。娘を頼む」

〜ペンシルベニア州に墜落したユナイテッド航空93便に乗っていた生後3カ月の娘を持つニュージャージー州の男性が妻にかけた電話

「頭に赤い帯を巻いた中東出身の男3人組が、爆弾が入っているという赤い箱とナイフを振り回している」
「乗客とパイロット、乗員は機体の後部に行くよう命じられ、操縦席は犯人たちに占拠された」
「自分を含めた数人の乗客が犯人グループに抵抗を試みようとしている」

〜ペンシルベニア州ピッツバーグ郊外に墜落したユナイテッド航空機の乗客ジェレミー・グリックさん(31)が墜落数分前の機上から妻にかけた電話

「ビジネスクラスに座っていた中東出身者のような男が、乗客と乗員数人を刺した」
「高度を下げている。オー・マイ・ゴッド(何てこと)。落ちていく」

〜世界貿易センタービルに衝突したボストン発ロサンゼルス行きアメリカン航空11便乗員が上司に掛けた電話

「グッドバイ」

〜ボストンを発った2機のうち1機のスチュワーデスが夫にかけた電話

「私たちはハイジャックされている」
「爆発音が聞こえて機体から白い煙が出ている」

〜ペンシルべニア州に墜落したユナイテッド航空93便の乗客と見られる男性からの機内のトイレからの非常電話


「孫が大きくなった時に渡そうと、1人1人のために(キルトを)作って、家のあちこちに隠していたんです」
冷凍庫には、クッチネロさんの旅行中に夫が食事に困らぬよう作られた1週間分の食事が残されている。「間違えないように、1食づつ日付も書いてあります」
「孫が指を切ったというだけでも、母はいつも飛んで来ました」
空港で「母にキスをして『愛してるわ、気を付けてね』と言いました」

〜ニューヨークの世界貿易センターに激突したアメリカン航空機に乗り合わせ、帰らぬ人となった、皆から「グラミー(おばあちゃん)」と呼ばれたセルマ・クッチネロさん(71)の娘のシェリル・オブライアンさん


(午前9時少し前)「かなり大きな飛行機で、五番街の上空をとても低く飛んでいた。飛行機の尾翼に青いロゴが見えたので、アメリカン航空のジェット機だったのは間違いない。それほど低く飛んでいたのだ。小型飛行機ではなく、旅客機のようだった。10分ほどして、爆発音を聞いた。それから30分くらいたってから、もう1度爆発音を聞いた。そして警察のサイレンが鳴りはじめ、人々の叫び声が聞こえた」

〜歯科医のラリー・アンダーソンさん

「私は同僚たちと、84階から階段で降りてきた。2機目がもう1つのビルに衝突する10分ほど前だ。飛行機が突入した側では、下の階の出口のいくつかが残骸で塞がれていた。われわれはみんなが外に出られるよう、出口の残骸をどけようとした。みんな落ち着いていた。衝突したのは方向を見失った小型機だと思っていたのだ」
「だが、2機目が衝突したとき、完全なパニックが起こった。衝突に続いて爆発が起こり、巨大な火の玉がビルから街中に駆け下りていった。みんな逃げ惑い、叫び、ここから逃れようと必死だった」
「ビルの巨大な残骸などが頭上に落ちてきた。2機目が衝突したときに見たものについては、話したくない。自分の目にしたものが人の体の一部ではないことを祈るだけだ。想像力が作り上げた幻覚だと思いたい」

〜サル・デマーコさん

「家に帰りたい。子どもたちの元に帰らなくては。こんなことはもう終わりにしてほしい」

〜ビル崩壊の直後にフェリーターミナルにいた若い女性

「航空機が衝突したとき、私は92階にいた。衝突は私たちより下の階で起こった」
「足元の床が激しく揺れて、倒れそうになった」
「地震か、あるいは、また爆弾が爆発したのかと思った。みんな叫びながら、階段に向かって駆け出した。あちこちに煙が充満し、まわりが見えなくなった。逃げようとして怪我をした人もいるだろうが、大半の人はとても冷静だった。だがそれも2機目が衝突するまでのことだった。突如として私たちは、これは真珠湾攻撃の再来で、自分たちはその真っ只中にいると気づいたんだ」

〜ツインタワーの商業階としては最上階のフロアにいた米フェデラル・エクスプレス社の社員、マイク・ネビルさん

「イエス様、ありがとうございます。私は生き延びました。空に飛ばされていった体も見えました。神様、感謝します」

〜航空機の衝突時にツインタワーのどちらかにいたらしい男性

「仕事場に向かう途中でコーヒーを買っているとき、大きな音が聞こえました」
「そのあと、ものすごい爆風が起こって、外に出たんです。5分くらいすると、人が大群になってこちらに走ってきました。みんな押し合って、逃げるために文字どおりお互いを踏みつけ合ってました」
「15分くらいたって、また爆発が起こりました。今度は残骸が空から雨のように降ってきたんです。金属やコンクリートの大きなかたまりが群衆に当たりました。ここは、何もかもが血と死の匂いがします」

〜ウォール街で秘書として働くカリ・サリバンさん

「上の階の仕事場に向かおうとしていたちょうどそのとき、飛行機がビルに衝突した」
「最後に、『あの飛行機はずいぶん低く飛んでいるな』と思ったことは覚えている。その後でものすごい爆発が起こり、熱風が押し寄せてきて、何かのかたまりが頭にひどく当たった。ベトナムに戻ったみたいだった。みなが叫び、逃げ惑いはじめた。何か尖ったものが私の顔を切り裂いた。その後の1時間半ほどのことは何も覚えていない。気がついたらここにいたんだ」

貿易センタービルの中にオフィスがあったジェフ・フランクスさん

「戦争のよう。空爆に遭ったみたいだ」「がれきが落ち、書類が舞っていた」

〜貿易センタービルでテロに出くわし、地上84階のオフィスから、煙やがれきを避けながら非常階段で地上まで無我夢中で駆け下りた日米のビジネスマンたち

「1機目の飛行機衝突で退去命令のアナウンスがあった。非常階段を下りて走って逃げた」
「まるで映画の世界だった。今でも信じられない」
「行方不明の知人も多く、助かったことを素直には喜べない」

〜80階のオフィスにいた静岡銀行の新谷俊夫支店長代理(34)ビルは避難10分後に倒壊

「狭い非常階段は避難者であふれ、けが人もいて思うように下りられなかった。恐怖のあまり泣きだす女性もいた」
「まだ現実にあったことだという気がしない。最初は『騒ぎが収まってから避難しよう』などと社員と話していたが、もしそうしていたら助からなかっただろう」

〜最初の航空機が激突した瞬間、45階にいた商品先物取引会社「日本ユニコム」の現地法人事務所所長・久場健太郎さん(28)

「大きな衝突音がして、ビルが波のように揺れ始めた。地上に着くと警官が『振り返るな』と叫んでいた。ビルが倒壊するとは思わなかった」

〜65階で働いていたマシュー・コネリーさん

(階段でひどい火傷を負った4人を見つけ)「助けようとしたが、熱で皮膚が溶けており、触ることもできなかった」

〜82階に勤務していたドナルド・バーンズさん(34)

「爆風で、どこかに吹き飛ばされた。辺りは真っ暗で何も見えなかった。逃げようとしたが、また吹き飛ばされた。そばにいた女性を助けようとしたが、見つけることができなかった」

〜70階で働いていたボリス・オゼルスキーさん(47)

「周りの人たちはパニック状態となり、外にかけ出した。ビルの外に出た数分後、ビルが崩れ落ちてきた。泣き叫びながら、窓から飛び降りる人たちを見た」

〜エスカレーターで76階のオフィスに向かっていたジェニファー・ブリックハウスさん(34)

「自分が働いているビルが崩れてくるなんて」

〜ガブリエル・イオアンさん

「ビルに乗ったまま地面まで降りてきた」

〜ビルが崩壊したとき82階にいて、左脚の骨折だけで救出された警察官

「たくさんの書類が舞っているのが見えた。なかには焦げているものもあった。それからすぐにおびただしい量の紙が空を覆った」
「最初の(飛行機)が衝突したとき、みんなで表へ様子を見に行った。そこで大勢の人が2機目の衝突を目の当たりにした」
「地上の空気は本当にひどい状態で、とても外には出られない」
「私のいるオフィスでも、街中の他のオフィスでも、みんな、どうやって自宅へ帰ろうかと必死で考えている。橋は歩いてなら渡れそうだし、街の北のほうは交通機関も動いているようだ――けれども、私がいるあたりはすべてが麻痺している」
「大げさではなく、ほんとうに何百万人もの人が通りに立って上を見上げていた。私は、ビルが崩れ落ちる前にオフィスに戻った。壊された高層階を作り直すのはさぞかし大変だろうとみんなで話していたところに、ビル崩壊のニュースが飛び込んできた」
「茫然としていて、泣いている人もたくさんいる」
「そのオフィスには、友人や家族が貿易センタービルにいるという人はいなかった。ちょうど事故が起こる2分前にビルの前を通り過ぎたという人が1人いた」
「その人と奥さんは、もうできるだけ急いでニューヨークの市内から出ようと話している」
「(今いるのは)30何階かだ。他のオフィスにいる人も同じ状態で、どこへ行くべきか必死で考えていると思う。どこか――どこでもいい――に逃げた方が安全なのか、それともしばらくはこの場に留まるのがいいのか、すぐには判断できない」
「今日はこれから、なんとかできる限りマンハッタンから離れようと思う。明日は家に帰れるといいが。今はまだ、外の空気がもう少しきれいになるのを待っているところだ。この混乱はとても言葉では表現できない」

〜世界貿易センタービルから約10ブロック離れたウォール街のビルの27階に閉じ込められたインターネット戦略コンサルタントのティモシー・ブルックス氏が友人に送った『インスタント・メッセンジャー』


「もしかしたら、夫は死にかけているかもしれない。それなのに私は彼の手を握ってあげることもできない。痛がっていても、助けてあげられない。自分があそこに行って、がれきを掘り起こしたい」

〜世界貿易センタービルに勤務していた夫が行方不明となっている妻

(兄の写真を張り付けたボードを首から下げ)「最初の飛行機が北側タワーに激突した後に、兄から『避難命令が出た。脱出する』と電話があった。でも受話器を置いた直後に次の1機が兄のいた南側タワーに突っ込んだ」

〜テロ発生当時、同ビル南側タワー98階の保険会社で働いていた兄のアンヘルさん(56)を探して、市内の病院を回った末に登録所へたどり着いたアレックス・ペーニャさん(38)

「妊娠4か月だったんだ。自宅で連絡を待っている夫も、(ニューヨーク州北部の)シラキュースからここへ向かっている両親も、子供が生まれることを楽しみにしていた。どうか無事に帰ってきて欲しい」

〜南側タワー98階の不動産会社に勤務していためいのバネッサ・ラージャーさん(29)の安否を周囲に尋ねながら受け付けを待つニック・デラロッカさん(51)

「昨日の朝、いつもと同じように娘を送り出したのに……」

〜娘のアンジェラ・ロサリオさん(27)らを探し続けているが、今も安否がわからず放心した表情で通りに腰を下ろしていた、エディス・クルーズさん(55)
ロサリオさんとともに、発生当時、南側タワー102階にいた同僚のモニーク・デへシースさん(27)は発生直後に母親へ電話し、「すごい煙でどうしようもない。ママ、愛しているわ」と言い残したという

「この病院で手当てを受けていることを期待したのですが」
「テレビでビルの倒壊を見たけれど、あまりに唐突な出来事で、すぐには息子の命が危険にさらされていることに思いが至らなかった。やがて事態がのみ込め、動転しました」
「シーンには愛する1歳の子供がいます。負傷者リストに名前を見つけるまで、すべての病院を訪ねます」

〜第1ビル(北タワー)の104階で勤務中に被災し行方不明になっている夫シーンさん(28)の写真を手にして世界貿易センタービルから約3キロ離れたベルビュー病院を訪れたジャクリーン・ダビットさん(57)とジェニファー・ボウマンさん(25)の母娘

「黙って待ってはいられない。必ず生きていると信じています」

〜義兄の消息を訪ね歩いていたカルロス・ガルシアさん(34)

「情報が入ってこない」
「睡眠薬をのんでやっと少し寝られた」
「孝志の妻の信子が心労でダウン寸前だと聞いた。家族が一カ所に集まれば安心で心強い」

〜富士銀行米州経営管理部長、槙本孝志さん(49)の父(75)

「今はお話しすることはありませんので」

〜富士銀行上席調査役、恩田俊浩さん(39)の父親らしい男性

「昨夜は一睡もできなかった。体は不自由になっても、生きてさえいてくれれば…」

〜富士銀行米州経営管理部調査役、川内英哉さん(36)の父親の義照さん(71)


「われわれは、今はアドレナリンだけで動いている状態だ。瓦礫の下から生存者を助け出したいという思いが原動力になっているのだ」
「学校から帰って、ママやパパがもういないと知ることになるかもしれない子どもたちみんなのことをずっと考えている」

〜レスキュー隊員フレッド・ファーデル氏

「昨日、第一報が入ったとき、大変なことだとは思っていた。しかし、これほどの惨事になるとは思わなかった。これほど多くの人々が数時間のうちに死んでしまうなんて、本当に思わなかった」

〜12日午前に現場にいた警察官

「ビルが崩壊するなんてまったく考えていなかった」「ビルが崩壊したとき、何百人もの同僚が、ビルの下や中で救助活動をしていた。衝突直後に、負傷者や、自力で降りられなくなっていた人たちを助けようとしていたのだ」

〜とある消防士

「このツインタワーが墓場になってしまったなんて」

〜パトロール警官のパット・マギー氏

「軍は全軍人に連絡を取り、退役した者でも医療技術を持つ人は出勤するよう要請した。ビルの崩壊で、ニューヨークの警察官、医療従事者、消防士が何百人も死亡したという連絡がきた」
(車のエンジンから取り外したようなゴムホースの切れ端や、血のように見えるものが付いた長い布を指さし)「今日、止血帯として使ったものだ」「負傷者を助けるために、目に付いたものはなんでも使った」

〜休暇でニューヨークを訪れていた元海軍特殊部隊員のジョン・マクファランスさん

「あなたはこの事件を報道したいだけなんですか? それとも隣人を助けたいですか? 人がどうやって死んでいくかという記事をただ書くのではなく、人の命を助けたいのなら、今すぐ献血してください」

ある記者を叱りつけていたベルビュー病院の看護婦


「我々は迫害されている」

〜全米規模の人権団体ムスリム公共委員会

「今回の悲劇で私たちは他の米国民と同じ立場だ。しかし、(イスラム教徒に対する暴行事件により)新たな悲劇が生まれている」
「テロはアラーにもそむく行為だ」

〜ロサンゼルスで発行する全米イスラム教徒の雑誌「ミナレット」の編集長アズラム・アブドゥラ氏

「民族や宗教を理由にだれもスケープゴートにしてはならない」

〜飛行機をハイジャックされたアメリカン航空のドン・カーティ代表

「人類史上における暗黒の日」として犠牲者に哀悼の意を表明。一方で、「憎しみと暴力の連鎖」を断つため、報復行動を控える「勇気」を持つよう米国に求めた
「恐ろしい非人間的なテロに衝撃を受けている」

〜ローマ法王ヨハネ・パウロ2世

「哀悼の意を米国民と米大統領に伝えたい。我々は衝撃を受けており、このような行動は絶対に非難する。信じられない」

〜パレスチナ自治政府のアラファト議長

世界中のイスラム教徒を代表して米国政府と米国国民に弔意を表した。そのうえで、イスラムは人の尊厳を重んじており、このような残酷で言語道断な行為を禁じている

〜イスラム諸国会議機構(OIC)のベルカジズ事務局長

状況は悲劇的であり、北朝鮮はあらゆるテロに反対する、との公式見解

〜朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)


「米国が世界中でしてきたことに対する厳しい報い」
「米国は原爆で日本を焦土としたのを手始めに、ベトナム、イラクで人々を殺し、パレスチナで同様の犯罪行為に手を染めた」
「テロで死亡した人々の魂は天に昇った後、神に対し米国の抑圧政策への不平を伝えるがよい」

〜イラクのフセイン大統領

「世紀の作戦」
「米国のカウボーイは人道に対する罪の報いを受けた」
「大爆発は米国の政治家の横面をひっぱたいた」
「米国の力の中心の崩壊は米国の政策の崩壊だ」

〜イラク国営放送

「米国の痛みはイスラムの幸せだ。米政府が、パレスチナやカシミール問題でイスラム教徒に敵対的な政策を続ける限り、米国に安らぎはない」

〜ウサマ氏と密接な関係を持つパキスタンの原理主義指導者、サミュル・ハク氏

「まず犠牲者に哀悼を捧げたい」と述べた上で「イスラムと敵対し続ける米国はあまりに巨大で、直接戦争をすることは出来ない。テロは弱者にとって唯一の武器だ。米国の力と富の象徴である世界貿易センタービルの崩壊をテレビで見て、内心、溜飲を下げた」

〜パキスタン人のある新聞記者

西岸のまちの多くでは、うっ屈していた「反米感情」を爆発させた人々が通りに飛び出した。ナブルスでは、テロ発生の一報直後、千人を超える人々が通りに繰り出した。「神は偉大なり」と叫びながら行進し、ふだんはお祝いごとで振る舞われるキャンデーを配る人もいた。銃を空に向けて放ち、Vサインを示す若者たちの姿もあった。

〜パレスチナ自治区


ブッシュ大統領が11日午後8時半(本時間12日午前9時半)すぎ、全国民に向けてホワイトハウスから行った演説の全文訳(0912:asahi.com)


 きょう、我々の同胞、我々の生活様式、自由そのものが、一連の意図的で殺人的なテロ行為によって脅かされた。飛行機の中やオフィスで犠牲となったのは、秘書、ビジネスマン、ビジネスウーマン、軍や連邦政府の職員……、ごくふつうの父や母、友人、隣人だ。何千という命が、この邪悪で唾棄(だき)すべきテロ行為の犠牲となった。

 飛行機がビルに飛び込む光景や、燃える炎、巨大な構造物が崩壊する様は、我々の心を、信じられない思いや恐るべき悲しみ、そして静かだが決してやむことのない怒りの念で満たした。

 これは我々の国家を混乱と恐怖に陥らせ、退かせようという狙いによる大量殺人だが、彼らはすでに失敗している。我々の国は強い。我々の偉大な国民は、偉大な国を守るため動き始めている。テロ行為は我が国で最も大きいビルの土台を揺らがすことはできても、アメリカの土台に手を触れることすらできない。鉄骨を砕くことはできても、米国の決意を骨抜きにすることはできない。

 アメリカが標的となったのは我々が世界における自由と機会を示す最も明るい指針だからだ。その明かりを消すことは誰にもできない。

 きょうわが国は、人間の性質の最悪の部分、邪悪さを目にした。だが、それに対したのは、救急隊員たちの勇敢さ、見ず知らずの人々や隣人のために献血などできることは何かないか申し出て来る人々の優しさという、米国の最良の部分だ。

 最初の攻撃の直後、私は我が政府の緊急対応計画を発動させた。我々の軍は強く、即応できる。我々の緊急対応チームはニューヨーク市とワシントンで、地元の救援活動を助けるために活動している。我々の優先事項はまず負傷者を助け、世界中の米国民をこれ以上の攻撃から守るため、あらゆる予防措置を取ることだ。

 我が政府の機能は遅滞なく動いている。ワシントンで退避しなければならなかった連邦政府諸機関は、今夜、必要人員だけで再開し、明日は通常通りに業務を行う。我々の金融機構は強くあり続けており、米国経済もビジネスを再開する。

 この邪悪な行為の背後にいる者たちの捜索は進んでいる。私は情報、司法当局に対して、責任ある者を発見し、裁きを受けさせるため全力を挙げるよう指示した。我々はこれらの行為を犯したテロリストたちと、彼らをかくまう勢力を区別はしない。

 私と共に、これらの攻撃を強く非難する輪に加わっていただいた連邦議会議員各位に感謝する。哀悼の意を表し援助を申し出て下さった世界の多くの指導者の皆さんにも感謝する。米国とその友邦、同盟国は、世界の平和と安定を求めるすべての勢力と一緒になり、テロリズムに対する戦いに勝つために立ち上がる。

 悲しみに泣いているすべての人々、世界をうち砕かれてしまった子供たち、安全の概念が脅かされてしまったすべての人々のため、あなたたちも祈ってほしい。

 これらの人々が我々のだれよりも大いなる力によって慰められるよう、私は祈る。聖書詩編23編の「死の陰の谷を行くときも、わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる」という言葉にあらわされるように。

 きょうは、あらゆる層の米国人が、正義と平和実現のための決意の名の下に団結する日だ。米国はこれまでも敵に立ち向かってきたし、今回もそうする。我々はこの日を二度と忘れはしない。それでも我々は前進し、自由と世界中の善と正義を守るのだ。

 ありがとう。おやすみなさい。


 神よアメリカに祝福を。