クロフネは帰途に就いた。
もはや監視は要らないので、みな比較的暖かい船底中央部にいる。
航行に関することは琴羽一人に負担が集まってしまうのがすまないと思う。
でも、琴羽は琴羽で配下の低級AIたちに仕事を割り振っているので、負担は少ないんだと。
本人はモフモフのナマズをご機嫌に撫でているだけなんだとか。
ディエゴはさっきからむっつり黙りこんでいる。
ようやく真価を発揮した毒矢『ショットグラス』。
ガラス職人の技術の粋を尽くした水滴型の液室は、着弾時に錬鉄の鏃が変形して食い込み、パリンと割れるように設計されている。
傷口深くに注入されたサラサラの毒液は、あっという間に魔狼の体内に染み込み、神経を冒していくのだ。
その毒の杯は、たった一杯で森の王者を死の酩酊に誘っただけではなく、どうやらディエゴにまで悪酔いのような心持ちを提供してしまったらしい。
対照的にティリスは機嫌がいい。
魔狼退治のハードルが激減したと実感しているのだ。
これで空船さえあれば普通の兵士たちにも出撃してもらえるようになる、と彼女は信じているし、胸のつかえが取れたように心が軽くなったと見える。
空船が近寄っても初撃を浴びるまで魔狼はあまり動かず、敵意も見せない。
だから1発目と2発目以降では難易度が違うのだ。
その上『ショットグラス』を開発した立役者が旧友のルファだという事実が、ティリスにとっては何よりも嬉しかったらしい。
ドヴァール人たちにとっても、外人にばかり活躍されている今の情勢はつまらないだろう。
そこに形勢を変える秘密兵器を作った一人として、下町のアイドルが名を連ねるのだ。
あのちょっと気弱なところもある娘は戸惑うかもしれないが、日本と違って妙な思想が蔓延していないここなら、皆温かく迎えるに違いない。
あんな気立てのいい子が嫌われるはずがないと思うし。
……って俺、意外とドヴァールの国民性を評価してるのかな。
アスピアは俺さえ機嫌よければニコニコしているから言うに及ばず。
そして――ルーゼス少年は戸惑っているようだった。
彼はかすかな怒りを伴った口調で俺に尋ねてきた。
『……アクト、あの毒矢、これからどうするんです?』
「量産する。値段が高ければ、もっと安くなるように改良する」
『なるほど、魔狼の命も、魔狼戦の値段も安くするわけですね。……じゃ、我々剣士はもはや道化ですか? 己の命運と名誉を背負って、魔狼と白兵戦を行うのは無意味になったと?』
「俺は何も言っていない。お前が勝手にそう感じたのなら、そうかもな」
『あなたは……! 剣士の誇り高き戦いを、名誉を何だと思っているのですか!? あなただって剣の尊さを知っているでしょうに! あなたほどの人が、剣技の安売りを許すのですか!?』
そっけなく言い放つ俺に、激昂するルーゼス。
やれやれ、若いのに頭が固いヤツだ。
もともと白兵戦を希望したのは彼らだし、ティリスとアスピアの活躍で毒矢に将来性があることは薄々感じていただろうに。
とはいえ、『ショットグラス』は重量と空力と値段の難しいバランスを、22世紀の開発ツールのおかげでようやく達成させたものだ。実は設計要件が非常に厳しかった。
麻酔銃などカンタンなアイデアでしかないが、この世界には今まで存在しなかったし、彼らがこのきわどいバランスの品を今後も独力で開発できるとは思えない。
彼ら前衛の戦士は、まさに大事な仕事場を奪われるような心境らしい。
貴重な技能職はいずれ安価な機械的手段に取って代わられる。
かつて多くの職人たちがそうだったように。
この世界では、国家間の戦争でクロスボウの使用禁止が最初に確認されるのも普通なのだという。地球の中世ヨーロッパと同様に。
熟練した騎士を素人がカンタンに殺せるクロスボウは卑怯、非人道的だと言うのだ。
騎士が支配階級だから、戦争もまた騎士尊重、半ばスポーツと化している。
だから騎士たちは死ににくく、負けても捕虜として身代金を支払えば帰ることができる。一方、その下で使われる兵士たちはカンタンに殺され、あるいは奴隷として売りさばかれる。
そんな貴族社会で育っているから、ルーゼスの認識もそれに近い。
そういう社会の常識をこの魔狼との戦いに持ち込まれては、ドヴァールも迷惑だろうに。
とはいえ、剣士たちの役どころを潰すことにどこか後ろめたさを感じているのも確かだ。
俺だってこれでも剣士の端くれだから、気持ちはわかる。
カンタンに魔狼を殺せるとなれば、今までディエゴたちを誉めそやしていた町人たちが、とたんに掌を返さないとも限らない。
なんだ、魔狼など別に強くないじゃないか、と。大衆は無責任だ。
そのとき。ディエゴがふぅっと息を一つついた。
『もうよい、ルーゼス』
『で、でも、師匠!』
『アクト殿があの矢を普及させれば、人々は救われるのだ。これほどの英雄的行為があろうか』
『英雄? 英雄とは人々の先頭に立って戦う人のことです!』
『そうだ。そしてアクト殿たちお三方は、別の戦場で人知れず先頭に立ち、戦いを続けていたのだ。農民にも町人にも、戦のない人生など存在せぬ。お前は世間知らずに過ぎる』
『し、師匠~……』
情けなさそうな顔のルーゼスを放って、ディエゴは俺の方に微笑んでくれた。
染み入るようなあったかい笑みで、俺のどこか後ろめたい感情を消そうとしてくれる。
『アクト殿、真にあっぱれな戦い振りであった。このディエゴ、心より感服つかまつったぞ』
「ディエゴ……」
彼の胸中を思うと、少しだけ泣きそうになってしまった。
「……愚痴ったっていいよ」
『異議などない。元より我らは無理を言って魔狼と稽古をさせて貰っていただけのこと。……だから別に道化でもよい、今後とも魔狼と戦わせてはくれまいか? やつらと戦っているとき、この血は熱くたぎり、拙者は生きていることを実感できるのだ。その矢があれば、我らが負けてもすぐに魔狼を退治できるであろう。な?』
相変わらずやる気のディエゴ。
名誉欲は二の次、たとえ闘牛のように社会的意義のない娯楽となろうが、戦えさえすれば別にそれでいいらしい。
「……ディエゴらしいな」
ようやく少し笑みを見せると、ディエゴもニカッと笑ってくれた。
唇をとがらせたルーゼスも、師匠に従って不精不精頷く。
『うー……。師匠がそれでよいなら、まあいいですけどー……』
「な、ルーゼス。――これからの十年が、今までの十年と同じように進むと決め付けるなよ」
『まるで予言のようなことを言いますね、アクト』
「別に。ただの一般論だ。……それに俺だって、当たらないことを祈ってるさ」
*
夜。
我が家で温泉に肩まで浸かると、俺は深く息を吐いた。
「ふぃぃぃぃぃ~……」
パイプの取り回しにより絶妙な温度に調節された湯が、しんみりと体の芯まで浸透していくようだった。
あ~、たまんねー。極楽にもほどがある。
露天風呂なので覗かれぬよう、目隠しには気をつけている。
周囲には塀や草木があるし、家の前にある城塞の廃墟の石垣から石をいくつか失敬している。
文化遺産保護的にはどうかと思うけど。
あ、いちおう地主さんからちゃんと買ってるからね、この石。
ここの借家のオーナーでもあるから、喜んで安く売ってくれたんだ。温泉のおかげで資産価値も上がるからな。
だからこの風呂は立派な石を組み合わせて形づくられていて、風情も申し分ない。
少し離れた庭木の間を、青い光の群れが泳ぐ。
この地にきて初めて見たときは何事かと思ったが、琴羽いわくランプアイというメダカらしい。
地球ではせいぜい4センチに満たないほどだが、虚空を泳ぐ100匹ほどのランプアイは、みな体長30センチほどもあった。
ケータイが朧に浮かべた光を、彼らは目の上にあるスポットでぼうっと反射しつつ、整然と泳ぐ。
青い光が音もなくゆらゆらと彷徨う姿は、心もとなくも幻想的だ。まるで湖の底にでも迷い込んだような気分になる。
しばらくの間、我を忘れてその姿を眺めていた。
うーん、日本のままならない生活を思い出すと、ここで暮らすのも悪くないなぁ。
もしここが仮想世界でないとすると、じーちゃんたちを招いてのんびり暮らすことはできるだろうか。
日本の家に残してきた家族は、じーちゃんと剣術指南のAIであるサナ、それに――ひょんなことから御厨家の飼い犬となったフィリオだ。
飼い犬といっても、なぜか日本語喋れる上に現在の見た目はなぜか人間の金髪少女だ。
でも最初に冥界で出会ったときは間違いなく柴犬だったし、中身も発想がやっぱ犬っぽいから犬だ。うん。
こっちの姉妹と合わせれば大中小の犬娘? あ、何のサイズかというと……げふん。
フィリオのやつ、家で寂しいって泣いてないかな。そう考えるとこっちが泣けてくる。
ごめんよ、いきなりご主人サマが消えて。
などと物思いに
耽っていたときだった。
『アクトさま』
へっ?
振り向くと、――そこにはタオルを体に巻いた、艶かしい姿のアスピアがっ。
豊満な胸を隠しきれず、柔らかなタオルの布地はこんもりと大きく盛り上がっている。
そしてその下には美しい脚線美のおみ足がすらりと伸びていた。
その銀髪となめらかな肌は遠慮がちに月の光を纏い、あたかも月の女神が降臨したのかと思うような艶やかさを見せていた。
「えっ……」
ぽかーん。
「……え、ええ!?」
『あの……先輩に言われてお背中流しに来ました。あのっ、せっ精一杯尽くしますので、よろしくお願いしますっ!』
ぺこりと頭を下げると、
――アスピアは俺のすぐ隣に、そおっと入ってきた。ぽちゃん。
こ、琴羽さぁんっ!? なになに? どゆこと? 俺にアスピアを襲えとでも?
静寂。
……ええっと。
彼女は緊張しているらしい。
少し俯きつつも、その頬を染めているのがやけに色っぽい。
その下には張りのある若い肌が水を弾き、大きく育った胸とは対照的に華奢な鎖骨のくぼみが何だかとても女の子らしくて可憐で、ええっと……。
『あ、あの……アクトさまに見られると、今日は何だかとても緊張してしまって……』
「あ……ご、ごめっ!」
『い、いえっ! ……恥ずかしいけど、べっ、べつに、イヤでは、ないです……』
そっ……それって、見てもいいってことっスか?
んなこと言われたら凝視しちゃうよ? ガン見するよ?
男子高校生の性欲を甘く見るなよ?
などと思いつつもすっかりドギマギしてしまい、もはやとても見れる心理状況じゃないわけで。
またしばらくの間、二人とも沈黙。
かすかな虫の音や、風で草が擦れるサラサラとした音が余計に気まずい。
そしてためらいがちに触れたり離れたりする、二人の肩。
その肌の感触がなんとも滑らかで瑞々(みずみず)しくて生き生きしてて柔らかで……。
あああ、あうあう。あうあう。
おそいたい。おそいたい。
これまでずっとガマンしてきたけど、もうげんかいです。
このコ、いろっぽすぎます。かわいすぎます。からだがえっちすぎます。
いっかげつはんもガマンしたのは、ぎゃくこうかでした。
いちどゆめのなかでうっかりだしてしまったけど、それだけじゃとてもたりません。
『あのっ……』
「ひゃい」
『や、やっぱり、私なんかじゃ女の子として魅力足りませんか……?』
「ひゃ?」
気がつけば、彼女は泣きそうな顔をしている。
「ソンナコトハアリマセン。イマダッテ、ドウヤッテオソオウカト、カンガエテイマス」
『ほ、本当ですか』
「タシカデス」
その答えにプルプル震えているアスピアちゃん。
――あ、つい正直に自白しちゃった。
……って、ヤバい、ヤバイヤバイ! 怯えてる!? 嫌われちゃった!? 家庭崩壊か!
『……アクトさまぁっ!』
「へ」
泣きながら嬉しそうに俺の首へと抱きつくアスピア。
彼女の小さな顔が迫ってきて、――俺の頬と言わず鼻と言わず、いろんなとこに、ぴちょん、と小さな唇を押し付けていく。
むおおお、キスされてるキスされてるされまくってるよぅ!
かわいらしいキスの雨は、プルンとしてソフトタッチでうるおっててええっと……言葉になりまへん。しかもその微かな息遣いの愛らしさときたら、もう……
『んーっ、ちゅっ……むぅ、んっ……。えへへ……、嬉しいです、私……。アクトさまの奴隷として、情婦として、尽くしてあげられないのかなって……ずっと、寂しかったです……』
「じょ、じょうふ!?」
『はいっ。だって、アクトさまの所有物ですもん……。心からお慕いしております、ご主人様』
「あいっ」
細い指で涙を拭いながら、子供のように素直なアスピア。
って、よく見るといつの間にか俺に跨っている状態で、甘えるように女の子座りというか、騎乗……げふ。
そのしなやかな体の重みが心地よく、俺に対して無防備に甘えるアスピアは無防備で……って無防備だからか。てあああもう何を言っているんだ俺は! とうとう言語中枢が死んできた!?
目の前にはとろんとした目のアスピアが色っぽい表情を見せていて、そのすぐ下には大きな素晴らしいボリュームのおっぱいが――って薄いタオルが張り付いて、透けて見えてるっ!?
「あっああああすぴあ? たったおるっ、たおるっ」
『え……? あ、ご、ごめんなさいっ!』
俺の言葉にハッとしたアスピアは、すまなそうに慌ててタオルを取り――って、取るのっ?
恥ずかしそうな顔の美少女は、俺の上に跨ったまま両手で胸元を隠す。ふにゃりと柔軟に形を変え、その触感を俺に想像させることを強要してくる、たわわに実った双丘。
ほわー。
『ごめんなさい……。アクトさまの前では「じゃぱにーず・まなー」としてタオルをとらないといけないって、先輩からちゃんと聞いていたのに――』
「ぴっ」
『そういえば、「恥ずかしがってもいいから、主にはありのままを見せてあげるのが礼儀だよ……」とも教わりました』
「ぴっ」
『あ、あの……私、変じゃ、ないですか……?』
「ぴっ」
『そ、そうですか、よかった……。ふふ、アクトさま、なんか素直でかわいいです……』
どこか妖しく色づいたアスピアは、俺の頬を両手でふんわりと挟みこむ。
彼女は愛しげに何度も何度も俺の頬をやわやわと撫でている。
そのさまはちょっとだけお姉さんらしく、包み込むような無限の情愛を惜しげもなく感じさせてくれた。
そして――ちょっとはにかみながらも、改まった様子で小作りな可愛い顔を近づけてきて、ちゅっ、と俺の唇へキス。
わずかに離れ、再びアスピアはうっとりとした顔で唇を重ねてくる。
とても優しく、だが愛情を隠し切れずに溢れ出させるかのように。
それから、彼女の舌がためらいがちに俺の唇を開き、中へ入ってくる。
俺の舌はそんな彼女を無意識に出迎え、抱きしめる。
「んっ……ぁう……ちゅくっ……ぇるっ……んんっ……」
アスピアは慣れない様子ながらも、一生懸命舌を絡ませてくる。俺に全てを捧げて尽くすような面持ちで、口内の愛撫を続ける。ねっとりと、深く絡みあって愛を育んでいく。
俺は男なら女の子をリードするべきと思っていたけど、女の子の好きなように任せるというのも何だか心地よいことを知った。奉仕されるのってこんな気分なんだ。
そして、彼女の両手が空いたとなると、もちろんおっぱいはもう何者にも隠されないわけで。
躍動していた。弾んでいた。
形を崩さないギリギリの大きさで、その暴力的なまでに芸術的かつ蠱惑的な肉の塊は、重力に抗い、ふよんふよんと震えていた。
それは左右がぴちょん、ふにょんって思い思いに動いて、筆のように俺の胸元を何度も何度も撫でていく。
それが刺激的なのか、アスピアがときどきピクッと震えたり、「ぅんっ……」と小さく声を漏らすのがいとおしい。
あ、ちなみに途中から実況してるの、視覚神経だから。
言語中枢さんはお亡くなりになられました。
で、でも、まだだ! たかがメインCPUをやられただけだ!
……と、そんなわけで、その晩はとうとう行くとこまで行ってしまったのだった。