「芙蓉千里」作者の須賀しのぶさんはデマッター?カフェをクビになった男の娘は本当にいたのか

ここまでひどい案件はひさびさな気がします。きっかけはこのツイートです。

別に須賀しのぶさんというライトノベル作家さん(おそらく)はもともと知らなかったんですが、このツイートに対するファンとおぼしき人からの「それは誰の日記なの?」って質問に答えてないのが残念だなあと思ってこんなツイートをしました。

でも、須賀しのぶさんはこうおっしゃってます。

私も気になったのであれこれググってみたのですが見つからず。なので直接聞いてみました。

永井荷風らしいです。ヒントをもらったのでまた調べてみたのですが見つからないので、御礼を兼ねて聞いてみました。

んで、お返事。

えっ、こっちは出典を聞いているだけなのにツイッターでは教えられないほどクソ長いタイトルなのでしょうか?

それで、その後のやりとり。時系列はちょっといいかげんかもしれません。すみません。

なんでかたくなに出典を教えないんすかね、この人。永井荷風の出生に関わる秘伝とかなんでしょうか。いや、誰でも調べればわかるっつってるんでそうじゃないみたいですけど。

そしてエアリプライっぽいこれ。

そんなわけで、この作家さんの本は一生買うことはないんだろうな、と思った次第。何なんだこれは。

つーか、本の巻末にも参考資料は明示するものだけど、そういう感覚が根本からないのかなあ。一応プロの作家さんらしいのに実に不思議です。

っつうか、たぶん元ツイートも創作ないしは妄想でしょ。出典が示されるまではそう理解せざるを得ないよ、これは。

きっとこの“プロ”の作家さんは自分の本が引用元の明記なしに盗用されても気にしないんでしょうね、たぶん。


(同日追記)
ブコメで指摘を頂いたので、私のエアリプライも追記します。某作家さんと違って、私は可能な限り根拠も示せばごまかしもしないつもりですが、そのように思われたのなら陳謝します。


(2013/4/7追記・改題)
やっと書名を明らかにしていただきました。

永井荷風「断腸亭日乗」ですね。全文を掲載しているサイトが2つあったので両方確認しました。(2013/4/7追記訂正:全文ではなく、ごく一部のようです。原著はあまり流通してないようなので、これから図書館を当たります)

摘々録 断腸亭日乗(世界の古典つまみ食い)
永井荷風の作品リスト(青空文庫)

結論から言うと、「昨今の軍国主義をさらりと嘆いた直後に、行きつけのカフェーの女給が男だと判明して逮捕されてもう世の中なに信じていいかワカンネとガチ泣きの勢いで書いて」いる箇所は見つけられませんでした。

いまのところ確認できた情報では、どうも元ツイートは創作の疑いが濃厚です。思いつきで書いたら意外なほど拡散してしまい、引っ込みがつかなくなっちゃったんだろうと想像します。「すみません、ネタでした」って早めに認めちゃえば嘘を塗り重ねずに済んだのに。私もよくわかりにくいネタをつぶやくので、他山の石としようと思います。

「よかった!戦前に女装が判明して逮捕された男の娘はいなかったんや!」

これでめでたしめでたし、とはならなかったのが切ないところ。Twitterでこんな情報をいただきました。

明治時代の有名女装者、荒木繁子 (1910年代)(女装家 Mitsuhashi Junko)
女給志望の女装者 (1830年代※)(女装家 Mitsuhashi Junko)
※おそらく誤記で正しくは1930年代

12月4日の『読売新聞』には、「ネオンの灯影に彼氏の女給ぶり」「願ひかなった女装の男性」という見出しとともに、日本橋茅場町のカフェーで男性客にお酌をする艶姿が掲載されています。
(中略)
ところが、就職の喜びもつかの間、警視庁からの「男の女給はまかりならん」という無粋なお達しで、実働わずか2日で彼女は失職してしまいます。理由は「善良な風俗を害し、大衆の猟奇心をそそる」というものでした。

永井荷風の日記ではありませんが、こういう事件はあった模様。

変わったことをやるとお上が余計な水を差すあたり、日本のお役所っていつの時代もゆがみないなと感心しました。


(2013/4/7追記)
町田市の中央図書館で原著に当たってきました。

読んだのは「新版 荷風全集 〈全30巻〉/岩波書店(1992 – 95年)」の21巻から24巻まで。断腸亭日乗は21巻から26巻までに収録されているのですが、太平洋戦争渦中の昭和17年以降となるため25巻以降は確認しておりません。開戦の数年前から物資統制や規制強化などがあったようで、カフェに関する記述がどんどん少なくなっていたので、17年以降をチェックしても実りはないだろうと判断しました。

で、結論は「女装の女給に触れている箇所は見つけられなかった」です。

なにぶん量が多いので、全編精読はできていません。ざっと目を通し、政治・軍部批判やカッフェーに触れている箇所はじっくり読むという感じでしたので、読み落としの可能性は否定しませんが。

「記載がない」ことを証明するには、証明する相手にも全巻を読んで確認していただくしかありませんので、須賀しのぶさんには「記載がある」という証明をお願いしたいところ。どの本の何ページに載っているか教えてくださればいいだけなのですが。人を嘲弄するツイートに費やす時間をそちらに割いていただきたかった。

途中までですが、せっかく読んだので感想も添えておきますと、昭和10年代がけっこう面白いです。徐々に物資が窮乏していく様子が生々しくわかり、対米戦争という無謀な賭けに向かって追い詰められていった当時の世相がよくわかります。

あと、ときどき下手ウマ?な永井荷風直筆らしきイラストが入っているのが和みます。


(2013/4/7追記)
真相がやっとわかりました。須賀しのぶさんご本人から訂正と出典の明示をいただけました。

該当の箇所を引用しておきます。写メからの文字起こしのため、誤字がありましたら申し訳ありません。あと、ピンボケで読めないところは■にし、旧字体は現代かな遣いに直しています。

八月十七日。晴。法師蝉始て鳴く。夜銀座に■す。帰途芝兼房町の巡査派出所に人多く佇立むを見て、何事ならむと立ち寄り、様子をきくに、女子に化けたる男この辺のカフェーに女給となりて住込みいたる事露見し、派出所より愛宕町の警察署に引かれ行くところなり。今の世の中はますますわけの分らぬ世の中とはなれり。

というわけで、須賀しのぶさんの該当のツイートは記憶違いによる錯誤を含んだものだったようです。

「デマッター」呼ばわりはさすがに行き過ぎておりましたので、ここに謹んでお詫びと訂正を申し上げます。

あと、カフェをクビになった男の娘は昭和7年にも実在したようです。


「芙蓉千里」作者の須賀しのぶさんはデマッター?カフェをクビになった男の娘は本当にいたのか” への4件のコメント

  1. はじめまして。
    自分も件のツイートの出典に興味を持ち調べていたところ、こちらに行き着きました。

    全文掲載として提示されている2つのリンク先を確認いたしましたが、どちらにも「断腸亭日乗」の一部しか載っていないように思えます。
    失礼ながらツイートも遡らせていただきましたが、他の方からの「Web上には全文掲載されたページはないようだ」という指摘に対し、「自分も原著を当たってみる」とお答えになっていたのを拝見しました。
    私はまだ原著を当たってはいないのですが、創作の可能性が高いと判断なさった理由はリンク先のサイトに該当の記述が見当たらないためでしょうか?
    それとも原著を当たり、その中にも該当の記述がなかったということですか?
    もしも前者であれば検証としてはあまりに不充分なのではないかと感じコメントした次第ですが、この点についてはいかがお考えでしょうか。

    • はじめまして、御指摘ありがとうございます。
      ご指摘のとおり、「全文」は誤りでした。お詫びして訂正いたします。

      > 創作の可能性が高いと判断なさった理由
      やり取り、対応姿勢からもそう感じております。

      原著は当たっておりませんので、これから図書館に行って調べてみます。
      普通、出典元の頁数の提示は発信者側がやるべきなんですけどね;

      分厚い本の名前を出せば諦めるだろ、的な意図が感じられなくもなあというのが現時点での感想です。

  2. いつも楽しみにしているゆかしたんネタが一部ブロガーの所為で、これ以上の擁護が厳しい中、ご苦労様です。

    私もハッタリかますときは気をつけようっと、インターネッツはコエーな〜(^O^)/

    • すみません、ゆかしたん方面でもネタがあればよいのですが、また何か新しい動きがないと材料不足で;

      この作家さんではないのですが、「ツイッターの発言に証明責任はない」という超理論を披露してくださる方もいらして、たいへん勉強になった一件でした。