BRAIN DANCE
中編
さっきから縛られた縛られたと言ってるが、ナニで、どう縛られているのか、間抜けなことに分からない。
後ろから、つと手首を掴まれたと思ったら「あ」という間もなくガッチリ手首が固まっていたのだ。
さっきの放置で何だかぼんやりしている俺を、八戒は仰向けにベッドに押しつけた。
「いっ…」
自分の体の下で骨が軋む。
「何か?」
俺の手首にゆっくり二人分の体重をかけながら、八戒はその陶器のようなキレイな顔で婉然と微笑う。
こいつの機嫌を損ねて体を離されることに比べたら、これくらいの痛みなんか軽い。
にしても何でこんなに手際がいいんだ。さっきの速攻縛りは、どう考えても「練習した」としか思えない。俺はネクタイの結び方を覚える時に椅子の脚で練習したけど。
俺の縛り方を、この涼しい面した男が事前に「練習した」かと思うと何だか…
「いだだだだだっ!」
「余裕ありますねぇ悟浄。考え事ですか」
骨が割れるかと思うほど凄まじい力で両肩に指が食い込んだ。
「…ごめん」
どう考えても俺は悪くないのだが、もうそういう問題じゃない。八戒は俺から視線を外して軽く溜息をついた。その溜息がまた恐ろしい。やっと俺に向いてくれた視線が宙を泳ぐのが、たまらなく怖い。
「貴方の好きなこと、してあげてるつもりなんですけどねえ…」
「…はい」
「じゃあ、ちゃんとどうして欲しいか言ってください。口で」
「………え…?えーと」
「やめてもいいんですよ?僕には一銭の得にもならないんですから」
頭のどこかはまだ冷静で、「何様だてめえ」とか「酷ぇ男」とか色々抗議は浮かんだが、ほんの一瞬で立ち消えた。もう恥も外聞もない。こいつにあっさりベッドを降りられたら、またさっきみたいに放り出されたら耐えられない。
「頼むから」
「頼むから?」
「…触ってて」
言い終わった途端、かっと顔が熱くなった。さ…さわっててって俺。
その時の八戒の表情なんか死んでも見たくなかったので慌てて俯いたが、このサド野郎が我が意を得たりとばかりにくすりと嗤ったのはしっかり聞こえた。恥ずかしいわ、視線が俺に戻ったのが嬉しいわでもう何が何だか。
「いいですよ」
八戒は俺の上半身を引き起こして正面に座ると、ぎゅうっと俺を抱きしめた。
突き放したと思ったら、これでもかと言わんばかりの優しい扱い。好き放題振り回されて、もう、俺はこいつのおもちゃだ。
「手首、痛くないですか?」
吐息が耳朶を嬲ってくる。
「…痛いは痛いけど、いい、この方が」
俺がうっかり抵抗したり、余計な事口走ってこいつを怒らせないように、上から下まできっちり縛り上げて口まで塞いでくれた方が気が楽だ。さすがにそこまで言う度胸はなかったが。
「痛い方がいいんですか?やっぱり貴方って」
語尾はくすくす笑いで消えていった。なんだ、どっちにしろ恥かかされるんなら言えば良かった。
八戒の唇が耳から首筋へ滑り落ちてくる。密着もしない、完全に離れもしない、お互いの体温や息だけがかろうじて伝わるもどかしい距離が余計に背筋をゾク ゾクさせる。いつ不意に見捨てられるかと思うと、緊張と気持ちいいので、いつもと比べものにならないくらい息があがる。肝心なところは掠めもしない。
「八戒…」
「何です?」
「もっとちゃんとくっついてくんない?」
これも縛られたまま口にするにはいい加減恥ずかしいセリフだが。
「して欲しいことは口できちんと具体的に言ってくださいって、何度言わせるんです」
「…だから」
「だから?」
人を虐めて楽しいか。楽しいんだろうな。
「……その」
「はい?」
ああ、もう。
「…物足りない、んだって」
「そうですか?」
また嗤う。憎たらしくて、両腕が自由だったら殴りたいような、お返しにむちゃくちゃにすがりついて掻き抱いてしまいたいような。
「でも息あがってますよ。何だかよさそうですねぇ、触ってないのに」
何の前触れもなく、いきなり前を撫で上げられた。
「…っあ!」
「お手軽な体で羨ましい」
一瞬だったのに、背中から頭のてっぺんまで快感が突き抜けた衝撃で体が跳ねた。
もう…もう視界が…グラグラ…多分涙目になってる、俺。
「はっ…かい」
心臓が痛いほど打ってて声出すのが辛い。
「何だかしてあげるばっかりで、つまんないですね」
うわー!ここまできてナニを言う!
「ねえ悟浄。僕にしてして言う前に、何かあるんじゃないですか?することが」
必死で酸素を供給して心臓の爆音を2割り増しくらいに押さえ込むと、俺はまた離れようとした八戒の体に自分から上体を押しつけた。どんなに鬼畜だろうが人でなしだろうが意地悪だろうが、今、楽にしてくれるのは、目の前のこの男だけなんだから。
熱すぎる視線を十二分に感じたまま、俺は歯で八戒のジーンズのファスナーを下ろした。
こんな屈辱、何でもない。
八戒の長い指が髪を掻き上げてくれる心地よさに陶然とすらしながら、まだ勃ちあがりもしていないそれを舌で捕まえた。