いじめについて2013年4月5日 トレーディングカード コメント (31)

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いじめを「暴力・恐喝」と定義するのであれば、システム面で対応する事も出来るだろう。
何かあれば即通報する事と、それに即対応する事を徹底させれば良いのだから。

しかし「仲間はずれ・無視」と言ったレベルまで範囲を拡大した場合、システムで対応する事は出来なくなる。
無理矢理グループに入れた所で孤立する事は避けられないし、無視するなと強制すればロボットのような生返事を繰り返すようになるだけだろう。

いじめとは集団からの迫害であり、その根底にあるのは嫌悪感だ。
突き詰めれば感情の問題なのだから、人が心を持っている限り根絶するのは不可能だろう。

これで嫌悪感の原因がハッキリしているのならばまだ救いがあるのだが、殆どの場合は「何となく気味が悪い」「何となくウザい」「何となく癪に障る」と言った原因が曖昧なケースであり、改善するのも容易ではない。


ではどうすれば良いのかと言うと、いじめの存在を受け入れ、その上でどうすれば被害を最小限度に抑える事が出来るのかをいじめられる側に伝えるしかないだろう。

いじめとは忌むべき物でも無くすべき物でもなく、社会が存在する限り常にありつづける必然の現象だと公に認め、それを回避するためにはどうすれば良いか、或いは遭遇してしまった時にどうすれば被害を最小限度に抑えられるかをマニュアル化していじめられる側に伝える。これが最も良い方法だ。

逆にいじめる側を啓蒙しようなんてのは完全な無駄でしかない。
千の言葉を尽くしたところで根本的原因である嫌悪感は払拭出来ないし、行動を制限したとしても嫌悪感が残っていれば他のあらゆる方法で対象を排除しようとするだろう。
そもそも被害を受ける側ではないのだから、問題の円満解決に積極的になろうはずもない。


所詮他人は他人でしかなく、問題解決を他人に依存する事がそもそも間違っているのだ。
自分の身は自分で守る。その意識が芽生えてはじめて人は自立する事が出来る。
環境を無理矢理変えようとするのではなく、各人の自立を促す事こそがいじめに対する正しい姿勢ではないかと俺は思う。

コメント

nophoto
トレトレ
2013年4月5日4:10

当然ながら難しいことさね。
いじめられる側は何らかの面で劣等な何かを抱いている場合が多いから
多少指導した程度では防げんやろうね、本人の意識が変わらん限り。

いじめを社会的に忌むべき現象とする理由はあるよ。
いじめる側にリスクを生じさせれるからね。
それによって苛めを完全に無くすのは不可能だけど起こりうる苛めを未然に防ぐことができるから。

nophoto
774
2013年4月5日5:00

>>人が心を持っている限り根絶するのは不可能だろう
間違い。
そもそも虐めは虐める側が「虐める」という行動を選択しなければ発生しない。
したがって虐めの原因は虐める側の慈愛心、包容力、想像力、
表現力、忍耐力、思いやり等の欠如である。
虐められる側にあるのはあくまで虐める側を不愉快にさせる要因であって、
原因ではない。
(※例えば、健全な人間であれば他人を不愉快にさせる
人間(虐められる要素がある人間)に対しては口頭での注意を繰り返し
相手が反省したところで通常の関係に戻るため虐めは発生しようがない。)

相手の非を理由に己の行為を正当化する虐め側の
心の弱さ・貧しさこそが「虐めの本当の原因」である。

そもそも虐めはなくならないというが、ニュースにならないだけで
市井の教師や生徒のお陰で至るところで虐めは撲滅されている。
また、大人社会での虐めについては、ただ単に大人として精神が成熟していない
人間が多いというだけで決してシステム上の問題ではない。

>>どうすれば被害を最小限度に抑える事が出来るのかを
>>いじめられる側に伝えるしかないだろう。
いじめは無くせないものであるという前提が間違ってるからこれも間違い。
もちろん、対処療法としては効果的だがこのような認識に基づいた
いじめ対策はいじめ側の弱さ(上で挙げた心の弱さ・貧しさ)を放置して
大人になっても虐めをする未成熟な大人を量産することになってしまう。

真にやるべきことは虐めっ子の分析とそこから得られた情報を
基に理論に基づいたケアをすること。

虐められっ子には対処療法として軽く手を打ちつつ、同時に虐めっ子側の
教育に力を入れて虐め撲滅を目指すという現在の手法は論理だけでなく
実地報告としても正しいことは明らかになっている。


一つ問題点を挙げるとすればそれは現場の教師に虐める側を
教育するだけの余裕と技量が無いこと。

nophoto
ほそく
2013年4月5日5:23

市民革命なり黒人開放運動なり最近の例でいえば婦人参政権なり・・・
「それ以前」では絶対に実現不可能だと思われていた変化も歴史を辿れば
いくらでも散在している。

いじめが有史以来解決してこなかったのは、貴族-市民、黒人-白人
男-女と異なり、虐めっ子と虐められっ子が同一のコミュニティに
属していたことと加虐-被虐の立場逆転が頻繁に発生していたことによる
問題理解への遅れが原因。

教育努力により「虐めをしない子」が世の大半を占めるような社会になれば、
実際に行動を起こさない限り問題解決を図れなかった上記の三つとは異なり
虐めという行為自体は自然に消滅する。

nophoto
ほっけ
2013年4月5日5:39

ネタはレガシーの記事はいい記事書くのにたまに中学生並みの作文をさらすのはなんでかね。
障害者とか甲子園球児の件についても視点がミクロ過ぎるか短絡的過ぎる。

nophoto
通りすがり
2013年4月5日6:46

>これで嫌悪感の原因がハッキリしているのならばまだ救いがあるのだが、
>殆どの場合は「何となく気味が悪い」「何となくウザい」
>「何となく癪に障る」と言った原因が曖昧なケースであり、
>改善するのも容易ではない。

             ↓

>ではどうすれば良いのかと言うと、いじめの存在を受け入れ、
>その上でどうすれば被害を最小限度に抑える事が出来るのかを
>いじめられる側に伝えるしかないだろう。


意訳:虐める側「オレ変わるの難しいからお前が変われwwwww」

改善するのは容易でない(キリッ とか言ってるけど、
これってただ単に改善すること自体を放棄してるだけじゃ・・・(ry
ネタ蒔きの言うようにやったら虐めっ子はスルーされ続けるわけだから
将来的には虐めっ子の親が似たような子どもを生んで学校も
ドンドン殺伐とした感じになっていきそうだなぁ

nophoto
ななし
2013年4月5日7:01

この人定期的にブログを炎上させるの好きだよね

nophoto
教師A
2013年4月5日7:43

お前らネタ蒔きさんの事いじめんなよ

心が貧しいぞ!!!

ネタ蒔き時
2013年4月5日10:41

>トレトレさん
意識を変えなければ困るのは自分だと言う事をどう気づかせるかですかね。
リスクに関しては懐疑的です。よりばれにくい方法へとシフトさせる要因にはなると思いますが、いじめ自体の発生確率を減少させる効果は無いのではないでしょうか?

>774さん
現実として、いじめる側は「いじめる」と言う行動をとり続けています。
いじめる側はそんな現状に不満を抱いていないのですから、いじめる側に対する意識改善の圧力は事態改善という目的に対し余りにも非効率的すぎます。
慈愛心や思いやりの教育と言えば聞こえは良いですが、実際には何の効果もないお題目に過ぎないのではないでしょうか?

いじめが撲滅されつつあると書かれていますが、その信憑性にも疑問符がつきます。仮にそれが本当であれば、いじめについての話題は自然とフェードアウトすると思うのですがどうなんでしょう?

774さんの言う所の未成熟な大人は現時点で沢山います。単に直接的な方法をとらなくなるだけで、「なんだか気にくわない」と言う理由で迫害しようとする人間なんて余りにもありふれています。
これはもう人間の構造上の欠陥として認めるべきだと私は思いますね。

>ほそくさん
教育努力によりいじめない子を増やす事が出来ると言う前提に、私は疑問を覚えます。

>ほっけさん
単にその時自分が不思議だなぁと思った事をそのまま書いてるだけですよ。
その内容が高尚か低俗かなんてのはどうでもいい事です。

>通りすがりさん
まさにその通りです。
自分から改善するなんて面倒くさい事、いじめる側もいじめられる側もやりたくないに決まってるんですよ。
なので現状に不満を抱いている側が動かない事には何も始まらないと思うんですよね。
例えばお互いにコンバットトリックやらカウンターやらが満載のデッキを使っていると、先に動いた方が圧倒的に不利なわけですが、ボードの優位をどちらかが取っている場合、取られている側が行動を強制させらますよね。
あれと同じようなものです。

かもはし
2013年4月5日12:19

一理あることは認める。
システマチックにしようとするとそういう意見になりそう。
個人的には、「いじめた側のリスク」ってのをもっとおおっぴらに
公表したら改善はされると思う。それこそ未成年の実名公表とか。

どっちにしても是か非かは別。俺らが考えても変わらんし。
一市民ができることは基本自衛だけだからねえ。
※そういう意味ではネタ蒔きの意見は的を得ていると思う。

nophoto
名古屋民
2013年4月5日12:56

多くの集団生活を営む自然動物の中にも、身体障害や精神障害が原因で、苛めや迫害があります。
結果として被害者側が淘汰されてされて沈静化するわけですが、これは群の秩序や安全を維持するための当然の本能です。
つまり自然動物の群において、いじめは正当化されます。

人間の場合は、人権や福祉といった反自然的な思想を取り入れているので、齟齬が生じるのでしょう。
人権を守る事が善ならば、いじめること(他社の人権を侵害すること)は悪です。
弱者や異端者を迫害することは本能なので、いじめる側に知識と教養を強制的にでも植え付けさせるべきです。

nophoto
トレトレ
2013年4月5日13:38

>リスクについては懐疑的
そうか?
リスクはかなりいじめの発生を押さえられると思うが。
教育やリスクで本能を押さえられるのが人間だと思うけど。
そりゃ無くすかとは不可能だがいじめる側を抑制する教育の意味は0じゃない。
たとえば動物と違って普通の人間はそこらへんに糞尿を垂れ流さないだろ?
それは垂れ流すことにリスクがあるからというように教育で知っているから。
もちろん我慢できずに垂れ流す「仕方ないパターン」はある。
でも教育で仕方ないパターンは防げるし本能に抗うことはできるわけだわ。
だから加害者側への教育は効果は0ではないね。

それと本文中の制限をつけても排除云々のやつね。
普通の人間は制限つけられても能動的に排除とかはしねーわ。
さすがにそんなことすんのは少数のキチガイだけ。

まつかさ
2013年4月5日14:22

少なくともこの日記本文の主題は、被害者側のリスク管理の話だと思うので
加害者側がどうの、ってのは議論するのは論点がずれてると思うのですが

なくなる、なくならない以前の問題で、現実として存在している状態からの対応を語っているわけで
なくなるかもしれない遠い将来を語りはじめるのはどうかと思いますねえ
なくならないかも知れないんですから

よっしー
2013年4月5日16:17

いじめが問題になってるのは、年々いじめる側のやる行為がエスカレートしていってるからじゃね。
ニュースとか見てると、もはやいじめというカテゴリで括るべきではない行為が多分に含まれてる気がすんだよな。
例えば、仲間はずれとかは子供に限らず大人においてもあるだろうし、「苦手なヤツだから、声かけるのやめよう」とかね。
子供においてはこの例にしたっていじめの一種となるわな。

このへんはいじめられる側といじめる側、双方に問題があるからお互い考えるべき点がある。
けど、こういった事例ではない所謂「行き過ぎた暴力」に問題があるんじゃないか?
俺らの年齢で思い浮かべる「いじめ」と世間で問題になっている「いじめ」では、根本から違うモノにみえる。
これにはモンスターペアレンツ絡みの教師の体罰問題も関係してくるんだが、悪い事したら小突かれるってのが当たり前だった世代としては、今の体罰無しにしてしまったシステムが悪ガキやいじめっこを犯罪者にまでしてしまったと思う。

カツアゲにしても追い込みの限度しらんかったり、暴力にしても限度をしらん子が問題なんじゃないかね。
もはや今のいじめって、ただの殺人未遂や強盗、果ては殺人とかまでいってるのもあるやろ。
いじめが無くならんのは同意、対処すべきはいじめの限度をキチンと大人が教えてやれる環境を作るべき。
ちょっとした体罰で騒ぎ立てるのが諸悪になってると思うぜ。

nophoto
さかもん
2013年4月5日17:02

>>まつかさ
その文章中のいじめる側を啓蒙するのは意味がないってところをダウトっていってるだけじゃねーの
後色々と前提が破綻してるから突っつかれてるわけで虐められる方も何らかの改善をすべきってとこは正論.

nophoto
774
2013年4月5日20:29

>>事態改善という目的に対し余りにも非効率的すぎます

これは教育だけでなく人文科学・社会科学・自然科学等ありとあらゆる学問分野に
共通して言えることだが、非効率だから問題の根本原因には触れず対処療法しか
手を打たないという発想では問題解決は永遠に図れない。
例えば、ほんの少し前までは不治の病と考えられていた結核や肺炎も研究者の
不断の努力(それこそ治せるかどうかも分からない病気への効率を度外視した研究)が
あったからこそ今では治療と対策が可能になったわけで、その当時の方針が
「結核や肺炎は治せないから予算配分はやめてとにかく栄養・衛生状態をひたすら
良くして感染から逃げよう」というものであったなら、今でもこれらの病気は
難病として扱われていた。
治せるかどうかも分からなかった上記2つと比べて、虐め問題はしっかりした
理論に基づいた対策と指導が実戦できれば根絶は可能なのだからそれをしないで
対処療法だけでお茶を濁すのは短期的(数年単位)には良いかもしれないが、
問題解決から逃げているという意味で長期的には明らな悪手。そういう意味で、
繰り返しになるが いじめ問題には被害者への対応は勿論だがそれ以上に
加害者側への対応が肝要であり入念にされるべき。

>>実際には何の効果もないお題目に過ぎないのではないでしょうか?

事実として教育現場における虐めは確実に減っている。
文科省の児童生徒課あたりのデータを見れば一目瞭然だが効果は実際に出ており
虐めの認知(発生)件数/割合共に昭和末期以降一貫して減少傾向にあり、
ここ数年は8万件を下回っている。虐めの認知(発生)件数/率が増えたH6年と
H18年についても、増えた原因は調査方法を改めたことにあるのであって、
H7年、H19年以降ともに右肩下がりのことを考えると、虐めの数は減っていると
見るのが妥当。

多くの一般市民が「虐めは減らない、不可避なもの」と考えてしまうのはマスメディアが
定期的に一つのいじめ問題をセンセーショナルかつ大々的に取り上げるのを見て
それに強く印象付けられているからであって、その一例だけから全てを知ったように
考えてしまうのは明らかな間違い。

nophoto
続き
2013年4月5日20:35

>>いじめについての話題は自然とフェードアウトすると思うのですがどうなんでしょう

現在、虐め問題が置かれている状態はまだ「減少傾向」なので、
それが実感として感じられるようになるまでにタイムラグがあるのは当然。
例えばの話、100人の集団が95人になっても気付く人間は少ないが、
それが90→85→80と次第に減っていけば、そのうち誰だって嫌でも気付く。
それこそココ数十年で部落差別なんて見たこと無いと言う子どもが増えたのと
同じように将来的にはいじめなんてありえないと言う子どもが増えたとしても
驚くことではない。虐め問題は今、95→90くらいの段階にあるから
分かりにくいだけで、実際に数が減っていることは上で書いたように事実。
もちろん、この実感についてはマスコミ報道の匙加減一つでいくらでも
印象操作が可能なので、一般人の現状認識が実情と正確に重なるまではまだまだ時間がかかると思うが。。。

>>「なんだか気にくわない」と言う理由で迫害しようとする人間なんて
>>余りにもありふれています。
>>これはもう人間の構造上の欠陥として認めるべきだと私は思いますね。

強いて欠陥があるとすればそれは人間の構造ではなく、未成熟な子どもを
未成熟なまま社会に送り出していた過去の教育システム。百歩譲って、
仮に名古屋民が言うように虐めが人間(動物)の本能だとしてもそれを理性で抑えて
より良い社会を作っていくのが人間であり、本能をそのまま肯定して受け入れるのでは
その辺の犬猫と何も変わらない。
ちなみに、仏教の世界ではそういう存在を「畜生」という。


政治や経済、科学等の問題・出来事については一般人の多くは裏付けとなる
知識を持っていないため口をつむぐ。しかし、これが教育学になると何故か多くの人間が
聴かれてもないのに的外れな意見を勝手に述べて居酒屋談義レベルの議論を展開する。
この不思議な減少の原因は、日本人の99パーセントはどういう形であれ義務教育課程を
経ているので、その当時の実体験を元に、正誤はともかくとして、それらしい教育論が
語れてしまうことにある。しかし、個人の主観的体験に基づいた意見は当然、
学問的裏付けや客観性を帯びないため「生産的な意見」というより小学生が言う
「ぼく、わたしの思ったこと」の域を出ない。これが厄介。

nophoto
 
2013年4月5日21:55

MTG始めて3日くらいの初心者をメガパーミで完封するようなやり取り好き

ネタ蒔き時
2013年4月5日23:23

>トレトレさん
仮にいじめる事に強烈なリスクを負わせたとしましょう。
すると殴る蹴るがハブり無視に変化するといった、内容の変化はあると思いますが、いじめ自体が減る事は無いと思います。
いじめとは「強者から弱者への一方的な敵意の発露」ですから、「敵意が無くなる」「敵意を発露しない」のいずれかが達成されない限り何らかの形で継続されます。
リスクがあろうとなかろうと嫌な物は嫌なので、敵意が無くなる事は無いですし、発露の手段をあらゆる角度から完全に封殺する事も不可能なので、後者を潰す事も現実的に不可能です。

なので「とりあえずリスクを上げれば死ぬような事はされないだろ。だからぼっちになる程度は我慢しろや」と言う事でしたら理解出来ますが、いじめ自体が減少すると言う論は私には理解出来ません。

>774さん
そのデータが本当なのだとすれば、ほっといても長期的にはいじめは根絶されるのですから、後は対処療法で時間稼ぎしてれば良いと思うんですがどうでしょう?

nophoto
774
2013年4月6日0:49

虐めは減っており最終的には根絶するようだ→だから後は対処療法で時間稼ぎすればいい 
これは虐めに関する典型的なよくある論理の誤謬。

というのも、毎年学校には虐めっ子予備軍が入学してくるため、虐めが
減少傾向にあることを理由に虐められっ子へのケアに力点を
置き換えてしまうと、既に書いたように問題の根本原因(虐めっ子)の
対処がおろそかになり、再び虐め問題が蔓延することになる。
したがって虐めの発生件数如何に関わらず、いじめ問題を解決にあたっては
虐めっ子への教育>>>>>>虐められっ子へのケア
という優先順位が変わることはない。

したがって、ネタ蒔きの言う

>>いじめとは忌むべき物でも無くすべき物でもなく、社会が存在する限り
>>常にありつづける必然の現象だと公に認め、それを回避するためには
>>どうすれば良いか、或いは遭遇してしまった時にどうすれば被害を最小限度に
>>抑えられるかをマニュアル化していじめられる側に伝える。

という考えも明確な間違いであるといえる。

ネタ蒔き時
2013年4月6日1:13

>774さん
別に力点移動する必要なくね?
必要なら両方やればええやん

nophoto
774
2013年4月6日1:41

勿論、現実として虐め問題撲滅にあたっては両者を同時平行でやる。だが、自分は
ネタ蒔きの当初のエントリーを踏まえた上で2013年4月5日23:23の書きこみを
読むと『虐め問題解決には虐められる側への対応こそが正解』と、暗に
書いているように思えてならなかった。

この認識の食い違いの原因は恐らくネタ蒔きが最初のエントリーで掲げた主張が
未だに正しいと思っているのか、それとも折れたのか表明していないことにあると思われる。

未だに
『いじめる側を啓蒙しようなんてのは完全な無駄でしかない。どうすれば被害を
最小限度に抑えられるかをマニュアル化していじめられる側に伝える。これが
最も良い方法だ。』という金八先生宜しく、時代錯誤も甚だしい幼稚な考えに
固執しているようなら論破するし、自分の考えの間違いを素直に認めるならやりようもある。

結局ネタ蒔き本人は今、最初に掲げた自分の主張についてどう思っているのか。そこが知りたい。

ネタ蒔き時
2013年4月6日2:38

>774さん
どうと言われても、特に何も変化は無いです。

nophoto
ネオチから
2013年4月6日3:18

なんか話題になってたから来てみたら豚蒔が完全論破されててワロタw

>>虐めは虐める側が「虐める」という行動を選択しなければ発生しない。
たしかに当然っちゃあ当然なんだけど目から鱗だったわ 盲点

nophoto
斎藤
2013年4月6日12:56

他人の小学生並みの感想を専門知識持った奴が論破しようとするなよ。
いじめにしかみえないぞ

nophoto
a
2013年4月6日13:28

子ども時代や現在進行形でいじめに関わってたやつに限って
虐めはなくならない仕方ないものだっていう

いじめる側「いじめは人間としての本能だから。いじめをしていた俺は悪くない」

いじめられ側「虐めは人間の構造上不可避だから仕方ないものとして受け入れるしかない」

いじめ側は自分が悪者になりたくないからいじめはなくならないって言う。
いじめられ側は青春時代を暗く過ごした不幸で惨めだった自分を
認めたくないからいじめは仕方ない交通事故みたいなもんだっていう

nophoto
_
2013年4月6日14:57

ネタ蒔きさん論破されとる

nophoto
2013年4月6日18:29

豚蒔きさん顔真っ赤www

nophoto
774
2013年4月6日23:06

自分は書きたいことは全て書い。で、
『虐め根絶のために一番優先してやるべきことは虐めっ子への教育であり、
虐められっ子に処世術や対処療法を施すことではない』、
というのは散々述べたが、これが理屈・実地問わず正しいことも上で散々述べた

んだけど・・・

これだけ説明しても未だにネタ蒔きが意固地になって自分の意見を頑なに
変えないのは何故か、そう考える理由が知りたい。
※勿論、これはネタ蒔き自身が提起して始めた議論なんだから今更
 客観性皆無の実体験や自分の主観を根拠にするとか卑怯な逃げは無しで頼む。

ぶっちゃけた話、自分にはどうしてもネタ蒔きがただ単に自分の非を
認めたくないが故に最初の主張に固執しているだけに見えてならないのだが
はたして――― どうなの?

ネタ蒔き時
2013年4月7日0:11

>774さん
どうと言われても、774さんがそう思うのなら774さんにとってはそれで良いんじゃ無い?としか。

「強者は譲らない。なので誰かと衝突し、その時に自分が譲りたくないのならば、強者になりなさい。」
これが私の考え。
別にこの考えを774さんに押しつけるつもりも無いし、理解してもらうつもりも無いし、納得してもらうつもりも無い。
同様に、774さんの考えを押しつけられるつもりも無いし、理解するつもりも無いし、納得するつもりも無い。

議論とはお互いの主張をぶつけ合って、より良い結論を生み出す事だけど、私はそれを求めていません。
なのでこのエントリーを議論だと思った事がそもそもの間違いなんじゃないでしょうかね?

nophoto
つまり
2013年4月7日0:23

小学生落書きなんだからいちいち文句つけんなカスということでOK?

nophoto
しつもーん
2013年4月7日0:33

じゃあ強者になれなかったら? 弱者は死ぬか強者に従うしかない?

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