■ トメアの愛車
もうひとつ、アペの使用法で忘れてはならないのは、お年寄りのモビテリティーである。ボクの知人であるミーノは84歳の年金生活者だ。町の人たちからは「ミーノ」ではなく「トメア」と呼ばれている。Tomeaとは、いにしえのイタリア人著名美術家の名前だ。現役時代に町の土木課員として毎日石畳を刻んでいるうち、いつの間にかつけられたニックネームらしい。
トメアの住まいは、遠く1958年をもって廃線になった鉄道の切り替え小屋だ。今も所有者であるイタリア国鉄から借りて暮らしている。2人の娘はそれぞれ結婚して巣立ってしまったので、夫人のマリア(81歳)と2人暮らしである。マリアのほうが背高なのが、見ていてユーモラスである。
トメアがアペ50購入に至るまでの経緯を記そう。
ボクが知り合った16年前、彼の“自家用車”は、まだモスグリーンのスクーター「ベスパPX」で、マス釣りの足にと活用していた。ところがある日突然、トメアはベスパPXの代わりに、最新のスクーターを買ってきたのだ。
ボクは「よッ、おじいさん、イカすの買ったね!」と祝福したのだが、マリアには大不評だった。高齢者では持て余す性能が心配であったこと以上に、購入前、ろくに相談がなかったことが、アタマにきたらしい。
身内の抗議によほど懲りたのだろう、トメアは新型スクーターを買ってあまり経過しないうちにそれを手放した。そして代わりに購入したのが、アペ50の排ガス対策済み仕様「キャタライズド」だった。スクーターとほぼ同じ安い税金・保険料で維持できるうえ、屋根付きなのでスクーターよりも快適だ。何よりマリアも一緒に乗せられる。
かくして、トメアはアペ50オーナーとなった。ボクは彼が購入直後、その小さな回転半径を見せつけるべく、「ほら見ろ!」といって、家の前で何回もぐるぐると回ってみせてくれたのを覚えている。