「消費者集団訴訟」の制度をつくる法案の提出に、経済界から慎重論が出ている。これは、悪徳商法などの被害者の泣き寝入りを防ぐ法案だ。経団連などの経済団[記事全文]
発病率は、日本人平均の1200倍という高さだった。元従業員らに胆管がんが多発した大阪市内の印刷会社を、大阪労働局が家宅捜索した。健康を守る措置を怠った疑いがあり、会社と[記事全文]
「消費者集団訴訟」の制度をつくる法案の提出に、経済界から慎重論が出ている。
これは、悪徳商法などの被害者の泣き寝入りを防ぐ法案だ。
経団連などの経済団体は、被害者を救うしくみは必要だと認めつつ、「訴訟が乱発されて健全な企業の活動まで萎縮し、経済再生の足を引っぱらないか」と心配している。
そもそも景気を心配するあまり、正義を後回しにするような社会はおかしい。制度の中身をみれば警戒のしすぎに見える。国会で議論を進めるべきだ。
法案は、多くの消費者がからむ取引の被害を想定している。
たとえば毎月のクレジット支払額以上のモニター料をあげるから布団を買ってとさそい、約束をほごにするモニター商法。解約時の清算金が不当に高く設定された英会話教室などだ。
消費者庁の調査では、こうした被害にあった人の6割以上が結局1円も返してもらえず、泣き寝入りしている。訴訟を起こす人は1%に満たない。
被害額が数十万円程度だと、一人で訴えるのは裁判費用や労力を考えると割にあわぬ。一人あたりの費用負担を軽くし、訴えやすくする仕組みが要る。
法案では、訴訟を起こせるのは首相が認定するいくつかの消費者団体だけだ。乱訴禁止の規定もあり、違反すれば認定取り消しもありうる。
なにより、敗訴したら裁判費用は団体の自腹になる。
勝てる見込みの薄い裁判を乱発するとは考えにくい。
それでも、被害者と額がふくれあがらないか――。企業側はそんな恐れを抱いている。団体が勝訴した後で被害者に手を挙げてもらい、人数と返金額が決まる仕組みになるからだ。
だが、敗訴した企業が支払う義務を負うのは、最大で元の商品の値段までだ。慰謝料や人身被害の賠償はふくまれない。
慰謝料などを求めるときは通常の民事訴訟を使ってもらう。
そんな考え方で制度は設計された。米国の集団訴訟のように巨額の懲罰的な賠償を科されるわけではない。
つまり、本来ユーザーに返さねばならない金を返すだけだ。真っ当な商売をしている会社なら心配にはおよばない。
被害者の範囲の定め方や、法施行前の契約を訴訟の対象にふくめるかどうかなどの論点は、国会で議論を尽くせばいい。
集団訴訟の構想は、国民に使いやすい司法制度への改革を検討する中で芽生えた。それからすでに11年がたつ。これ以上、被害を放っておけない。
発病率は、日本人平均の1200倍という高さだった。
元従業員らに胆管がんが多発した大阪市内の印刷会社を、大阪労働局が家宅捜索した。健康を守る措置を怠った疑いがあり、会社と社長を書類送検する方針だ。
3月末に国が労災と認めたのは16人で、うち8人が亡くなった。昨年までの約21年間に同じ作業場で働いた人の、ほぼ4人に1人が胆管がんになった。認定された16人には元従業員に加え、今も同社で働く人もいる。
厚生労働省は昨年、是正を勧告した。同社は換気施設などを改善して操業を続けている。労災事件での強制捜査は異例だが、それだけ異常な事態ということだ。なぜ、こんなことになったのか。
産業界で使われる化学物質は6万種類といわれ、今後も未知の健康被害が出てくる恐れがある。職場での病を防ぐため、事件を頂門の一針とすべきだ。
この印刷会社でがんが突出して多いことから、厚労省は昨年9月に検討会を設置した。同社の印刷機の洗浄剤に含まれる化学物質が原因となった可能性が高いとの見解を得て、労災認定に結びつけた。
原因が科学的に確定しない段階ながら、救済を急ぐ判断を示した。そこは評価できるが、被害がここまで拡大する前に打つ手はなかったのか。
この会社では、作業場ができて5年後の1996年に胆管がんの患者があらわれ、昨年まで発症が続いた。従業員から「においがきつい」「換気が不十分」との声があり、体調を崩す人も相次いでいた。
それでも会社側は、法が義務づける産業医や衛生管理者を選任せず、労使で職場環境の問題を話し合う衛生委員会も設けていなかった。職場の健康管理の仕組みが機能していれば、救えた命があったはずだ。
3年前の厚労省の全国調査によると、対象企業の13%は産業医を置いていなかった。中小・零細企業の経営者が制度を理解していない側面もあるようだ。国は違法状態の解消に向けて、具体策を練るべきだろう。
今回の印刷会社の問題は、元従業員らが、職業病の患者を支援する民間団体・関西労働者安全センターに相談したことで明らかになった。不安に思ったら、こうした団体に早めに相談してみるのも得策だ。
健康的な職場づくりは経営者の責務だ。不況で逆風が続いても、従業員の健康を守ってこその会社である。その当たり前を、ぜひ徹底してほしい。