タイトル ●投稿移動●
記事No 535
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:27
投稿者 主宰者@大阪   <dprk@ni-chika.pobox.ne.jp>
参照先 http://ni-chika.pobox.ne.jp/dprk/
以下(No.536〜553)、メイン掲示板の朝鮮学校関連投稿を移動したものです。

タイトル そういえば
記事No 536
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:28
投稿者 人民俳優
2003/06/27(Fri) 11:10

金正男氏がナリタ^^;で拘束されてからもう2年になりますね。
去年の5月8日には瀋陽の事件がありました。
今年のGWは共和国関連の大きなニュースは特にありませんでしたね。
昨日発売の『週刊文春』の「早大生 美人局事件 犯人の父親は朝鮮学校校長」という記事どう思います?
「朝鮮学校」を何も強調しなくていいと思うのですけど・・・

タイトル Re: そういえば
記事No 537
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:29
投稿者 みほ
2003/06/27(Fri) 16:00

人民俳優さま
そうですか?早大生の父親が...ですか?
そう言えば、ものすごく恥ずかしい無知な質問かもしれませんが、朝鮮学校と言うのは、高校までですか?
朝鮮大学ってあるんですか?あったような気がしたもので。もしあるとしたら、朝鮮学校の校長の立場の人でも子息は、日本の大学に入れているんですね?
ほんとに私は判らないんですよ。いつも。あえて朝鮮学校に入れる意味が。高校時代の友人は確か医者になってるけど、普通高校に通っていたし。日本の中でよりよく生活するためには、それでいいのでは?と思ったりするのですが。またあえて朝鮮学校を選んでおきながら、大学入学資格うんぬんっておかしいな〜って。わかってて入ってるんじゃないの?って。

タイトル 学校
記事No 538
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:31
投稿者 金ユーラ
2003/06/27(Fri) 19:01

「朝鮮学校」と呼ばれているのは、小〜高等学校までです。大学は「朝鮮大学校」というのがあります。
自分の子供を日本の学校に入れるのか、朝鮮学校に入れるのかは、それぞれの親の判断ですから、たとえば日本人の親が公立に入れるか、私立に入れるか、考えるのと、それほど大きな違いがないとは思います(だからといってまったく同じとも思いませんが)。

> あえて朝鮮学校を選んでおきながら、大学入学資格うんぬんっておかしいな〜って。わかってて入ってるんじゃないの?って。

このご意見は「だったら日本の学校に行けばよい」ということでしょうか。
たとえば、日本の私立大学で見るのが、「学費を下げろ」という主張。上記と同じ考え方にたてば、「わかってて入ってるはずだから、私立ではなく、国公立にいけばよい」ということになります。
また、ぜんぜん次元が違いますが、在日の方々が日本でさまざまに主張すると、一部の人が「文句があるのなら韓国・朝鮮に帰ればよい」と述べるのとどこか同じようにも思えます。

けれども、それぞれの人には、その人なりの理由や事情があるのではないでしょうか。それをひとつずつあげるのはきりがありませんが、だからといって安易に日とくくりで解決しようとするのは危険に思います。仮にうまくいっても、それが「ほんとうに」解決になっているのかな、と思います。
それぞれの側に、主張や思惑があると思うので一筋縄で解決できる問題ではないでしょうが、必ずしもすべての学生が「あえて」選んでいるとは限らないとは思います。
みほさまのご意見を深読みしすぎているからかもしれませんが、なんとなく、先程のような論理が垣間見えましたので、書かせていただきました。乱文、失礼します。

タイトル >みほさま。
記事No 539
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:34
投稿者 い〜くん
1988<>2003/06/27(Fri) 19:31

金ユーラさんと重なる点も多々あろうと思いますが、ご参考まで。

> ほんとに私は判らないんですよ。いつも。あえて朝鮮学校に入れる意味が。

そうですね、在日の人たちのアイデンティティは、当事者にしか分からないですよね。
でも例えば、日本人が仕事の都合で米国に移住したとして、それでも日本人と結婚して日本人として暮らしていれば、当然、自分の子供にも日本語を教え、日本人として育てていきたいのではないでしょうか?
在日の人たちにとっても同じことで、生活の基盤が完全に日本に移った後でも、やはり朝鮮半島を愛し、朝鮮人として育っていってほしいのではないか、と思うんですよね。
その場合、朝鮮人として朝鮮の言葉で朝鮮の歴史を学ぶところが、彼らにとっては「朝鮮学校」なのでしょう。

> 日本の中でよりよく生活するためには、それでいいのでは?と思ったりするのですが。

私もそう思います。普通高校を出て普通大学に行った方が便利ですし。在日の人たちもそう思っているからこそ、子供を普通学校に入れるか、あるいは朝鮮人として育てるため「朝鮮学校」に入れるかで悩むのでしょう。

> あえて朝鮮学校を選んでおきながら、大学入学資格うんぬんっておかしいな〜って。わかってて入ってるんじゃないの?って。

上のパラグラフで述べたことと重複するのですが、在日の人たちは、自らの子息を朝鮮人として育てたくもあり、日本で暮らしていくため大学に進学させたくもあるため、朝鮮学校へ通わせつつも、大学入学資格を夢見るのでしょう。
また、小〜高等学校に通わせている間に、大学に進学できるようになるかもしれませんよね?(実際に私立大学では入学資格を認めつつあります)
それに、大学入学資格の付与は、日本政府や国会の自主的な判断で決定できる問題であるため、逆に「それならば認めてくれたっていいじゃない」という感情が働きやすいともいえます。

以上、勝手に私の考えを申し述べさせていただきました。乱筆・乱文失礼いたしました。意図せぬ中傷等がありましたら、ご指摘の上ご容赦願います。

タイトル Re^2: そういえば
記事No 540
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:36
投稿者 主宰者@大阪   <dprk@ni-chika.pobox.ne.jp>
参照先 http://ni-chika.pobox.ne.jp/dprk/
2003/06/27(Fri) 22:16

朝鮮学校の件、既に金ユーラ様とい〜くん様が詳説して下さっていますので、私からはごちゃごちゃ申し上げませんが、朝鮮学校に対する昨今の語られ様は、やはり安易すぎるのではないかと。
日本各地に何故、朝鮮学校がつくられ、困難な状況下でも現に存続しているのか?
私学助成もなく、馬鹿高い授業料であるにも関わらず、何故在日の父兄が子供を通わせるのか?
こういった背景を見つめることすら怠り、共和国に対する悪感情のみを以ってして、民族学校の存在そのものを否定するような昨今の風潮には、到底感心できません。

タイトル 考え方がいろいろですね。
記事No 541
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:38
投稿者 みほ
2003/06/27(Fri) 22:32

とても難しい問題で、ひとくくりには出来ないんでしょうね?ただ私の知り合いは、日本社会の中での、その出自におけるハンディーをみごとに払いのけ、立派にドクターになりました。私はその人をとても尊敬しています。
ただその人それぞれのアイデンティティーというものの考え方は、親によっても違いますし、難しいですね。

朝鮮学校の学力のレベルというのはどんなものなんでしょうか?かなり優秀な方もいらっしゃるのでしょうか?ハイレベルな親子達が抜けた後の朝鮮学校なんでしょうか?

私達夫婦は以前ヨーロッパに住んでいた時期がありまして、その祭に子供をインターナショナルの幼稚園に入れました。首都に住んでいる日本人の子らは日本人学校に通ってる人もいましたが、うちはたまたま日本人のきわめて少ない地域でしたので、現地の子供達と同じところへ通わせました。まあ一生住むのとはワケが違うので単純には比較できませんが、仮に一生住むとしたら、日本人学校と現地の学校との学力の差を考慮した上で決めると思います。現地の学校に日本の大学資格がなければ、大検なども考えると思います。

ですが、在日の方が置かれている状況とはかなり違いますので、やはりほんとのところは分かりません。

タイトル 学力
記事No 542
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:39
投稿者 金ユーラ
2003/06/27(Fri) 23:33

> 朝鮮学校の学力のレベル

日本の普通学校との差は、ちょっと統計が見当たらないのでわかりませんが、かならずしも低いわけではないと思います。みほさまの場合と同様、在日というハンディをのりこえて立派になっている方を存じておりますので、在日の方が学校を選択する際に、たんに学力だけで選んではいないと思われます。
学力ではありませんが、スポーツ(サッカーやボクシング、ラグビーなど)では、朝鮮学校は伝統的に「強豪」で知られていますね。そのような点から、朝鮮学校を選ぶところもあるかもしれません。

タイトル Re: 学力
記事No 543
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:41
投稿者 みほ
2003/06/27(Fri) 23:46

そうですか。必ずしも低いわけではないんだ。実は私昔朝鮮学校の近くに住んでいた事がありまして、かれこれ20年以上昔の話ですが、電車に乗ると、駅から生徒達がどーっと入ってきて、こてこての大阪弁でしゃべりまくってました。それから、(これは偏見って言われるかな?)駅の近くの商店街はいつも”万引きされる”ってビクビクしてたし、男の子は”かつあげ”されるって怖がってました。どうもその時からの印象が強いのかもしれませんね。どうもその時のイメージで見てしまってねー。ひょっとしたら、一部だったのかもしれませんが、お世辞にでも礼儀正しいと言う感じでない団体がどーっと雪崩のように電車に乗ってくるので、子供心にもすごく怖かったですよ。

タイトル 朝鮮学校
記事No 544
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:42
投稿者 旗手
2003/06/28(Sat) 00:33

知人が大阪で私立の高校教師(特に進学校というわけではないですが、大学進学できるレベルの学校)をしていた際、京都の朝鮮学校(中等部?)から入学してきた人が居るようです.参考までに。
それから、なんで特定のスポーツは強いの?あの設備で、対外試合も少ないだろうに・・・。

タイトル 朝鮮学校
記事No 545
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:46
投稿者 パール
2003/06/28(Sat) 00:54

漢字呼称問題以来久しぶりの出現ですが。

私は金ユーラ様、い〜くん様、主催者様の御意見がいまいち明確に把握できないので意見が重なるのかすれ違うのかも若干掴めていないのですが…。

「文句があるなら本国へ帰れ」に類する、朝鮮学校の存在自体を否定するような主張はほっておく(これにまともにとりあう人は少なくともここにはいないでしょう)としても、私は「民族的差別」云々の観点から朝鮮学校出身者に無条件に国公立大学の受験資格を与えることには直ちには同意できません。

日本の国公立大学の受験資格が付与されるかどうかは、その学校が日本社会が要求する学習レベルが一定水準に達しているかどうかで判断すべきであって、それ以外の理由を介入させる必要はないと思います。
日本の高等学校はその要求される水準を(少なくとも形式的には)充たし、大検合格者もこれに準じますが、日本国文部科学省の指導が及ばない外国の学校については個別に判断されるのでしょう。
朝鮮学校は現時点、というかこれまでの実態に鑑みてその要求レベルを充たしていないから受験資格を認められないだけの話です。

朝日新聞やテレビ朝日のお昼のワイドショー(大和田獏が出ているやつで、映画監督の山本晋也が朝鮮学校問題を取り上げる準定期的コーナーなど)が最近頻繁に朝鮮学校に大学受験資格も認めよ的キャンペーンを繰り返しています(このところ特に頻繁)が、客観的な学習レベルに達していない学校の卒業者に「民族」を理由に他の有資格学校と同等の扱いをせよというのは、ある意味逆差別です。

というか、こういう主張は本当の意味で朝鮮民族をバカにしているとしか思えません。
(例示した山本晋也のコーナーですが、山本晋也は朝鮮問題についてほとんど無知なのが随所からにじみ出ているのに、史実に関する誤った知識を大前提に番組をどんどん進めるので、あのコーナーは私は数ある北朝鮮関連番組の中で非常に悪質な部類に入ると考えています)

こういう主張をするメディアはたいてい、外国人学校の生徒の受験資格について、「アジア系は認めずヨーロッパ系は認めるのは差別だ」などと思わせる報道をしますが、大阪にある韓国系の学校は大学受験資格を認められているはずです。
認められるかどうかはあくまで、日本の教育体系ルールに照らして要求水準に達しているかどうかで判断されていると私は思います。

「私立は金がかかっていやというなら国公立に行け」という話とは、御本人もおっしゃっていますがまさしく全然違う次元の話です。似たようで異なる次元の話題を持ち出し論点をそらすやり方は適切ではないのではないでしょうか(ちなみに私は「高いのがイヤなら私立じゃなく国公立へ行け」という主張は別に悪いものではないと考えています、が別の話なので詳細は省きます)。

いささか書きにくいことではありますが、要するに(少なくともこれまでの)朝鮮学校は日本社会が基本教育面で要求するレベルに達していないと判断されているわけです。
偉大な金父子の業績云々を唱え続け、革命がどうのこうのと繰り返してきた授業、そして、それだけの授業を受けてきた適齢期の生徒が日本の学習指導要領に(曲がりなりにも)沿った授業をクリアしてきた高卒生徒と同等の権利を与えて良いか……。
もちろん、朝鮮学校の授業が本国と全く同じではなく日本社会で生きていくことを前提にしてある程度の対応をしていることは存じていますが、そうしたことも加味して判断したうえでの資格未認定ということなんでしょう。

朝鮮学校卒業者の一般的な学力レベルについては私もある程度耳にしたことはありますが、伝聞ですのでここでは避けます。
ただ、現在の朝鮮学校の学習レベルの判断ですが、現在は大検のための学習や通信制の都立高校に籍を置く生徒たちがいるので、そうした外部との関係事情を排除したうえで行なう必要があると思います。

みほさまがヨーロッパでの日本人学校の話をされていますが、確かにアイデンティティーの確立という見地から日本人だって日本人学校を作っているわけであって、朝鮮人が朝鮮学校に通うないし通わせるのはまさにそこに主眼があるのだと思います。その意味で在日朝鮮人にとっても朝鮮学校の意味合いはそれなりには理解できます。
ですが、それと「日本国公立大学受験資格」の問題は別の問題です。

たとえば、日本人学校を卒業した生徒が無条件に現地の大学受験資格を認められない(現地国政府が自主的に認める分にはなんの問題もないですが)からといって「民族的差別だ」などと騒ぐ人がいたら、私はその人の神経を疑います。

なお、私は以上のような考え方をしますので、今後朝鮮学校がカリキュラムを改善し、朝鮮語の授業を維持しつつも日本社会が違和感なく受入れられるような授業内容を実現し、学習レベルが一定限度に達すると判断されるようになった場合には、朝鮮学校卒業者に国公立大学の受験資格を認めることには何の問題もないと考えております。

そういう意味では、これまでおしなべて閉鎖的だった朝鮮学校が、最近になって地元の日本人住民と交流する機会を積極的につくったり、授業を一般に公開したりしているのは良い傾向だと思います。
こういうことも、昨年の日朝会談で金正日が拉致を自白していなければ進まなかったかもしれませんから、「成果」の一つともいえるんじゃないでしょうかね。

タイトル Re: 朝鮮学校
記事No 546
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:47
投稿者 みほ
2003/06/28(Sat) 11:05

みなさんいろいろい考え方の違いがありますが、私の個人的な考え方は、パールさんにかなり近いものがあります。
それと無知でしたが、韓国系の学校は大学資格を認められているというのは、初耳でした。
それから、授業内容の中で金親子の礼賛を唱え続けているとしたら、やはり日本の大学資格を認めるのは如何でしょうか?(しかし入ろうと思えば入れるわけです。締め出しているのとは違います)
ですから、改善すべくは改善し(特に金親子の間違った歴史等)、情報公開をして、認めてもらえるよう努力するべきだと思います。まだまだ足りないと思います。(地域住民とのかかわり等はどんどんされていて、一人一人の生徒達もきっと頑張っているんだろうとは、思いますが、歴史観、思想観、金親子に対する忠誠心等など心配な事は沢山あります)

タイトル パール様
記事No 548
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:52
投稿者 い〜くん
2000<>2003/06/28(Sat) 13:17

ほんの少しだけ言わせてください。

> 私は「民族的差別」云々の観点から朝鮮学校出身者に無条件に国公立大学の受験資格を与えることには直ちには同意できません。

私も同感です。朝鮮総聯等の主張する「民族的差別」は、国公立大学受験資格付与の基準から除外して考えるべきでしょう。
ただ、先述の考え方を紹介したのは、みほ様が「在日朝鮮人はこの問題をどう考えているのか」との疑問を呈されたのに対し、一般的に在日の人にはどう見えるか、についての認識を紹介したつもりでした。
表現不足な点がありましたら、ご容赦願いたいと思います。
個人的には、日本という国が植民地を支配し内鮮一体を主張してきた歴史的経緯がある以上、ある程度の学力を担保する手段を保障した上で、1条校に準ずる扱いを認めてしかるべきと考えています。

> 朝鮮学校は現時点、というかこれまでの実態に鑑みてその要求レベルを充たしていないから受験資格を認められないだけの話です。

実態としてそのような判断もあるのかもしれませんが、国公立大学の受験資格を認めていないのは、学校教育法の「一条校」に該当しないからです。

学校教育法(ここに引用したのは以前のもので、若干表現が変わっている可能性があります)
第1条 この法律で、学校とは、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、大学、高等専門学校、盲学校、聾学校、養護学校及び幼稚園とする。
第56条 大学に入学することのできる者は、高等学校若しくは中等教育学校を卒業した者若しくは通常の過程による12年の学校教育を終了した者(通常の過程以外の過程によりこれに相当する学校教育を終了した者を含む。)又は文部大臣の定めるところにより、これと同等以上の学力があると認められた者とする。

私の推測ですが、私大が朝鮮学校卒業生に受験資格を認めているのは、上記の「(通常の過程以外の過程によりこれに相当する学校教育を終了した者を含む。)」を解釈のよりどころにしているのではないかと思います。
また、先般、文部科学省が一部の各種学校に国公立大受験資格を認める予定との報道が流れましたが、これは欧米の学力判定基準を満たした学校への受験資格付与であり、英語での教育を受けていない朝鮮学校や韓国学校、中華学校に合格の見込みがないことから、これらの学校の反発を受けたと認識しています。

朝鮮学校は、先にも述べましたように、朝鮮語により朝鮮の歴史を学ぶ朝鮮人のための学校です。
従って、文部科学省の定めるカリキュラムに沿っておらず、一条校としての認定を受けることができておりません。
また、大検を受験する場合にも、日本語で勉強し直さなければならないという不利があり、これが朝鮮学校卒業生のハードルを高めていると言えます。
ただし、昨今では、パール様ご指摘の対外開放だけでなく、教育内容の見直しを随時進めているとの報道があり、朝鮮学校側には柔軟な姿勢が感じられます。

従って、私は、文部科学省が朝鮮学校や韓国学校、中華学校に満たすべき基準を示した上で、国公立大受験資格を付与しても良いのではないかと思っております。
ただし、そうはいっても、これだけ北朝鮮や朝鮮総聯に対する反発が厳しい中で文部科学省が新たに柔軟な姿勢を見せるのは難しいのでしょうが。。。

長文、失礼致しました。

タイトル 朝鮮学校の卒業生
記事No 549
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:53
投稿者 みほ
2003/06/28(Sat) 13:22

なんと言うか、大学に入れるか否かではなくて、朝鮮学校の中でどんな教育をしているのかが非常に気になります。
反日的な考えや思想教育、金親子に対する忠誠心を煽る教育などなされていないか?非常に心配です。この日本社会の中に、毎年沢山の卒業生を出し続けているわけですから、気になるのは当然です。
きちんとした、今の世界情勢を、客観的に学んでくれていればいいのですが...あまりに偏ってないか心配です。

タイトル Re: 朝鮮学校の卒業生
記事No 551
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:58
投稿者 人民俳優
2003/06/28(Sat) 15:09

皆様の意見、興味深く読ませていただいています。
朝鮮学校等の民族学校が文部科学省のカリキュラムに則った教育を行っていない以上、一条校として認定するのは難しいかもしれませんが、せめて一条校に準ずる教育機関として認めることは構わないのではないでしょうか?
在日コリアンが子供を朝鮮学校へ通わせるのは、朝鮮語を身につけさせたい、朝鮮の歴史や文化を学ばせたいといった様々な動機からで、そうした選択は尊重されて然るべきでしょう。
英語も教えていますし、日本の学校の国語にあたる「日本語」もあります。
海外の高校出身者には受験資格を認めておきながら、国内の民族学校に認めないのはおかしいと思いますし、学ぶ意欲のある人を拒むというのは大学の本来のあるべき姿ではないでしょう。
みほさんは教育内容を心配されておられるようですが、金父子の肖像画も昨年教室から外されましたし、保護者からも、「生徒たちを前に『銃爆弾精神』『自爆精神』といった過激な言葉を使うのはやめてほしい」といった要望も出ているようですから、イデオロギー抜きにした教育内容へと変わっていっていると思います。

タイトル Re^2: 朝鮮学校の卒業生
記事No 552
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 16:00
投稿者 みほ
2003/06/28(Sat) 15:28

みなさんのお話やテレビ等で、肖像画をはずす等の情報は入ってはきてますが、実際に、どんな教育内容なのか?現場の教師はどんな風なのか?、修学旅行で北へ渡って、多くの献金などしているのか等、まだまだ不鮮明な事柄が多すぎます。もう少し大っぴらな情報公開が必要かと思います。
そうでないと、なかなか納得出来ません。

タイトル カリキュラム
記事No 553
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 16:01
投稿者 人民俳優
2003/06/28(Sat) 15:51

朝鮮学校のカリキュラムならHPで公開しているところもありますよ。
愛知朝鮮中高のHPには載っていました。
http://www.a-chungo.ac.jp/
公開授業を行う学校もあるようですから、機会があれば一度足を運ばれてみてはいかがですか?
以前、中級学校まで朝鮮学校に通われていた先生に教わっていましたが、とても良い先生でしたよ。
日本で生活しているわけですから、特に若い世代では、共和国や指導者に対しての忠誠心というのは薄れてきているのはないでしょうか?

タイトル 人民俳優様ほか
記事No 555
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 22:47
投稿者 パール
人民俳優様、また他の方(い〜くん様へは独立の返答をしたのでそれ以外の方)の御意見に対してもまとめてここで。

> 朝鮮学校等の民族学校が文部科学省のカリキュラムに則った教育を行っていない以上、一条校として認定するのは難しいかもしれませんが、せめて一条校に準ずる教育機関として認めることは構わないのではないでしょうか?
> 在日コリアンが子供を朝鮮学校へ通わせるのは、朝鮮語を身につけさせたい、朝鮮の歴史や文化を学ばせたいといった様々な動機からで、そうした選択は尊重されて然るべきでしょう。
> 英語も教えていますし、日本の学校の国語にあたる「日本語」もあります。
> 海外の高校出身者には受験資格を認めておきながら、国内の民族学校に認めないのはおかしいと思いますし、学ぶ意欲のある人を拒むというのは大学の本来のあるべき姿ではないでしょう。
> みほさんは教育内容を心配されておられるようですが、金父子の肖像画も昨年教室から外されましたし、保護者からも、「生徒たちを前に『銃爆弾精神』『自爆精神』といった過激な言葉を使うのはやめてほしい」といった要望も出ているようですから、イデオロギー抜きにした教育内容へと変わっていっていると思います。


国内の民族学校に受験資格を認めない云々というのは、い〜くん様へのレスで韓国学校への受験資格に触れているのでそちらをどうぞ。

私がもっと根源的なこととして考えるのは、この問題は対象が北朝鮮系列の朝鮮学校であるがゆえに過度に話題になりすぎているということです。
はっきり言えば、朝鮮学校の教室に金日成の肖像画があろうがなかろうがそんなもの勝手にすればよろしい。
何度も繰り返すので飽きてきますが、朝鮮学校が日本国の税金によって運営される国公立大学の受験資格を得たいと思うなら、「日本国の教育カリキュラム」が要求する学習レベルを卒業者が得ていると、「自分たちで評価して主張する」のではなく「日本国に評価して認めてもらえるよう」努力すべきです。

万景峰号はじめとする船舶検査を厳しくするのも、これまで当然やっているべきことをこの後に及んでいきなり北朝鮮の船に対してやりだしたからここまで注目されるのであって、本来なら「法律の執行行為」にすぎないものがここまで騒がれるのはおかしい。
朝鮮学校問題も本来は学力水準にあるか否かの判断の問題に過ぎないのに、ことが北朝鮮に絡むばっかりに、肖像画があるとかないとかど〜でもいい問題を面白おかしく取り上げることで本来の焦点がぼかされ、「肖像画を外したから認めてもいいのでは」的なおバカな意見までテレビで堂々と放映されるに至ってはもう呆れてため息も出なくなります。

朝鮮学校問題に関する私の基本的見解は一定学力があるかどうか、それ以上でもそれ以下でもなく、それ以外の要素を介入させることに反対というだけのものです。

タイトル い〜くん様
記事No 554
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 22:19
投稿者 パール
い〜くん様

丁寧な御返答有難うございます。

> > 朝鮮学校は現時点、というかこれまでの実態に鑑みてその
要求レベルを充たしていないから受験資格を認められないだけの話です

>
> 実態としてそのような判断もあるのかもしれませんが、国公立大
学の受験資格を認めていないのは、学校教育法の「一条校」に該当しな
いからです。
>
> 学校教育法(ここに引用したのは以前のもので、若干表現が変わ
っている可能性があります)
> 第1条 この法律で、学校とは、小学校、中学校、高等学校、中
等教育学校、大学、高等専門学校、盲学校、聾学校、養護学校及び幼稚
園とする。
> 第56条 大学に入学することのできる者は、高等学校若しくは
中等教育学校を卒業した者若しくは通常の過程による12年の学校教育
を終了した者(通常の過程以外の過程によりこれに相当する学校教育を
終了した者を含む。)又は文部大臣の定めるところにより、これと同等
以上の学力があると認められた者とする。
>
> 私の推測ですが、私大が朝鮮学校卒業生に受験資格を認めている
のは、上記の「(通常の過程以外の過程によりこれに相当する学校教育
を終了した者を含む。)」を解釈のよりどころにしているのではないか
と思います。
> また、先般、文部科学省が一部の各種学校に国公立大受験資格を
認める予定との報道が流れましたが、これは欧米の学力判定基準を満た
した学校への受験資格付与であり、英語での教育を受けていない朝鮮学
校や韓国学校、中華学校に合格の見込みがないことから、これらの学校
の反発を受けたと認識しています。


最初(545)の発言でも書きましたが、この認識は違っていると思い
ます。というのは、みほさまも初耳と仰っておりましたが、韓国系の学
校で一条校として国公立大学受験資格を付与されている学校があるから
です。

大阪建国学校(1951年認可、幼・小・中・高)と大阪金剛学校(1985
年認可、小・中・高)です。
近年になってアリバイ的に韓国系だけ認めたわけでもなく、英語での
教育云々は一条校に東アジア系の学校が少ないことの理由にはなってい
ないと私は考えます。

それと、私は朝鮮学校出身者に受験資格を認めない理由を実質的な学
力としましたところ、い〜くん様は「それもあるかもしれないが、一条
校に入らないから」とされました。
これは私の筆力不足ですが、私は「一条校にあたらないのは学力不足
だから」と言いたかったわけです。
一条校に該当するかは形式論の次元で、私は「なぜ一条校にあたらな
いのか」という実質論の次元で話を進めていたのですれ違ってしまった
のだと思います。

なお、

> 個人的には、日本という国が植民地を支配し内鮮一体を主張して
きた歴史的経緯がある以上、ある程度の学力を担保する手段を保障した
上で、1条校に準ずる扱いを認めてしかるべきと考えています。

私はこの部分は賛同できません。
繰返しの内容ですが、朝鮮学校出身者に国公立大学受験資格を付与す
るかどうかは実質的な学力だけを基準に判断すべきであって、過去に日
本が朝鮮半島を支配したとかなんとかの話を介入させるべきではないで
しょう。

タイトル 再度パール様
記事No 556
投稿日 : 2003/06/29(Sun) 12:03
投稿者 い〜くん
パール様

 詳細なご返答、有り難うございました。
 認識の相違点がどこにあるかという点について、わかったような気がします。

 朝鮮学校に対する論点を整理しますと、次のようになると思います。

(1)学校教育法に定める一条校に該当しない。(パール様のおっしゃる形式論)
(2)一条校に準ずる扱いを受けていない。(私の紹介した「文部科学省が一部の各種学校に国公立大受験資格を認める予定との報道」で対象外になっている)
(3)学力不足(パール様の主張される点)

 (3)については、私も、必要な教育がなされていない限り、国公立大学受験資格を付与するべきではないと思っております。
 ただし、それについて「実質的な学力」と言い切ってしまえば、例えば「日本の学校は卒業時にヒドイ学力でも大学を受験できるではないか。民族差別だ」「大学入試で学力を判定するのだから、実質的な学力の有無は大学入試で判別できるのではないか」という論理に対し、反証できなくなってしまいます。
 従って、「必要な教育がなされているか」何らかの客観的基準が必要なのだと思います。

 ここで(1)の一条校の扱いが浮上します。
 文部科学省は、客観的基準として、同省の指定するカリキュラムが満たされているか否かを判断材料にしています。
 このカリキュラムの内容が公正なのか、純粋に「学力」のみをはかるものなのか、「必要な教育」に限定されたものなのか、という点に、私は疑問を呈しているのです。

 朝鮮学校は、カリキュラムを満たしていないので、一条校として認定されていません。
 東京韓国学校も、カリキュラムを満たしていないので、一条校として認定されていません。
 大阪建国学校については、私も初耳だったのですが、一条校として認定されているということは、カリキュラムを満たしているのでしょう。
 ただし、この事実によって、大阪建国学校の学力が朝鮮学校や東京韓国学校よりも高い、ということになるのでしょうか?
 そうではなくて、朝鮮半島史を中心とした世界観の付与や、ハングルを用いた教育を行っているからではないでしょうか?
 学力を判断する場合に、例えば、朝鮮を中心とした世界観であっても、必要な世界史の知識を持っていれば、同じ学力といえるのではないでしょうか?日本語で数学の試験を行った時に成績が悪くても、ハングルでの試験で成績が良ければ、数学の学力は担保されていることになりませんか?そもそも「必要な教育」とはどのようなものなのですか?

 文部科学省の判断基準は外部から見ると判りにくいので、この「必要な教育」がなされているかどうかを客観的に判断することが必要だと、私は考えております。
 しかるに、文部科学省は、「『一定水準の教育』を受けたという、その水準の確保という観点」を口実にしつつも、3月6日の中央教育審議会大学分科会で、英米の3つの民間評価機関の認定を受けた16校を新たに大学進学機会拡大の対象にすると発表して、英語教育を受けていない朝鮮学校等を結果的に対象外にしたのです(その後、本方針を「見直す」との報道もされましたが、文部科学大臣は何ら決定されていないと会見で述べています)。
  私は、国際評価機関の認定校を対象にするにせよ、それ以外の認定法を設けるにせよ、韓国・朝鮮・中華学校をも評価判定の対象にし得る「客観的な判断」を付与した上で、条件を満たすならば一条校として認定すべきだ、と考えております。
 先に述べた「日本という国が植民地を支配し内鮮一体を主張してきた歴史的経緯がある以上〜」という下りも、歴史的経緯がある以上、優先して評価判定の対象にするべきだ、との認識を示したものです(確かに「無条件で付与せよ」との認識と誤解されやすい表現でした。この点についてはごめんなさい)。
 なお、パール様ご指摘の「過去に日本が朝鮮半島を支配したとかなんとかの話を介入させるべきではない」との点につきましては、在日の方々が過去の歴史的経緯から日本に滞在している以上、彼らに対する基本的教育が日本人への基本教育と微妙に異なる点についても一定の配慮をせざるを得ないとの認識に立っております。

 以上、長文・乱文にて失礼致しました。
 細かな論点の差を上げましたが…これまでの議論のすれ違いはともかく、大まかな枠組みでの認識はパール様と大差ないと考えてよろしいでしょうか?

タイトル Re: 再度い〜くん様
記事No 558
投稿日 : 2003/07/01(Tue) 00:39
投稿者 パール
い〜くん様

> (3)学力不足(パール様の主張される点)
>
>  (3)については、私も、必要な教育がなされていない限り、国公立大学受験資格を付与するべきではないと思っております。
>  ただし、それについて「実質的な学力」と言い切ってしまえば、例えば「日本の学校は卒業時にヒドイ学力でも大学を受験できるではないか。民族差別だ」「大学入試で学力を判定するのだから、実質的な学力の有無は大学入試で判別できるのではないか」という論理に対し、反証できなくなってしまいます。


私は反証できると思います。
日本の学校は程度の差こそあれ基本的に日本政府の要求する学習指導方針に沿った形で教育を実施している(のが建前である)ことになっています。
「日本の学校」というだけで「日本社会が要求する高校レベルの学習能力をクリアした人間が卒業証書を手に出来る」という推定は働きます。
朝鮮学校はじめ全ての外国人学校は「日本の学校でない」というだけで、日本の学校と違って卒業生の学習能力につき積極的な立証が要求されるのです。私はこれを不当ともなんとも思いません。日本の学校と外国人学校との間に、日本の教育制度の下における扱いに差異があるのは当然です。

また、「大学入試で学力判定が出来るのでは」という論理を認めるならば、受験資格を日本の高校出身者に認める原則それ自体が意味のないものになります(飛び級は当然に認められるし、大検も必要なくなります)。
「大学は高校の上級学府」という制度の下では、受験資格を高卒またはその程度とする方法は一定の合理性を持っていると私は思います。


>  従って、「必要な教育がなされているか」何らかの客観的基準が必要なのだと思います。
>
>  ここで(1)の一条校の扱いが浮上します。
>  文部科学省は、客観的基準として、同省の指定するカリキュラムが満たされているか否かを判断材料にしています。
>  このカリキュラムの内容が公正なのか、純粋に「学力」のみをはかるものなのか、「必要な教育」に限定されたものなのか、という点に、私は疑問を呈しているのです。
>
>  朝鮮学校は、カリキュラムを満たしていないので、一条校として認定されていません。
>  東京韓国学校も、カリキュラムを満たしていないので、一条校として認定されていません。
>  大阪建国学校については、私も初耳だったのですが、一条校として認定されているということは、カリキュラムを満たしているのでしょう。
>  ただし、この事実によって、大阪建国学校の学力が朝鮮学校や東京韓国学校よりも高い、ということになるのでしょうか?

「学力」といってもいろいろありますが、ここでいうのは「日本の高卒と同等程度のカリキュラムを経てきたとみなされる力」ですよね。それならば、個々の生徒の力は千差万別ですが、少なくとも日本政府は「大阪建国学校は朝鮮学校や東京韓国学校より『学力』が高い」と判断しているんでしょう。
その判断が正しいか誤っているかはまた別問題ですよ。


>  そうではなくて、朝鮮半島史を中心とした世界観の付与や、ハングルを用いた教育を行っているからではないでしょうか?
>  学力を判断する場合に、例えば、朝鮮を中心とした世界観であっても、必要な世界史の知識を持っていれば、同じ学力といえるのではないでしょうか?日本語で数学の試験を行った時に成績が悪くても、ハングルでの試験で成績が良ければ、数学の学力は担保されていることになりませんか?そもそも「必要な教育」とはどのようなものなのですか?


仰るとおりでしょう。どの言語であれ数学等の基本学力が一定程度身につくようなカリキュラムであれば、まさに「数学の学力は担保されていることに」なりますよ。
ですから、そういうカリキュラムと認められていないんでしょう。
繰り返しますがその認定の正誤は別の問題です。


>  文部科学省の判断基準は外部から見ると判りにくいので、この「必要な教育」がなされているかどうかを客観的に判断することが必要だと、私は考えております。
>  しかるに、文部科学省は、「『一定水準の教育』を受けたという、その水準の確保という観点」を口実にしつつも、3月6日の中央教育審議会大学分科会で、英米の3つの民間評価機関の認定を受けた16校を新たに大学進学機会拡大の対象にすると発表して、英語教育を受けていない朝鮮学校等を結果的に対象外にしたのです(その後、本方針を「見直す」との報道もされましたが、文部科学大臣は何ら決定されていないと会見で述べています)。
>   私は、国際評価機関の認定校を対象にするにせよ、それ以外の認定法を設けるにせよ、韓国・朝鮮・中華学校をも評価判定の対象にし得る「客観的な判断」を付与した上で、条件を満たすならば一条校として認定すべきだ、と考えております。

基準をもっとはっきりさせよという点には異論ありません。
欧米系の評価機関を頼りにするのもあまり賛成しません。もっと主体的に(笑)判断せよといいたい。


>  先に述べた「日本という国が植民地を支配し内鮮一体を主張してきた歴史的経緯がある以上〜」という下りも、歴史的経緯がある以上、優先して評価判定の対象にするべきだ、との認識を示したものです(確かに「無条件で付与せよ」との認識と誤解されやすい表現でした。この点についてはごめんなさい)。
>  なお、パール様ご指摘の「過去に日本が朝鮮半島を支配したとかなんとかの話を介入させるべきではない」との点につきましては、在日の方々が過去の歴史的経緯から日本に滞在している以上、彼らに対する基本的教育が日本人への基本教育と微妙に異なる点についても一定の配慮をせざるを得ないとの認識に立っております。


いや、い〜くん様の文章がわかりにくいのでも、私が誤読したのでもないと思います。
私は、「無条件」はもちろん、「一定の条件があっても」“歴史的経緯”なる要素を考慮に入れることには賛成しないのです。
(本題から外れるので触れませんが、多分、私とい〜くん様との間には、現在の在日朝鮮人が日本に定住している歴史的経緯なるものについて認識の開きがあり、そこから考え方の違いが発生しているのだと考えます)

タイトル ありがとうございました。
記事No 561
投稿日 : 2003/07/03(Thu) 00:33
投稿者 い〜くん
パール様

 この度は、私の拙い文章に冷静な議論でつきあっていただいて、有り難うございました。
 お陰様で、有意義な議論ができたと考えておりますし、自らの頭の体操にもなりました。お会いしての議論であれば更に有意義であったのかなとも思っております。

> 基準をもっとはっきりさせよという点には異論ありません。
> 欧米系の評価機関を頼りにするのもあまり賛成しません。もっと主体的に(笑)判断せよといいたい。

 人民大衆を重んじる主体思想のすばらしさがここにも(笑)
 欧米系の評価機関を頼りにするのは、自らの基準がはっきりしていないからだと思っております。
 で、(ここからがパール様のツッコミの入る部分ですが)私は、旧植民地系の学校をも冷静に判断出来る基準を設けよ、と思うわけです。

> (本題から外れるので触れませんが、多分、私とい〜くん様との間には、現在の在日朝鮮人が日本に定住している歴史的経緯なるものについて認識の開きがあり、そこから考え方の違いが発生しているのだと考えます)
 仰るとおり、歴史的経緯に対する認識にも、それからおそらく在日朝鮮人のあるべき姿に対する見解にも差があり、そこから考え方の違いが発生したのでしょう。

 大変勉強になりました。ありがとうございました。

タイトル なによりも国交正常化が
記事No 550
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:56
投稿者 侵乱消人
2003/06/28(Sat) 15:03

たしかに外国人学校一つをとっても、いままで国が法整備を怠ってきたことがよく解りますね。国籍法、戸籍法などに基づく外国人登録、二重国籍禁止の問題も民族の尊厳、教育の機会均等などとともに尊重していないかのように思われてしまう一面があります。

朝鮮初中高級学校については、つい先頃まで民族教育という名目で反日教育ととられても仕方がないカリキュラム内容でした。そして教壇の上には金親子の肖像が掲げられておりましたが、たしか1998年に共和国の指示でそれらを取り外すように言われていたのです。
ところが現実にその肖像画が教室から消えたのは3年後の2001年(だったと思う)でした。
そこで民団系の子息、総連系の子息に中立的な内容で教育を施すようになっているかというと、必ずしもそうではない学校もあり、教諭そのものが以前と全く変わっていない学校もあるのが現状です。

朝鮮学校が学校として認定されるには、皆さまのおっしゃるように、学校教育法に基づく学習指導要領を遵守して教育を施行することを宣言すれば良いのですが、それはプライドの高い朝鮮民族のこと、事が簡単には運ぶことはないでしょう。
文部科学省が認めない学校の卒業生に大学受験資格が与えられないのは、法的には当然のことですが、そんなことを国内的にゴチャゴチャ言うよりも、要するに国交正常化を成せば韓国人学校であれ、朝鮮人学校であれ、日本の義務教育であれ、どの道を選択しても良いようになるはずなのですが。
日本には姑息的、かつ時限立法的法律が多すぎます。

タイトル 週刊誌の件など
記事No 547
投稿日 : 2003/06/28(Sat) 15:49
投稿者 人民俳優
2003/06/28(Sat) 12:03

『週刊文春』の記事ですが、朝鮮学校校長は早大生の父親ではなく、一緒に捕まった女性の父親のようです。
記事は「校長ともあろうものが自分の子供の教育も疎かにして」といった内容でしたが、見出しで「『朝鮮学校』の校長」であることを殊更に強調する必要があるのかなと思います。
大学入学資格の件ですが、私大の大半は朝高卒業生に受験資格を認めており、特に問題は起きていないようです。
学力レベルが一定水準に達しているかどうかは入試の成績で判断すればよいのではないでしょうか?
それから以前にも書きましたが、朝鮮高級学校卒業後、一旦私立大学に入学して、その後、国立大学の編入学試験を受けて合格すれば朝高出身者も国立大生になれるのです。
一般入試がなぜ門戸を閉ざすのかよくわかりません。

タイトル Re: 週刊誌の件など
記事No 565
投稿日 : 2003/07/08(Tue) 18:58
投稿者 ぽん
さっぱり分かりません。

何故、日本の法律に従ってくださいね。というのが民族差別に
つながるのか論拠不明です。

朝鮮学校は各種学校扱いですが当然他の各種学校にも
高卒資格や受験資格などありません。
仮に私がぽんぽん学校というのを独自のカリキュラムで作って
自らの判断で一条校なみの学力あるから一条校の審査受けないけど
受験資格認めてね。認めなければ差別だよ。
なんていったら笑われるし馬鹿にされるだけでしょう。

分かりやすく車の免許に喩えて
私の私有地で車の運転覚えて自動車学校にもいかず
私の判断基準で免許を貰えるレベルになりましたから
試験はうけませんが免許だけ発行して下さい。
そうでないと差別ですよ。と騒ぎ立てるようなものです。

又、他の各種学校にも当然認められてない訳ですから
朝鮮学校を認めるなら他の学校にも認めないといけません
朝鮮学校だけ特別扱いして他の学校には認められないというのは
それこそ差別になっちゃいます。

さらになんの為に大検があるのでしょうか?
学力に問題がないのなら大検うければそれですむじゃないですか?
こんな事は上でさんざん言われてますが言わずにおれません

>一般入試がなぜ門戸を閉ざすのかよくわかりません。

どうして論拠不明な主張をするのか
私には駄駄をこねる子供のわがままにしか見えません

タイトル Re^2: 週刊誌の件など
記事No 566
投稿日 : 2003/07/08(Tue) 21:22
投稿者 ハンピョル
ずっとROMだったんですが、何かミョーにいきり立ったカキコみたいなので、本人ではないものの、ちょっとフォローさせてください。

> 朝鮮学校は各種学校扱いですが当然他の各種学校にも
> 高卒資格や受験資格などありません。

以下、ぽん氏の主張には私も賛成しています。けれども、

> >一般入試がなぜ門戸を閉ざすのかよくわかりません。
>
> どうして論拠不明な主張をするのか
> 私には駄駄をこねる子供のわがままにしか見えません

私には論拠不明な非難をしているようにしか読めません。

> 何故、日本の法律に従ってくださいね。というのが民族差別に
> つながるのか論拠不明です。

冒頭の一文からそうですが、まず、人民俳優氏ご自身がそんなこと(民族差別)を言っておらず、他の方々のカキコにも、そのような主張はありません。人民俳優氏は、

> 朝鮮高級学校卒業後、一旦私立大学に入学して、その後、国立大学の編入学試験を受けて合格すれば朝高出身者も国立大生になれるのです。

と指摘されています。
つまり、現状においても「抜け穴」があるのに、一般入試「だけ」が門戸を閉ざすのは何故か?という鋭い問題提起が、カキコの趣旨だと思うのです。
何でも色眼鏡でみて、決め付けやレッテル貼りを行うのは、この掲示板の投稿水準に見合わない難癖かと愚考致します。

尤も、私もこの掲示板に見合った投稿が出来る知的水準にはないので、再びROMに戻ります。
いつも勉強させてもらっていますが、今回は一寸お邪魔しました・・

タイトル Re^2: 週刊誌の件など
記事No 567
投稿日 : 2003/07/09(Wed) 15:51
投稿者 人民俳優
> 朝鮮学校は各種学校扱いですが当然他の各種学校にも
> 高卒資格や受験資格などありません。

その通りですが、カリキュラムの内容から考えて日本の高校レベルの教育を行っていると判断して良いのではないでしょうか?
他の方も書いておられる通り、私も、民族を理由に入学資格を与えるというのは賛成いたしかねますが、受験資格には「高卒と同等以上の学力を有すると認められるもの」とも書かれています。

> 学力に問題がないのなら大検うければそれですむじゃないですか?

大検そのものはそれほど難しい試験ではありませんが、果たして大学を受けられるかどうかもわからない状態での大学受験勉強を強いられるというのも大きな負担ではないでしょうか?
以前のように、日本の中学校を出ていないと大検受検資格もない(朝鮮中級学校卒業者は大検も受けられない)という状況よりは良いとは思いますが・・・
確かに、最初から日本の学校へ行けば何も問題なく大学を受験することができます。
しかし、朝鮮学校へ子供を通わせる保護者は、子供に朝鮮語を身につけさせたい、民族の文化や歴史を学ばせたいなど様々な理由で高い学費にもかかわらず子供を通わせており、その選択は尊重されるべきだと思います。
「子供の将来を考えて朝鮮学校には通わせないようにする」というのも悲しいことではないでしょうか?

タイトル Re^2: 週刊誌の件など
記事No 667
投稿日 : 2003/08/13(Wed) 17:49
投稿者 祖父は警官
> 分かりやすく車の免許に喩えて
> 私の私有地で車の運転覚えて自動車学校にもいかず
> 私の判断基準で免許を貰えるレベルになりましたから
> 試験はうけませんが免許だけ発行して下さい。
> そうでないと差別ですよ。と騒ぎ立てるようなものです。

私はこの件に不案内なので単なる横レスでありますが。
このたとえは例えとして不適切だと思います。
もし自宅の庭で自動車教習を独学で学んだだけで「自動車教習所」にいってない場合でも、免許試験場にて免許審査の試験を受ける権利はあります。

今問題になっている大検にて資格を得るというのが「差別」というのは、現在の朝鮮人の置かれている微妙な心情の変化を反映していると思います。

自分の私見ですが、朝鮮学校を建設した一世二世の人たちの思いは差別をはねかえすという事だったのだと思います。日本の社会の差別も厳としたもので、これはある程度必然性があったと。ところでこの学校に通う当事者はといえば、現実には子どもです。子どもには自由というのはあってなきがごときもので、親が決めたコースに行くわけです。ところで三世四世となって、現に差別があるというよりも、(親たちがとも言えるが)自ら作り上げた「差別と戦う砦」であった朝鮮学校それ自体が、個々の三世四世の人たちに桎梏となりつつある、と。現実には日本の学校制度の大学に通い、各種資格をも得て、企業などで活躍する可能性も現実になり、その必要がでてきたのではないでしょうか。そして大検を受ければそれも可能になってきた。ここで歴史的ないきさつを捨象して第三者として見れば「あんた大検受けなさいよ、大検も通らないで大学受からないよ」となるでしょう。これは正論であります。しかし運動として父祖から(すでに一世二世は死去している人も多いでしょう)戦いつづけ、要求しつづけ、要求することによって切り開いてきたという運動パターン、発想のパターンはそうそう簡単に変わらないわけです。ここで不思議な現象が発生する。「大検を受けずに日本の大学に行かせろ」「自分たちを(一条校に通う子と)同等に扱え」。ようするに彼らは「日本人になりたい」のです。でもいきさつがありますから家族や先祖の位牌にかけて、口がさけてもそうは言えない。あるいはもっと現実的に彼らのコミュニティの中での孤立が怖いから「日本人になりたい」などとは正面からは言えない。

ただし難関大学は、どんなに受験資格に関する関門を省略しても難関であります。受験の資格というのは「合格する可能性」と「不合格になる可能性」とを同時に付与するわけです。合格する子は大検があろうがなかろうが合格するでしょうが、そうでない子はこれまで「日本のせい」にしていたその学力の程度をもはや日本政府のせいにできなくなります。