タイトル 朝鮮語
記事No 309
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 20:58
投稿者 主宰者   <dprk@ni-chika.pobox.ne.jp>
参照先 http://ni-chika.pobox.ne.jp/dprk/
以下(No.310〜327)、メイン板における朝鮮語関連のご投稿を移動したものです。

タイトル Re: 朝鮮語
記事No 310
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:00
投稿者 みほ
私はここのところ北朝鮮のテレビ局のアナウンサーや
脱北者の方のインタビューなどを聞いているうちに
とても不思議なものを感じました。日本語の発音と
全く同じようなものが多いですよね?字幕を見ながら
聞いてると、多々そういう熟語に直面し、驚いて
います。そんなに近い語源を持つ国同士がどうして
これまでこんなにも交流してこなかったのかと。
韓国でさえもです。ドイツ語とオランダ語なども
非常に似た発音ですよね。そういった国の言葉は
両方話せる人も多いのに...それに学校でも
もっともっと韓国語を教えてもいいような気が
します。21世紀には学校で、韓国語を教える
ようになるかもしれないですね?(無理かな?)

タイトル チョソンマル
記事No 311
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:03
投稿者 人民俳優
総書記の夫人だった成恵琳女史は滑らかなソウル発音で、男性に人気だったとどこかで読んだことがあります。
北朝鮮の言葉は、東北弁っぽいんですよね。
確か、関川夏央氏の『退屈な迷宮』に、共和国のアガシが、「チルシプチョン(70チョン)」を「ツルスプツォン」と発音していたというようなことが書かれていました。
先日、日テレ系で「JSA」が放送されましたが、吹き替え版でちと残念でした。
個人的には字幕のほうが好きです。
人民軍兵士役の俳優は、脱北者について北のイントネーションを一生懸命に練習したと教育テレビのハングル講座で語っていました。
「ヤー、イェップダ(わあ、キレイだ!)」
は、北の言い方だと、
「テ−ゴー、イエップダ」
となるそうなのですが、この「テ−ゴー」は、朝鮮中央テレビの「2年生たち」でも頻繁に出てきました。
「最高」の「チェゴ」からきたのではというのが知り合いの韓国人の先生の見解ですが、実際はどうなんでしょうかね?
みほ同志も書いておられますが、ドイツ語とオランダ語の差というのは、日本語の東京弁と九州弁の差よりも小さいんですよね。
ただ、ドイツとオランダが別の国家であるために、それぞれ別個の言語として扱われているようです。
インドネシア語とマレー語、ルーマニア語とモルドバ語も基本は同じですし、セルビア語とクロアチア語のように表記する文字が違う(セルビア語はキリル文字、クロアチア語はローマ文字)以外、同一という例もあります。
同じ系統の言語であることを証明するには、固有語や数詞を比較するそうですが、日本語と朝鮮語の場合、漢字語の発音が似ているのは当然としても、数詞(漢数詞のイル、イ、サム、サ・・・ではなく固有数詞のハナ、トゥル、セッ、ネッ・・・)と日本語の「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ」はあまり似てませんし、謎とされています。
ちなみにお神輿を担ぐときの「ワッショイ」は朝鮮語の「ワッソ(来た)」、「どんぶり」は「タンボン(湯鉢)」から来たそうですよ。
ふしぎ発見で言ってました(笑)

タイトル Re: チョソンマル
記事No 315
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:11
投稿者 労働英雄
いつしか朝鮮語の話題で盛り上がってきましたね。みほ同志がご指摘しておられる言葉に共通点が多々あるというのは、古来密接な交流を持っていた国であり、奈良、平安の昔は日本語と朝鮮語はもっと近い関係にあったと推測されますので無理からぬことでしょう。
現在の学校教育では英語学習が見直されているようですが、新大東亜共栄圏を建設するにあたっては朝鮮語、中国語は必須でありましょう。
ぜひとも学校教育に採り入れるべきだと思います。真の友好とは相手国の文化に敬意を払い、言葉を学ぶことから始めなければいけません。
私も粋なソウルマルできれいなアガシと話してみたいです。

タイトル ワッソとワッショイ
記事No 316
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:12
投稿者 コソン
とんでないまちがいが本気で信じられているいい例の一つに、日本でお祭りなんかで使われる「ワッショイ」という言葉が、韓国語の「ワッソ」(来た)からきたものだというのがあります。いったい、なにを根拠にそういうことになっているのかわかりませんが、これはまったくまちがっているんです。だれが最初にそう言ったか調べてみたら、この前亡くなられた在日の文学者の金達寿さんでした。それ以後、韓国の学者や在日の学者が堂々と本に書いたりしているんですね。
しかし国語学者では、日本人でも韓国人でも認める人はだれもいません。そもそも、15世紀にハングルが作られる以前、朝鮮では漢字漢文で全てが書かれていたわけだから、その当時(高麗時代以前)の朝鮮語がどんなものであったかは、ほとんど解明されていない。

呉善花・崔吉城『これでは困る韓国 』より

タイトル Re: ワッソとワッショイ
記事No 317
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:12
投稿者 暇人
コソン様ご指摘の件については、私自身かつて金達寿氏の著作を愛読
していたので信じきっておりましたが、『「歴史と国家」雑考』を読ん
で成る程と思ったものです。
 以下コピペ

 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuudai
>>大阪でここ数年前から行なわれている「四天王寺ワッソ」という祭りにおいて、日本の祭りの掛け声である「ワッショイ」は朝鮮語の「来たぞ」を意味する「ワッソ」からきた言葉だという説明がなされています。これも金さんらが打ち出した語呂合わせの説なのですが、これが堂々とパンフレットに書かれて多くの人が信じつつある状況をみると、根拠のない俗説が一般社会に定着する「神話」というのはこのような事情で生まれるものかと考えました。「神話」の成立はそれなりに理由があることなので、20世紀後半における日本社会の一つの現象として、将来のいつかは歴史研究の対象となることでしょう。しかしそれ以前に、「神話」を定着させることを容認した現在の歴史研究者の責任が一番重いと思います。

 金達寿氏らの「季刊 三千里」のメンバーは確かに、日本史に埋もれ
ていた古代朝鮮文化に日の目を見させた功績はあるのですが、じゃあ日
本のものは全て半島に起源があるといえばそれも違うと思います。
 金達寿氏自身は朝鮮総連の思想統制強化により組織から追い出された
後に一連の「日本の中の朝鮮文化」の活動に没頭して行ったのですが、
意地の悪い見方をすれば彼自身も「日本の文化は全て半島から伝わった。」
という文化的優越感とは無縁ではなかったと言えるのかもしれません。

タイトル Re^2: ワッソとワッショイ
記事No 318
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:13
投稿者 主宰者   <dprk@ni-chika.pobox.ne.jp>
参照先 http://ni-chika.pobox.ne.jp/dprk/
「万葉集」が古代朝鮮語で読めるとか何とかいった具合の、(読み物としては面白いが)学術的に何らの根拠もない戯言は、随分と前から広まっていますが……
ご紹介のURL内にある“百済=クンナラ”は、私も信じていたもので、ちょっと驚きです(百済系帰化人が新羅への恨みから、失われた祖国を称えてそのように呼んだ、といった具合に解釈していたのですが)。

近年は学校の歴史教育の場において、百済を「ペクチェ」、新羅を「シルラ」と読ませるような、馬鹿げた偏向がまかり通っています。
帰化人が古代日本文化に大きな影響を及ぼしたことは自明としても、歴史用語の修正は勘弁して欲しいと思います。そもそも、古代朝鮮語で「百済」や「新羅」がどのように発音されていたのか、↓でコソン様がご指摘なさっているように、わかったものでもありません。

タイトル 音韻の変化
記事No 322
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:16
投稿者 祖父は警官
> 近年は学校の歴史教育の場において、百済を「ペクチェ」、新羅を「シルラ」と読ませるような、馬鹿げた偏向がまかり通っています。

しきりにブレジネフの制限主権論などを「これが社会主義だ」と授業で言い張って高校生だった私は論争したことのある、かなり保守的とおみうけした社会科の教師がこのシルラペクチェコグリョ等という「読み」を教えてくれたものでした。「制限主権論」などには大いに反論もしたのですが、たしかに音韻の変化というのはありますよね。(もう一方で、解放同盟べったりの国語教師が音韻の変化について同時期に教えてくれていたが、それとこれとをつなぎあわせて疑問を発するほど知的能力がなかった自分が悔しい。呉音唐音漢音だとか、歴史的仮名遣いだとか、日本にも中国にもあるものが、朝鮮にないはずはありませんね。

ところで、日葡辞書などのような古代朝鮮語の発音を推定するてがかりになる文献はあるのでしょうか。全くないのでしょうか。

タイトル Re: 音韻の変化
記事No 323
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:17
投稿者 主宰者   <dprk@ni-chika.pobox.ne.jp>
参照先 http://ni-chika.pobox.ne.jp/dprk/
> 古代朝鮮語の発音を推定するてがかりになる文献はあるのでしょうか

専門ではないのでおざなりな話しか書けませんが、新羅時代の「郷歌」(日本の和歌みたいなもの)が多少、残っています。もっとも、その数は確か20首ぐらいのもので、あまり役立たないようですが……。

タイトル 固有名詞
記事No 325
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:19
投稿者 さかな
ども、初めまして、さかなです。

> 近年は学校の歴史教育の場において、百済を「ペクチェ」
> 新羅を「シルラ」と読ませるような、馬鹿げた偏向がまかり
> 通っています。

歴史検証はともかくとして人名とか地名の固有名詞はなるべく
現地の発音でするのがベターと思いますが。
日本語の音の範囲が狭すぎて正確な表記は難しいと思うけど、
固有名詞は極力現地語で表現する努力をしたほうが相互理解に
役立つし、なにかと便利だと思いますヨ。

タイトル Re: 固有名詞
記事No 326
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:20
投稿者 主宰者   <dprk@ni-chika.pobox.ne.jp>
参照先 http://ni-chika.pobox.ne.jp/dprk/
はじめまして。

> 人名とか地名の固有名詞はなるべく現地の発音でするのがベター

となりますと、支那の歴代王朝や皇帝なども現代北京語の発音で表記しなくてはならなくなりますね(^^ゞ

もっとも、地理の教科書では、中華人民共和国の地名がことごとくカタカナで表記されています。「ペキン」「シャンハイ」程度ならいざ知らず、「ウーハン」「チョンチン」などと言われても正直、どこの街なのか即座に思い浮かびません。
まして、現地語表記に忠実でなければならないのなら、ペキンはベイジンとでも表記しなければならないはずで、このような教育は相互理解でも何でもなく、ご都合主義的な迎合に過ぎないでしょう。
基本的に、日本も朝鮮半島も漢字を受容し、年月をかけて各々の言語の血肉としてきたのですから、基本的に漢字語は漢字で表記すべきというのが、私の認識です。当研究室が極力、地名・人名の漢字表記に努めているのも、このためです。
表意文字なのですから、漢字を用いることが即ち相互理解にもつながることでしょう。

その読み方についても、歴史上の国名はNo.327で祖父は警官様がご指摘なさっているように、歴史検証そのものなのですから、長年「くだら」「しらぎ」と呼び習わされてきたものを、現代日本人が勝手に現代朝鮮語に言い換えるのは、それこそどこぞの国がわめき散らしている“歪曲”にもなりかねません。
ただでさえ、帰化人を“渡来人”と呼んでみたり、任那日本府の存在を黙殺したりと、現代の都合(迎合)に基づく歪曲がまかり通っている中、このままでは法隆寺の至宝・百済観音像を「ペクチェ観音」などと呼ぶ日も到来しかねません。

タイトル Re: 固有名詞
記事No 327
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:20
投稿者 祖父は警官
はじめまして!

> 歴史検証はともかくとして人名とか地名の固有名詞はなるべく現地の発音でするのがベターと思いますが。

この場合こそはまさしく歴史検証ではありませんか? 字は「新羅」ですが、下手をすると日本語よみの「しらぎ」の方が「しるら」よりもその国の当時の呼び名に近い発音を残している可能性さえあります。漢音だと「しんら」ですがなぜかこう読むようになっているし。

それがよほど確定もしないうちに既定の事実であるかのように高校などの課程で教えるのはどうか、ということでありましょう。主催者さんはどういう文脈だったか、詳しいことは存じませんが、私の文脈としては、ジレッタント風を気取る、特定の個人の記憶を元にしての議論です。「新羅」を「しらぎ」と教えることが古代東アジアに関して日本の”帝国主義風”であるとは到底思えません。

タイトル Re^2: 固有名詞
記事No 328
投稿日 : 2003/03/10(Mon) 12:31
投稿者 さかな
主宰者さん、祖父は警官さん こんにちは

この話は要するに漢字圏の読みの話なのですが

>漢字語は漢字で表記すべき、なんてのは私も賛成です、これからはともかく
今の半島事情では難しいかもしれませんが。 個人の感覚の問題かもしれない
けど、漢江の奇跡なんてハンガンの奇跡って言ったほうが実感が湧くと思える。
特に歴史や文化が絡む話はそれなりの経緯が尊重されることに全く不満はあり
ません。 で、クダラカンノン像は日本の文化遺産であり、日本の固有名詞だと
思います。 それと日本風に読みを表現することが”帝国主義風”などとは思っ
ていません。

既に教育を受けて日本語読みしか出来ない世代は仕様が無いのかも知れませんが、
これから教育を受ける世代は固有名詞ぐらい、極力現地の言葉で覚えたほうが
相互理解に役立つし、逆に想像力を掻き立てられると思うのですが。
国家単位の歴史は基本的に時の勝者によって語り繋がれるもので、敗者にしても
自分に不都合な事実は抹消もしくは歪曲されるのが普通です。 で、そんな掘り
下げた話じゃなくて、最低自分の名前は本来の発音どおり伝えて貰いたい、出来
れば自分の住む地をプッケドーとかペイハイトォゥとかじゃなくて北海道と言わ
れたほうが気分が良い、そうした努力は役に立つ、その程度の話です。

タイトル Re^3: 固有名詞
記事No 329
投稿日 : 2003/03/11(Tue) 23:21
投稿者 祖父は警官
さかなさん、こんにちわ

私は実はよくしらないのですが、どこかに現に、コグリョとか、シルラと呼ばれる「地方」、つまり現に生きている固有名詞として地名があるのですか? 管見ですが、「コグリョ」とかは、わが国で申せば「ヤマタイコク」ほどではないにせよ、かなり過去に、既に滅んでしまった国であり、現にある地方の名前ではないと思うのですが、いかがでしょうか? 現にある韓国のどこそこを「コグリョ地方」といい、そこに過去栄えた文明ということで「コグリョ文化」というような言い方が現にあるならば、用いるにやぶさかではありませんが、「北海道アイヌ国」(比喩です)というのはアイヌ文化への侮辱ですし、時代考証をむしろ踏みにじっているような気がします。

繰り返しますが、私はさほど深い造詣があっての発言ではありません。「しったかぶり」するよりは、通常流布している用語で十分だという事です。

タイトル Re^4: 固有名詞
記事No 330
投稿日 : 2003/03/12(Wed) 12:10
投稿者 さかな
祖父は警官 さん こんにちは どういうわけか私は親父が警察官
という友人が多いのです。


私も良く知らないのですがそう言う地方は無いと思います。 
コグリョ(高句麗)とか、シルラ(新羅)と冠した文化物や史跡
がありますし、いろんな製品やホテル名などは良く見かけます。

>管見ですが、「コグリョ」とかは、わが国で申せば:略

辞書を引きました、なかなか渋い表現ですね。 一般に高句麗文化、
新羅文化とかいう言い方はあるそうです。 面白いことに北朝鮮と
韓国間で最初の朝鮮半島の統一国家は何処か、に付いて論争がある
そうで、例の地域主義?が国単位でもあるみたいですね。

>「しったかぶり」するよりは、通常流布している用語で十分だと
  いう事です。

しったかぶりするほど私も知識は無いのですが、相手のことを勉強
するのは決して悪いことにはなりませんし相互理解に役に立ちます、
まぁ私は固有名詞にこだわるタイプ、その程度に考えて下さい。
これから勉強する若い人達にはぜひそうして欲しいと思っています。

タイトル そうなんですか
記事No 319
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:14
投稿者 人民俳優
私、ワッソ→ワッショイに転じたものだと信じておりました。
反省します。
どうも朝鮮については、俗説が、あたかも真実であるかのようにまかり通っている感がありますね。
以前、新聞に折り込まれていたミニコミ紙に、漢字文化についてのコラムが載っていたのですが、
「朝鮮半島では漢字をオンモンと称し・・・」
とありました。
オンモンはハングルに対する蔑称であり、漢字のことではないと思うのですが。

タイトル どうしてなんでしょうね?
記事No 320
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:14
投稿者 コソン
俗説である ワッソ → ワッショイ もそうなんですが、どうして 朝鮮半島 → 日本 という一方的な流れを日本人も韓国・朝鮮人も簡単に信じてしまうんでしょうね。もしかして朝鮮語の「ワッソ」の方こそ日本語の「ワッショイ」が伝わったのかもしれないのに、その可能性については全く考えようともしない(笑)。韓国・朝鮮人の日本に対する(あまり根拠のない)文化的優越感と、日本人の必要以上の謙虚さの両者が作り上げる悪しき風潮だと思います。

タイトル Re: どうしてなんでしょうね?
記事No 321
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:15
投稿者 主宰者   <dprk@ni-chika.pobox.ne.jp>
参照先 http://ni-chika.pobox.ne.jp/dprk/
民衆レベルで文化的優越感を抱くのは勝手としても(日本人としては不快ですが)、それが国家レベルのプロパガンダに結びつけられたのでは、たまったものではありません。
共和国にはそのような偏向が多々見受けられます。そして、ご指摘の如くそれを鵜呑みにする「日本人の必要以上の謙虚さ」は、やはり是正しなければならないものでしょうね。

タイトル ハイ
記事No 312
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:06
投稿者 チンダラコッチ   <0354281901@jcom.home.ne.jp>
50年前、九州は長崎県北松浦郡の旅館に行って部屋は空いて
いますか?と聞きましたら旅館の主人が「ナイ」と答えました。

熊本の大学の言語学教授が日本語の「ハイ」と朝鮮語の「ネエ」
が混ざって「ナイ」となったのだと講義していたことを思い出しました。
日本と朝鮮は「チング」なのです。
少年の頃「テーダニ」「テーゴ」は良く使いました。
「チジミ」は韓国に行けば「ピンデトック」と言いますね!
北の女性に南の男と言われますがその反対もあります。
南の女性は写真を撮るのを嫌いますが北の女性は喜びます。
なあ〜んでか?それはね、南の女は整形するから

タイトル 「テーゴ」について
記事No 313
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:06
投稿者 人民俳優
チンダラコッチ同志、貴重なご教示テーダニ カムサハムニダ!
昔から日本で使われる朝鮮語は、チョンガー程度でしょうか?
若い世代では殆ど使いませんが。
あまり多くありませんね。
先日、日本人の先生が、アジア大会に参加するため来日した共和国選手団と成田から羽田まで一緒に移動したそうですが、トイレの「ファジャンシル(化粧室)」が通じなかったそうです。
北では「ウィセンシル(衛生室)」ですね。

タイトル 有難う!
記事No 314
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:10
投稿者 チンダラコッチ   <0354281901@jcom.home.ne.jp>
人民俳優様
早速のレステーダニ コマッスムニダ!
カムサハムニダ!は朝鮮西北部では「コマッスムニダ」
でした。
コマッソとも言います。相手が同僚以下の場合
目上には「コマムスムニダァ」
60年前のことで時代が違いますが!

タイトル チンダラコッチさま
記事No 324
投稿日 : 2003/03/08(Sat) 21:18
投稿者 祖父は警官
> 50年前、九州は長崎県北松浦郡の旅館に行って部屋は空いて
いますか?と聞きましたら旅館の主人が「ナイ」と答えました。

佐世保の人に「させほ」なのか「させぼ」なのかと聞けば「ホボ同じ」と答えるというのを多田満太郎か誰かのエッセーで読んだことがあります。

> 「チジミ」は韓国に行けば「ピンデトック」と

おお、これは!日本ではチヂミの方が勝っているような気がします。本場は冷麺のように北なのでしょうか?

> 南の女性は写真を撮るのを嫌いますが北の女性は喜びます。なあ〜んでか?それはね、南の女は整形するから

北の女性は写真に写るのを好むらしいですね。”北ファン”の濃い人たちが結構いて、北観光に日本からも結構ゆくのだそうですが、何が嬉しいといって、北の女性は写真に映されるのを好むのでバシバシとりまくると、「週刊プレイボーイ」で大川(元)総裁が書いていました。(って、大川を根拠にするなよ)