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ウチの亭主はやれば出来る子なんです。
昔、無類の酒好きな武将が居ました。これはそんな人を亭主にもった妻とのお酒を交えた仁義無きお話です。
※1:子孫の方……御免なさい。
※2:このお話は史実をもとに作者が勝手に書いたフィクションです(笑


「またウチの人ったら、もう……。これさえ無ければ何の欠点も無い立派な人なのに……。ほら、縁側で寝ておられては風邪を召されますよ。さあ、起きて下さい」
「う、うーん……。於雪おゆき……。愛しておるぞ……、オエッ」
「ほ、ほら、旦那様! 床の用意が出来ております、さあ」
「うーん、ムニャムニャ……。……グゴォ、グゴォ、グッ、……ヒック」
「ほ、ほら、旦那様! ……んもう」

寝言とはいえ面と向かって『愛している』などと……。お、年甲斐も無く思わず赤面してしまったではございませぬか。全く、もう! 憎めない人なんだから……。


私の名前は於雪おゆきと申します。そして私の目の前で徳利を抱えて酔い潰れてイビキをかいているのが私の亭主、諏訪部遠江守定勝でございます。これでも一応、この日尾城(現 埼玉県秩父郡小鹿野町)の城主でございます。

いくら天嶮の要害秩父山渓がお味方してくれているとはいえ、武田家の本拠地である甲斐とは目と鼻の先に有るこの日尾城。それを任されているのですから、主家である北条家、更に言えば直属の上司であられる安房守様(北条氏邦の事ね)にも覚え目出度い御仁なのです。ウチの殿は!

ウチの殿は、領地に住む民に対する気配りも怠らず、必ず年に一度の豊作を祝う秋祭りには参加され、気さくに民達と杯を交わして酒を呑む。また春には民と共に田畑を耕し、その夜には疲れた身体に鞭打って民達との交流だと言って酒を呑む。

夏や冬に武田家が攻めてくれば、これを上手く撃退したり……。先日は武田家が小田原城(現 神奈川県小田原市城内)を攻めた際には野伏せりを集めて武田家の兵站を何度も攪乱するなどの功をたてて氏邦様から賞賛されている。その祝いだといって兵達と酒を呑む。

下手に勇猛果敢で部下からの信頼も厚いものだから、家臣達との評定の後には必ず親睦を深める為と称して酒を呑む。

挙句の果てに『今日はお前と祝言をあげた日だから』とか『儂の誕生日だから』とか、訳の判らない理由と口実を作っては酒を呑む。

兎に角、何かにつけて毎日酒を呑む。そして酔い潰れるまで呑んだ翌日には二日酔いの頭を抱えて午前中の政務を行ない、午後には晩酌の事ばかり考えてそわそわし始める。


ウチの殿が酒好きだという事は当家家中だけでなく北条家にも知れ渡っており、戦の褒美には所領の加増や金銭よりも酒を贈られる事が多い。

北条家だけでなく、酒問屋や商家までが満面の笑みで上得意のウチに日々酒を売りに来る。……そして必ず買わされる。

全く、迷惑な話です。……お陰で当家の財務は毎日火の車。最近では家臣達があまりの散財を憂いて、いっその事、当家で酒を製造できないかと真剣に話し合っていた。





「……於雪。また酒代の催促か? いい加減、亭主殿には酒を控えるように言ってはどうだ?」
「……はい」

今月の酒代のやり繰りが無理なため、今日は江戸城城代を務めている実家の父に金の工面を頼みに来たのだが、やはり言われてしまった。毎度の事ながら、再三に渡って注意される。殿には肩身の狭い思いをしている私の身にもなって欲しい。

「まあ、亭主殿が前線で頑張ってくれているからこそ我等も安心して内政に励めるというものかも知れぬが、こう毎度毎度となると流石に当家も考えねばならぬかもな」
「……分かっております」
そう、分かってはいるのだ。祝言の夜から酒で酔い潰れて寝てしまい初夜は後日となった時から分かっている。初めて殿と口付けをした時、”これが殿方の香りか”などと思ったものだが、後日家臣達からはその様な臭いは一向に漂っては来なかった。そして私が諏訪部家に嫁いでから何度、殿に『酒を控えて下さい』と言ってきた事か! だが、一向に殿の匂いは酒臭い。


ウチの亭主は強敵つわものだった。

夕餉の席で、”酒はもう無い”と言って三合で打ち止めすれば、夜の営みをソコソコにして台所へ赴いてゴソゴソと酒を探す。

領民達に対して、”殿に酒を与えないで下さい”と懇願すれば、殿自らが酒を持参して酒宴を開く。

家臣に対して、”殿に酒代を与えてはなりませぬ”と厳命しても、どこからともなく借財して酒を買ってくる。酒を購入したのに気付いた時には庄屋が借金の催促に来る。

領内に対して、”殿に酒と銭を与えぬ事”と布令を出せば、私の実家や北条家の同僚に銭の無心をする。勿論、その席でも酒を呑む事を忘れない。

私が殿に直接、”私の実家にまで行って酒を呑まないで下さい。妻に肩身が狭いをさせて恥ずかしくないのですか!?”と問い詰めれば、雨の中で弱った子猫のように懇願した顔をして私を困らせる。私が猫好きだという事を知っての仕儀だ、……怒るに怒れない私が悔しい。

だが、夫婦喧嘩をした際に私が夫の目の前で酒を庭にボタボタと流し捨てると、平謝りして『俺が悪かった。ウン、全部俺が悪い。だが、酒はな~んにも悪くない。だから酒に八つ当たりするのは止めてくれ!』と言って私の手を取って(酒を奪って)くるので、いつも私が勝つ。


「亭主殿も酒さえ呑まねば、文武に優れた将であるのになあ」
「はい……。もう殿が来ても銭を与えないで門前払いして下さいませ」

「うむ……、まあ罪を犯した訳でもないので門前払いをするのもどうかと思うが……。今度来た時には厳しく言い含めておくとしよう」
「……有難うございます」

そして私が実家から帰ると……、また縁側で徳利が何本も。その向こうにウチの旦那が赤い顔して嬉しそうな寝顔でイビキをかいていた。はあ、今日という一日が虚しくなってきた。





酒なんて無くなれば良い。誰がこの世に酒なんて作ったのだ! どこぞの馬鹿が酒なんぞを造らねばウチの亭主は……。

「奥方様~、武田の奴輩が攻め寄せて参りましたぞ!」
「分かりました、すぐに私も参ります」
「はっ」

使い番が私に敵襲を知らせ終わると、また急いで城門に戻りに向かった。

「……鉢形城は大丈夫でしょうか?」
「さて……。敵の大将は武田重臣の山県三朗兵衛昌景、副将には小幡図書助景定。あちらも自分の所だけで手一杯といった感でしょうな」
長年に渡って当家を支えてきた宿老の室賀備前(勝手に作者のつくったモブキャラ)に話を振ると、この老人は粛々と現状を報告した。

そう、去年、主家である北条家と甲斐の武田氏との盟約が反故になってどうなる事やらと思っていた矢先に突然、武田勢は秩父に侵攻してきたのです。秩父の主城である鉢形城(現 埼玉県大里郡寄居町)は包囲され、他の高松城(現 埼玉県秩父郡皆野町)、千馬山城(現 埼玉県秩父郡皆野町 ※千場山城とも)、天神山城(現 埼玉県秩父郡長瀞町岩田)などの各支城も武田の別働隊に攻撃されていると聞こえている。それによって恐らく味方からの救援は無いと考えねばならないでしょう。

そして、今、武田勢の支隊によって日尾城も同様に攻撃されようとしているのです。

ただ、問題が一つ。否、問題などという生易しいものではない。肝心の大将である殿が戦評定に顔を出せれないのだ。困った事に殿は前日から客人を向かえて酒を飲み交わし泥酔状態で寝込んでしまい起き上がる事ができないのだ。あの客人はもしかして武田の間者ではなかろうか……。そういえばいつの間にかあの客人は居なくなっていた。

しかし、敵勢は待ってはくれない。いくら『ウチの大将が二日酔いで頭が痛いから、後日改めてお越し下さい』と矢文を出した所で、首を縦に振り陣を下げてくれるほどこの戦乱の世は甘くは無いだろう。こんな事を考えてしまう時点で私自身が甘いのかもしれないが……。否、そもそもの元凶を作った殿が甘いのだろう。

仕方が無い。私が大将代理として軍配を取って指揮をとるしかないでしょう。大将不在の兵が如何に脆いかは武家の娘である私自身が身に染みて分かっている事です。


「私が采配をとります。急ぎ殿の甲冑を持ってきて下さい、私が着けます」
「……それしか手は御座いませぬな。分かりました、オイっ」

備前守が渋々といった感で私が大将になる事を承諾し、傍にいた近習に甲冑を持ってこさせるよう顎で指示を出した。暫くして持ってこさせた甲冑を着てみて驚いたのだが、この甲冑は初めて着用する私の身体に馴染んでくれた。……クソっ、胸の無い私が恨めしい。

そして重い甲冑を着けてエッチラホッチラと備前守と共に櫓に登ってみれば、この日尾城を取り囲む数々の武田勢の旗指し物が見えた。

「武田勢も判っている様ですね。この城を簡単に落とせないことを」
「……その様ですな」
そう、よく見れば武田勢に攻城の気配が無いのだ。

「ここでなるだけ兵を失いたくないんでしょう。武田勢はこれから、本隊と合流して相模の小田原城へと攻め上がる気でいるんですから」
「成程」

そんな城外の風景を見ていると、兵の一人が矢文を携えて櫓に登ってきた。

「奥方様~! 敵勢から放ってきた矢にこんなものが付いてきましたぞ」
「見せて下さい」

なんと書いてあるのだろうと文を見てみれば、降伏の勧告であった。横に居る備前守に文を渡すと、彼の口から『笑止ですな』と一言零れた。全くだ、一戦もせずに城を開けでもしたら酒で酔い潰れた城主が周知に知れ渡ってしまう。何が悲しくて亭主の恥を私が代わりに受けねばならぬのだ。

「しかし奥方様。大手口でいくら奮闘しようと大軍に攻め込まれては一溜りもありませんぞ。なら、城を渡す代わりに城内の兵の命を保証させ、鉢形城の殿様と合流して後々の決戦に備えた方が得策ではないのですか」
「備前守、それはそうですがおめおめと城を捨てるなど、私にはできませぬ。私は一人になっても戦います」
「では、どの様になさいます?」

室賀備前が敵勢を横目で見ながら、私に問い掛けてきた。

「大軍を擁しておきながら降伏勧告なんかを寄越してくるかを考えてみれば、敵勢の思っているところを知るのは簡単です」
「……ほう」

私はの備前守の鋭い眼差しにつられ、城下の武田勢に視線をやった。

「こういうふうに敵が他にもいる時というのは兵をあまり失いたくない。一大決戦に向けて温存させておきたいものです」
「……」
「あの武田家が余程攻城戦を回避したいと思うという事は、逆を返せば日尾城が武田家も恐れるほど堅固だという事でしょう。天下に名を馳せる武田家がそう考えているんです。もっと、自分たちに自信を持って良い。違いますか?」
「……そうですな。いけませぬな、歳をとってどうも儂は弱気になってしまったようじゃわい」

私は矢文を持ってきた兵に筆と紙を持ってきてくれるよう頼んで、渡された筆ですらすらと『降伏勧告に従いたいのだが、一度、鉢形城の殿様と相談したい』と書いていく。

「上手くいきますかな……?」
「矢文の返事だけでは、無理でしょうね」
「ほう、では次の一手が奥方様にはお有りなのですな」
「それ程の策でも有りませんけどね、ホホホッ」

私が笑うと、備前守までが口角を吊り上げて笑い出した。……年寄りの笑った顔が皺くちゃになった。





武田勢に向けて矢文を返して、暫くすると新たな矢文が武田の陣から放たれた。読んでみると、『開城すれば将兵の命を保証する』と書かれてあった。それを見て、私はまた文を書く。『一度包囲を解かれよ。軍勢を十里後方に下げるべし。その後、鉢形城の殿様と相談する』。私が陣場で横に座っている室賀備前に文を渡すと、いぶかしんだ感に顔を崩して問い掛けてきた。

「果たして乗ってくるでしょうか?」
「……乗ってきませんよ。軍勢を十里も下げる事も絶対にしないでしょう」
「なれば……」

備前守の問いに私は首を振った。

「刻を稼げればそれで良いのです」
「……」


此方からの返事を出すと、また新たな矢文が飛んできた。今度はなんと書いて有るのだろうと見ると、『今すぐに開城せよ。開城した場合のみ命は保証する』と最後通告が書かれてあった。

「奥方様! 如何なさいます!?」
「……無視、ですよ。無視」
「はっ、えっ、しかし!」
「明日か明後日には仕掛けてくるでしょうけど、まあなんとかなるでしょう」
「なんとか、とはどうなさるお積りですか!?」
「うーん、なんとかです。それまでに殿の二日酔いが治れば良いのですけどねぇ」
私がのほほんと返事を返すと家臣達が呆気にとられた感じで口をあんぐりと開けて呆然としていた。……本当に殿の二日酔いにも困った者です。


……明くる日、相変わらず殿はイビキをかいて寝ていた。どうやら本当に間者の仕業のようだ。普段であれば次の日には頭を抱えながらも起き上がっても良いのもだが、一向に起きる気配が無い。恐らく薬でも含まれていたのだろう。まあ、幸いというか幸せそうな寝顔なため、命に別状は無さそうなのだが……。

「奥方様~! 武田勢が攻め上がって参りましたぞ」
「分かりました。すぐに城門に行きます」
「ははっ」


昼前、日尾城の攻防戦が始まった。半鐘と太鼓の音が打ち響き、赤と紫の旗指し者が混ざり合いながら一気に大手口に詰めてくる。しかし、幅の狭い坂を登ってくるのは大軍の中の一部である。

「放てええっつ!」

わずか百人程度の兵から弓矢が放たれた。仕留められたのはわずか数十人ほど。それでは駆けのぼる武田勢の勢いをそぐことはできない。しかし、坂の中腹に築いた柵が武田勢の進路を阻んだ。柵のきわに構えていた足軽兵たちの槍先によって、武田勢の兵卒は朽ちていく。さらに無数の石が左右から武田勢の頭上に雨あられのごとく降り注ぐ。突如の異変に武田勢の足が鈍った。

「今です。討って出ますよ」
「ははっ」

急な逆撃によって、浮き足だす武田勢。前面の諏訪部勢と後背にはやっとの思いでよじ登った柵。見事に挟撃が成功しましたよ。味方に押し潰された者や進路を阻まれた者で、大手口の武田勢は怒号の渦が巻いた。

二度三度と、この戦法で武田勢を追い払ったお陰で当方の負傷者は無し、逆に武田勢には百数十の死傷者がでたようだ。その甲斐あってか、次の日には武田勢の姿が日尾城の麓から消え失せていた。

「か、勝ちましたな。奥方様」
「ええ、これも日頃から当家を支えて下さる皆さんのお陰です。備前守、勝ち鬨をあげましょう」
「ははっ」





武田の秩父侵攻は失敗に終わりました。どうやら武田本隊の小田原攻めも不発に終わり、両者痛み分けとなったようです。

「痛ててててっ。……まだ頭が痛い。俺はここまで酷い二日酔いになった事は無いんだがなあ」
「何を申しておるのです、殿。っさ、早く鉢形城の安房守様(北条氏邦の事)の下に戦勝のご報告を……」
「あ、ああ。分かっている」

私達は今、無事に武田勢を追い返した旨を含めて、安房守様から戦勝の宴に呼ばれたので鉢形城に向かっている。はっきり言って、嫌な予感しかしない。

そして、鉢形城に着いた私達を待っていたのは……悪い現実だった。着いた早々に飲めや謳えの大宴会。集まったお歴々が『俺はこうやって武田の馬鹿共を撃退した』だの『俺の方が武田の兵を多く倒した』だのと、自慢話を肴に酒を呑む。

……なんで? なんで男は酒が好きなのだろう。そんな事を思っていると安房守様自らが酒を皆に配って廻り、私達の所に来た。

「遠州(ウチの旦那様の事ね)、此度の働きは見事であったな」
「えっ、あっ、はい」

安房守様の労いの言葉に対して何やら目が泳ぎ出す旦那様。まあ、そうだろう。戦の最中は二日酔いで潰れていて何もしていないのだから、覚えていない事を聞かれれば答えようが無いのだろう。

「それにしても此度は奥方も来られるとは……。夫婦仲が良いのじゃな。どうじゃ、奥方も一献」
「はっ、はい。でも私は余りお酒は……」
「フッハハハッ! ザルの亭主に似合わず奥方は下戸か、ハハハッ」

安房守様はそう言って笑い出すと私のお猪口に酒を注ぎ入れ、ふと真顔になって問い質してきた。

「しかし、遠州。何故に奥方を連れて来たのだ? 他の者は皆、家臣を連れてきても奥方までは帯同してこんのじゃが」
「うっ、そ、それが……」

旦那様の目が宙を彷徨い、やっとの思いで私の方に向けられる。うーん、やっぱり正直に申さねばならないでしょうね。

「……恐れながら申し上げます。此度の戦で日尾城の指揮をとったのは私なのです」
「はあ? 何を申しておる。女御に戦が出来るとは思え……」
「いえ、誠にございます」
「ではその間、遠州自身は何をやっていたのじゃ? 二日酔いで潰れていたなどという事は……」
「そのまさかございます」

何時かは判明する事とはいえ本当の事を上司に、それも妻の口から告げられれば……、うん、旦那様は蒼い顔をして俯いてしまった。フフッ、良い薬ですね。そんな事を考えながら旦那様の顔を覗いていると、案の定、安房守様から雷が降ってきました。

「こらっ! 遠州」
「ひっ、は、はい」
「お前は女房に戦をさせておいて、呑気に酒なんぞを呑んでいたのかっ!」
「い、いえ、呑んだのは戦の前でして……」

一応の言い訳をするが、その言い訳が不味かった。安房守様は顔を真っ赤にして私達の前にあった膳を足で跳ね上げて退かし、夫の胸倉を掴むと怒声を浴びせた。

「遠州!」
「ひぃ……」

「そなたもまがりなりにも城主であろう。なれば家臣領民の命を任された大事な役目を担っておるのだぞ」
「は、はひ」
「今までは家臣との親睦、領民との融和という事で大目に見てきたが、もう許さぬ!」
「ふへ? な、何を……」

旦那様が素っ頓狂な返事をした事で気分が悪くなったのか、安房守様が最後通告を夫に告げた。

「遠州! この様な事は二度とあってはならぬ。それゆえ今後、一切の酒を禁ずる」
「なっ、そ、それはどうかご勘弁をっ!」

上司からの厳しい(?)命令に対して夫が平謝りに謝り、ご慈悲得ようと平伏しだした。

「ならぬ! 領内に布令を出してやる。『諏訪部遠州に今後一切の酒を与えてはならぬ。売ってもならぬ』とな」
「ご、ご無体な! 折角の勝ち戦にも関わらず、酒が呑めぬなどと……」

なおも縋ろうとする夫を無視して、安房守様が私の方に顔を向けてきた。はて? 私も責められるのだろうか。そう思って安房守様の顔を見上げると、安房守様がニカッと笑って私に最上の褒美を下される事を口にした。

「奥方、此度の戦、誠に大儀であったな。今までであればこの馬鹿(ウチの亭主の事)に酒を贈るところであるが、此度の戦働きの論功行賞では銭で報いようと思う」
「はっ、有り難き幸せにございます」

嬉しい、これで庄屋や実家からの借財を返済できます。もう、臭い息のする夫との逢瀬をせずに済みます。今日はなんて素晴らしい一日、宴なのでしょう。ウフッ、たまには戦に出るのも良いかもしれませぬね。



後日、此度の戦の報奨に銭千五百貫が北条本家から送られてきた。それを見て夫は『北条家は鬼じゃ!』などとのたまわり絶望にむせび泣いていた。私はそんな殿と銭の山を見て歓喜の涙を流してしまった。でも、まだ夫と私の酒を交えた仁義無き戦いは始まったばかりです。

「酒なんて、酒なんて!」

そう言って夫は畳を殴りながら、今日も悔しさを噛み締めるのであった。

(完)

今日の一言

「いくらお前の誕生日を祝わなかったからって、次の日にパンツにタイガーバームを塗るのは犯罪です」

by 終末、作者が♀に言い放った一言より
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