敗北勇者 第四章の序章upしました。エロシーンはありませんので、エロいのを期待している方は次をご期待ください。すいません。
「この一撃に全てを掛ける!。」
淀んだ湿った空気を裂く様に中に歳若い女剣士が気合いの入った一声が木霊する。女剣士は全身の傷から負い血を滲ませ、煌めく甲冑は
そこかしこ傷つきひしゃげていてかつての壮麗さは無い、しかし、満身創痍の身に関わらずその琥珀色の瞳からは欠片の希望も失われてい
なかった。根元から折れた剣と丸盾を投げ捨て、腰に下げていた刃渡り40㎝の短剣を抜き出し中段に構える。
人を寄せ付けない絶壁の岩山の中に蟻の巣の様に縦横無尽に掘られた洞穴が最後に行き着くのはこれまた蟻の女王が鎮座する様な広いスペースの半径100mほどのドーム型の空間が存在していた。三つある出入口の上には古代文字で”中央培養室”と描かれたプレートが設置されている。
天井は剥き出しの天然の岩肌だがびっしりと太さも長さも様々な管や鉄線が縦横無尽に走っている。地面は磨き上げられた黒曜石の様ににつるんとしていて人の手が隅々まで行きとどいているのが分かる。空間のがわりはすり鉢状の段差が幾段にも積み重ねられていて等間隔で硝子の円筒が並んでいる。中に入っているのは獣、昆虫、植物等を混ぜ合わせた悪夢の住民の様な異形の生物―合成獣(キメラ)であった。合成獣とは複数の動植物を古の技術を持って作られた戦闘生物で聖杖教国では存在そのものが認められていないが、マリオン教国では用途が著しく限定され、導師(マリオン教における聖職者)達の査定も入るものの一定量生み出されている存在である。合成獣の浮かぶ円筒が並らんでいるだけで十分に異様であったが、床に広がる引きちぎら、叩きつけられ、切り裂かれた十数人の兵士の遺体が異様さをより一層に引き立てていた。
「あの剣士様、まだやる気なんだね、姉さん」
「”この一撃”とやらも期待できそうじゃない。」
決死の覚悟で臨む女剣士にも関わらず余興でも見るような気分の二人は目鼻立ちが良く似ていて会話などからも姉弟と見てとれるが水飴の様な質感の粘液状の身体をしている。全裸で踝から先が水たまり状に地面に溶け広がっている。水色で十代前半の華奢な少年の姿をしたのはキャスク。そして緑色の顔立ちは少女の面影を残すが、身体は十分に成熟した十代後半の少女らしい姿をした個体はキャスリンという。いわゆるスライムと言われる粘液状の身体を持つ魔物の一種である。通常は動物の死骸や腐った果実などを吸収し村や街に済む人間にとっては家の壁を酸性の体液で溶かすやっかいな害魔(人に害なす魔物)で知性も皆無で戦闘力も低い雑魚魔物の代表の様な存在なのだが、何故人間の様な姿と言葉を話す知性を持っているかは今後に明かされるだろう。
「舐めた口も今の内だ!!。」
女剣士は短剣を予断無く構えスライムの姉弟にまっすぐに向き合い、少女らしからぬ精悍な顔に裂けるような獰猛な笑みを浮かべている。すぅぅぅぅとゆっくりと深呼吸するとくわっと眼を見開いて
「はぁっ!!!!!。」
全身の活力を全て吐き出すような咆哮を上げるとぼうっ!。短剣から紅蓮の炎が溢れだし、蛇の様に刀身に絡みつく。炎はみるみる熱量を増していき彼女の結わえられた栗毛の髪がちりちりと熱気にあぶられる。日に焼けた健康的な小麦色の肌からはどっと玉の汗が滝の様に噴き出し始める。マリステルの脳内に退却の文字が一瞬浮かんで消えた。部下の亡きがらを置いていって化物の好きにさせるなど虫唾が走ったし、なによりヴリスタン家の家訓に撤退の二文字は無い。化物の息の根を止め本来の目的を果たして帰った後に部下の弔いをする。マリステルの頭にあるのは今はそれだけであった。
「凄い炎だわ、まともに食らっちゃえば蒸発しちゃうわね。」
「姉さんっ!!。あれ術式付与(エンチャント)された属性武具だよっ!!。売れば高値で買い取ってもらえるよ!。」
属性武具とは術式の神経路(サーキット)を武具に焼きつけ魔術・法術の素養の無い人間でも異能の力を使える。ただ非常に厳しい訓練が必要なので扱えるのは熟練の僧兵や修練に時間を割ける貴族階級くらいしかいない、女剣士は若い美空で属性武器を使いこなしている時点で凄まじい使い手であると言えた。
「我が名はヴリスタン伯ポルティスが孫マリステル!!。異形のモノ共よ!。我が名を貴様らの地獄でとくと反芻し…部下たちに詫びる良い!!。」
女剣士―マリステルの口上が終わると暴れ狂う蛇の様に炎が四方に飛び散り周囲一帯が火の海となる。炎の中で闘気を漲らせているマリステルは古の神話に出てくる戦女神の様だ。スライムの姉弟の中心に幾何何学の呪文がびっしりと刻まれて煌々と光を放つ半径5mほどの円陣が刻まれている。ヴリスタン伯家謹製の術式円盤が宙に浮いて術式を展開している。スライムの姉弟の動きを封じ半球形の結界も展開して上方への脱出も防いでいる。結界はマリステルには反応しない様に組み込まれているので戦術的にはマリステルがヴリスタン伯家の宝剣”焔蛇”の一撃でケリが付く。ただ術式円盤の発動時間はもって5分であるため時間は無い。
「これは…ヤバいね。」
「そうね…ここは洞穴をくり抜いて作られてるって言うのに…あんなに炎を出したら空気がなくなってあの娘、窒息死するかも…心配ね。。」
マリステルの特徴的な広い額にミチミチと太い血管が浮かび上がる。元々短気でかっとなりやすい性分だが、誉れある名家の宝剣を売り買いの対象に見られた事と終始舐め切った態度の姉弟にとうとう堪忍袋の緒が切れた。剣から放たれる炎は複数の首を持つ大蛇の様にのたうち狂う。劫火に照り返されたマリステルの形相は気の弱い人間であれば気絶しそうなほどの迫力があった。
「でりゃあああああああああああああああああああああ!!!!!。」
犠牲になった部下の怨みは一瞬脇に置いて姉弟への怒りの滾りを解放する。一滴残らずスライムの姉弟を焼きつくすため一本の炎の矢の様になって駆ける。
「あの娘が男の人だったら抱かれてみたいわ…勇猛で…でも猪武者すぎるわね…。」
キャスリンの虹彩が無いマネキンじみたがらんどうの瞳に罠にかかった獲物を見る狩人の様な喜悦が宿る。キャスクの顔は鴨がネギをしょってやってきた
様を実際に見た様な笑みだった。
「うぉぉぉぉぉっぉおおおお!!!。」
マリステルが結界に捕らえられた二人に剣を付きたてるまで数歩と言うところで形勢は逆転した。床が突然ひび割れ、マリステルの脚甲に包まれた足がずぼりと貫いてしまった。
「なっっ!!!。」
マリステルが驚愕の表情を浮かべて駆け抜ける勢いそのままに地面につっこむ様に倒れる。彼女の身体の何倍もの大きさに膨れ上がった炎は何も無かったか
の様に霧散していた。属性武具は術式の展開を術者に依存していないため些細な集中の乱れで術式の発動がパーになってしまう危険性を過分に孕んでいる。強
力で異能の力の素養が無いものでも使えるにも関わらず一向に普及し無い所以である。
カラ―ンと焔蛇がかたく握りしめていたはずの手からすっぽ抜けて明後日の方向へ転がっていく。即座に焔蛇を拾いに行こうとするもにゅるんと足に何かが絡みついた。起き上がろうとして級に足を引っ張られたため受け身を取る事も出来ずに顔面を崩れた瓦礫の地面にもろに打ち付けてしまった。整った鼻梁が折れさっと鼻血がたれる。さしものマリステルもこれには目に涙がぶわっと滲み雄々しい雄たけびが嘘の様な呻き声を上げた。
「やめてよねぇ、次の私の服にしようと思ってたんだから。傷つけないでよ。」
「でも、またあの剣を使われたら厄介だよ。」
マリステルの足首を掴んだのは触手状になったキャスリンとキャスクの身体の一部であった。二人は巣穴にマリステル率いる討伐隊が入ってきたときから少しずつ地面に自らの身体を菌糸条に溶かしこみ岩盤の組成を脆くしていた。二人が結界に捕らえらた後はマリステルの突進コースの真下をスカスカの即席の落とし穴の様にしていた。マリステルの一撃は確実に姉弟を消滅するに足りる威力で合ったが、余裕を最後まで崩さなかった姉弟に疑念を抱かず、怒りに我を忘れた事が彼女の敗因となった。
「それっ」
キャスクはマリステルを両手を絡め獲ったのとは違う触手を伸ばし円陣の中央に浮かぶ円盤を叩き落とす。複雑な作りなため強い衝撃を与えれば簡単に作動表を起してしまう。結界の察知対象を限定する様な複雑な術式であればなおさらである。浮力を徐々に失い失いへろへろと高度を落していてがしゃんと地面に落ちるとボンッと煙を吹いた。これで結構な豪邸が立つ金が一瞬でお釈迦になった。
「ふぅ…身動きが取れないって気分が良く無いわね。」
「でも上手く嵌まってくれてよかったじゃないか、姉さん。」
ずるずると結界が消失したのを良い事に地面に倒れ伏したマリステルに悠々と近づいていく。
「おっ…のれぇ…。」
マリステルは体中から怒気を発してよろよろと立ちあがる。鼻血がどくどくととめどなく流れ顎の先からぽたぽたと雫を垂らしてく。口に逆流した鼻血をぺっと地面に吐き捨てると焔蛇の反対側に差していた通常の短剣をさっと抜きだして間髪入れずに姉弟に跳びかかる。
「おあああああっ」
ダガ―を強烈な踏み込みと供にキャスリンの顔面めがけて突き出すもひょいっと身体を90°に曲げてかわされてしまう。
「やけっぱちは見苦しいわね」
キャスリンはため息交じりに興醒めといった感じでつぶやき、手を刃状に硬質化して無造作にマリステルの首めがけて薙ぎ払う。速いが単調な軌道だったのでマリステルはかろうじて避けると懐から取り出した布袋の紐を解いてキャスリンにたたきつけた。
「きゃぁっ!!。あつぅぅぅ?!!。」
ほぼ完ぺきな人体を形造っていたキャスリンの粘液状の身体が大きく乱れ強烈な太陽の日差しを浴びた氷像の様に溶けていく。マリステルが投げつけたのは粘膜に触れると強烈な痛痒感を産みだす粉薬であった。元々強い集中力を必要とする魔術師の集中を乱し、術式の発動を防ぐ目的で携帯していた訳だがスライムは全身が粘膜なので粉薬が覿面の効果を産みの出は無いかという考えがマリステルの中に戦いの中浮かんでいたのだ。
「姉さん…うわぁっ!!。」
姉の尋常ならざる様子に一瞬気を取られた隙にもう一つの粉袋を取り出す。今度は粉袋ごと投げつけるのではなく振り撒く様にしてキャスクへと叩きつける。強烈な痛痒感が全身に伝播しまず複雑な顔の造形が崩れて手や足の形が乱れ体中が戦慄き苦痛を訴える。
この好機を絶対に逃すまいとマリステルは全身の力を振り絞って焔蛇へと駆ける、しかし、予想以上に焔蛇が遠くに飛ばされていた事が彼女の命運を分けた。ずぉぉぉおおと粘液状の身体を蛇の様に変化させたスライム姉弟が怒涛の勢いでマリステルの背に迫った。どごぉと互いの身体を交差させる様にマリステルの身体を容赦無く打ちすえる。宙に一瞬浮き上がり無防備になったマリステルに追い打ちを掛ける。胴体部に迫ったスライムの大蛇を両腕でガードする。しかし、メキャァと剣を自在に振るい幾十の敵を葬ってきたマリステルの両腕の骨は硝子細工の様に粉々に砕け散った。身体を少しでも軽くしようと丸盾を捨てたのが仇になった。
「ヒュっ―!!!?。」
いびつな形になった両腕ごと胴体のど正面に体当たりをかまされて気を失いそうになるが、凄まじい衝撃故にそれは叶わなかった。まるで紙風船の様に宙に浮き上がったぼろ切れの様なマリステルの身体は上方に回り込んだキャスリンに蠅たたきのごとく硬い地面にビターンと叩きつけられ派手にバウンドすると肉と甲冑が同時にひしゃげ潰れる凄まじい音を中央培養室中に響かせて落ちた。
「がはぁぁぁぁぁ!!。」
華美な白銀の甲冑が見る影も無い程に大きくひしゃげマリステルの身体に容赦なく食い込む。既に肋骨も脊椎も完膚なきまでに粉砕していて。折れて鋭利になった骨の刃がマリステルの内臓をずたずたに傷つけ、血の洪水がマリステルの内臓を席巻する。がふっと口から赤い噴水と比喩できる程の量と勢いで血を吐き出して、陸に打ち上げられた魚の様にびくびくと痙攣する。
「ちょっと…やりすギ…たわね。」
「死に損ない相手に…大人気…無かったヨ。」
スライム姉弟の発声方法は身体の中に擬似的な肺と声帯を作って言葉を喋っている。平常時であれば問題は無いが著しい苦痛を被ったり平静さを失すると擬似肺や声帯が乱れてノイズが混じった様になる。ここ数年人間相手に苦戦した事がほとんど無く、勝負あったと思われたマリステルに思わぬ反撃を受けたため一時的なパニックに陥ってしまったのだ。マリステルの予想通り全身粘膜のため劇薬による攻撃をもっとも苦手としているというマリステルの読みは正しかった訳だが情け容赦ない逆襲に合ってしまった。
徐々に冷静さを取り戻し完全に姉弟の形状が整った時にはマリステルの命の灯は完全に消えていた。死ぬ前に見ると言う走馬灯は終ぞ見る事無くぜんまいの切れたからくり人形の様に彼女の意識は無に帰していった。血の気を失った肌は蝋の様に白くなり、瞳は光を失い瞳孔が広がっていく。
「彼女は勇者ね…。」
キャスリンが出ない涙を左手で拭う様な仕草をすると、右手を布状に変化させてマリステルの貌を包みこむ。苦痛で歪み表情を繊細な水圧の操作で解し限界まで開かれた眼を優しく閉じる。顔に付着した血は粘液が余すことなく吸い取り陰惨さが嘘の様に眠る様な穏やかな表情になった。骨が砕けて関節が増えた様な両手もまっすぐに直し、指を組ませてお腹の上に置く。甲冑の汚れも可能な限り拭いとると
喪服を着せればこのまま出棺出来そうな感じになった。
キャスリンとキャスクは両手で円を形造り瞼を閉じた様に眼を変化させ30秒ほどの祈りをささげた。これが彼女の信仰する宗教の弔いの儀式であった。
「この娘、”服”にするつもりがずいぶん痛めつけてしまったわ。」
「骨は肌を突き破って無いからちゃんとなめせば丈夫な服になってくれるよ。元が頑丈な身体だしね。」
「それもそうね。」
おもむろにキャスリンはどろりと身体を溶け崩してマリステルの亡きがらに覆いかぶさると、紡錘型に変化し一部の隙も無くマリステルの身体を包みこむ。数分も経過するとしゅーしゅーとマリステルの鎧や舌に着込んだ服が泡を吹きながら溶けていく。数ミリ厚さの鎧や丈夫な作りの服が溶けていくにも関わらずマリステルの肌は一向に解ける兆しを見せない。
「”都合よく衣類だけを溶かす酸”か…姉さんは器用だね…あと内臓は僕も食べるから取っていてよ。」
防水型に変化した身体の中央からにゅっと手が飛び出して親指と人差し指で○を形造る。それを見て苦笑すると、キャスクは両腕を伸ばして兵士の亡きがらや合成獣の死骸を全身をイソギンチャクの様な触手状に変化させて一つ所に積み上げていく。
(死体がこれだけあるからご飯にはしばらく困らないけど…やっぱり食事とおやつは別物って訳で。あっ、そうだ。)
思い出したようにキャスクは触手を長く伸ばすとマリステルの遺品と化した焔蛇を身体の中に取り込む。自分の気に入ったものはなんでも身体の中に取り込んで置くのがキャスクの癖であった。先ほどの死闘と炎の熱気が嘘だったように中央培養室は静寂を取り戻した。培養機械の鈍い稼働音が耳なりの様に響くだけとなった。再びの訪問者は2週間後の事となる。
「この一撃に全てを掛ける!。」
淀んだ湿った空気を裂く様に中に歳若い女剣士が気合いの入った一声が木霊する。女剣士は全身の傷から負い血を滲ませ、煌めく甲冑は
そこかしこ傷つきひしゃげていてかつての壮麗さは無い、しかし、満身創痍の身に関わらずその琥珀色の瞳からは欠片の希望も失われてい
なかった。根元から折れた剣と丸盾を投げ捨て、腰に下げていた刃渡り40㎝の短剣を抜き出し中段に構える。
人を寄せ付けない絶壁の岩山の中に蟻の巣の様に縦横無尽に掘られた洞穴が最後に行き着くのはこれまた蟻の女王が鎮座する様な広いスペースの半径100mほどのドーム型の空間が存在していた。三つある出入口の上には古代文字で”中央培養室”と描かれたプレートが設置されている。
天井は剥き出しの天然の岩肌だがびっしりと太さも長さも様々な管や鉄線が縦横無尽に走っている。地面は磨き上げられた黒曜石の様ににつるんとしていて人の手が隅々まで行きとどいているのが分かる。空間のがわりはすり鉢状の段差が幾段にも積み重ねられていて等間隔で硝子の円筒が並んでいる。中に入っているのは獣、昆虫、植物等を混ぜ合わせた悪夢の住民の様な異形の生物―合成獣(キメラ)であった。合成獣とは複数の動植物を古の技術を持って作られた戦闘生物で聖杖教国では存在そのものが認められていないが、マリオン教国では用途が著しく限定され、導師(マリオン教における聖職者)達の査定も入るものの一定量生み出されている存在である。合成獣の浮かぶ円筒が並らんでいるだけで十分に異様であったが、床に広がる引きちぎら、叩きつけられ、切り裂かれた十数人の兵士の遺体が異様さをより一層に引き立てていた。
「あの剣士様、まだやる気なんだね、姉さん」
「”この一撃”とやらも期待できそうじゃない。」
決死の覚悟で臨む女剣士にも関わらず余興でも見るような気分の二人は目鼻立ちが良く似ていて会話などからも姉弟と見てとれるが水飴の様な質感の粘液状の身体をしている。全裸で踝から先が水たまり状に地面に溶け広がっている。水色で十代前半の華奢な少年の姿をしたのはキャスク。そして緑色の顔立ちは少女の面影を残すが、身体は十分に成熟した十代後半の少女らしい姿をした個体はキャスリンという。いわゆるスライムと言われる粘液状の身体を持つ魔物の一種である。通常は動物の死骸や腐った果実などを吸収し村や街に済む人間にとっては家の壁を酸性の体液で溶かすやっかいな害魔(人に害なす魔物)で知性も皆無で戦闘力も低い雑魚魔物の代表の様な存在なのだが、何故人間の様な姿と言葉を話す知性を持っているかは今後に明かされるだろう。
「舐めた口も今の内だ!!。」
女剣士は短剣を予断無く構えスライムの姉弟にまっすぐに向き合い、少女らしからぬ精悍な顔に裂けるような獰猛な笑みを浮かべている。すぅぅぅぅとゆっくりと深呼吸するとくわっと眼を見開いて
「はぁっ!!!!!。」
全身の活力を全て吐き出すような咆哮を上げるとぼうっ!。短剣から紅蓮の炎が溢れだし、蛇の様に刀身に絡みつく。炎はみるみる熱量を増していき彼女の結わえられた栗毛の髪がちりちりと熱気にあぶられる。日に焼けた健康的な小麦色の肌からはどっと玉の汗が滝の様に噴き出し始める。マリステルの脳内に退却の文字が一瞬浮かんで消えた。部下の亡きがらを置いていって化物の好きにさせるなど虫唾が走ったし、なによりヴリスタン家の家訓に撤退の二文字は無い。化物の息の根を止め本来の目的を果たして帰った後に部下の弔いをする。マリステルの頭にあるのは今はそれだけであった。
「凄い炎だわ、まともに食らっちゃえば蒸発しちゃうわね。」
「姉さんっ!!。あれ術式付与(エンチャント)された属性武具だよっ!!。売れば高値で買い取ってもらえるよ!。」
属性武具とは術式の神経路(サーキット)を武具に焼きつけ魔術・法術の素養の無い人間でも異能の力を使える。ただ非常に厳しい訓練が必要なので扱えるのは熟練の僧兵や修練に時間を割ける貴族階級くらいしかいない、女剣士は若い美空で属性武器を使いこなしている時点で凄まじい使い手であると言えた。
「我が名はヴリスタン伯ポルティスが孫マリステル!!。異形のモノ共よ!。我が名を貴様らの地獄でとくと反芻し…部下たちに詫びる良い!!。」
女剣士―マリステルの口上が終わると暴れ狂う蛇の様に炎が四方に飛び散り周囲一帯が火の海となる。炎の中で闘気を漲らせているマリステルは古の神話に出てくる戦女神の様だ。スライムの姉弟の中心に幾何何学の呪文がびっしりと刻まれて煌々と光を放つ半径5mほどの円陣が刻まれている。ヴリスタン伯家謹製の術式円盤が宙に浮いて術式を展開している。スライムの姉弟の動きを封じ半球形の結界も展開して上方への脱出も防いでいる。結界はマリステルには反応しない様に組み込まれているので戦術的にはマリステルがヴリスタン伯家の宝剣”焔蛇”の一撃でケリが付く。ただ術式円盤の発動時間はもって5分であるため時間は無い。
「これは…ヤバいね。」
「そうね…ここは洞穴をくり抜いて作られてるって言うのに…あんなに炎を出したら空気がなくなってあの娘、窒息死するかも…心配ね。。」
マリステルの特徴的な広い額にミチミチと太い血管が浮かび上がる。元々短気でかっとなりやすい性分だが、誉れある名家の宝剣を売り買いの対象に見られた事と終始舐め切った態度の姉弟にとうとう堪忍袋の緒が切れた。剣から放たれる炎は複数の首を持つ大蛇の様にのたうち狂う。劫火に照り返されたマリステルの形相は気の弱い人間であれば気絶しそうなほどの迫力があった。
「でりゃあああああああああああああああああああああ!!!!!。」
犠牲になった部下の怨みは一瞬脇に置いて姉弟への怒りの滾りを解放する。一滴残らずスライムの姉弟を焼きつくすため一本の炎の矢の様になって駆ける。
「あの娘が男の人だったら抱かれてみたいわ…勇猛で…でも猪武者すぎるわね…。」
キャスリンの虹彩が無いマネキンじみたがらんどうの瞳に罠にかかった獲物を見る狩人の様な喜悦が宿る。キャスクの顔は鴨がネギをしょってやってきた
様を実際に見た様な笑みだった。
「うぉぉぉぉぉっぉおおおお!!!。」
マリステルが結界に捕らえられた二人に剣を付きたてるまで数歩と言うところで形勢は逆転した。床が突然ひび割れ、マリステルの脚甲に包まれた足がずぼりと貫いてしまった。
「なっっ!!!。」
マリステルが驚愕の表情を浮かべて駆け抜ける勢いそのままに地面につっこむ様に倒れる。彼女の身体の何倍もの大きさに膨れ上がった炎は何も無かったか
の様に霧散していた。属性武具は術式の展開を術者に依存していないため些細な集中の乱れで術式の発動がパーになってしまう危険性を過分に孕んでいる。強
力で異能の力の素養が無いものでも使えるにも関わらず一向に普及し無い所以である。
カラ―ンと焔蛇がかたく握りしめていたはずの手からすっぽ抜けて明後日の方向へ転がっていく。即座に焔蛇を拾いに行こうとするもにゅるんと足に何かが絡みついた。起き上がろうとして級に足を引っ張られたため受け身を取る事も出来ずに顔面を崩れた瓦礫の地面にもろに打ち付けてしまった。整った鼻梁が折れさっと鼻血がたれる。さしものマリステルもこれには目に涙がぶわっと滲み雄々しい雄たけびが嘘の様な呻き声を上げた。
「やめてよねぇ、次の私の服にしようと思ってたんだから。傷つけないでよ。」
「でも、またあの剣を使われたら厄介だよ。」
マリステルの足首を掴んだのは触手状になったキャスリンとキャスクの身体の一部であった。二人は巣穴にマリステル率いる討伐隊が入ってきたときから少しずつ地面に自らの身体を菌糸条に溶かしこみ岩盤の組成を脆くしていた。二人が結界に捕らえらた後はマリステルの突進コースの真下をスカスカの即席の落とし穴の様にしていた。マリステルの一撃は確実に姉弟を消滅するに足りる威力で合ったが、余裕を最後まで崩さなかった姉弟に疑念を抱かず、怒りに我を忘れた事が彼女の敗因となった。
「それっ」
キャスクはマリステルを両手を絡め獲ったのとは違う触手を伸ばし円陣の中央に浮かぶ円盤を叩き落とす。複雑な作りなため強い衝撃を与えれば簡単に作動表を起してしまう。結界の察知対象を限定する様な複雑な術式であればなおさらである。浮力を徐々に失い失いへろへろと高度を落していてがしゃんと地面に落ちるとボンッと煙を吹いた。これで結構な豪邸が立つ金が一瞬でお釈迦になった。
「ふぅ…身動きが取れないって気分が良く無いわね。」
「でも上手く嵌まってくれてよかったじゃないか、姉さん。」
ずるずると結界が消失したのを良い事に地面に倒れ伏したマリステルに悠々と近づいていく。
「おっ…のれぇ…。」
マリステルは体中から怒気を発してよろよろと立ちあがる。鼻血がどくどくととめどなく流れ顎の先からぽたぽたと雫を垂らしてく。口に逆流した鼻血をぺっと地面に吐き捨てると焔蛇の反対側に差していた通常の短剣をさっと抜きだして間髪入れずに姉弟に跳びかかる。
「おあああああっ」
ダガ―を強烈な踏み込みと供にキャスリンの顔面めがけて突き出すもひょいっと身体を90°に曲げてかわされてしまう。
「やけっぱちは見苦しいわね」
キャスリンはため息交じりに興醒めといった感じでつぶやき、手を刃状に硬質化して無造作にマリステルの首めがけて薙ぎ払う。速いが単調な軌道だったのでマリステルはかろうじて避けると懐から取り出した布袋の紐を解いてキャスリンにたたきつけた。
「きゃぁっ!!。あつぅぅぅ?!!。」
ほぼ完ぺきな人体を形造っていたキャスリンの粘液状の身体が大きく乱れ強烈な太陽の日差しを浴びた氷像の様に溶けていく。マリステルが投げつけたのは粘膜に触れると強烈な痛痒感を産みだす粉薬であった。元々強い集中力を必要とする魔術師の集中を乱し、術式の発動を防ぐ目的で携帯していた訳だがスライムは全身が粘膜なので粉薬が覿面の効果を産みの出は無いかという考えがマリステルの中に戦いの中浮かんでいたのだ。
「姉さん…うわぁっ!!。」
姉の尋常ならざる様子に一瞬気を取られた隙にもう一つの粉袋を取り出す。今度は粉袋ごと投げつけるのではなく振り撒く様にしてキャスクへと叩きつける。強烈な痛痒感が全身に伝播しまず複雑な顔の造形が崩れて手や足の形が乱れ体中が戦慄き苦痛を訴える。
この好機を絶対に逃すまいとマリステルは全身の力を振り絞って焔蛇へと駆ける、しかし、予想以上に焔蛇が遠くに飛ばされていた事が彼女の命運を分けた。ずぉぉぉおおと粘液状の身体を蛇の様に変化させたスライム姉弟が怒涛の勢いでマリステルの背に迫った。どごぉと互いの身体を交差させる様にマリステルの身体を容赦無く打ちすえる。宙に一瞬浮き上がり無防備になったマリステルに追い打ちを掛ける。胴体部に迫ったスライムの大蛇を両腕でガードする。しかし、メキャァと剣を自在に振るい幾十の敵を葬ってきたマリステルの両腕の骨は硝子細工の様に粉々に砕け散った。身体を少しでも軽くしようと丸盾を捨てたのが仇になった。
「ヒュっ―!!!?。」
いびつな形になった両腕ごと胴体のど正面に体当たりをかまされて気を失いそうになるが、凄まじい衝撃故にそれは叶わなかった。まるで紙風船の様に宙に浮き上がったぼろ切れの様なマリステルの身体は上方に回り込んだキャスリンに蠅たたきのごとく硬い地面にビターンと叩きつけられ派手にバウンドすると肉と甲冑が同時にひしゃげ潰れる凄まじい音を中央培養室中に響かせて落ちた。
「がはぁぁぁぁぁ!!。」
華美な白銀の甲冑が見る影も無い程に大きくひしゃげマリステルの身体に容赦なく食い込む。既に肋骨も脊椎も完膚なきまでに粉砕していて。折れて鋭利になった骨の刃がマリステルの内臓をずたずたに傷つけ、血の洪水がマリステルの内臓を席巻する。がふっと口から赤い噴水と比喩できる程の量と勢いで血を吐き出して、陸に打ち上げられた魚の様にびくびくと痙攣する。
「ちょっと…やりすギ…たわね。」
「死に損ない相手に…大人気…無かったヨ。」
スライム姉弟の発声方法は身体の中に擬似的な肺と声帯を作って言葉を喋っている。平常時であれば問題は無いが著しい苦痛を被ったり平静さを失すると擬似肺や声帯が乱れてノイズが混じった様になる。ここ数年人間相手に苦戦した事がほとんど無く、勝負あったと思われたマリステルに思わぬ反撃を受けたため一時的なパニックに陥ってしまったのだ。マリステルの予想通り全身粘膜のため劇薬による攻撃をもっとも苦手としているというマリステルの読みは正しかった訳だが情け容赦ない逆襲に合ってしまった。
徐々に冷静さを取り戻し完全に姉弟の形状が整った時にはマリステルの命の灯は完全に消えていた。死ぬ前に見ると言う走馬灯は終ぞ見る事無くぜんまいの切れたからくり人形の様に彼女の意識は無に帰していった。血の気を失った肌は蝋の様に白くなり、瞳は光を失い瞳孔が広がっていく。
「彼女は勇者ね…。」
キャスリンが出ない涙を左手で拭う様な仕草をすると、右手を布状に変化させてマリステルの貌を包みこむ。苦痛で歪み表情を繊細な水圧の操作で解し限界まで開かれた眼を優しく閉じる。顔に付着した血は粘液が余すことなく吸い取り陰惨さが嘘の様に眠る様な穏やかな表情になった。骨が砕けて関節が増えた様な両手もまっすぐに直し、指を組ませてお腹の上に置く。甲冑の汚れも可能な限り拭いとると
喪服を着せればこのまま出棺出来そうな感じになった。
キャスリンとキャスクは両手で円を形造り瞼を閉じた様に眼を変化させ30秒ほどの祈りをささげた。これが彼女の信仰する宗教の弔いの儀式であった。
「この娘、”服”にするつもりがずいぶん痛めつけてしまったわ。」
「骨は肌を突き破って無いからちゃんとなめせば丈夫な服になってくれるよ。元が頑丈な身体だしね。」
「それもそうね。」
おもむろにキャスリンはどろりと身体を溶け崩してマリステルの亡きがらに覆いかぶさると、紡錘型に変化し一部の隙も無くマリステルの身体を包みこむ。数分も経過するとしゅーしゅーとマリステルの鎧や舌に着込んだ服が泡を吹きながら溶けていく。数ミリ厚さの鎧や丈夫な作りの服が溶けていくにも関わらずマリステルの肌は一向に解ける兆しを見せない。
「”都合よく衣類だけを溶かす酸”か…姉さんは器用だね…あと内臓は僕も食べるから取っていてよ。」
防水型に変化した身体の中央からにゅっと手が飛び出して親指と人差し指で○を形造る。それを見て苦笑すると、キャスクは両腕を伸ばして兵士の亡きがらや合成獣の死骸を全身をイソギンチャクの様な触手状に変化させて一つ所に積み上げていく。
(死体がこれだけあるからご飯にはしばらく困らないけど…やっぱり食事とおやつは別物って訳で。あっ、そうだ。)
思い出したようにキャスクは触手を長く伸ばすとマリステルの遺品と化した焔蛇を身体の中に取り込む。自分の気に入ったものはなんでも身体の中に取り込んで置くのがキャスクの癖であった。先ほどの死闘と炎の熱気が嘘だったように中央培養室は静寂を取り戻した。培養機械の鈍い稼働音が耳なりの様に響くだけとなった。再びの訪問者は2週間後の事となる。